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本の感想
2012年-1


「こわい部屋」
「カーデュラ探偵社」 
「クライム・マシン」
「九マイルは遠すぎる」
「殺す」
北村薫
ジャック・リッチー
ジャック・リッチー
ハリイ・ケメルマン
J・G・バラード
   

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(注)【 】内はネタバレ。すでに読んだ方は反転させて読んでくださいね。

 


「こわい部屋」謎のギャラリー 北村薫編

新潮文庫の「謎のギャラリー こわい部屋」ちくま文庫新装版。
ボーナストラックとして「価値の問題」が追加。

ホラーというより、世の中やっぱり人間が一番怖いという話が多いです。

この中で特に読みたかったのは
「待っていたのは」ディーノ・ブッツァーティ。

カタストロフィに向かう流れに妙な現実感があってこわい。

汽車の乗継で見知らぬ駅に降り立った若い夫婦。
暑い車内で立ちっぱなしだった二人は、疲れきった体を休めるために
一晩の宿を探すけれど、なぜか宿はどこも満室。

やっと見つけた旅行者用休憩所で浴場を見つけたけれど、
そこにも長い行列ができていた。
しかも妻が身分証明者をなくしたために風呂にも入れない。

不満を抱えて外に出た二人は公園を見つけ・・・

身分証明者がないと何もできないところは、
戦時下なのか、そういう国家なのか。

異常なことなのに違和感のない流れで起こるところも恐ろしいけれど、
一番怖いところは、うっかりすると加害者の視点で読んでしまいそうになるところかもしれません。

二十六階の恐怖 ドナルド・ホーニグ

タイトル通り。
高所の恐怖というのは、進むも恐怖、戻るも恐怖。
どうにもこうにも二度と安全な場所に戻れないという恐怖なんですね。

ナツメグの味 ジョン・コリア

これも妙に身近な恐怖。
なんというか”スイッチ”がある人が増えた気がします。

全20編
チャイナファンタジー 南伸坊
7階/待っていたのは ディーノ・ブッツァーティ
お月さまと馬賊/マナイタの化けた話 小熊秀雄
四つの文字 林房雄
煙の環 クレイブ・ライス
お父ちゃん似 ブライアン・オサリバン
懐かしき我が家 ジーン・リース
やさしいお願い 樹下太郎
どなたをお望み? ヘンリィ・スレッサー
避暑地の出来事 アン・ウォルシュ
ねずみ狩り ヘンリィ・カットナー
死者のポケットの中には ジャック・フィニィ
二十六階の恐怖 ドナルド・ホーニグ
ナツメグの味 ジョン・コリア
光と影 フョードル・ソログープ
斧 ガストン・ルルー
夏と花火と私の死体 乙一
価値の問題 C・L・スイーニイ



「カーデュラ探偵社」ジャック・リッチー


前回に続きジャックリッチーの短編集。
カーデュラ探偵社シリーズとノンシリーズ5編を収録。

夜しか営業しない探偵社で名前がカーデュラといえば、
彼の正体は想像が付きますよね。
内容はけっこう正統派の謎解きでした。
探偵が空を飛んだりする以外は(笑)

あいかわらずシニカルな結末にはニヤリとさせられますが、
「クライム・マシン」の収録作に比べると、意外にふつうでした。
どれもほぼ予想通りの結末。

一番騙されたのは「いい殺し屋を雇うなら」
そこで終わるのか?という意味での意外性がありました。
もう一捻りあるかと思っていたので。

ということで、感想もあっさり終わります。



「クライム・マシン」ジャック・リッチー

面白かった!
また新しいお気に入り作家発見。
発見といっても、2005年の「このミス」で1位になった本だから、
かなり出遅れてますけどね(^^;)

これも短編集です。

基本的に短編は苦手なんですが、その苦手な原因が、この作品にはない。
なにしろ、まどろっこしい説明や前置きがなくて、
いきなり本題、いきなり事件、いきなり謎なんですよ。

無駄な描写をいっさい省いた簡潔な文章は、
なんとなく星新一さんのショートショートを思いだしました。

ただ、こういうストレートで短い作品はアイデアが面白くなければ
ダイジェストを読んでるようなものになってしまうわけですが、
その点も問題はありません。
どの作品も見事なフェイントが仕掛けられています。

表題作の「クライム・マシン」は、殺し屋の元にタイムマシンを発明したという男が現れて、
殺人現場を見たと脅迫する話。

このようにトリックものというより、シニカルな捻りのある小話がメインです。

一番好きなのは「エミリーがいない」
3回くらい裏かかれましたね。

次は「歳はいくつだ」
この長さでどう終わらせるのだろうと、
4パターンくらいの結末を予想したけど、どれも違っていた。
ストレートなだけに、このアイデアはすごい。

ルーレット必勝法
賭博場での恐喝だから、あの結末にもなるんだろうけど、
けっこう実社会の騙ましのテクニックで使われてる手段ですね。
いわゆるサクラなんかも、この手法の一種だろうし。

「旅は道づれ」「罪のない町」は、おばちゃんコントみたいで面白い。


◆映画「終着駅 トルストイ最後の旅」

本に関係のある映画だから、こちらに書きますね。

トルストイの晩年、死に至る旅に出るまでのストーリー。

実は、トルストイは読んだことありません。
何作か読みはじめたことはあるのだけど、途中で挫折しました。
その理由がこの映画でちょっとわかった気がした。

#ドストエフスキーは読みました。
#ミステリー的な展開になってるから読みやすいんですよね。

作品を読んだことないくらいなので、当然、その生涯についてもまったく知らないわけで、
なんとなくワイドショー的興味で見てしまいました。
でも伝記ではなくて、タイトル通り最晩年の話。

若い時に悲惨な戦場を経験したり放蕩の限りを尽くしたトルストイは、
人生や社会に絶望し、やがて世の矛盾を悟る。
そして共同体のような共有社会システムを作る。
(偉大な思想家をこんなに簡単にまとめていいのか?
というか、合ってるのか?)

