現在研究中のトピックス

 再帰的近代化とは

「再帰的近代化」ってなに?

ベックやギデンズが現代社会の特徴を把握するために用いた概念。ベックによれば、以前の近代化は自然と伝統という目的・対象(Objekt)を近代化していく「単純な近代化」であった。それは身分的な特権や宗教的な世界像を「脱魔術化」していく近代化である。しかし、現在、この近代化はその目的・対象を吸収し尽くして喪失し、自己を近代化していく段階に入った。これが「再帰的近代化」である。現代社会の変容と課題を理解するためには非常に有効な概念。

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 ホロコーストの記憶

現在、ドイツの各地でナチス犯罪の痕跡が発掘され、それに関する記念碑が建立されている。1999年にブランデンブルク門の南側に「殺害されたヨーロッパ・ユダヤ人」のための巨大な「ホロコースト記念碑」を建立することが連邦議会で決定された。「ホロコーストの記憶」はこのように記念碑の形でさまざまに呼び起こされている。そのいくつかをベルリンと強制収容所を中心に紹介していこう。

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この問題は、愛知教育大学の南守夫さんがホームページで「ドイツにおけるナチズムと戦争の記念碑・記念館一覧(抄)」と題して、多くの写真を用いて、紹介している。彼の「季刊 戦争責任研究」に連載された論文もぜひ参照。

http://www.europa.aichi-edu.ac.jp/minami-seminar/doitsu-sensou-kinenhi.htm

 ドイツに新国籍法――二重国籍とドイツ・ナショナリティ

★1998年10月に誕生したシュレーダーを首班とする社会民主党−緑の党連合政権が誕生したが、両党は国籍法の改正で合意に達した。それが外国人の二重国籍を認めるものであったため、野党のキリスト教民主−社会同盟は猛反発し、反二重国籍の署名キャンペーンを繰り広げた。結局、与党は妥協を強いられ、二重国籍は期限付きでのみ認められたが、ドイツは従来の血統主義的な国籍を放棄したのである。

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☆この問題に関しては、Frankfurter Rundschau紙が法案成立までの記事を集めた特集をしている。

http://www.fr-aktuell.de/fr/spezial/doppelpass/index.htm

 ドイツの右翼、ドイツにふたたびネオナチ?

 現在、極右政党、ドイツ国民民主党が憲法違反の容疑で禁止する手続きが進められている。一方、旧東ドイツを中心に極右主義者による暴力事件が多発している。その多くはスキンヘッドである。

★ドイツ極右政党のホームページ

ドイツ国民民主党(NPD) http://www.npd.net/
共和党(REP) http://www.republikaner.de/
ドイツ民族連合(DVU) http://www.dvu.net/

★ベーゼ・オンケルツ(Böhse Onkelz)の世界
  ――旧スキンヘッド系のヘビメタバンド――

 「トルコ人出て行け! トルコ人出て行け! トルコ人出て行け!/トルコ人は全員、出て行かなくちゃいけない/トルコ人のヴァイギナ、ぬらして剃られて トルコ人のヴァギナ、つるつる剃られて・・・トルコ人出て行け、トルコ人出て行け、俺たちの国から出て行け/アンカラへ帰れ/おまえらのせいで俺は病気になっちまうから/ドイツの占領者、ビニール袋を持ち歩くやつらよ/古着収集者、保菌者たちよ・・・トルコ人のヴァギナ、おまえらは殴られたがっている」


 
フランクフルト出身のスキンヘッド系バンド、ベーゼ・オンケルツ(Böhse Onkelz)の四人は、60年代前半に生まれた典型的な「落ちこぼれ」の「不良少年」であった。バンド名は「危ないおじさん(Böse Onkels)に注意」の標語に由来しているが、このように「不正解」の綴りを用いることで、彼らは学校への憎悪とそこでの成績を表現したという。見習い工や失業者であった彼らは、当初はパンクバンドとして演奏していたが、やがて赤と緑に染めた頭を刈り上げ、スキンヘッド界に入っていく。83年夏に『トルコ人出て行け』や『ドイツをドイツ人に』などのデモテープを製作し、ライブ活動でロックの激しい音楽にのせて反外国人感情を露骨に表現した。
 
84年のデビュー・アルバム『親切な男』は「人種憎悪を掻き立て、暴力を賛美」する「ポルノ的」駄作であり、「多元的社会にとって何ら意義はない」として発売が禁止された。しかし、この処分はむしろベーゼ・オンケルツの名前を世間に知らしめることになった。このアルバムとダビング・テープは闇市場に出回り、スキンヘッド界とその批判者の両者からこのバンドは注目を浴びることになったのである。彼らはスキンヘッドヘッド界のカルト的スターに祭り上げられ、ネオナチ集団が彼らのライブに集うようになった。彼らは、反外国人感情を抱いてはいたものの、直接的にはネオナチ集団に参加していないし、共感もしていなかったようである。しかし、この発禁処分とスキンヘッドとネオナチからの賛美によって、一般社会、特にメディアは彼らに「ネオナチ」の烙印を押しつづけることになった。その後、この烙印の中でオンケルツはアルバムを作りつづけているが、彼らの活動と変化はスキンヘッドや極右主義者とその周辺の姿を映し出している。

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ベーゼ・オンケルツのホームページ

http://www.onkelz.de/ http://www.rockt.nu/InternetOnkelz/io.htm

 

「ホモ夫婦」は法的に認められるか?

 今年の4月、オランダで同性愛の婚姻が合法的に認められた。ドイツではどのような動きになっているのであろうか?

 1999年5月、ハンブルクで同性愛伴侶が戸籍局で伴侶簿に登録が可能になるなど、同性愛者の婚姻を認める動きが高まる中、2000年7月、社会民主党/緑の党連邦政権は「登録生活伴侶」、いわゆる「ホモ夫婦」法案を提出した。この法案は相互保護−扶養義務、苗字、税控除−負担、相続−贈与−不動産所得税、健康−養育保険、証言拒否権、外国人伴侶扱いなどで、同性愛伴侶を「夫婦」と法的に同等に扱うことを目指してた。しかし、共通の養子を認めず(一人に一人の養子だけが可能)、伴侶の子供の扶養権を「小扶養権」に限定されている。

 これに対して野党のキリスト教民主−社会同盟は猛反発した。基本法(=憲法)第六条一項「夫婦と家族は国家秩序の特別の保護を受ける」を根拠に、法案を憲法違反の疑いで提訴することを検討した。その急先鋒であったキリスト教社会同盟党首のシュトイバーは、二重国籍問題のときのように署名活動を展開することを示唆したが、後に断念した。当時の世論調査では「ホモ夫婦」に56%が賛成したのに対して、反対は37%にとどまり、結局、異性愛夫婦とは異なるが、「ホモ夫婦」は認められた。