「再帰的近代化」ってなに

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「再帰的近代化」ってなに?

ベックやギデンズが現代社会の特徴を把握するために用いた概念。ベックによれば、以前の近代化は自然と伝統という目的・対象(Objekt)を近代化していく「単純な近代化」であった。それは身分的な特権や宗教的な世界像を「脱魔術化」していく近代化である。しかし、現在、この近代化はその目的・対象を吸収し尽くして喪失し、自己を近代化していく段階に入った。これが「再帰的近代化」である。現代社会の変容と課題を理解するためには非常に有効な概念。

私がこの概念を知ったのは10年前の留学中のこと。テンニースやウェーバーの社会学を取り入れながら、この概念を用いて拙著はドイツ現代社会を論じた。

 

再帰的近代化の予備知識

英語やドイツ語には再帰動詞というものがある。<主語+動詞+目的語>といういわゆるSVO文型で、主語と目的語(objectObjekt)が同じものになる動詞を再帰動詞という。目的語はこの場合にドイツ語ではsich、英語ではoneselfとなり、それは再帰代名詞と呼ばれる。この動詞はドイツ語で頻繁に使われるので、ドイツ語で説明してみよう。setzenは、目的語をとる他動詞で使われる場合には「〜を座らせる」という意味で、“Ich setze das Kind auf die Bank.”は「私は子供をベンチに座らせる」となる。この動詞が再帰動詞で使われると、「自分自身を座らせる」、つまり「座る」という意味になる。“Das Kind setzt sich auf die Bank”は「子供はベンチに座る」となる。英語も、ドイツ語も、「目的語」のobjectObjektは同時に「目的、目的物、対象」も意味する。modernisierenは「近代化する」の意味だが、近代がObjekt(目的語=目的、対照、目的物)を喪失して、自分自身(sich)を近代化していくことを「再帰的近代化」という。

以前の「単純な近代化」の段階においては、近代は近代以前のもの、たとえば伝統的な社会制度や政治制度、あるいは自然を近代化していった。近代化はObjekt(目的語=目的、対照、目的物)をもっていたわけだ。たとえば、都市−農村共同体や家共同体、身分制社会、封建−絶対主義国家をObjekt(目的語=目的、対照、目的物)にして、この近代化は市民社会、核家族、階級社会、国民国家を生み出していった。

ところが、1970年代ごろから、近代はそのObjekt(目的語=目的、対照、目的物)も近代化し尽くして、今度は近代化自身が生み出した市民社会、核家族、階級社会、国民国家を近代化していったのである。こうして近代は自分自身を近代化していくことになった。「地域社会の崩壊」とか、「家族の崩壊」、「労働運動の終焉」、「グローバル化」というのは、正しくこの近代化における現象である。自然も近代化し尽くされ、「エコロジーの危機」が叫ばれている。

拙著における「再帰的近代化」論

拙著では、近代化を二重の過程として捉えた。第一がゲゼルシャフト化であるが、それは合理化、分化−専門化、個人化、馴致化を主な特徴とし、それに伴って意味喪失、動機の不安定性、正統性・統合のメカニズムの欠如、無力−孤立感、連帯−共生感の希薄、自然破壊、心的・肉体的自然の人工的環境への従属などの問題が生じる。その意味でゲゼルシャフト化とは「悪夢」にほかならならず、それゆえに、このゲゼルシャフト化に対する抵抗運動やゲマインシャフト探求の運動が近代化過程において必然的に伴うことになる。こうして生み出されたゲマインシャフトを拙著は「近代的なゲマインシャフト」と名づけ、その典型として市民社会、家族、階級、ネイションを取り上げた。それは、分化−専門化され、相互にしたがうべき道徳と連帯感を喪失(=アノミー)していく部分社会と個人化によってばらばらになった個人を統合し、世界の魔術化によって意味喪失した個人に自明のアイデンティティ――市民や父、母、夫、妻、労働者階級、ドイツ人など――と存在論的意味を付与する機能、すなわち、ゲゼルシャフト化に伴う問題――部分社会と個人の脱統合、アノミー、孤立−無力感、意味喪失――を相殺する機能をもった。それを可能にしたのは、「近代的なゲマインシャフト」が伝統と自然によって正統化された一元的な規範力を行使したからである。

ところが、70年代以降、「近代的なゲマインシャフト」自身がゲゼルシャフト化されることによって、それがもっていた一元的な規範力は失われ、アイデンティティと存在論的意味の創出が自己課題となっていく。他方で、性、地域、エスニシティなどの領域でゲマインシャフトが新たに探求され、新しい社会運動・緑の党や極右運動−政党のような新種の政党と運動が展開されていった。このように、「近代的なゲマインシャフト」自身がゲゼルシャフト化され、新たなゲマインシャフトが探求される近代化の段階を「再帰的近代化」と呼び、この歴史的な段階を、それ以前の近代と区別するために、「現代」と命名した。

その後の展開

 拙著で提示した「再帰的近代化」論に対して、ある大学院生から批判が寄せられた。再帰的近代化における性、地域、エスニシティなどの領域で新たに探求されている「ゲマインシャフト」は、定義上、「ゲマインシャフト」といえないのではないか、というのである。この批判を真剣に受け止めて、また、近年、盛んに論じられている「グローバル化」の問題とかかわらせて「再帰的近代化」論を現在、組み替えている。そこでは、ソシュールやニーチェの理論を用いながら、以前の近代化を「一元性原理」に、再帰的近代化を「多元性原理」に基づくものとして捉え、現代政治の変化を「外国人問題」や記憶の問題などを検討しながら、「不平等の政治」から「差異の政治」への推移として分析することにしている。この点に関しては以下の拙論を参照。

「レイシズムとその社会的背景」宮島喬/梶田孝道編『国際社会C マイノリティと社会構造』東京大学出版会 2002


「再帰的近代化」西川長夫他編『グローバル化を読み解く88のキーワード』平凡社 2003年

 

参考文献

ウルリッヒ・ベック[ほか] ; 松尾精文[ほか]訳 『再帰的近代化 : 近現代における政治、伝統、美的原理』  而立書房 , 1997.7

 ウルリヒ・ベック ; 東廉, 伊藤美登里訳 『危険社会 : 新しい近代への道』  法政大学出版局 , 1998.10

アンソニー・ギデンズ著; 松尾精文, 小幡正敏訳 『近代とはいかなる時代か? : モダニティの帰結』 而立書房 , 1993.12

高橋秀寿 『再帰化する近代 : ドイツ現代史試論 市民社会・家族・階級・ネイション』  国際書院 , 1997.7  「著作紹介」へ


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