]心、慮る

                                   慮
                                       @おもんばかる。
                                    Aおもんばかり。
                                    B先々を思い考える。
                                    Cもとめる。
                                             (角川 大字源より)

 慮−前口上

年齢も年齢、病気も病気ということで
死ぬのもそろそろだなと覚悟はしている。
覚悟は覚悟として未練もまだまだ多いと言えば
その覚悟は本物ではないと
いい格好したがる私が現実の私を悩ませる。
命は人間で操作できるものではなく
所詮は神の領域にあるものだと
悟りきれない私にとっては
人生どんなに慮ったところで生きるに越したことはないと
安易な答をついもとめてしまう。
そのかわり己を惜しむように
己に関わる道具をとことん長持ちさせて
最後までつきあうのだと言い訳することで
命惜しむ私の罪滅ぼししたいと勝手に思う私である。


 慮@

現役退いた今だからこそ考える。
人生を振り返るに悔いがなかったと言えるは
いわゆる勝ち組だけの勝利宣言か。
それとも負け組の悟りの告白か。
人生勝てば勝ったでモッと勝ちたいと思い
諦めたところですべてを失う気にまではならないのも
神でも機械でもない人間ならではの業。
体の限界感じ現役退いても
まだまだ先々を思い考える人に一番問題になるのは
ほどほどの心を知らされる葛藤の中で
人は天の命ずるままに生きることがわかり
それ故に命終わる前に
「後生の人」に「すべてを托す」
そんな気持ちになれるかどうかと言うことだろう。


 慮A

私が生きている内に
実現して貰いたい夢が幾つかあったが
どんなに慮ってももはや絶望的なものばかりとなった。
ひょっとして間に合うかも知れないと思ったのが政権交代。
小選挙区制になってやっと実現した。
保守党の自民党が初めて下野に下ったのは周知の事実だ。
国民も「変化」を求めて民主党政権を選んだわけだから
期待はしたものの
自説に拘りすぎて地金を出してしまって
次の選挙で早々自滅してしまった。
私は政権政党の永久性なんて信じないので
今後も政権交代あるかと思うが
政権持った当時の民主党を反面教師として
健全な野党の誕生を期待することに気持ちが変わった。


 慮B

人間どんなに相手慮る力あり
利他の精神横溢していても
人の体の中の痛みまで分からないように
人の心の中にまで入れない。
それでも人間はあれこれ慮っては
色々な対立の歴史を作ってきた。
考えの違いで
人間は人を受け入れたり排除したりして
抗争を繰り返してきた。
同様にホモ・サピエンスである人間は
痛いとか悲しいとかその感じることにおいては
少しも変わらずに来た。
しかしその感じの中身が何であるかは
個々の体にしか示されてはいなかったのである。


 慮C

ここ数年の社会現象を見ていると
そもそもあり得ないはずの出来事や
当然あってはいけないはずの出来事が
こともなげに数多く噴出している。
大新聞が嘘の報道をする。
検事が改ざんしている。
二百歳の人が戸籍上生きている。
四百年後完成の堤防を作ろうとしている。
あきれ果てても事実は事実である。
多分人間動物特有の思い込みや
平和ぼけもたらす歴史的環境が
他人を慮る気持ちを失せさせ
異常なことしているとの自覚なかった結果であろう。
だが戦後教育受けてきた私にはそれを咎める資格はない。


 慮D

今の若い者は駄目だのセリフは
石器時代から言い続けられる年取る者の口癖。
それを承知で
あえて現役退いた者から言わせてもらえば
今や日本の政界・官界の人たちの仕事ぶりには
あきれてものが言えない。
誰も責任取らないし
政策は過去のものしか基準に出来ない。
官僚は政治家を馬鹿にし
政治家は自分で政治を語れない。
いかに彼らを慮り斟酌しても
明らかに既得権を守ることにだけ熱心であるので
いっそのことそれなら官界・政界のない方が
日本はもっとよくなると思いさえしたくなる。


 慮E

例えば朝日新聞を読んでいる人は
朝日新聞を慮って
朝日新聞の言っていることが真実だと思い込んでしまう。
例えば産経新聞を読んでいる人は
産経新聞を慮って
産経新聞の言っていることが真実だと思い込んでしまう。
たいていの庶民は両紙とも読むことはしない。
だからどの新聞を読んでいるかで読者の考えが推測できる。
戦後の日本は
朝日新聞と産経新聞は両極端の論陣張っていたが
朝日新聞がクォリティーペーパーとして世論を形成してきた。
だから朝日新聞が誤報認め批判されたとき
朝日新聞の読者は朝日新聞を慮るあまりに
バッシングされていると受け取ったのだった。


