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最近読んだ本
2006年・
その2



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(注)【 】内はネタバレ。すでに読んだ方は反転させて読んでくださいね。


◆ 「行方不明者」 折原一

折原作品を読むのは何年ぶりだろう?
「○○者」シリーズも何作か読んだけど、完全に忘れてます(^^;)

これは実際にあった事件をモデルにしているということで読んでみました。
広島県世羅町一家四人失踪事件、 覚えている方はいらっしゃるでしょうか?

祖母、父母、娘の一家4人と飼い犬が突然失踪した事件。
家の中には争った形跡はなく、キッチンには朝食の支度がされていた。
母親は翌日から旅行に出かけることになっており、 荷造りされたバックが玄関に置いたままになっていた。 娘さんは一人暮らしをしていたが、なぜかその夜遅く実家に戻っていた。 また娘さんは結婚を控えていて、室内には完成した花嫁衣裳が飾られていた。

大変に謎が多い事件で、当時から様々な推理が語られており、 たしか「TVのちから」で超能力調査なんかもやっていました。 そんな大きな事件をどうやって解決させるか興味があったけど、 その点については、わかったようなわからないような…
すでに自立して結婚も決まった娘さんまで道連れにする理由といったら、 このくらい重大な事件が起こったということなんだろうけど…
そういう意味で、納得できないわけではないんだけど…

全体の構成は例によって、とてもややこしい。
叙述ものだけど各章の語り手が違う。
どの章が誰の視点なのかというのがトリックな訳ですけど、
一気に読まないと付いていけないと思いますね。
私は途中で諦めました(^^;)




◆ 「ニッポン硬貨の謎」 北村薫

エラリー・クイーンの未発表原稿を北村薫が十年の歳月をかけて翻訳したという
設定のパスティーシュ小説。

クイーン好きの人ならニヤニヤして読んでしまう描写がいっぱい。
その中でも、メインになるのは『シャム双子の謎』の謎解き。
これは北村氏が長年温めてきたクイーン論をダイジェストしたものらしいけど、
『シャム双子』を読んでないとまったくわからないというのが難点。
でも好きな人には面白い発見。 すごいところに目を付けるものですね。

ついで、というわけじゃないだろうけど、 ヴァン・ダインの『僧正殺人事件』の
どこがすごいかもわかります。

北村氏のクイーンの最高傑作は『シャム双子』という意見には全面的に同感。
昔は私も『Y』が最高だと思ってたけど、今は『シャム双子』です。
次は『九尾の猫』。

そして、ここであげられてるクイーンやヴァン・ダインの例のように、 隅々まで注意深く読んでいても、それでも見逃してしまうのがミステリーの伏線というもので、「これは伏線です」とばかりに地の文章から浮いてるのは手抜きでしょう。

もうひとつ、創元から出ているアンソロジー『五十円玉二十枚の謎』の、 北村氏の回答もこの作品で読めます。

海外ミステリーに必ず登場する「肝心なことは最後まで言わないヒロイン」も
出てきます(笑)
「でもーーでも、あまりに馬鹿げていますわ」

連続幼児殺害事件の事件はおまけのようなものです。




◆ Q&A 恩田陸

「愚行録」の感想にタイトルが上がっていたので、 読んでみたんですが、
これはダメだったわ〜

恩田さんが上手い作家だというのはわかるんだけど、
いつも最後で何かひとつ物足りなさを感じてしまうんですよね。

これは大型スーパーで起こった大量死傷事件を扱ったもの。
日曜日の昼下がり、混雑するスーパーで客が突然出口に殺到し、 折り重なって倒れた客の中から死者69名、負傷者116名を出すという事件が起こる。
逃げ出した客からは「火災が起こった」「薬物がまかれた」「ナイフを持った男を見た」 など様々な証言が出たが、事故現場に入ったレスキュー隊はいっさい火災や薬物の 痕跡を見出すことが出来なかった。
ではいったい客たちは何を見て逃げ出したのか?

