分岐学って不完全よね?
ミラ:ねえ、分岐学って不完全なデーターから分岐図を組み立てているだけなんでしょう?
わらし:まあ、そうだが、それが何か?
ミラ:こういうことを言っている本やサイトがあるのよ。分岐学が使えるデーターは、過去に存在した生き物の数の数千分の一、数万分の一だけだって。だから永遠に不完全な分岐図しか作れないんだって。
わらし:それはそうだが、それで何か?
ミラ:つまり分岐学が使う化石って地球にこれまで存在した生物のごくわずかなものにすぎないんでしょ? だから出てくる懐疑的な意見らしいのよね。
わらし:ああ、化石を使う話ね。まあそれはそうだけど、それでどんな問題が発生すると思うかね?
ミラ:だってまずいじゃない。不完全なデーターでしか話をしていないのよ? それじゃあ信用できないわよ。
わらし:それ、火事の原因は絶対に分からないという意見でもあるよな。
ミラ:えっ?火事??
わらし:火事が起こる前に現場にあったもののほとんどは、火事が終わった時には灰になっているだよな。
ミラ:そうねえ。
わらし:もちろん火事の規模にもよるけどもな、火事の後に残っているデーターはもともとあったもののごくわずかにすぎないずらよ。ミラちゃんのいうことが正しいとすると私たちは火事の原因なんて分からないことになるだね。
ミラ:うーん、そうなるか・・・。
わらし:それに、手持ちのものが不完全なんだから確かなことがいえないって致命的な主張だな。
ミラ:なんで?
わらし:誰であってもこの世界のごくわずかなことしか知らないわけでしょ? さっきの主張を真面目に受け取ると、私が知っていることはこの世界のごくわずかなことだから、私は何も分からないって言っているのと同じであるな。
ミラ:でも、データーが少ないと何もいえない時があるわよねえ? これは事実でしょ?
わらし:データーの不完全さはデーターによってさまざまだし、データーから導き出される答えの確からしさはそれぞれ違うのもまた事実である。
ミラ:例えば?
わらし:例えば火事の規模によって現場の保存状態は違うだよ。ボヤなら火元になったタバコとかまで残っているかもしれない。
ミラ:でも激しい火災ならなくなっちゃうわよ。
わらし:それでもどこが火元だったのか? 火元の種類は何なのか、灯油のようなものなのか? ガスなのか、それとも電気のショートなのか、どう火が広がっていったのか、それは分かるっぺや。
ミラ:もっともっと激しい火災ならどう?
わらし:まったくきれいさっぱりなくなっていたらほとんど何も分からないかもしれないなあ。でもこうして見たように、残されたデーターによって言えることの確からしさが違うわけだね。冒頭の考えの問題はここにあるさね。
ミラ:つまり?
わらし:不完全なデーターにも不完全さに度合いがあるだがよ。そして言える事柄についても度合いが様々だ。それらは個々に判断するしかないだな。
ミラ:はあ、まあねえ。
わらし:現実にみんなそうしているだろ?
ミラ:はあ、そうしてますね。
わらし:つまりだなあ、冒頭の意見は”すべて不完全だから何も言えない”ってひとくくりに考えちゃったのが間違いだな。解像度が荒すぎだ。火事の原因が何なのか? 原因が分かるのか、分からないのか? 分かるとしてどの程度まで分かるのか? そういうケースバイケースの違いがあるはずなのに全部同じにしちゃってるのはまずいずら。
ミラ:うーんじゃあ、実際のはなし、分岐学はどうなの?
わらし:それをどう検証するのか、今度はそれを考えてみましょうか
*データーが不完全だから答えはいい加減に違いない。これは分岐学への批判でしばしばよく聞くものですが、これは致命的ですね。本文中で言ったように、これをいう人はいかなる事柄についても何もいえなくなってしまうでしょう。
また、こういう論法で分岐学を批判する人は”だからこちらの説の方が正しい”と言ったりします。これはもっとおかしい話です。なぜなら彼らが正しいといっている仮説も、不完全なデーターから導いたものだからです。分岐学や系統学は認めてもいい、しかしそれが有効なのは現在生きている生物の遺伝子を調べた時だけだ、化石なんか不完全だから分岐学を化石に適用するのは間違いだ。そういう人もいます。しかし、そもそも現在、地球にいる生物は実のところこれまで存在した生物のごく一部にすぎません。化石が不完全だというのなら、現在の生物も不完全なデータです。そもそも人間がこれまで観測した事柄は時間で見ても空間で見ても、宇宙のごくわずかでしかありません。不完全なら何も言えないという主張は、何のこっちゃない、私は何も言えません、という主張にしかなりません。
参考文献として:
「系統分類学入門ー分岐分類の基礎と応用ー」 E・O・ワイリー他 宮正樹訳 1992 文一総合出版
「系統分類学」 E・O・ワイリー 宮正樹・西田周平・沖山宗雄共訳 1991 文一総合出版
「生物系統学」 三中信宏 1997 東京大学出版会
「種の起源」(上下) ダーウィン 原著1859 岩波文庫