 慮F

日本では慈善のために寄附することは
いまだにあまり歓迎されない。
寄附する人は何となくいい恰好しいと思われるのが嫌で
寄付することに慮って匿名の寄附が多くなる。
だから寄附の絶対量は当然少なくなる。
ごく少数のお上が認める組織を除いて
寄附した人には何の得点も与えず
形ばかりの感謝をするだけのシステムにも問題がある。
行政の費用を負担してくれたとしか考えず
寄附する人の厚意にただただ甘えるだけだ。
真に非営利的な公共的組織に寄附しても
税金の控除がなかなか認めないところに
権威持ちたがるお上の保身的なずる賢さが
日本的風土の中にはまだまだ残っている。


 慮G

自然災害起こった際の日本人のボランティア活動も
自然な形で行われるようになった。
東日本大震災の時にも被災者を慮り
体の動かせる者はボランティアで
体の動かせぬ私などはそれぞれに義捐金を出しあった。
もともと小市民的で鷹揚さがない私は
実際役に立っていたかどうか気になったが
何と震災後3ヶ月も経っても殆ど使われていなかったと聞く。
この事実、寄付先の組織のお役所度が
強ければ強いほど多いという。
被災民にすれば明日の1万円より今日の百円である。
これなら小回りきくNPOにすればと臍を噛むのは
少しでも税金控除あればと計算する
小欲に生きる年金生活者だからだろうか。


 慮H

福島の原発事故で日本人が日本を慮って思い至った数々。
@広島、長崎に続いて核で世界的に知られるようになったこと。
A核の被害国から加害国になったこと。
B「想定外」は権力者の責任逃れの言葉となってしまったこと。
C政府や原発企業の言う「安全神話」はないと実感したこと。
D事実隠した報道で政府や東電の言葉を信じなくなったこと。
E天災と言うより「人災」でないかと思うようにもなったこと。
F脱原発の考えが受け入れられるようになったこと。
G電力業界の独占的あり方に疑義を持ってきたこと。
H政府や企業の節電政策の提言に胡散臭く思っていること。
I同時に「節約」の生活を覚悟する気にもなったこと。
よい意味においても悪い意味においても
今回の福島原発事故は
日本人の心を目覚めさせるきっかけともなった。


 慮I

非武装中立が党是の社会党
敵が日本を攻めににきたらどうするとの自民党の反論に
外交力によって攻めてこないようにするのだと言い
国守るためにと軍隊を作った自民党
平和憲法守らないのかとつめよるかつての社会党に
侵略のためではなく自衛のためだと言い切った。
数十年後に民主党が政権とったが
かつての社会党が言っていた外交力はどこに行ったのか。
自民党の言っていた自衛力は発揮されていたのか。
外交力も自衛力もとどのつまりは中途半端になっていた。
はたして領土問題で中国と韓国に攻められるようになったが
こんな時にでもあれこれ慮り
波風立てぬが一番と
ひたすら神風到来を待つ日本だった。


 慮J

日米安保条約を考える日本人を慮って言えば
自力では国を守れぬ日本をいざの時に
アメリカが守ってくれるための条約。
そう言われれば何とありがたいよい条約と思う日本人。
日本に顎足つきの治外法権の場所を作らされるは
アメリカの軍事作戦に協力させられるはで
何と日本の自力と国益妨げる厄介な条約と思う日本人。
ありがたい条約と思う人は
それなりの理屈をつけてはいるが
それで得をしている甘えん坊のような気がするし
厄介な条約と思う人は
日本が迷惑かけられているとの思い強く
痛みともなっても自立したいとの矜恃を持つ。
今こそ日本が真の自立願って答え出す時期が来ている。


 慮K

同じ事象なのに常に楽観的に見る人。
同じ事象なのに常に悲観的に見る人。
半分の段階で「まだ」半分だと見る人。
半分の段階で「もう」半分なのかと見る人。
同じ行為なのに良いことをしたと思う人。
同じ行為なのに悪いことをしたと思う人。
物事のとらえ方の違いは人間社会によくあることだが
社会的・歴史的・民族的な状況の違いによって
国民性として指摘されることもある。
その考え慮ると
前者の傾向持つアメリカ人と後者の傾向持つ日本人とは
その対照的にある国民と言えるが
それが軍事同盟まで結びあう二国の関係にあるのは
お互いの国益が一致するからだけなのだ。


 慮L

熱しやすく冷めやすいは日本民族の特徴なのか。
おかげで淡泊な日本人になった。
個人意見より場の意見大切にするのは
日本の文化の特徴なのか。
おかげで顔のない日本人となった。
権威に弱く役人に依存するのは
日本の政治の特質なのか。
おかげで「お上」かたく信じる日本人となった。
そんな日本人慮るに
日本人はそれが悪いと思っているのではない。
むしろそういう生き方をすることで
日本人らしい生き方と自負してきたのである。
その生き方に異議を挟むかどうか。
それを検証する時代がきたようだ。

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