とにかく貧しい人々に心を寄せたトルストイは
伯爵として召使いにかしずかれる自身の生活を恥じ、
全財産を放棄しようとする。

それを知って衝撃を受けたのがソフィア夫人。
ずっと伯爵夫人として暮らしていたのに、
いきなり無一文になると聞かされたら、それは驚くよね。

当然、自らと息子の生活を守るために全力でトルストイを阻止しようとする。

このソフィア夫人は世界三大悪妻の一人ということになっているらしいけど、
夫がいきなり無一文になるなんて言い出したら、誰でも止めるでしょう。

夫は若い頃からやりたい放題で悟ったのかもしれないけど、
夫人はふつうに貴族として暮らしてただけだから、
(まあ貴族じゃなくても)、私の生活はどうなるの?と思うよね。
しかも夫人は66才ですよ。

「身近な女一人守れなくて国は守れない」と言ったキャラもいたくらいで・・・

たしかにヒステリー起こしたソフィアが銃を撃ちまくるところなんて、かなり怖かったけどね。

偉大な思想家も、家庭では凡人の夫という悲しい現実ですね。
あるいは悲哀のあるコメディか・・・

そして83歳にして家出したトルストイは、
旅先の小さな駅で倒れ、夫人の名前を呼びながら亡くなる。

それでもチェルトコフのような人物が関わらなければ
ここまで哀しいことにはならなかったかもしれない。
家庭の中に他人が入ってくると碌なことにならないです。

まあ、妻と親友による夫の取り合いも、けっこう深刻で複雑な問題ですが。



「九マイルは遠すぎる」ハリイ・ケメルマン

学生時代にいろいろな議論をした懐かしい本。
ミステリー系のサークルでは、必ず取り上げられる作品の1つですよね。

探偵役は、まだ40代後半なのに白髪頭で皺顔の妙な存在感がある英文学教授
ニッキイ・ウェルト。
聞き手のワトソン役は、その友人で元法学部教授の郡検事。
この2人が大学とその周辺で起こった謎めいた事件を解いていく。
アームチェア・デテクティブの連作短編集。

特に表題作の「九マイルは遠すぎる」は論理パズルミステリの傑作。

推理の元となるのは11の単語からなる文章。

「九マイルもの道を歩くのは容易じゃない、ましてや雨の中となるとなおさらだ」
「A nine mile walk is no joke, especially in the rain.」

この1つの文章から推論を重ねて殺人事件に至るというのだから、期待しますよね。

まずニッキイ教授が指摘する推論は、
・話し手はうんざりしている
・雨が降ることを予想していなかった、など。
このあとも次々に仮説が立てられ、それが現実と結びついていく。

短い作品ですが、謎解きの醍醐味が味わえます。

他に7作品を収録。
どれもちょっとした矛盾から真相を突き止める、ひたすら論理的なミステリー。
読み終わってしまうのがもったいないような短編集です。


「殺す」 J・G・バラード


新年1回目の更新で、このタイトルはどうなのよ?(笑)

そんな、なんともストレートで殺伐としたタイトルにひかれて読んでみたけど、
昔読んだ哲学的なSFと違って、ずいぶんと読みやすかったです。
考えてみたらバラードを読むのは高校時代以来かも・・・

原題は「Running Wild」
ハードロックのようなタイトルですが、原題の方が小説全体をイメージしやすいですね。
街1つが壊滅する大量殺人の話。1988年発表。

事件が起こったのは、周囲から完全に独立した超高級住宅地。
敷地全体を警報装置のついたフェンスで囲い、訓練された犬と警備員が常時パトロール。いたるとこ
ろに監視カメラが設置され、住人から許可された人間しか敷地には入れない。ジムやリクリエーショ
ン施設まで敷地内に完備された独立空間。住人も当然エリートばかり。
そんな街の住人23人が殺され、13人の子供が行方不明になる。

警察やマスコミは様々な推理を展開。
テロ、軍事訓練のミス、階級闘争、狂信集団、内部崩壊、宇宙人による誘拐など。
しかし手掛かりは何もなく、子供たちの行方もわからないまま。
そんな時、精神医学者のグレヴィルは、ある映像から真相に至るヒントを見つける。

SF文庫ですが、ミステリーとしてよく出来ている作品。
何か、ものすごく意外な真相が明らかになるのかと思ったけど、
けっこう予想とおりでした。
ただ結末は意外だったかもしれません。そういうふうに終わるのか、と。

予言の書、なのかな〜
23年前・・・
日本でも問題作がいろいろ発表されてる年代ですね。

ネタバレ


人間の中に潜む暴力性が過度の抑圧によって引き出されてしまう、
ということでいいのでしょうか。

それとも外的に危険がないと暴力が内社会に向うという意味なのかな。

いずれにしても、親子関係が仮想の支配、抑圧、自己存在の危機になってしまうのはなぜなんだろう


ここがどうしてもわからないところでした。




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