悪その十一 大和心忘れぬ者





                      口上 天は高きに居て低きに聞く
                     @ 命を知る者は天を怨みず
                     A 備え有れば患無し
                     B 犬は三日飼えば三年恩を忘れぬ
                     C 虎の威を借る狐
                     D 合わぬは君の仰せ
                     E 能ある鷹は爪を隠す
                     F 始めは処女の如く後は脱兎の如し
                     G 郷に入れば郷に従え
                     H 顔と心は裏表
                     I 善く計を為す者はその内行を見さず
                     J 言承け良しの異見聞かず
                     K 臭い物に蓋をする
                     L 高みの見物



  口上 天は高きに居て低きに聞く

   
  スメラミコトとはなにものぞ。
  スメラミコトはありがたきものなり。
  ありがたきがゆえにひとにはあらざるなり。
  スメラミコトはあわれなものなり。
  あわれなるがゆえにひとにもありたり。
  スメラミコトはちからなきものなり。
  ちからなきがゆえにとわにいきるなり。
  スメラミコトはひとのものなり。
  ひとのものなるがゆえにひとにつかわれたり。
  スメラミコトはかざりなり。
  かざりなるがゆえにたかくもとめられるなり。
  ゆえにスメラミコトはおわすなり。
  ゆえにスメラミコトはつよきものなり。
  ゆえにスメラミコトはわれのかがみなり。



  @ 命を知る者は天を怨みず
            
  スメラミコトおわす日本の周りは海だった。
  それは仕方のないことだった。
  スメラミコトおわす日本の生活基盤は農耕だった。
  それは仕方のないことだった。
  すべての日本人は親戚だった。
  それは仕方のないことだった。
  おかげで文明文化が混ざる分には抵抗なかったが
  血が混ざることには抵抗があった。
  理屈の上から変と言えば変だった。
  人間として未熟と言えば未熟だった。
  でもそれは天のなせることだった。
  でもそれは改められるべきだった。
  でもそれはなかなか改められなかった。
  それは日本人が生きるためには仕方のない話だった。



  A 備え有れば患無し
  
  何が何でも生き抜かねばと
  小理屈こしらえ起こした戦いで
  完膚なきまで打ちのめされれば
  もう戦うことは放棄します
  もう戦う力は保持しません
  もう戦う権利は認めませんと
  殊勝な心になるのは人としては当然の所業だろう。
  さりとてこれからも生きていくからには
  自衛のための備えは力にならずとも認められるべきだし
  そのための必要最小限度は力とも言えず
  仕掛けられる恐れあれば行動してもよいのだし
  大義名分さえあれば
  自衛の目的以外にも行動してもよいのだと
  つい思ってしまうのも人としては当然の所業だろう。



  B 犬は三日飼えば三年恩を忘れぬ
            
  とても相手になるとは思わぬのに
  無謀にも仕掛けていって
  こてんぱんにやられた挙げ句
  その相手から仲間になれよと強いられて
  利用されつつ力を蓄えたおかげで
  曲がりなりにも人様に顔向けが出来るようになった。
  義理人情に厚いと言うか
  それとも脅しに弱いとでも言うか
  勝った相手が年取り頑迷になってきたのに
  相も変わらず唯々諾々となっている。
  恩のためノーと言えない我が身のさがに
  歯がゆい思いをしながらも
  これぞ生きてくためなのだと思ってしまうのは
  やっぱし日本人だからと言うことか。



  C 虎の威を借る狐

  文化国家と言ったって
  所詮は西洋の真似したものを指す。
  そこで一応文化人と
  日本で言われるからには留学とやらの
  儀式を経なけりゃ箔つかない。
  アメリカ、イギリス、ドイツにフランス
  そこいら辺りに詣でもすれば
  たとえ遊んで暮らしていても
  自己顕示欲を植え付けられて
  格が上がったつもりになって
  帰国してから日本の国で
  事あるたびにしゃしゃり出て
  エリート面して場を取り仕切る
  そんな日本人となっている。



  D 合わぬは君の仰せ
            
  秘書が勝手にやりました。
  妻が独りでやりました。
  こんな見事な言い訳で
  言い返せる政治家立派です。
  言われて秘書は怒りません。
  言われて妻は怒りません。
  そこまで言われて怒るのは
  秘書の資格はありません。
  妻の資格はありません。
  それを承知で政治家は
  いけしゃあしゃあと仰るのです。
  すべての政治家そうではないと
  言ってみたいがこの日本では
  それは無理と言うものです。



