福井県 和泉村から見つかった世界最古級のティラノサウルス科の歯
以下の記事は以前サイアスに掲載されたものを大幅に手直ししたものです。なお、化石写真の掲載は和泉村教育委員会に許可をいただきました。
国立科学博物館の真鍋さん、
Dr.Thomas.R.Holtz.Jr、Dept.Geology,Univ.Maryland.
発見者の大倉さん、
歯科技工士の小畑さん、
和泉村教育委員会の皆さんありがとうございました。
2002.04.22 暫定 up /04.23 /04.24 アップデート
02.06.26 更新!!!!!!
数年前、ティラノサウルス科の歯が日本で初めて見つかったというニュースが駆け巡ったが、その歯が1999年の暮れ、国立科学博物館の真鍋真研究官によって科学雑誌 Journal of Paleontology 73(6) において、極めて古いティラノサウルス科の歯として記載された。
なぜこの歯がティラノサウルス科のものであろうと分かるのだろう?。少し発見の経緯も交えながらそれを説明しよう。
発見されたティラノサウルス科の前上顎骨歯(ぜんじょうがくこつし:プレマキシラ・テュース)IBEF VP 001の写真(左)とその点描画(右)。スケールバーは5mm。前上顎骨歯を口の内側にあたる面から眺めている。左右の丸いものが連なった列は、肉食恐竜などの歯に見られるセレーションと呼ばれるもの。
数年前、愛知県在住の化石ハンター、大倉正敏さんは福井県 和泉村の上半原地籍(かみはんばらちせき)で採集した岩石の中から、奇妙な歯を見つけた。大倉さんは、発見した時、この歯は以前、博物館で見たアウブリソドンの前上顎歯(ぜんじょうがくこつし)に似ているなと思ったという。
ATTENTION!!!!!:化石採集とは発掘場所の個人、自治体の許可を得るものであって勝手に掘っていいものではありません。大倉さんも和泉村教育委員会に許可を申請して発掘し、発掘した化石はすべて和泉村に寄贈していることに注意し、理解しましょう。
さて、アウブリソドンとは奇妙な歯とわずかばかりの骨格から知られる小さな動物で、幾つかの特徴から考えるとティラノサウルス科のメンバーであると考えられている。そしてアウブリソドンの前上顎歯は断面がDの字型になる独特な形をしたもので、大倉さんの見つけた歯と見た目と印象が良く似ている。
さらに断面がDの字型になるという特徴はティラノサウルスやアルバートサウルス、アリオラムスなどといったティラノサウルス科に所属する動物すべてに共通して見られるものなのだ。
つまりこの歯はティラノサウルス科の歯なのかもしれない。
前上顎骨歯(Premaxillary tooth)の生えている位置をしめしたもの。動物の頭骨の、オレンジ色に塗られた部分に生える歯が前上顎骨歯。ティラノサウルス科と呼ばれる動物たちはオレンジ色の部分が非常に幅がせまく、小さい。そこに生える歯もむりやり押し込まれたかのように、本来は丸っこい形であるべき歯がひしゃげて四角くなっている。
さて、前上顎骨歯(ぜんじょうがくこつし)ではなんとも名前が長いし、覚えにくい。とりあえずここから先は”前歯”ということにしよう。さてこの前歯を大倉さんは国立科学博物館の真鍋研究官へ送った。どのような動物の歯なのかを同定してもらうためだ。
歯を送られた真鍋研究官がまずやったことは、こうした特異な歯がティラノサウルス科に本当に見られないものであるか、それを調べることであったという。そして、このような歯を持つ恐竜がティラノサウルス科の他に知られていないことを確認した真鍋研究官は、この歯がティラノサウルス科の前歯であろうと同定した。
現在、この歯は正式にはIBEF VP 001と呼ばれている。もっとも、IBEF VP 001では少し長いからちょっとニックネーム的に和泉標本と呼ぶことにしよう。
和泉標本は長さが1cmあまり、広い部分でも幅が5ミリにみたない小さな歯にすぎない。しかし歯というものは動物の体の中でもっとも硬いため化石に残りやすい。骨が長い年月の間に腐ってなくなっとしても、歯だけが残る時もあるのだ。実際、和泉村やその周辺の広い地域に見られる地層、手取層群からは様々な動物の歯が見つかっている。