前半は事故現場に居合わせた客からのインタビュー形式で進む。
このあたりではまだ読者には事故のことはわからない。 でも質問を受ける人間の緊張や恐怖、懐疑が伝わって、 ただごとではない雰囲気を感じる。 この進め方は本当に上手い。

後半は、インタビューを受けた人たちの後日談になる。
といっても、はっきり誰のことか書いてあるわけではなくて、 読んでいるうちに「ああ、この人はあの時の人か」と思い当たる。 でも特に大きな展開があるわけでもない。 大事件に関わってしまった人のその後としては充分想像できる範囲。

そして・・・

ここからネタバレ


結局、結論は政府の実験と言うことで解決なんだろうか?
謎の夫婦も、つぶされた紙袋も仕掛け?
物理的力としての人間の集団の恐ろしさは想像できる。
パニックの恐ろしさ、伝言や伝聞の恐ろしさは充分わかるんだけど、
純文学ではなく、ミステリーとして読むと、
やっぱり意外な原因、確実な解決を求めてしまいます。

その点で、やっぱりすっきりしないラストでした。






◆ 愚行録  貫井徳郎

すでに亡くなった人について、その人物を知る人が思い出を語るという形は
浅田次郎の「壬生義士伝」を思い出しました。 話の流れは逆なんだけど。

こちらで語られるのは殺人事件の被害者。 東京郊外の住宅地で誰もが羨むような恵まれた家庭を営んでいた一家が突然惨殺される。 大企業勤務の夫と美しく社交的な妻、かわいい子供たち。 そんな彼らがなぜ殺されなければならなかったのか。 その裏には何があったのか?

全体はインタビューとモノローグで成り立っています。 インタビューに答えるのは
近所の主婦、同僚、学生時代の友人などで、 現在から過去へ遡っていく。

「壬生義士伝」の感想と同じになってしまうけど、 人間は自分を基準にすることでしか他人を語れないし、 人を語ることは自分を語ることなんですね。
あるいは、詐欺師と騙された人の感想と読むことも出来るかも。

最初に登場するのは近所のおばちゃん
暇を持て余していて噂話が大好きというタイプ。 殺された一家に特別な感情はなく、つまりはしゃべりたいだけ。ふつうにどこにでもいる近所のおばちゃん。

二人目は料理教室仲間の主婦
この人は基本的に今の自分の生活に満足してるんでしょうね。 だから余計な競争心とか、過剰なコンプレックスがない。 これもよくある主婦同士のちょっと微妙な関係。

次は夫の会社の同僚
なぜかこの人は他人の名前を覚えない。 これはコンプレックスの裏返しで、他人を見下そうとしてることかも。 この中で一番嫌いですね(笑)
仕事に関する男の嫉妬は怖い。 「殺されちゃえばいいんだって考える人もいますよ」って言ってるけど、 そう考えてるのは自分のことじゃないかと思ってしまいますよ。 夫の同類とも言えるかもしれない。

続いてハーブティーの宮村さん
最初に読んだ時はなんて嫌な女なんだろうと思ったんですよ。 コプレックスと僻みの固まりみたいで。 でも最後まで読んでから読み返すと、意外に正直な人だと印象が変わりました。 友人たちの観察なんかは、けっこう正確に状況を分析してるんですよね。

稲村恵美は殺された夫・田向浩樹の学生時代の彼女
都合のいい女とはこういう女のことなんだろうな。 でも、実はふてぶてしい。 物事を自分の都合のいいようにしか見ないわけで、 マンション苦情おばさんの鈴木さんと同じタイプかも。

稲村恵美の男版が尾形
田向の妻とハーブティーの宮村と学生時代に三角関係だった男。
彼には興味ないので感想もなし(笑)

