詭弁・その2:詭弁を知る前に、科学はなにをしているのか?

 

 わらし:ミラちゃん、こっちにくるだよ。

 ミラ:だからさ・・・・・なんで語尾が田舎言葉なのよ。

 わらし:いや、すっとぼけな時はこういう方が雰囲気があるかと・・・。

 ミラ:てめー、田舎をなめるなよ・・・って、うわっ狭い!! なによこれ??

 わらし:これがコアだあ。人間が仮説を立てた時、仮説の中核になる部分だな。

 ミラ:ああ、だからドーム形なのね・・コアっていうだけに丸いんだ・・・。でもなんでここはこんなに狭いのよ? 

 わらし:これはスタンダードな仮説のコアじゃないだ。これは不利な仮説のコアだからなあ。最初っから負け戦だからこんなに狭いだ。ほれ、この窓から外を見てみろ。

 ミラ:どれどれ・・・・、げっ、敵だらけじゃない。

 わらし:なんたってすでに負けているからな。四面楚歌ってやつだ。防衛ラインを縮小してとうとうこんななっちまっただよ。でも、外にいる連中はこっちにそれほど敵意は持っていないだ。

 ミラ:うそっ、だってコアの外壁をがんがん叩いているじゃない。やだっ、なにか道具でがりがり削ってる!!

 わらし:いやあ、連中は自分達のコアもがんがん叩いてテストするだ。まあ、あれは本能みたいなもんだな。敵も味方もなにもない。別に敵意があるわけじゃないだ。もっとも、なかにはものすごい連中もいるがなあ。

 ミラ:ものすごい連中???

 わらし:前衛的でアグレッシブーって言われるような学会では革新的をぶっちぎりで通り越した瞬間の伝説のひとつやふたつがあるもんだ。ここではいちいち語れないが。まあともかく、あれが科学者って連中のすることだなあ。絶えず絶えまなく仮説とその中核のコアを検証する。

 ミラ:それが自分達のコアでも?

 わらし:そうだあ。まあなかには自分達のコアを叩きたがらない連中もいることはいるが・・・。でも究極的には、連中はすべての仮説を叩いて、たいていのものは結局のところ壊しちまうだ。

 ミラ:でっ、どうするの?

 わらし:壊したらそれに代わって新しい仮説とそのコアを作るだよ。より適切で効果的なコアへとバージョンアップして、そして最初からやりなおすだ。

 ミラ:それを永遠に?

 わらし:それが科学だからなあ。科学は信仰や宗教じゃあないだ。連中はコアを絶対視しているわけじゃないから。すくなくとも宗教と科学の最大の違いはそれだろうねえ。

 ミラ:ふーん・・・。あのさっ、じゃあそもそもコアってなんなのよ。

 わらし:うん? コアってのは仮説の中核部分だでよ。それはもう言っただ。

 ミラ:いや、そうじゃなくてね・・・。

 わらし:はいはい。コアっていうのは具体的には、まあこれは便利な呼び名で使っているだけだけど、例えば理論や学問体系の中核にある原理のことよね。進化学なら、生存率の違う変異・存続をめぐる争い・自然選択で生物は進化する。これが進化学のコアね。

 ミラ:系統学や分岐学ならどうかしらね?

 わらし:生物は進化した、とか、その進化の様子は塩基配列の類似度や共有派生形質の分布を最節約に処理することで推論できる、それがコアでしょうね。

 ミラ:創造論なら?

 わらし:創造論なら、聖書に書かれていることは文字どおりの意味で正しい。それがコアでしょう。ずいぶん昔にブームになったルイセンコ学説なら唯物論的弁証法は絶対に正しいってやつかな。今西進化論なら種社会と棲み分けでしょうね。アンチ系統学/アンチ分岐学の人なら僕の認識は正しいし、僕が認識しているものは実体だ、整理整頓万歳!!ってところよね。

 ミラ:じゃあさ。さっきもいったけど、科学者とそうじゃない人の違いって具体的にはなによ。コアへの扱いが違うみたいだけど・・・。

 わらし:外を見れば分かるでしょ。科学者にはコアへのこだわりがないのよ。というか彼らも人間だからコアへのこだわりは感情としては持っているけど、それは彼らの人間部分の話よね。科学自体は原理的にそういうものは持っていないか、他の分野にくらべてひどく希薄だわ。

 ミラ:そんなもんなの?

