葬られゆく軌跡 <7>



 一方、薫の予測通りに後方で作戦を統括していた指揮官は、またもいい加減な情報の
せいで部下を失ったことで激昂していた。
「なにが女子供ばかりの集まりだ。銃が2丁もあるなんて聞いてねぇぞ。あの野郎、これを
片づけたら路地の暗がりで待っててやる」
 部下が進言する。
「もっと銃はあるかもしれません。だとすると左翼もカバーされているはずです。弱点を探る
ために、もっと斥候に時間を与えましょう」
「そんな時間はない。いつまでも我々はこんなところにいられん。朝までに片づけてさっさと
国に帰らんと、見捨てられかねんからな。スピードで圧倒するしかない。所詮素人だ。軽く
陽動すれば隙をさらけ出す。突破してしまえばこっちのものだ。準備しろ」

 現状では、二階の梢たちが山荘の左翼をよくカバーしている。
 正面は散弾銃とライフルので十字の射線が通ることを敵も知ったのだから、前回のような
攻撃なら撃退できる。
 問題は右翼だ。一階には窓がない右翼には誰も置いていないし見張りに割ける人員も
いない。こちらから背後に回られたら守備ラインが崩壊する。ここの防備を固めなければ。
 理屈ではそうわかっても、実際の手段となるとあてがない。
 射撃チームから一人ずつ割いて配置しても銃がなければ抵抗できないし、正面防御の
能力が大きく低下する。右翼は灌木が群生していて侵入しやすいルートではないが、いずれ
敵はこちらからの攻勢を企図する。
 防備の甘さを知られたらどうするか・・・・・。
 考えあぐねて天井を見上げた薫は、そのまま30秒ほども腕を組んだまま佇立していた。
そしてリビングに向かい、由子から使い方の手ほどきを受けた。

 アイディアを形にし終わり廊下へ向かった時、薫の耳に微かな地響きのような音が聞こえた。
遠くから聞こえてくるこれは・・・・・エンジン音?


 敵は車両で中庭を突破して山荘に近接しようとしている!


 高速で突っ切られたらライフルで運転手を狙撃するなど不可能だ。散弾銃では車のボディに
歯が立たない。まずい!

 薫は階段を叫びながら駆け上がった。
「梢、車が来るわ!」
 周辺をうろつく人影がなくなり安心していた梢が銃を構え直すと、照星の彼方にぼやけて
蠢く黒い箱が見えた。ヘッドライトを付けていないが大型のヴァンだ。
「撃つよ!」
「タイヤを狙って!」
 山荘へと通じる唯一の車道は上り坂で、しかも敷地への入り口にはカーブがあり最後には
閉ざされた鉄製の門が待ち受けている。ここからやってくるとは思っていなかったのだが、
車両で門を破壊しにくるとは。
 ライフルの3連射で1発は命中したが、タイヤには当たらなかった。速度をじわじわと上げ
ながら坂を進むヴァン。時間をかけて照準を合わせようとした梢に、援護の拳銃弾が集中した。
3人ほどのガンマンたちは一斉に左翼の柵を乗り越え、彼我の距離をものともせずに移動
しながら二階に拳銃を撃ちまくっている。そこはショットガンでは狙いにくいポイントで、梢が車を
目標にしている間は動きを抑制できない。
 どちらを優先するか。
 迷いかけた梢を制し、薫は車のタイヤだけを狙わせ、下へ降りた。
 一階からも発射音が轟く。角度の悪さをわかっていながらも葉野香がショットガンで後背へ
展開しようとするガンマンへと発砲していた。一時のショックから立ち直った彼女は、銃床が
反動で肩口に与える痛みにだけ顔をしかめながら引き金を引いていた。

 ヴァンが山荘の門へと接近する。だがここは突破車にとって最大の難所でもあった。
カーブで減速しながらも鋼鉄の門を破らなくてはならないのだ。無線からは指揮官からの
交信が飛び込んできている。どうやら仲間は首尾よく防衛線を破ってライフルに狙撃されない
区域に入ったらしい。その安心感が、無理をすることはないと制動可能ぎりぎりだった
スピードを無意識的に落とさせた。へたに横転でもすれば後部座席の仲間たちも怪我を
しかねないと。
 エンジンが送り出す推進力が、里中家山荘の門を無遠慮にノックした。

 だが、ドライバーの予測よりも丈夫にできていた門と、現地で調達した日本車のフロント
ノーズが母国の車より衝撃吸収力に優れていたことと、アクセルをいくらか緩めていたことの
相互作用で、車は門を破壊したものの、その残骸に躓いて乗り上げてしまった。
 設置しているのはわずかに右の後輪のみ。
 失態に焦ったドライバーは慌ててアクセルを踏むが、タイヤは箒で掃くほどにしか大地に
摩擦を生まない。
 そこへ梢の射弾が撃ち込まれた。
 狙い違わず唯一の駆動輪を打ち抜いた彼女は、ちらりとも満足の表情を浮かべないまま
今度はヴァンそのものへライフルの照準を向けた。運転席。窓。後部ドア。空の弾倉を外し、
陽子の装弾した弾倉と交換し、さらに引き金を引く。
 自分たちが狙撃され、由子が傷ついた時のことを思い出すこともなく。