このままインタビューが続くと最後がどうかどうなるのか不安だったのですが、
すべてが落ち着くところに落ち着いて、ちゃんと解決したのでよかったです。

ネタバレ

【  宮村の話に出てくる田中と冒頭の新聞記事の田中光子が一致したところはすっきりしました  




◆ 見えない貌  夏樹静子

読み応えのある作品でした。
夏樹さんは一時期メロドラマ色が濃い作品が多くなったので、あまり読まなくなっていたのですが、最近また重厚なミステリー作品を書かれているようで楽しみ。

「これからメル友に会いに行くところ」、そんなメールを残して娘が消えた。
残された母は娘の最期の姿を求めて、ある計画を実行する。
しかしそのことが第2の事件を招いてしまう・・・


これは事件の被害者と加害者、それぞれの親の物語。
ネタバレになるので詳しくは書けませんが、中盤での展開には意表を突かれました。
後半は法廷ドラマになります。

どちらの親の行動も現実的ではないですが、この母親の行動は、ある意味、発想の転換ですよね。スポーツの監督とか、創造的仕事をしたら成功するかもしれません。

消えた娘は23歳で既婚。すでに親から独立して生活している女性なので、10代の少女が消えた事件とは親が関わる意味が違うのではないかと思うのですが、母親の気持ちは変わらないものなのでしょう。 でも娘への依存度がちょっと高いような気もしました。それが事件のポイントかもしれません。

それにしても最近の子供は親の前で良い子を演じることが、ふつうになっているんですね。私が子供の頃は、外では良い子を演じて家では本性を現すというのが一般的だったと思うのですが(^^;)

もうひとつ、娘を失った母親が一番に考えたことは「もし犯人が20歳以下なら罪に問われないのではないか」という危惧。少年犯罪、少年法は遺族の感情も左右する問題になっていますね。

「出会い系サイト、メル友、メル友に会う」、どれも朔子にはなじみのない言葉ばかりだった。世の中のあちこちで自分には想像もつかない異質な世界が生まれつつあるのだろうか

メル友の説明は知っている人にはわずらわしいかもしれないですね。
朔子(消えた娘の母親)の反応もPTA的というか保守的過ぎるし。今の46歳なら、
むしろメル友なんて、ばんばんやってそうです。ただ、知らない人は徹底的に知らないだろうけど。
ネットの世界は、その中にいる人と、まったく知らない人とでは捉える感覚が全然違いますからね。言葉で説明するとひたすら怪しかったりするし(笑)
異質かどうかは別として「想像もつかない世界」であることは確かでしょう。




◆ 一応の推定  広川純

第13回松本清張賞受賞作。

まさに「清張」的といえる社会性や地方色が全面に出た小説。
地道な調査をする主人公が登場し、山陰の漁港の鄙びた風景が描写される。
新作というよりなつかしい感じがしてしまうところが今の読者にどう評価されるか、
好みの分かれるところかもしれません。

主人公はベテラン保険調査員の村越。
定年間近の村越が最後に手がけた調査は老人の轢死事件。
真冬のホームから落ち、列車に轢かれた老人。
その老人には自殺を疑わせる切迫した事情があった。
自殺ならばもちろん保険金は支払われないし、調査員に報酬も入る。
はたして事故なのか自殺なのか・・・

導入部の感情を抑えた現実描写は特に好きな部分。
最近の小説は最初から大げさな謎を提示して脅かしながら、後半で失速するパターンが多いので、こういう静かな始まり方は返って期待させるものがあります。
ただ、不可解な謎になれた読者にはインパクトが弱いと思われてしまうかもしれませんが。

ベテラン調査員と保険会社のエリート社員の組み合わせは、ありがちな展開を予想させるけど、若さゆえの思慮不足はあっても過剰な問題行動がなくてよかった。
そういう無駄な描写がないところも好感が持てます。