 わらし:すくなくとも科学者とか理科系の人間なら、学生時代に教官にこんなことを言われた記憶があるはずよ。現時点でいかにスタンダードであっても、そういう手堅い理論や仮説であっても、その中核部分も疑え、確かめろってね。科学ってのは、それが現実に理想状態になっているのかどうかはともかく、理念として本来そういうものだし、そういう教育がされるのよ。

 ミラ:ふうーーーん

 わらし:反対に宗教家はそうではないわよね。神への信仰っていうコアはゆらいじゃいけないはずなのよ。

 ミラ:まあ・・そうでしょうねえ。でもさっ、ルイセンコとかアンチ系統学とかって、それはどうなのよ??。あちらは宗教じゃあないんでしょ?。

 わらし:まあ、神には帰依していないみたいだなあ。でも、自説をサポートする証拠がなくても、いや、不利な証拠がどんどん増えても最後まで自分たちの仮説の中核部分は叩かない。そういう特徴はもっていたわよね。

 ミラ:疑わしくてもコアに手を出さないって点では同じだと・・・・。

 わらし:そうだあ。だからたとえ彼らが科学の風を装っていても、スタンダードな科学者から、

      あんたたちのやっているのは科学じゃないよ、

 (  ̄  ̄)     (‥;)(‥;)・・・・・

っていわれちゃうわけなのよね。

 ミラ:じゃあさ。科学者はじっさいにはなにしているの?

 わらし:がんがん叩いているじゃない。すぐそこで、ほら。

 ミラ:いやその、もう少しそれを具体的にですね・・・・・。

 わらし:そうねえ、およそ科学の作業はまず、

 1:集めたデータからデータを説明する仮説を見つける

 2:新しいデータを付け加えてその仮説がどの程度確かなのかを確かめる、つまり検証する

 3:検証の結果・・・

 仮説が支持された→2へ戻る

 仮説が支持されなかった→1へ戻る

だいたいこんな感じかしらね。

 ミラ:??

 わらし:例えばここに地図があるのよね。これなんだけど・・。

 ミラ:ちぎれちゃっているわね、この地図。

 わらし:そうなのよね。これをどう復元したらいいと思う?

 ミラ:そうねえ、こんな感じかな?

 

 わらし:おー、いい感じじゃない。ちなみにピンクの線は欠けた部分にはこういう道路があったんじゃないか?という仮定よね。

 ミラ:そうねえ。

 わらし:そしてこれは復元よねえ。

 ミラ:そうねえ。

 わらし:じゃあこれは仮説よねえ。地図の断片はこうつながるのだ、という仮説。これがさっきいった

 1:集めたデータからデータを説明する仮説を見つける

なのよ。

 ミラ:えっ?、そうなの?。これが仮説なの?、そんなあやういものかしら。これで真実、これが答え、これで終了、それでいいんじゃないの?

 わらし:これが手堅いのは確かよね。でも科学者ならこういう復元もあくまでも暫定的な仮説であって、これが真実であり、答えであると結論してはいけないとみなすでしょうね。そりゃあもちろんたいていの科学者は他に仕事があるからこの程度の地図の復元に血眼になったりしないでしょうけど。

 ミラ:反対にいうと科学者じゃない人は、これで終わりって考えるわけ? 原理的に?

 わらし:科学者と彼らの間に違いがあるとしたらそこよね。科学者じゃない、あるいは科学っぽくない考えを持った人ならこれがゆるぎない真実であると考えるんじゃない。

 ミラ:なるほど。でもそれだけ? 仮説を仮説と受け取るか、それとも真実と考えるかの違いだけ?

