悪その三 年多い者





                           口上 生者必滅
                         @ 年寄りの言う事は聞くもの
                         A 寝た子を起こす
                         B 覆水収め難し
                         C 老いの一徹
                         D 世は元偲び
                         E 四十下がりの色事
                         F 悪い時は悪いよう
                         G 地獄の沙汰も金次第
                         H 親は親、子は子
                         I 親の心子知らず
                         J 蛇となって金を守る
                         K 懐手してはすぎわいならず
                         L 善も一生、悪も一生


 口上 生者必滅 

わしが生きてきたこの数十年は
いったい何だったんだとふと考えるんじゃ。
たしかに生まれて喰うて子を生みここまで来た。
とうぜんその間何かをしてきたという感触もある。
でもそれが良かったとしてもそれがどうだと言うんじゃ。
またそれが悪かったとしてもそれがどうだと言うんじゃ。
もしも不老長寿の薬が与えられるんなら
じっくり考えなくもないわい。
もしも不滅の魂を保証してくれるんなら
しんそこ考えなくもないわい。
だがそんなもんある筈はないんじゃ。
だからせめてものわしの慰みは
みながわしの気持ちを分かってくれるんより
みながわしの気持ちになるよう心待ちすることだけなんじゃ。



 @ 年寄りの言う事は聞くもの

人間知性を持ってるからと
人と肌つき合わせることを忌み嫌い
知識だけ寄る辺とする者みな滅んでいけ。
理屈覚えた若造や
学歴誇る新米が
ただそれだけで偉そうにしてると
ただそれだけで腹が立つ。
何で歴史は繰り返すのか。
頭でっかちのひよこどもが
時代が変わったなどとほざきながら
ただただ己を誇示したいがために
先人が体で覚えた痛みなんぞを
取るに足らぬこととあざ笑い
過去の遺物とするからなのだ。



 A 寝た子を起こす

戦い敗れて身にしみて
再び戦いしませんと
誓っていても身代起こしゃ
頼りにされて心が奢る。
過去の話は済んだこと
水に流したつもりでいても
どっこいやられた方は忘れちゃいない。
そのこと忘れて頼られりゃ
行くは正しいことなのだと
独りで決めて悦に入る。
古傷あるのは承知だけれど
過去の栄光忘れかね
借りを返すはこの時と
いきがるこの世が又又来たか。



 B 覆水収め難し

気がつけば手にシミがついて来た。
気がつけば目尻の皺が増えて来た。
そう言えばあの子の肌の水々しさはどうなのだ。
そう言えばあの小僧の筋肉の盛り上がりはどうなのだ。
なあに、肉体の力で負けてはいても
何んてたって経験の重みがある。
何んてたって培ってきた知恵もある。
だから精神的にはまだまだ負けない筈だって?
いやさ、おためごかしはよしてくれ。
肉体の力が萎えれば
新しい経験もしにくくなるし
新しい知恵も得にくくなるってのが分からんのか。
おいおい、順番なんだから天命と知れだって?
人間ここまで悟りきったらお仕舞いだよ。



 C 老いの一徹

一生懸命働いて
やっとここまで来たものを
やれ老いてきたのだの
やれもうろくしたのだの
言われて窓際に押しやられるなんてのは
どう考えても許されることではないぞ。
そりゃあ順番なんだからと
悟って後身に道譲ってやるのは
筋だぐらいは承知はしとる。
だが実力もない若造から
引退しろと急かされて
よしよし、それもよかろうと
鉾を納める上司はまあいないだろう。
これは老醜と言われるものとは断じて違うんだぞ。



 D 世は元偲び

若い時には大いに働き金も儲けた。
税金もがっぽり納めた。
子供も一人前にして世に送り出した。
少なくとも人間として生まれた責務を
それなりに果たしてきたつもりだ。
昔なら「ご苦労さん」とねぎらわれ
「これからは悠々自適の生活して下さい」と言われたものだ。
だから昔の思い出を糧に
のんびり暮らそうという気にもなるのだ。
ところが今の知恵者が説くことに
「年寄りも生き甲斐持って生きていかねばならない。」
ふざけるんじゃあない!
「思い出」することが年寄りの生き甲斐なんだ。
「思い出」すること以外の生き甲斐押しつけるのは誰なんだ。



 E 四十下がりの色事

年甲斐もなくと人は言うけれど
若い時はそれこそ何も出来なかったんだ。
色々悩み働いて
やっと時間も作れ金も出来
自分のことだけが考えられるようになったんだ。
人生は平等でなくてはいけないんだよね。
それなのに自分の半生は不公平だったんだ。
その埋め合わせしなければ
何のために生きたと言えるんだ。
年甲斐もなくと人は言うけれど
若い時にすでに楽しんだ人が言ってるんなら許せないよね。
若い奴らがわけも知らずに言ってるんも許せないよね。
自分の甲斐性でするんだから
ほっておいてくれと言いたいくらいだよね。