ただ一箇所だけ引っかかる点があり、それがラストを想像させてしまうのが難点でした。

ネタバレ注意

【  頭痛薬や風邪薬が眠気を誘うのは常識ですよね。
人によってはめまいを起こすこともあるし。
当日の朝、薬を飲んだという妻の発言を無視するのは不審でした。
 】




◆ 天使のナイフ  薬丸岳

面白かった。
あらすじを読むと、あまり「面白い面白い」と言うのも気が引けるような作品だけど、
重いテーマを提起するだけではない、実にバランスが取れた小説でした。

少年法をめぐる論争、それだけで読むのをためらう人もいるかもしれませんが、
社会問題を提起するだけではなく、ミステリーとしても充分評価できる内容。
謎解きもあるし、ひたすら人間ドラマを強調するのでもない。
そのどれもがバランスよく、ある程度のレベルをもって描かれてます。

前半は、理不尽な事件で妻を殺された夫・桧山貴志の怒りを中心に進む。
遊ぶ金欲しさという身勝手な理由で人を殺しておきながら罪に問われない少年たち。
彼らは逮捕すらされず“補導”されるだけ。
犯した犯行とは逆に、科される罪の軽さ。

そんな少年法に怒りを感じつつも、桧山と残された娘がなんとかふつうの生活の取り戻そうとしている時に犯人の少年の一人が殺されるという事件が起こる。

ここから物語は一気に複雑になる。
妻の過去探しと新たな事件の犯人探し。
語られる真相は充分に意外で、でも納得できるもの。
ちゃんとその伏線も最初の事件の時に描かれているんですよね。
こういうところも実に細かく計算されています。

でも実は私は読み終わって、もうひとつ別のテーマを考えていました。
古代から解決できていない人類の永遠の課題。復讐の連鎖。
こちらも重いテーマですよね。

最後に難点と思ったところも書いておきます。ネタバレ注意。

【  妻祥子の人生の複雑さ。
幼児期に友人が殺されるところを目撃、思春期に人を殺し。
結婚して少年たちに殺される。絶対にあり得ないことは言えないけど、ちょっと事件が重なりすぎている気がしました。

第2に、事件の犯人や解決が唐突な気がするところ。
登場人物が、ほとんどすべて事件の関係者というのも単純すぎるかもしれませんね。 
 】




◆ チョコレートコスモス  恩田陸 blog

「ガラスの仮面」へのオマージュということで、「ガラスの仮面」好きの私としてはちょっと迷ったのですが、久しぶりにワクワクしながら小説を楽しみました。
読んでよかった〜

こんなことを書いていいのかわからないけど、「ガラスの仮面」の一番面白い部分を抽出したような感じ。つまり、舞台上で演じられる、見ている人間の想像力をいい意味で裏切る演技。それが充分に楽しめます。

小説の大部分を占めるのはオーディションのシーン。
伝説的プロデューサーが仕切る新国際劇場のこけら落とし公演。
演劇界の注目を集めるそのオーディションにはある仕掛けが施されていた。

呼ばれたのは4人の女優。
キャリア豊富なベテラン女優、才能豊かな若手女優、アイドル出身の女優。
そしてもう一人、演技経験2ヶ月の無名の新人。
果たして選ばれた女優たちはその難題をクリアすることが出来るのか?

女優たちが経験と才能、知恵を駆使して考え出す演技のアイデア。「謎があって解決がある」という、小説の醍醐味を味あわせてくれるシーンの連続です。

そして4人目の無名の新人、佐々木飛鳥こそが天性の才能の持ち主。今のところ演劇というものに魅せられているけれど、まだ自分の才能に気が付いてはいない。でも彼女が半ば本能に導かれて考えだす演技や脚本の解釈、これが驚き。言われてみれば納得、というパズルの回答のようで、なにやら脳がすっきりした気がします。

飛鳥が始めたレッスンの様子も気になるし、全体としては導入部のような展開なので、続編が待ち遠しいです。



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