サイエンスライターにかかる経済的な選択圧と予測されうる結果 
 
2009年5月14日。「ダーウィン種の起源を読む」に関わるさる授賞式でちょいとばかしスピーチをすることになった。
そこで次のような話をした。

「本1冊あたりの原稿料は平均60万〜70万円であり、去年、私は4冊の本を書いたのですが、するとですね、
全部で240万か280万円ということになりますよね? つまり年収が200万円台でありまして、、、」

 
 ∧∧
( ‥)とっ、話したらそこが大受けでしたね
     会場がおおーーっ!! と、どよめいてましたよ  
 
 
     (‥ )北村は年収が200万円!!という噂まで広がったらしくて
         あるライターさんから、それは本当か??!!と確認のメールが来たよ。
   
 ∧∧
( ‥)でもまぎれもなく200万円台でしょ?
 
 
いや、そりゃあ確かに200万円台だけどさ、280万円くらいにまでいく可能性も示唆しているわけだし、
200万と280万は格段に違うべや、、、と言って今、手元の2008年度の確定申告の写しを見たら。
 
  
  
     ( ‥)238万か、、、、、
       -□
 ∧∧
( ‥)おまけに2008年度の本代の支出が60万って
    あなたバカでしょう?
 
 
 
     (‥ )バカとはひどいねー
 
 ∧∧
( ‥)節約するとか切り詰めるとか、
    そういう概念、あなたにはありませんよね?
 

そうねえ、ないねえ、困ったもんだねえ。かつてマルサスは「人口論」で言った。貧乏人に援助したって無駄だ。
だってそういう臨時収入を彼らは酒場で消費してしまうだけだから。
  
 
 ∧∧ 
( ‥)まさしく、あんたのことやがな
  
  
       (‥ )本は単純な消費じゃないから
         情報源として活用する時、
         ある程度は利潤として回収できるんだけどね。 
  
  
とはいえ、マルサスの言うことはいかにも耳に痛い。しかもちょいと調べれば北村ぐらいの年齢、
つまり40歳前後の男性は年収が400万ばかしになるらしい。
えっ? まじ? そうだったの? いや、自分の年収が低いとは思ってはいたんだが、
なんだ世間とはそんなに差があったのか。やれやれ。
  
 
     ( ‥)どうりで会場がどよめくわけだよ。
         言ったこっちは、え?! 何??
         なんでそんなに受けるわけ? だったんだが。
 ∧∧
( ‥)あなたにとって貧乏か否かの
    ボーダーラインってどこですか?
 
 
貧乏か否かの北村ボーダーライン、それは自販機で何の躊躇も無くジュースを買えるかどうか。


 ∧∧ 
( ‥)そこなの? 
 
 
     (‥ )1本120円。10日で1200円。1ヶ月で3600円
          自炊した場合の1日の食費が700円だとした場合、
          この消費は5日分の食費に相当する。
         
 ∧∧
( ‥)はあ、まあ、そうですけどね。

 
自販機で何の躊躇もなくジュースを買える人間は貧乏とは言いません。ともあれ、
   
 
     (‥ )肝心なことはだな、スピーチで続けていった次のことなんだ。
     -    年収200万を越えるには4冊の本が必要、すると1冊に
          かけられる時間は3ヶ月。
  
 ∧∧
( ‥)3ヶ月で妥当な内容の本を制作しろ、というのは
    いかにも限界で、それ以上は無理という話でしたね。


ようするにこう。人間一人が生活して、妥当な内容の本を生産するには3ヶ月という時間制限があり、
これ以上生産速度を上げると内容が薄まる。反対に内容を濃くしようとすると生産効率が落ちて生活が不可能になる。
 
  
 ∧∧
( ‥)ようするにあれですね、本の内容とその妥当性は
     品質と採算のせめぎ合いである値に収束するだろうということですね。
 
     (‥ )まあ、そういうこっちゃ。
 

 つまりこう。サイエンスライターの書く本の妥当性は以下の2つの圧力によって決定される。

1:品質、つまり本の妥当性を上げようとする要請
2:採算、つまり売り上げを制作時間で割って得られる単位時間あたりの収入 
 
  
 ∧∧
( ‥)そして2つの力が均衡するのが3ヶ月に1冊であるというわけですか。
      
 
     (‥ )おいちゃんの場合、それが均衡点だったということだなあ
 
 
他の人間もそうであるのかどうかは知らない。売り上げと制作時間、本に要求される妥当性は書かれる本それぞれで異なるし、
個人の生活スタイルによってそれは変動するはずだ。個人の支出によっても影響を受ける。 
 
 
 ∧∧
( ‥)そういえば実家で生活しているライターさんも多いって
     話を聞いたことがありましたね 
 
 
     (‥ )確かに家賃という消費がないぶん、有利になるからね。
         神奈川県だと家賃が5万前後だから年間に60万。
         実家暮らしのライターが多いというよりも、
         一人暮らしのライターが淘汰されて
         結果的にそうなるらしいね。
  
 ∧∧
( ‥)転職しちゃうライターさんも多いみたいですよね。
  
  
     (‥ )転職というか、あれだな。
         より収入が多い領域にシフトすると考えるべきかな。
 
  
ライターといってもひとつの仕事をしているとは限らない。誰だって収入を増大させたいのだからアルバイトしたり、
これも頼むよ、と言われれば編集における雑用みたいなことをこなすこともある。 
  
 ∧∧
( ‥)あなたもしますよねえ? 
 