  E 能ある鷹は爪を隠す

  何事も表に出ては指図し
  いかにもその場を導いている人は
  そう見えるだけのことなのだ。
  外国のことでならいざ知らず
  腹芸好かれる日本では
  言あげする人嫌われる。
  だから力のある人は
  多少何かの出来る気のよい人を
  表に立ててその裏で
  己の野望を果たそうとする。
  だから能力ありそな話し手よりも
  その話し手に横目で見られる人の
  それとなく言う台詞に注目すれば
  真実見れること請け合いだ。



  F 始めは処女の如く後は脱兎の如し
            
  日本人は言あげすること大嫌い。
  それでも欲だけ一人前で
  ほしい時には片手を出して
  手のひら上して全指を曲げる。
  日本人はズバリと言うこと大嫌い。
  それでも欲だけ一人前で
  ほしい時には婉曲に
  誠意を見せてと迫りゆく。
  日本人は決断すること大嫌い。
  それでも欲だけ一人前で
  ほしい時には脱兎の如く
  獲物めがけて群れをなす。
  それが悪いと言われれば
  今の日本のいいとこないよ。



  G 郷に入れば郷に従え

  日本で楽しく暮すには
  皆の顔色うかがって
  何となくそれとなく
  成り行き次第を待つがよい。
  己が何かを望むなら
  慌てず騒がず落ち着いて
  人が言ったことにして
  己の考え出せばよい。
  人の考え拒むなら
  大枠だけは認めておいて
  細かいところに立ち入って
  その難しさを話せばよい。
  先達が築いてくれたことわりを
  忘れて何んのヤマトの魂か。



  H 顔と心は裏表
            
  ここだけの話なんだけどねと
  言い寄りいかにも秘密めいて話すのは
  みんなに明らかにしたいため。
  これは冗談なんだけどねと
  手を振り笑いながら話すのは
  相手に本音を伝えたいため。
  もうこれっきりだよねと
  念押しもの受け取るのは
  又くれよと催促したいため。
  ズバリと言えないずる賢さは
  心素直な人には分かってもらえないだろうが
  これで結構意思を表しているのだ。
  知り合いにそう言う人がいるならば
  素直な気持ちは禁物だろう。



  I 善く計を為す者はその内行を見さず

  君の意見に賛成ですと
  理屈抜きで言ってくれる人はともかくとして
  君の意見に反対ですと
  面と向かって言える人は与し易い。
  論争好きなら論争もできる。
  喧嘩好きなら喧嘩もできる。
  ところが少し厄介なのは
  君の意見に賛成なのだがと
  一応認める振りをして
  後からねちねち逆らう人だ。
  総論賛成・各論反対の体為すところと言えようが
  これがどうしてまかり通るのか。
  日本はやはり「和をもって尊し」の国なのです。
  日本はもとから単一民族国家なのです。



  J 言承け良しの異見聞かず
            
  「しかるべく善処いたします」はやはり善処しないこと。
  「前向きに検討します」はやはり検討しないこと。
  「鋭意努力します」はもとから努力しないこと。
  「よく考えさせてもらいます」はもとから考えないこと。
  「まことに遺憾に存じます」はもとから遺憾に存じてないこと。
  政治家を初めとして
  お役人から商売人
  果ては庶民にいたるまで
  これらの言葉が徘徊する。          
  外国人には承けられないが
  大和心忘れぬ者には常識と
  言うてみるのも詮無いこと。
  それならばこれらの言葉を使う人
  初めから信用しなけりゃよいものを。



  K 臭い物に蓋をする
 
  身内に悪事働く人がいようものなら
  初めから諦めた方がよい。
  親と子は人格全く違うよと
  言ったとしても通用しない。
  兄は兄、姉は姉だと抗弁しても
  許す世間がどこにある。
  たった一人の罪人出たおかげで
  親は会社を辞める羽目になり
  女は結婚だめになり
  子どもは学校でいじめられる。
  だから隠して蓋して黙してまでも
  我が身の安全はかるのが
  きわめて大切なことになるんだと
  いつも思っているんだ、日本人って奴は。



  L 高みの見物

  やけになり思わず金をもやした奴。
  かっとなり思わず人を殴った奴。
  欲が出て思わず金をくすねた奴。
  見栄が出て思わず人を騙した奴。
  そいつらは悪い奴だと腹を立てる関係者。
  メンツにこだわる警察官。
  いかにも正義のふりして報道する者。
  したり顔で悪を説く解説者。
  毎度毎度のことながら
  繰り返されるテレビのニュースショー。
  それを高みの見物で見入る視聴者。
  平和です。
  日本には真に憂える悪はないのです。
  日本はまっこと色即是空の国なのです。
                                             完

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