 葉野香たちは前庭に再展開し鮎や梢の車の影から発砲してくる敵へと散弾を撃ち続けて
いた。彼女たちの持つ2連ショットガンの弱点は3発以上の連射が効かないことである。
2発を発射したら銃身を折り、薬莢を排出して再装填しなくてはならない。このタイムラグが
何度も危険を誘発した。
 既に敵はこちらの銃の性質を見極め、弾切れの瞬間を狙って出窓の死角へ侵入しようと
何度も試みている。ここまでは鮎と葉野香のチームワークでスムースな装弾ができていたが、
一度でも弾を取り落としでもすれば守りきれなくなる状況だった。

 由子には戦況が決して有利ではないことがわかっていた。車の突撃は食い止めたようだが、
どうやら山荘の後背地に3人敵が入ったらしい。そうなればキッチンルームの通用口が破られ
占拠される。一階と二階の連絡は絶たれ、まずはリビングが挟撃されすぐに二階のチームも
同じ運命を辿るだろう。

 薫、死んだらだめだよ。
 一緒にツーリング行くって約束しただろ。

 その薫はすでにキッチンにいて、敵が侵入口を探す音を聞いていた。バスルームの窓には
格子がある。キッチンの窓にはない。当然こちらからの突入を図るだろうと察したのだが、
それは間違っていなかった。
 ガンガンと通用口が蹴られる。しかし裏口と言えど財をなす里中家である。簡単に破れる
ような勝手口ではないらしい。拳銃弾が鍵穴に撃ち込まれたが、そんなことで鍵というのは
映画のように都合よく開きはしないのだと、薫も初めて知った。
「Shit!」
 男の罵る声。
 ガンマンたちは目標をピアノ線入りの窓ガラスへと向けた。中で待ち受けているかもしれない
伏兵を牽制するために何発も撃ち込んでから、銃把を叩き付ける。ガラスは割れても、それ
ぐらいで侵入できる穴は開かないはずの窓だったが、窓枠が圧力に耐えられなかった。
度重なる衝撃でサッシから窓枠が外れてシンクへと転がった。
 仲間の援護射撃を受けながら、まず一人がキッチンへ飛び込む。
 二人目が一人目の合図を受けて続き、三人目も続いた。
 三人が室内の中央で頷き合った。
 そして廊下へと歩き出そうとした瞬間。
 ここまで息を潜め存在を隠し続けた薫は、自家発電装置の起動ボタンを押した。
 物音にはっと振り向く敵には目もくれず、冷蔵庫の陰へと飛び込んだ。

 通電した天井のソケットには照明器具がなかった。あったのだが薫が外し、代わりに
ターニャの残していったプラスチック爆弾が紡錘形につり下げられていた。電極に届いた
電気エネルギーは雷管よりも遙かに大きなエネルギーを有しており、粗雑な仕組みでも
通常の化学反応を妨げはしなかった。



 夜を打ち砕くほどの炸裂が、山荘を揺るがした。



 指向性に乏しいプラスチック爆弾であっても、室内では圧倒的な効果を発揮する。不意を
つかれた侵入者は爆圧をまともに受け、その身体はボケットに入るほどに粉砕されていた。

 薫の計算外だったのは、爆発が山荘の構造そのものに与えるダメージだった。建物の
中央付近での大きな爆発により、骨組みを支える柱が幾本もへし折れてしまい、山荘自体が
ぎしぎしと音を立て崩れ始めた。

 だが、その音は彼女の耳へ届かないでいた。
 爆発の瞬間に床に伏せ、遮蔽物で身を守った彼女を、皮肉にも遮蔽に使った大型冷蔵庫の
残骸が押しつぶしていた。

 首から下が自分のものでないようだ。
 手も足も動かない。
 感じるのは鼻を突く異臭だけだ。
 息が苦しい。
 喉が痛い。
 目が開けられない。
 それとも、開けているのだろうか。
 何も見えないから、わからない。
 何も聞こえないから、わからない。
 私は、どうなったんだろうか。
 ・・・・・そうだ。
 爆弾を・・・・・

 復帰してきた意志力で、薫は瞼を懸命に押し上げた。
 何かが燃えている。
 炎に照られさて、誰かが破壊された室内に立っていた。
 こちらを見たのがわかった。
 近づいてくる。

 やっぱり、だめだったわね。
 まだ敵が残ってた。
 悔しいけど、もう、抗えないわ・・・・・

 鼓膜の破れた彼女の耳では、燃える建材が立てる死の音も、巨大な機械が立てる昆虫の
ような羽音も聞こえなかった。






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