諍 い


 
 思いつく限りで一番酷い言葉を彼に投げつける。
 彼が蒼白になって俺を罵ってくれれば良いのに、と思う。反論でも罵倒でも何でもいい。けれど彼は穏やかに笑う。
「君が何を怒っているのか、私には分からないよ」と。
 だから俺は尚更酷い事を彼に言わなければならない。
 一体自分が彼の何に腹を立てているのか自分でも分からなくなる時がある。彼は、彼の持つ全てを俺の前に投げ出してくれた。俺の望む事は何でも叶えてくれる。彼は溺れる者にひどく優しい。
 いや、彼の何に腹を立てているのか分からなくなるというのは嘘だ。俺はいつも嫌というほど自覚している。リーマスが優しければ優しいほど、穏やかであればあるほど自分は不安なのだ。
 ……もし今ここにいるのが俺ではなく、ジェームズやあのピーターだったとしても彼は同じように、ただ笑って側にいたのではないかと。
 それは理不尽だ。自分でもよく分かる。彼が優しいがゆえに彼を責めるなど恩知らずで恥ずべき行為だ。けれど俺は自分の言葉を止める事が出来ない。
 そして彼の言葉や態度の端々からいつも漂う気構え、覚悟のようなもの。最近確信したのだが、彼の目は、やがて俺が今の状況から立ち直って彼を必要としなくなる日をも、見ている。おそらく彼の性格に根ざすもので取り除きようがないのだが、それにすら俺は気違いじみた苛立ちを覚える。
「行き着くところに行くよ、パッドフット」リーマスは言う。ずっと一緒にいるよ、などという嘘は言わない。
 リーマスが俺に嘘をつかないのは彼の誠意だ。彼くらい嘘の上手な人間を俺は他に知らない。
 俺が聞くに堪えないような言葉で彼を罵り、彼はそれをすべて受け流す。これが俺達の諍いのお決まりの手順だ。今、ここには俺の怒りだけがあって、彼の感情がない。彼はただ俺の気の済むようにさせたい、それだけを思っている。「リーマスお前は?」と肩を捕らえて揺すって詰問したい欲求を何度も抑えた。彼はきっと分からないか、或いは分からない振りをするかのどちらかだ。どちらにしろ微笑んでいるだろう。それが彼の最大級の好意によって行われていると知ってなお、俺の苛立ちはやまない。
 一体、この状態で人間が2人いると言えるのか。
 しまいには俺には何も言うべき言葉がなくなって、泣きたいような気分で彼に口付ける。
 リーマスは視線を合わせず、申し訳なさそうに目を伏せる。
 そして精神と体がバラバラになったまま彼を抱く。同じ身体で抱き合っているとは思えないざらついた感触に、俺は途方に暮れてしまう。
 耐えているのは快感なのか苦悶なのか、判別できないリーマスの表情。満身の力を込めて彼を抱きしめると、リーマスは息を詰まらせるが身じろぎすらしなかった。拒否の言葉も苦痛の声もない。もしも今、この手で彼の首に触れたら彼は瞳を開けるだろうかと想像をする。そしてその手に力を込めれば彼は果たして抵抗するだろうかと。答えは分からなかった。俺は考える。いつか自分は彼を壊してしまうのではないかと。動かなくなった彼を見てようやく安心するのではないかと。それが何よりも恐ろしい。
 俺の手に残されたものは今や少ない。
 ハリーとこの友人。ただそれだけだ。彼等の為なら俺は何でもするだろう。
  だから、どうかもし神がいるのなら。俺のこの醜い怒りから彼をお守り下さい。手前勝手で最低で、しかしとどまらない怒りから。他の何物からであっても俺は彼を守る。しかし俺自身が彼を傷つける事からは守れない。

   誰か。誰でもいい。どうか。



今回目標がきちんとあって、それを目指したのです。
うーん、閉塞したような感じ? ……駄目だ全然閉塞してない。
パイプオルガンみたいに盛大に抜けまくりだよ。
何で私は喧嘩を書こうとすると精神的パイ投げ合戦に
なんのかなぁ(今回1人レインコート着用)。
違うのになあ。もっとこう……あ、いや何でもないです。

溺れる人に優しいタイプというのはともかく優しくて
底なしに甘くてついつい寄りかかってしまうのですが、
ハッと気付くと自分がとんでもなく理不尽で我侭な人間に
なっているという罠。注意が必要ですよね。

去年に書いたメモが出てきました。興味深いので写す。
「犬と先生の諍いは2種類。
その1:犬が先生の地雷を踏んで始まる。最初の一撃で
     犬ほぼ瀕死。
その2:犬の唐突な宣戦布告と奇襲で始まる。先生が
     防衛ラインを下げるスピードが速すぎて、
     犬の前線は目標を見失って自滅」
なんかもっと熱―い感想とか書いとけよ私。で、どうやら
この話はその2にあたるようです。なので機会があれば
その1も書きますね。

妙に恥ずかしくなってこんな漫画を描いてみたり。

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