 わらし:いやいやそうじゃないわ。仮説と考えて、そして検証するか、それとも真実と考えて検証を拒否するか。そういう違いがこの先にはあるわ。

 ミラ:それが

 2:新しいデータを付け加えてその仮説がどの程度確かなのかを確かめる、つまり検証する

なのね?

 わらし:そういうことになるわね。そして科学者であれ、宗教家であれ、いずれにせよ、これ、この組み合わせが最初の出発点であり、そして仮説のコアになるのよ。

 ミラ:は? これのどこがコアなのよ?

 わらし:”地図の断片はこういう形でつながるに違いない”っていう中核部分。つまりコアよ。この復元はあなたにとっては他の組み立て方よりも優先した仮説でしょ?

 ミラ:はあ、まあこの組み立てが一番いいと思ったものですからね。そうね、他の組み合わせよりも優先したわねえ・・・。

 わらし:じゃあこれはまさにあなたの仮説の中核部分じゃないの? 他の組み合わせよりもこの組み合わせがベストに違いないっていう中核部分。これが正しいに違いない、これが一番よさそうだ。そういう考えの核になる部分じゃないの? 違う?

 ミラ:ああ、いわれればそうだわ。

 わらし:さて、ミラちゃんが宗教家やあるいは信じる人なら、さっき言ったようにこれで話は終わりだわ。

 ミラ:そうね。これが正しい、この組み合わせを疑う必要はないで終わりってわけね。

 わらし:でも科学者ならどうしたらいい?

 ミラ:ええっと、このコアを検証すればいいんでしょ? でもどうやって?

 わらし:地図の他のピースを探したらいいんじゃない?

 ミラ:なんでそれが検証になるのよ?

 わらし:あんたのこの復元がもしも正しかったら、新しいピースがここにはまってくるはずだろうがよ。それで検証にならないんかい。

 ミラ:はあ、まあそうですねえ。

 わらし:新しいデータを付け加えてその仮説がどの程度確かなのかを確かめる、それがつまり検証するなのよ。そして今度はこんなピースが見つかるとしましょうよ。

 わらし:さあ、どうする?

 ミラ:こうじゃない? 少し合わないところもあるかなあ・・・・、でもまあまあよね。

 わらし:うん、いい線いっているんじゃない? 確かに最初に仮定したピンクの道路は一部考え直さなければいけなくなるけどね。

 ミラ:うーん、なるほど。ところでここで考え直すことが科学なわけ?

 わらし:新しいピースを加えたらこれまでの組み合わせにいい具合にはまった。ただ、その結果、こうだったのだろうという推理の部分は少し変えなくちゃいけなくなった。多分、ここで私たちは2つの動作をしているんじゃないかな。

 ミラ:2つ?

 わらし:ひとつは、これまでの仮説が正しいのか確かめること。私たちは新しいピースがうまくはまるかどうかによって組み合わせが確からしいかを見ているわけよね。

 ミラ:それがコアをテストすることであると。

 わらし:そしてそれが私たちがやった動作、2つのうちの1つなわけよ。

 ミラ:なるほどね。もうひとつは?

 わらし:もうひとつは、仮説をなりたたせるために考えたピンクの部分、これは補助仮説っていうものだろうけど。これの変更ね。これは新しいピースを見つけたことで若干の変更を今回せまられたわけよ。

 ミラ:そうねえ。

 わらし:つまり私たちは第1に全体の組み合わせ、つまりコアを検証する一方で、第2にこのコアを救うためにピンクの部分、補助仮説を変更したわけよ。

 ミラ:えっ?? コアが大丈夫かどうか叩いて確かめているんじゃなかったの? コアを救うだなんてそんなことをしていいの? それじゃあ宗教家になったりしない?? 

 わらし:それは程度にもよるわね。例えばこのコンテンツの作者自身が学生時代に経験したけど、実習実験の結果が既存のスタンダードな結果と一致しなかったのよ。これをもって既存のスタンダードな実験結果を否定する大発見だっ!!って大声でいっていいと思う?