そして動物の歯というものはそれぞれの種類で独特なものだ。だから化石として残りやすい歯は、そこにどんな動物がいたか知るための大きな手がかりになることもある。もちろん、それは歯に、その歯の持ち主がどんな動物であるのか、それを特定できるだけの情報があればの話だ。そのことは忘れてはいけない。
ではちょっと肉食恐竜の系統の話もまじえて、和泉標本の特徴を見ていこう。
さて、肉食恐竜として知られている動物は、科学の世界では獣脚類(Theropoda:テロポーダ)と呼ばれている”生命の樹の枝”だ。生命の樹の枝とは生物が織り成す血縁関係のことで、ダーウィンが見い出した、自然界に存在するものだ。私達は生き物が織り成す血縁関係の一部を肉食恐竜/獣脚類と呼んでいるのだ。
そして、恐竜は爬虫類だ。爬虫類はしばしば[前歯も奥歯もすべて同じ形をしている]と言われている。
例えば「哺乳類は噛み切るのに適応した前歯、突き刺すための犬歯、ものを噛み砕くための臼歯という具合に歯が分化している。その役割はそしゃく、つまり食べ物をモグモグ噛むことに適している。しかし、爬虫類の歯はそんな風に出来ていない、彼らの歯は単純そのものだ」、そういう風に言われることが多い。
しかし、それはかなり単純なものの見方だ。現在のトカゲでも哺乳類ほどではないが前歯と奥歯では形や機能が違っている。現在のワニは魚を食べるため単純な歯をしているが、それは哺乳類であるイルカやクジラでもそうだ。一方、絶滅したワニの中には哺乳類と見間違うばかりに分化した一連の歯を持った種類だっていた。
哺乳類ほどではないが獣脚類の歯も前歯と奥歯のかたちは違っている。たいていの獣脚類は、ほほのところにある歯は薄いブレード状だが、前歯はもっと幅が厚くなっているか、あるいは丸い。そして、その形は獣脚類の種類によって少しづつ違っており、それは系統を反映していると考えられている(Holtz 94. J. Paleont, 68(5) pp1100~1117)。
現在、獣脚類と呼ばれる生命の樹の枝は、二つの大きな枝、ケラトサウリアとテタヌーラに枝分かれしたと考えられている。
Ceratosauria(ケラトサウリア)とTetanurae(テタヌーラ)と呼ばれる系統の関係を示す。ケラトサウリアは紫、テタヌーラは青で示された系統のことをいう。ケラトサウリアは鳥よりもケラトサウルスに近い、テタヌーラはケラトサウルスよりも鳥に近い系統のことをさすと定義されている。
ケラトサウリアとテタヌーラが同じ共通の祖先を持つことに注意。
シカゴ大学のポール・セレノやメリーランド大学のトーマス・R・ホルツといった研究者が作った分岐図がそのことを示している(Holtz 94 前出. Sereno 99. Sci. vol. 284, pp2137~2147 )。分岐図とは生命の樹にかなり近いものだ。ここでは分岐図は生命の樹にほとんど同じものと見なそう。
さて、彼ら研究者たちが作った生命の樹によると、テタヌーラと呼ばれる枝にはスピノサウルスやトロヴォサウルス、アロサウルス、ティラノサウルスなどが含まれている。
注:恐竜と生物のグループについて なぜ分類階級を使わないか?。でも科と亜科に関しては笑って許して
メリーランド大学のホルツ博士は獣脚類、特にティラノサウルス科を専門とする研究者であるが、彼は、テタヌーラと呼ばれる生命の樹の枝の一部では、[前歯の断面が非対称になる]ことを明らかにした(Holtz 94 前出)。
実際、それ以外の獣脚類、例えばケラトサウリアの前歯はホルツ博士によると断面は丸い。ようするに左右対称型だ。
しかし、テタヌーラであるアロサウルスの前歯は片面がふくらんだ非対称な形をしている(↓以下を参考)。
テタヌーラの前上顎骨歯の断面:福井県在住の歯科技工士、小畑さんに作ってもらいました。
画面上段左からドロマエオサウルス科、アロサウルス、左右のとがった部分がセレーション。多くの獣脚類のほほの歯はセレーションが画面の向きでは左右にあって、断面がレンズ型になることに注意。
下段左から和泉標本、ティラノサウルス科。セレーションは左右というよりも後ろを向く。↓の点描画も参考のこと。
画面上が前方、下側が口の内側にあたります。
下の段の和泉標本とティラノサウルス科の前上顎骨歯の断面がDの字型であることに注意(画面でいうとDが左に寝転んだ向きになっています)。
