約束の地なき旅路 <2>



 粉雪がくるくると螺旋階段を降りながら舞っていた。
 ウラジオストクの街角で。
 灰色に塗り潰された夕闇。
 ひび割れた敷石。
 短すぎる秋はすれ違うように去り、あらゆる汚らしさもまやかしの銀箔で覆われている。
 ターニャ・リピンスキーはウラジオストクの安ホテルの窓際から、人影もまばらな故地を
見下ろしていた。
 
 ノックが響いた。2回。間を置いて2回。相手が誰かはわかっていながらも、彼女は慎重に
ドアへと近づいた。
「どちらから来ましたか?」
「北から」
 互いの安全を確認する日本語の合言葉を交わしてから鍵を開けると、セリザワがまだ
帽子を被ったままの姿で入ってきた。
「何かあった?」
「いえ、なにも」

 二人で里中家の山荘から脱出した夜から、4日が過ぎている。懐中電灯すらないまま
道無き山を登り、何度も足を踏み外し打撲や切り傷を作りながら先を急いだ。
 どれほど過ぎた頃だろうか。地響きとくぐもった爆発音が轟いたのは。振り向いた二人の
瞳は一瞬だが山嶺の向こうを照らした光を見た。その意味を確かめることもできずに、
彼女たちは疲れた足をクレーンで吊るようにして崖のぐらつく階段に挑まなくてはならなかった。
 明け方にスキー場と集落をつなぐ舗装道路に出くわした二人は徒歩にバス、電車と乗り
継いで再び札幌の地を踏んだ。

 葛城梁が惹起した状況を考えれば、市内に司法機関や諜報機関の要員が群をなして
二人を捜していてもおかしくない。目立つターニャはセリザワがコンビニで買い求めた染髪
液で髪を茶に染め、まともな利用者からは見捨てられたような古モーテルに潜伏した。
 都合上同室となった二人だがセリザワは紳士的な態度を崩さずにソファーで仮眠を取り、
備え付けのひげ剃りとシャワーで身なりを整えるとアメリカ領事館へ急いだ。ポケットに
ターニャの外国人登録証を預かって。
 そこでどういう交渉がなされたのか、ターニャにはわからない。翌日に借りてきたという別の
スーツ姿で現れた彼は内ポケットからいくらか使い込まれた風合いのアメリカ合衆国政府
発行のパスポートを彼女に手渡した。もちろん写真が貼られていて、彼女が好きな名前を
サインすればどこの出入国管理局へ提出しても通用するものだった。

 こうして彼と彼女は、公務でウラジオストクを訪れるアメリカ合衆国国務省日本課の職員と
その通訳として新千歳空港からの民間機に乗り込むことができた。空港には第四部の手が
回っているはずだと恐れていたターニャだったが、外交官用の特別出入り口から簡単なボディ
チェックを受けるだけで出国手続きは終わり、内戦の危険から渡航自粛勧告が出ている
シベリアへと向かう数少ない同乗客にも監視や襲撃の気配はなかった。

 機内で渡された新聞には、由子が負傷した事件の記事が大きく掲載されていた。「逃走
車両に指紋なし。プロの犯行か」「依然捜査は難航」「犯人逃走中のなか葬儀」「巻き添えに
涙にくれる遺族」 見出しを追うたび、新聞を握る手が赤く染まってゆくような気がした。
 一方で、山荘への夜襲についてはどの紙面にも報道されていなかった。単に知られていない
だけとは考えられず、国家機関による情報の隠蔽もしくは統制が行われているとしか思えな
かった。

