Viola betonicifolia (?) アリアケスミレ(?)
2008年5月に川崎市にある某公園で見つけたスミレ。たぶんアリアケスミレらしいのだけども自信はいまひとつ。おいおい再確認の予定。花はスミレなどよりも小さく、ヒメスミレぐらいな印象。花びらは白地で、紫のすじが走っているのが目立ちます。イラストは紫を少し強調しすぎっぽい。花びらのうち、側面にあるもの(側弁)の奥には毛がモサっとまとまって生えていて、前から見ると雌しべの白い先端の両脇にある小さなコブのような感じ。距は短くてやや細く、色は白。
葉っぱの形はスミレやヒメスミレと似ていて、葉柄にはいわゆる翼があります(葉っぱが葉柄に流れてできる縁取りみたいなもの)。花が咲いている状態では葉の数は2〜3枚。公園の一角にまとまって生えていました。
アリアケスミレは花の色にたくさんのバージョンがあって、不安定だそうな。北村の家の近くで生えていたもっと赤紫が強いスミレもどうもアリアケスミレっぽくて、確かに色のバリエーションが豊富でした(あれが本当にアリアケスミレだとしてですが)。花の色が不安定であること、染色体の数、人家の近くにあって繁殖力が強いことなどから、アリアケスミレは雑種起源の種類だろうと考えられています(「日本のスミレ」第2版 橋本保 昭和43年 誠文堂新光社、参考)。親になった種類は、スミレかヒメスミレ × シロスミレかノジスミレ。
アリアケスミレが近縁種の雑種であろうという推論は、雑種がしばしば遺伝子のヘテロ接合によるヘテロシス(いわゆる雑種強勢)を示すことや、雑種2代目で表現形の分離が起きること(メンデルのエンドウ豆の例)を念頭に置いたものでしょう。スミレは似た種類が非常に多く、もしもそれだけの情報しかなかったら”AとBはCよりも近い”ということしかおそらく言えない。しかし、分布や性質などといったさらに付加的な情報を手に入れることができれば、BはAから分化している途中である、とか、あるいはAは近縁種の雑種であるということが言えるようになる。アリアケスミレの雑種起源説とはそういう事例のひとつなのでしょう。
*注:これはたぶんようするに”分岐図は系統樹ではない(あるいは分岐図は系統樹の集合である)”、という話に通じるものだと思います。分岐図≠系統樹に関しては「生物系統学」 三中信宏 1997 東京大学出版会、や「系統樹思考の世界」 三中信宏 2006 講談社現代新書 などを参考のこと。時として”分岐図は系統樹とくらべて分かりにくい”というような感想があるのですが、こういう疑問を抱いた人には以上の書籍はたぶん必読。あと、分岐図は系統が2分岐することを前提にしているから系統が交わるような場合には無力である、というようなことを言う人がいたりしますが、まあ、それはアリアケスミレの由来に関する推論の過程を考えていくと、分岐学うんぬん以前に明らかな勘違いだよなーと思ったりするのは、ここだけの話。
外見の特徴を見ればアリアケスミレはタチツボスミレよりもスミレやノジスミレに似ている。これをベン図で示せば(タチツボ(アリアケ、スミレ、ノジスミレ))となる。ここにさらに雑種強勢や花の色が不安定という情報を加えると、例えばスミレ×ノジスミレ→アリアケスミレという推論が成り立つ。というか実際にやっている。ようするに、分岐図は系統樹の集合であるとか、あるひとつの分岐図はもっと下位の系統樹の可能性を複数もっているとか、そんな知識うんぬん以前に私たちはこういう推論を当たり前のようにしていることは明らか。このことを考慮すると、分岐図は系統が2分岐することを前提にしているから無力だ、という先の意見。これは物事を知っていないために出た発言ではなくて、むしろ日常における自身の推論や論証の組み立て方に関してまるで無自覚であるということを示しているんでしょうねえ。
ちなみに雑種強勢に関してはちょっと古いですが「遺伝学に基づく生物の進化」 駒井卓 1963 培風館 を参考にしました。