ではティラノサウルスではどうだろうか?。彼らもまたテタヌーラと呼ばれる枝に属しており、前歯の断面はこれもまた[非対称]だ。とはいえ、ティラノサウルス科の前歯には独特な特徴が見られる。
まず第一にティラノサウルス科の前歯は爬虫類というよりも、むしろ哺乳類の切歯(前歯のこと)を思わせる形態になっている。実際、ティラノサウルス科の動物、アウブリソドンの歯は発見された当時、哺乳類であるとあやまって考えられていた(Molnar et al 90. The Dinosauria. pp200 Holtz 97 ,J. Vert. Paleo Supplement, 17:53A も参考のこと)。
では私達が仮に恐竜の歯を見つけたとして、それが[哺乳類の切歯を思わせる形]であるならばそれはティラノサウルス科のものであると考えてよいのだろうか?。いや、そんなことはない。なぜなら、ホルツ博士の系統分析に従うと、[哺乳類の切歯を思わせる形]という前歯はティラノサウルス科だけではなくダチョウ恐竜およびトロエドン科にも見られるものだからだ。
ティラノサウルス科の歯の独特の特徴がなにかないのだろうか?。実はある。それは、彼らの前上顎歯の断面が[D字型]ということだ。この特徴はダチョウ恐竜やトロエドン科、他のテタヌーラにおいても見られない。
そして、和泉標本は
1:断面が左右非対称であり
2:哺乳類の切歯を思わせる形をし
3:断面がDの字型
という、以上すべての特徴を持っているのだ。
和泉標本を上から眺める。スケールバーは5mm。画面下、左右にあるのがセレーション。本来、歯のセレーションは左右両端にあるものなのだけれども、ティラノサウルス科では後ろに向いています。そのためにティラノサウルス科の前上顎骨歯はDの字型になります。アロサウルスの前上顎骨歯と比較してください。
このように和泉標本はティラノサウルス科の動物であるらしいことが分かった。ではこの歯の持ち主はティラノサウルス科の動物のどれかであると特定できるのだろうか?。例えば和泉標本はアウブリソドンであるとか?。
実は大倉さんはこの化石を見つけた時、もうひとつのことに気がついていた。つまり、和泉標本はたしかにアウブリソドンと似てはいるが、この歯にはセレーションがある、しかしアウブリソドンの前歯にはセレーションがない。ようするに似てはいるが、共通しない点もある。
セレーションとは歯の縁にあるノコギリの刃のような構造のことで、多くの獣脚類がこれを持っている。しかし、ティラノサウルス科の動物たちの中でもアウブリソドンとアレクトロサウルスの前歯にはセレーションがない。そのためアウブリソドンとアレクトロサウルスはティラノサウルス科の中で独自の系統、アウブリソドン亜科をつくることが、非常に弱くではあるが支持されている。
一方、和泉標本にセレーションがあることを考えると和泉標本をアウブリソドン亜科であると考える根拠はないようだ。
アウブリソドン亜科:Aublisodontinae アウブリソドン:Aublysodon 北米の7300万年前、前後の地層から知られる恐竜でバラバラになった(つまり顎からはずれた状態の)歯と部分的な頭骨しか見つかっていません。身体の特徴からするとティラノサウルス科であろうと考えられています(Molnar et al 90. [The Dinosauria ] Unive Califo Press, pp200 ) 。
また、前上顎骨歯がDの字型であることからすると吻部はすでにティラノサウルスを思わせる形をしたのかも知れません。
アウブリソドン亜科は、Aublisodontinae を直訳したものです。この枝は”前上顎骨歯のセレーションがない”という特徴で束ねられるものです。この枝に束ねられる動物としてはアレクトロサウルスとかその他断片的な動物化石があります。束ねられる動物が断片的なことなどから非常に弱くしか支持されていないことに注意しましょう(参考としてHoltz 97. Journal of Vertebrate Paleontology Supplement17(3) 53A )。
(アウブリソドンの参考としては、Lehaman & Carpenter 90 J.Paleont.64(6),pp1026~1032も)。