 ターニャたちは渡航ルートを三択することができた。一つには函館空港からサハリン南方の
ユジノサハリンスクへ飛び、間宮海峡を船で渡るルート。もしくは新潟空港からハバロフスク
またはウラジオストクへの直行便に乗るルート。そして富山空港からウラジオストクへ入る
ルート。
 孕む危険はどのルートでも同じ。決定因子になるのは、葛城梁の居場所である。彼が広大な
シベリアのどこにいるのかを彼女たちは乏しい情報から推測するしかなかった。
 セリザワは自由シベリア党の本拠であり東シベリア共和国の首都になると目されている
クラスノヤルスクに潜んでいると読んだ。彼の亡命が政治的なものであるなら、当然シベリア
独立戦争に一枚噛むつもりであろう。ならば、その中枢から遠く離れた場所にはいまいと
いうのが根拠だった。
 ターニャの推定はウラジオストクだった。自分たちを襲った武装グループが国内であれ
だけの武装を整えられるだろうか。葛城梁が襲撃を企図し送り出したのなら密入国ルートは
船であるに違いなく、ならば沿海州の最大の港、ウラジオストクかその近辺で指揮を執ったと
考えられると。

 既に戦時下の様相を漂わせ、外務省から渡航自粛地域に指定されているシベリアでは、
都市間の移動も容易なことではない。クラスノヤルスクには直行便がなく多くの乗り継ぎを
必要とする上、ウラジオストクとは直線距離ですら3000キロも離れており、残された時間の
少ない彼女たちにとっては選択の間違いは地雷原の足の踏み場を探すのと同レベルの
慎重さが求められた。

 予測に自身が持てないターニャを促してウラジオストク入りに同意したセリザワは、「君の
判断を信じるよ」と励ましの言葉を忘れなかった。

 無事に入国手続きを終えてから、すぐにターニャはセリザワに出国を勧奨した。祖国を裏
切った自分と一緒にいれば、外交特権など一顧だにされずシベリアの治安組織に逮捕され
抹殺されてしまう。乗ってきた飛行機のチケットを取って、一刻も早くシベリアを出て下さいと。
だが、一瞬だけ悲しそうな風合いを顔に浮かべたセリザワは、両手で彼女の肩をしっかりと
掴んで微笑んだ。
 「僕は帰らないよ。アメリカで新しい暮らしを始めるために、僕らはここに来たんだ。僕は
君と一緒でなければシベリアから絶対に出ない。君をここから連れ出して、そこから全てが
始まるって思っているよ。だから、力を合わせて、早くやるべきことを終わらせよう。一人より、
二人の方がそれにはいいだろう?」
 言葉は優しかったが、どれほど説得しても彼がターニャを置いて安全地帯へ逃れるつもり
などないのだという決意は明らかだった。その気持ちをどう受け止め、返せばいいのか
判らないまま、ターニャは不本意ながら彼と共に市内へ向かうタクシーへと乗り込んだ。

 そして尾行や監視を一切警戒しないふりをしながら、二人は到着の翌日からウラジオストク
市内を無作為に巡った。入国の理由は「公務」であったが、かつてソ連海軍の3分の1を
擁していた大軍港ウラジオストクにはアメリカの領事館などない。分厚いコートの下はスーツ
姿のセリザワは日本人ビジネスマンを、ターニャはその通訳を偽装しながら商店主や少年に
声を掛け、他愛のない世間話から葛城梁へと繋がりそうな情報を集めようとした。

 しかし、彼に似た日本人を見かけたという話は全くなく、ホテルのロビーへ疲れた足に
雪片をこびり付かせて戻る日が3日も続くと、ターニャは場所の選定を誤ったのではないかと
セリザワに言った。今からでもイルクーツクへ向かった方がいいのではないかと。
 だが同じように疲れているはずのセリザワは首を振った。
「確かに彼はイルクーツクにいるのかもしれない。だけど、僕らはここを動かない方がいい。
彼が自由シベリア党と連絡があるのなら、きっと僕らの、いや、君がここにいることを知る
ことになる。そうしたら反応がある。彼自らここに向かってくるかもしれない。
 明日は静かに待つべきだと思う。僕も疲れているし、一日部屋にいてみよう」






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