     (‥ )するね。問題はだ、結局のところ
          個人が持っている時間は有限だということなんだよな。
 
ようするにこう、本業である仕事にまわすことができる時間をt1とした時、アルバイトなり副業なりにまわす時間をt2とする。
するとこの場合の年収は
 
 年収=(t1-t2)x本業の単位時間あたりの収入+t2x副業の単位時間あたりの収入
   
 
 ∧∧
( ‥)それでアルバイトや副業をすれば
     年収が増えるんですか? 

     (‥ )いや。見れば分かるように副業の単位時間あたりの収入が
          非常に高いか、あるいは時間t2が大きくないと
           それは無理だな。
 
副業の単位時間あたりの収入が非常に高いケース、例えば時給換算すると1万円とかになる仕事はごくまれにはある。

 
 ∧∧
( ‥)でも、その場合、そのアルバイトはあまり
     年収の増加には貢献しませんね。
     絶対的に少ないんじゃ意味がないですよ。
 
 
     (‥ )さりとて、普通にアルバイトしてもやはり意味がない。
         例えば時給1000円の仕事を増やしても
         本業にさける時間t1が減るだけだからね。
         トータルではたいして上がらない。
 
 
つまりこう。副業の単位時間あたりの収入とt2の積が十分に大きくなる、あるいはなりうる時だけ年収は増大する。
しかしこのことは次の可能性を示している。そのような場合。つまり本業よりもいい仕事が十分に存在した場合、
ライターは転職をするだろう。生活という選択圧がそうさせる。  
  
 
 ∧∧
( ‥)そういえばライターからフリーの編集者に転職した
     人も多いですよねえ。
  
 
     (‥ )それは以上の公式で説明できるだろうね。
 
 
  
 
 ∧∧
( ‥)ライターのまま年収を増やす方法はないんですか?
 
 
     (‥ )あるよ、例えば本を大量生産すればいい。
         つまりコストを低下させ、単位時間あたりの収入を増加させるのさ。
         事実、それには幾つかの方法がある。
 
1:本が重版される(ようするに売れに売れるので複数回、同じ本が印刷されるということ)
2:切り口を変えることで同じテーマで類書を生産する
3:本の質を下げることで生産効率を上げる

   
 ∧∧
( ‥)1が一番望ましいですね、刷れば刷る程
     原価は小さくなっていくし
     利益が増大するわけですからね。
 
 
     (‥ )まあ、重版による利益は発行部数x売値の10~7パーセントだから
         必ずしも、重版した=大きな利益、ではないけどね。
         でも、おいちゃんも重版でずいぶん助かったことがあるよ。
         *注:備品のローンの返済と本代で全部消えたけど(ああ、マルサス、あなたは正しい)
 
 
ただ困ったことに本がどうして売れるのか? という部分には謎が多い。ようするに本が持つ特徴と売れることの間に
どんな因果関係があるのかはっきりしない。確かに難しい本は売れないとか、有名人が書いた本が売れるということは
言える。しかし、おおまかなことは言えるのだが、個々の個別の本、例えばこれから自分が作る本が売れるかどうかということは......
 
 ∧∧ 
( ‥)よく分からないと。
 
  
       (‥ )つまり1の選択肢は一番望ましいが
          それを狙えるわけでもないってことだね。
          二匹目のドジョウを狙えば売れるというわけでもないように、
          売れたと分かったものを模倣してさえも、それが売れるとは
          限らんわけよ。
    
     
 ∧∧
( ‥)2はどういう選択肢ですか?
  
   
     (‥ )以前、別の本を書いた時に用いた資料を使うことで
         コストを押さえようとする戦略。
         あれだな、類似した生産ラインで類似品を生産することにより
         原価を下げようってこった。
 
 
 ∧∧
( ‥)でもそれは1よりも効率が悪いですね。 
 
 
     (‥ )いくらコストが低くなるといっても
         利益の増加はそうは上がらない。
         ただ、効率を上げつつ、妥当性を維持したかったら使える手では
         あるんだけどね。
 
  
 ∧∧
( ‥)3は論外っぽいですが。
 
 
     (‥ )妥当性という点では論外だね。
 
 
しかし年収を維持する、あるいは増加させるという点で、実のところ3が一番やりやすい方法であることには違いない。
内容を薄めればいいだけだからこれは楽。資料代を削ってしまえば、例えば本を数冊ばかし読んで分かった気になって
てきとうーなことを書いてしまえばよい。この選択肢は効率がめちゃくちゃいい。例えば資料代を0にしてしまえば
北村の2008年度の内訳からすれば純益が60万円増加する。実際には本を読む時間まで無くてすむので、純益はさらに上がる。
自分の話からしても知らず知らずのうちに手抜きしていたことに気づくことがあるし、本や雑誌を見ると、これを書いた人は
どう考えてもリサーチしてないじゃんという例を見たりもする。
 
 
     (‥ )この状態はだ、レストランに例えるなら、
         材料費を全部削って段ボールの料理を出している
         ようなものだな。
         
 ∧∧
( ‥)最悪ですね。


以上のようにサイエンスライターは経済的な選択圧でその妥当性が頭打ちになる傾向にあるのみならず、
むしろ積極的に質を劣化させる傾向があるといってもいい。
 
では何らかの理由で経済的に豊かになればサイエンスライターの質は向上するのかというと、さてどうだろう?
  

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 ∧∧ 
( ‥)ところで、年収200万ってどうして
    あんなに皆の興味を引くんでしょうね?
 
 
       (‥ )ライオンに喰われている仲間を観察する
          インパラ状態なんじゃないの?
 
 失敗した仲間なり近縁の個体なりを観察して、ありうる危険をあらかじめ知っておくのは、それ当然。