 F 悪い時は悪いよう

子供が悪いことをしたとしても
子供がしたのだからと許してもらえる。
現役が悪いことをしたとしても
力でもって帳消すだけの強さがある。
ならば年取り退いた者が悪いことをしたとしても
それが許される手だてがあってもいい筈だ。
年寄りのしたことなのだからと
思いやりのある鷹揚な社会であるならば
年取る者とて捻くれる暇とてないであろう。
今の若い者は年取る者がかつて作ったものを享受しながら
その作った当人をないがしろにしている。
だから殊更に聞こえぬ振りしてとぼけたり
殊更に痛がって大仰に振る舞ったりしたら
人生たそがれた者の気晴らしなのだと思うがよい。



 G 地獄の沙汰も金次第

欲望が公認されてる世の中なんだ。
誰だって自分の思いどおりの人生送りたいわさ。
そのために金が必要ってのは
人間悲しいものだわさ。
だがその悲しさ越えなきゃ
今の世の中生きていけないときたもんだ。
拝金主義の世の中では
拝金主義の生き方があるってのが
ここに至ってよく分かったね。
それで子供にもよく言って聞かせたんだ。
七夕の夜の短冊には
子供子供したような願い掛けないで
「お金がほしい」って書けよと。
子供の教育も楽でなくなってきたものよ。



 H 親は親、子は子

最初は子供に財産くらいは残してやりたいと思った。
それが親の務めなのだから。
そのために親の苦しみ味わうなんて
何でもないことなのだと思った。
それが今までの年取る者の考えだったから。
しかし今の子供は労せずして金を手に入れることばかり考えている。
親がそろそろだなと思う頃になると
問わず語りに「遺産」を当てにする旨伝えてくる。
そのくせ親の面倒見る気などさらさらないのだ。
それならば「死んだら財産皆やる」と
言って子供に面倒見させ
裏でははちゃめちゃ残り火たぎらせ
すっからかんになって死んでいくというのも
確かにこれからの親の一つの生き方ではある。



 I 親の心子知らず

あれ程期待して生んだ子なのに
病気病気で気をもませる子。
財布から金をくすねる子。
虐め虐められあたふたさせる子。
勉強もせずに遊び惚ける子。
大学に行って大金を使わせる子。
親の気持ちも分からずさっさと結婚する子。
結婚相手の言うことだけに従う子。
孫の面倒を見させようとする子。
家を建てると言って資金をあてにする子。
便り一つだにくれぬ子。
病気になっても面倒を見てくれぬ子。
死んでいこうとするのに遺産相続だけを気にする子。
あれ程期待して生んだ子なのに……。



 J 蛇となって金を守る

普通の人の何倍程にも働き
普通の人の何倍程にも知恵を絞り
意地で築いた地位と名誉とこの財産。
命の灯し火消えんとする年多い者には
それらが妙に気になる時がある。
地位とか名誉とかは形がないものだけに我慢も出来よう。
だが稼いだ財産だけは己だけのものにしてみたい。
そりゃあ社会のお役に立つためだとか
子供の行く末立つようにとか考えて
遺産として残してやるのも
悪くはないとは思っている。
だが何に使われるのかも分からないのは癪の種だ。
だから墓場まで財産持って行きたいと思うのも
決して欲どしいからではないんだ。



 K 懐手してはすぎわいならず

清く正しく美しく生きようと思う人がいれば
一度お目にかかりたいものだ。
それですぎわいなるならば
人間社会は滅びただろう。
生きるという意味くだいて言えば
何もしないことではなくて
何かをすることである以上
時には泥水飲まねばならないのだ。
時には嘘をつかねばならないのだ。
時には汚臭放たねばならないのだ。
そんなことが当たり前だと言うことが
分からぬ筈はないのだから
清く正しく美しく
てなこと言うことよした方がよいと思うのだ。



L 善も一生、悪も一生

社会のために尽くし
人には善行を施した人が死んだなら
あの人の一生は素晴らしかったと皆は言う。
これは何の不思議でもない。
さしたる働きもしない
不垢不浄の人が死んだとしても
あの人はいい人だったんだと大抵の人は言う。
これもまあまあ許せるだろう。
ところが人には迷惑かけ通しの
悪行三昧の人が死んだとしても
あの人だっていいところもあったんだとつい人は言ってしまう。
許せる許せないは別として
こういう時代と社会に住んでいると
悪いことする人生が一番だったかとつい思ってしまう。

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