1:恐竜の系統関係を調べる分岐学(分岐分類学)は結果がころころ変わるから信用できない
これ、かなり広く見られる勘違い(あるいは価値観?)であるようですが、まずこれに関して考えてみましょう。ある人はこう言いました。
”分岐学は信用できない。毎回、個人によって答えが違っている。新説だと思ってそれを信用すると裏切られる。”
なるほど、彼は論文に載っている解析結果を信用していたんですね、
解析結果という仮説がどの程度確からしいか?、それを検討する
のではなくて。
このことは以上の発言をした彼が科学の仮説を、”信用する、あるいはしない”、という基準で判断していることを示しています。
でも、科学とはそもそもそういうものでしょうか?。
例えば空を見ながら1日を過ごし、そしてさらに何ヶ月かをすごせば太陽や月がある一定の周期で天空を動くのが観察できます。この現象を説明するために大地の周囲に大きくて透明な天球があり、そこに太陽や月が乗っている。そしてその天球がそれぞれ運動するというモデルが提案されました。いわゆる天動説ですね(考えてみればすごくわかりやすいモデルだ)。
もしあなたがこのモデルを信用する、あるいは信じるのならそれで話は終わりです。信用したのなら疑う必要はありません。それで話は終わり。もう考える必要はないのです。かくて天動説は世界の真実となる。
ですが、科学とはそういうものではありません。科学にとってすべてのアイデアや仮説はいわば現象を説明するためのモデルです。このモデルは科学において確かめるべきもので、信じるものではありません。信じるのならそれは科学でなくて宗教です。信じないことを信じるのならそれもまた宗教。
いってしまえば天動説はオカルトでもなんでもなく、信じる信じないのものでもありません。あれは(かつては)立派な科学の仮説であって、そして検証の結果、否定されてしまった仮説なわけです。
では話を戻して分岐学が恐竜の系統関係をあつかっているとき、なにが行われているのでしょう?。じつは分岐学によってさまざまな恐竜の血縁関係が提案されている時、そこでは次ぎのようなことが行われています。
1:手持ちのデータから生物の(ここでは恐竜の)血縁関係を推理してみた。
2:すると次ぎのような血縁関係(仮説)が推理された。
3:この血縁関係(仮説)は正しいだろうか?
4:新しいデータを加えてこの血縁関係(仮説)を確かめてみた。
5:その結果、次ぎのような血縁関係が推理された。
6:この血縁関係は正しいだろうか?
・以下省略。
ようするになんのことはない、分岐学が恐竜にたいして行っていることは単純に科学の作業ですし、系統学の世界ではだれでもやっているようなことです。つまりデータを加えても答え(仮説)が安定的ならばその答え(仮説)は確からしい、そういうやり方で仮説の妥当性を確認しているわけです。
これは次ぎのような作業とくらべればわかりやすいでしょう。
1:月と地球、太陽と地球、木星とその衛星などの観察した
2:これらの運行を説明するモデルとして”質量に比例し、距離の二乗に逆比例する引力”という力を想定した
3:新しい天体が見つかったので、この天体の運行にもこのモデルが使えるか試してみた
以下省略
詳しい人はこの作業の結果が最終的に非常に面白い結果をもたらしたことを知っているでしょう。ともあれこのように観察や発見によって”仮説が確かなのかどうか検証する”という作業は科学でしばしば行われていることです。ようするに分岐学がやっているのは新しい観察や発見を加えることで系統関係という仮説が確かなのかテストしているわけです。
逆にいうと結果がころころ変わるから信用できない、という最初の彼の発言は、おそらく科学を宗教と勘違いしている感想なのでしょう。あるいはもっと悪くて、彼は結果がころころ変わるようなことをしてはいけない(あるいはして欲しくない)と言っているわけだから、仮説の妥当性を確かめることを否定していることになる。ようするに彼は科学を否定している。
このような誤解の根底には、科学とは最新情報を網羅、あるいは暗記すればよいという勘違いがあるように思えます。しかし科学とは暗記問題でもなんでもありません。
実際、こうした発言をした人の幾人かと話した北村の経験からすると、どうもこういう人たちは暗記のためのツールとしてしか分類とか系統を使わないらしい(あるいは分類と系統を混同している)。そうだとすると最初の彼の発言もいわんとすることは分かるのですよね。暗記という目的からすると体系は安定していた方がいいに決まっているわけですから、そりゃあ彼らからすると仮説をテストするなんてもってのほかだ。
彼らにとっては安定が大事なんであって、逆に解析の結果得られた体系がどこまで確かで、どこまで安定なのかガンガンぶったたいてテストするなんてことはありうべからざることなんでしょうね。暗記したい人にとっては科学とか科学者というのは悪魔の申し子のように見えるのかもしれない。ましてや科学者によっては分類階級という暗記ツールまでぶっこわしたり捨てたりするわけだし。そりゃあいやがるよねえ・・・・・。
ようするにこの断絶は科学に興味があるのか?、それとも暗記とウンチクに興味があるのかという戦争なわけです、多分。
参考までに:
ちなみに・・・、それでも以上の作業の概要だけを聞くと、いずれにしても結果がころころ変わるだけじゃないか!!、という人もいるかもしれません。でも恐竜に関していうと、推理された彼らの血縁関係をよく観察すると実際にはころころ変わってはいません。むしろ大筋は同じで一部の配置が違う、という状態であることが分かります。つまるところ部分的に不確定な部分があるが、だいたい安定。
たしかに一部の恐竜は系統関係がかなり不安定です。例えばトロオドンなど。でもそれは、むしろそこに解くべき問題があるということを示しています。
なお、分岐学の入門図書としては、
「系統分類学入門 ー分岐分類の基礎と応用ー E.O ワイリー etal 文一総合出版」をどうぞ。
一応、北村の著作、
「恐竜と遊ぼう 博物館で恐竜を100倍楽しむ方法 北村雄一 誠文堂新光社」も上げておきますね^^)。