 ミラ:いや、ダメだろう。それは単純に実験がへたくそだっただけで・・・・。

 わらし:そうよね。それと同じでほんの少し不一致が出ただけで全体の組み合わせを変えるのは逆に問題なのよ。というか現実的でないわけね。実際、この検証の場合でもピンクの部分を少し補正するだけですむわ。これは最初のコア、つまりミラちゃんの考えた組み合わせを変えなくちゃいけないほどの問題かしら? 

 ミラ:うーーーーんん、たしかにそんな問題ではないでしょうねえ。ピンクの予想は変えなくちゃいけなかったけど・・、でも地図の断片自体はきれいに組み合わさっているし・・・。

 わらし:だからこの場合はこれでいいのよ。

 ミラ:じゃあこれで万事オッケーなわけね。

 わらし:いや、そんなことはないわ。今度は補正したピンクの部分が正しいかどうか検証しなくちゃいけない。さっきいったように、

 3:検証の結果、仮説が支持された→2へ戻る

なわけよね。仮説が支持されたのだから2へ戻らなくちゃ。つまり新しいデータを付け加えて検証をまた繰りかえすのよ。

 ミラ:・・・はあ、研究者ってしつこいわね。

 わらし:やつらはしつこいわよ〜〜〜、まさに根性の固まりね。でもってまた新しいピースが見つかったわけよ。

 わらし:これをどうはめ込む?

 ミラ:こうかな?

 わらし:そうね。うまい具合いったわね。

 ミラ:これで検証されたことになるわけ?

 わらし:そうね、ピースがもうないから、少なくともピースを使った検証はこれで終わり。だけどなにか他に手があったらもっと検証できるわ。

 ミラ:・・・・しつこいわね。

 わらし:まあそういうな。さて、このパズルの場合では検証によるテストを受けたけど、でも、最初の組み合わせを変える必要にせまられないままにここまでこれたのよね。

 ミラ:そうね。

 わらし:つまりこの組み合わせ(この仮説)は今のところだけど最後まで生き残れたわけよ。

 ミラ:コアが生き残ったということね?

 わらし:そうね。でも、時には最初の組み合わせを崩した方がいい場合もあるわよね?

 ミラ:まあ、あるでしょうねえ。

 わらし:そういう時はどうする?

 ミラ:そりゃあ・・・、新しい組み合わせを考えるわよ。

 わらし:そうよね。それがなにかというと、

 3:検証の結果、仮説が支持されなかった→1へ戻る

ということなわけよ。

 ミラ:ふりだしに戻るわけか・・・・

 わらし:そうね。そしてそういうことが起きた場合、そこで何が起こっているのか? そこでは最初の組み合わせというコアが検証に耐え切れずに壊れちゃった、そういうことが起こっているわけよ。

 ミラ:ああなるほどね。それが科学者がコアを壊すということなのね?

 わらし:そうだあ。科学者はえんえんと何世紀もコアをテストして、そして結果的に幾つも壊してきたのよ。天動説を壊したり、地層の生成を説明する洪水説を壊したり、万有引力を壊したり、これからも延々とコアを壊し続けて、そして前よりも新しくてよりよいコアをつくり出してきたのよね。地動説、ライエルによる地質学、アインシュタインの相対性理論、こんな感じにね。

 ミラ:パズルの別の組み合わせを考えるように?

 わらし:そうね。

 ミラ:あれ? ちょっとまってよ。じゃあ科学者はパズルができる人で、そうじゃない人はパズルができない人ってわけ?

 わらし:いざとなれば最初の組み合わせを破壊することにも躊躇しないか、あるいは躊躇するか、そこが違いだな。

 ミラ:うーーーーんんん??? でもさ、なんで科学者とそうじゃない人の間にそんな違いができるわけよ?

 わらし:んー?、じゃあ今度はそれを見ていくかあ。そしてこれが詭弁を理解してあやつる極意を知る手がかりになるんだなあ。

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