Sorrows falling down like snowflakes



 冬は永く、終わりがないようにすら思われた。
 
 

 彼女は踝まである雪に覆われた階段をゆっくり、登っていた。
 古い石畳の参道はとても滑りやすい。
 降りそそぐ朝の光が音もなく氷の形を変えてゆく。
 空を遮るものはなにもない。
 決して手の届かない青がどこまでも澄んでいた。
 
 いつしか彼女は、点々と続く誰かの足跡を踏んで歩いていた。自分より大きな歩幅で、迷いの
ない足取りで先に行っている誰かの足跡を。
 
 最後の角を曲がると、彼だけが瞳に映った。

 
 彼はじっと、白い帽子を被っている墓石を見つめていた。
 ぽつりぽつりと零れてゆく雪のかけら。
 昨日の花。
 使命を終えた灰がくすんでいる。
 君は安らかなのか?
 
 ロングコートの裾を巡らせて立ち去ろうとした彼にも、彼女だけが瞳に映った。


 先に近づいたのは、希だった。
 望に腕に抱く山百合の花を見せてあげなくてはならないから。

 信は、ちらりと墓石に目をやった。
 君が引き合わせてくれたんだな。
 
 
「久しぶり」
「そうでしたね」
「学校ちゃんと行ってるか?」
「先輩に言われたら、おしまいじゃないですか」
「もっともなご意見」
 ちょっと大げさに、信は肩をすくめてみせた。
 
「それで、望に会いに来てくれたんですか?」
「どうしてるかな、って、思ってさ」
「どうもしませんよ。望はずっとここにいるんですから。何も変わらない。体も、心も、気持ちも、
何も変わらない」
 変わらない気持ちというものが、こんなにも虚しいものだなんて。

「違う」
 どんな寒さにも屈しない、凛とした意志で彼は言った。
「希の中に望ちゃんは今もいる。いつまでも一緒にいる。そうだろう?」

 彼女は瞼を伏せた。雪面の反射のせいじゃなく、彼を眩しく感じたから。
「まだ、わからなくなることがあるの。私は誰なのか。私は希なのか、それともそうじゃないのか。
私の一部は私じゃなくて望のもの。望がくれた体がなければ生きていけない。きっと、私は
私だけじゃないの。それが嬉しくて、悲しくなる・・・・・」
 かつて相摩望だった肉体を受け継いで、ここにいる。
 希と望と分かたれた名前はひとつになって、でも希望が何をくれるというのだろう。信じるには
あまりにも、悲しいことがありすぎた。 

 しかし泉のように湧き上がってくる愛がある。
  
「俺が好きになったのは希だよ。それはどこからどこまでの希とか望とかじゃない。
望ちゃんじゃない希だけを好きになったわけでもない。
今ここにいる君の全てが、好きなんだ。
希の側にいたい。
希を守りたい。

そうさせてくれないか」

 希は視線を逸らし、墓石を見た。

 ”私の大好きな人を、幸せにして”
 

 一生のお願いって、言ってたね。
 簡単なのにきいてあげられないお願いが、いろいろあった。
 いいお姉ちゃんじゃなかったね。私。
 せめてこれからは、望のためにも、自分に素直になるよ。
  

 特別な力が働いたかのように、彼と彼女の距離が埋められてゆく。

「いつまでも変わらない気持ちというのを、ずっと見せるからな」

 寄り添う二人は、雨の上がった空の下で、互いの鼓動を確かに感じ合っていた。




                                            Fin



執筆後記

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