なお。和泉標本が小さな歯であることから考えると、ティラノサウルス科の中では小さな動物であるアウブリソドンが”和泉標本の持ち主”の姿を想像する助けになるかもしれません。イラストでは羽毛で身体を覆われています。また口から下がっているのはトカゲ。
一方、他のティラノサウルス、例えば中型の肉食動物アルバートサウルスやゴルゴサウルス、巨大なティラノサウルスなどはもうひとつの枝、ティラノサウルス亜科を構成することが示されている(参考としてHoltz 97. 前出)
ティラノサウルス亜科:Tyrannosaurinae Gorgosaurus.libratus(ゴルゴサウルス・リブラツス):カナダのアルバータ州から見つかった動物の化石につけられた名称。ティラノサウルスの仲間としては中型、とはいえ8メートルあまりあります。外見が非常に良く似た化石にAlbertosaurus.sarcophagus(アルバートサウルス・サルコファグス)というものがいます、ゴルゴサウルスはしばしばアルバートサウルス属として扱われることがあります(例:Holtz 94)。
注:まあ、あくまでこれらの名前は”化石という個々の物体につけられた単なる総称”であることは覚えておいたほうがいいと思います。Holz 97(前出)ではアルバートサウルスとゴルゴサウルスが系統上他のティラノサウルス類よりも近い動物であるという証拠は得られていない(一緒の動物にする理由がない)そうですが、論文を見ていないのでこれ以上はなんとも言えません。
ちなみに上のイラストは単なる下描き、すいませんねえ〜〜〜^^;)
あと、最初、このページをアップした時、このイラストをアルバートサウルス・サルコファグスといっていたのですが、資料にした化石がどうもリブラトスらしいので、表記をゴルゴサウルス・リブラツスに直しました^^;)いや申し訳ない。
ティラノサウルス亜科はTyrannosaurinaeを直訳したもの。アリオラムス、アルバートサウルス、ゴルゴサウルス、ダスプレトサウルス、ティラノサウルスなどを含みます。
そしてティラノサウルス亜科の前歯にはセレーションがある。とはいうものの、和泉標本をセレーションの有無だけでああこう言うのは大胆すぎるかもしれない(実際、そこまで同定されていない)。だから同定の話はこのへんで終わるとして、少し違うことに注目しよう。
これまでティラノサウルス科の化石記録は比較的新しい時代に集中していた。もっとも保存が良いティラノサウルスやアルバートサウルスの化石記録は8000万年よりも古くは遡らないし、アウブリソドンとアレクトロサウルスも時代はたいして変わりはしない([The Dinosauria 1990 Uni Califo Press])。しかし和泉標本が見つかった地層は少なくとも1億2000〜4000万年前のものと考えられている。ようするに和泉標本はティラノサウルス科と同定された化石の中では世界でもっとも古いもののひとつなのだ。同じくらい古い候補としてはタイから見つかったシャモティランヌスがある(Buffetaut et al 96. nat vol.381. pp689~691)。
とはいえ、シャモティランヌスはティラノサウルス科固有の特徴と言えるものは持っていない。一方、和泉標本が持っているものはティラノサウルス科に固有の特徴であるといえそうなものだ。この貴重な化石、IBEF VP 001は産出した和泉村で展示されている。
さて、和泉標本が出たのと同じ手取層群が広がる福井県の白峰村からは、和泉標本とほぼ同じ時代の地層からオヴィラプトロサウリアのものと思われる爪が99年に発見されている(Manabe 00. Nat vol404.pp953)。多くの系統解析は、オヴィラプトロサウリアがティラノサウルス科よりも鳥に近い動物であることを示している(Sereno 99. Xu etal 02)。つまりオヴィラプトロサウリアとティラノサウルス科の系統が分岐したのは化石の発見年代である1億2000万年よりも遡ることは確実だ。おそらく両者の祖先が枝別れした時代は白亜紀初期よりも古いのだろう。このことからすると、いつか世界のどこかでもっと古い時代の地層からティラノサウルス科の化石が見つかるのかも知れない。