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最近読んだ本
2004年・
その1


「どぶどろ
「白い巨塔」
「翳りゆく夏」
「子盗り」
半村良
赤井三尋
海月ルイ
山崎豊子
「殺人症候群」
「誘拐症候群」
「慟哭」
「晩鐘」
貫井徳郎
貫井徳郎
貫井徳郎
乃南アサ

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(注)【 】内はネタバレ。すでに読んだ方は反転させて読んでくださいね。


◆ どぶどろ  (半村良) 扶桑社文庫

収録作品は短編7作「いも虫」「あまったれ」「役たたず」「くろうと」「ぐず」「おこもさん」
「おまんま」と長編「どぶどろ」。
時代は寛政の改革のころ。
江戸の市井に生きる馬鹿っ正直な貧しい人々と、薄情な上つ方の、ちょっと怖い話。

何を書いてもネタバレになるから詳しいことは書けないのですが、見事な構成というよりほかはない。トリックではなくて、人間を描いてミステリーになっているというところが素晴らしい。
宮部さんの解説にもあるように、みんなが小悧巧になろうとしている現代にこそ、読むべき小説かもしれません。

【   江戸の庶民を描きながら実は政治の裏側を書いてるところもすごい。  




◆ 翳りゆく夏   (赤井三尋)   講談社

第49回江戸川乱歩賞受賞作

20年前に横須賀で起こった1つの誘拐事件。病院から新生児が誘拐され、病院長宛てに身代金が要求された。金の受け渡しは成功したが、その後、犯人は警察の追跡から逃げようとして事故死。さらわれた赤ん坊は行方不明のままになっていた。
そして20年後、犯人の娘が新聞社に入社することになり、当の新聞社では事件の再調査を始める。

選評にもあるように、再調査を始めるまでの過程が不自然。また、20年前の事件というのに資料は揃っているし、関係者の記憶も鮮明過ぎるような気がします。
でも全体としては動きのあるストーリーで楽しめるし、真相にも意外性がありました。
ドラマしたら面白そうな内容です。手掛かりがネットの検索でヒットするというのも面白い。けっこう意外なものがヒットすることあるのよね(笑)

疑問→ 【
身代金を奪い取ったアタッシュケースのまま持ち運ぶのもおかしいし、誘拐犯が本名でレンタカーは借りないでしょう。ちょっと探せばキー付けたまま路駐してる車はたくさん見つかるのに。

俊治の説明が多いのと、登場がわざとらしいので、これも予想が付いてしまいました。でも、比呂子が男の子なら「どっちだろう?」という推理が出来たので、そこが残念。 
 】


◆  子盗り  (海月ルイ)

旧家の長男に嫁いだ美津子は10年経っても子供に恵まれなかったことから、親戚や姑に追い詰められ、ついに病院から新生児を盗むことを計画する。また、看護婦の潤子は離婚した夫とその家族に子供を連れ去られ殺伐とした日々を送っていた。さらに、スナック勤めのひとみは望まない子供を妊娠してしまい、その始末に困っていた。

登場するのは、それぞれに子供に関わるトラブルを抱えている3人の女性。3人は解決のために行動を始めるが、そのことが3人を結び付け、やがてその運命が関わりあっていくというストーリー。

特に美津子が追い詰められる過程が細かく描かれているのですが、現代だからなのか、作者が女性だからなのか、以外にクールな描写。でも旧家の嫁は大変そうですね。

途中まではワイドショーにでも取りあがられそうなリアルな話なのですが、最後のミステリー部分がちょっと短絡的な感じがしました。もう一捻りして欲しかった。

例えば、 【   クニ代が陽介も殺してしまい、「あの子も盗んだのだよ」と打ち明けるとか。他の小説のネタバレになるから書けないけど、その方が怖い。

不妊も女性の方に原因があると難しいよね。男性側の原因ならごまかして産めるのに。  




◆ 白い巨塔   (山崎豊子)     新潮文庫

国立浪速大学医学部助教授の財前五郎は、マスコミも注目する優秀な外科医であったが、傲慢な性格を師である東教授に疎まれ、次期教授の座を失いかけていた。
そこで財前は、舅である産婦人科医院・院長財前又一の経済力と、利害の一致する人脈を使って教授のポストを得るべく教授選に挑む。しかし、野望を貫こうとする財前の前途に、さらなる障害が立ちふさがった。

当初1〜3巻までが本編として刊行され、4〜5巻はその1年半後、続編として発表されたもの。1〜3巻は、「あとがき」にもあるようにどちらかというと人間ドラマが主体で、続編は完全な医療小説になっています。

1〜3巻で描かれるのは、自信過剰でアクは強いが、基本的にはふつうの医師である財前と、それを取り巻く医学界の権力体質。

医師と言っても神様じゃないから上昇志向もあるだろうし、自分や家族が豊かで幸福であることを望むのは当然でしょう。全員に聖人になれというのも無理があると思います。ここで描かれる権力闘争も教授との確執も、どこの組織にもある人間的対立と言えるかもしれません。

苦学生から出世した経歴を考えれば、ここでの財前はまだ、ケイ子のセリフにあるように、性格はいいけど腕の悪い医師よりも、ちょっとくらい傲慢でも優秀な医師の方がいいというレベルの医者に過ぎないんですよね。

4〜5巻になると財前の性格も変わってきて、上にはへつらい下には傲慢という権力志向だけの嫌な奴に成り下がります。
ここまで読んで財前五郎は秀吉なんだなと思ってしまいました(笑)
貧しい家庭から苦労して医者になるまでは評価出来るところもあるのに、上り詰めた後は傲慢なだけで、まわりが見えなくなるタイプ。これは自分の核になる部分を持っていない人間の弱さなんでしょうね。

【   ラストは1人の医師に戻った財前が感動的。
でも、もっと早くいろいろなことに気が付けばよかったのにね。
ただ最終的な問題は、財前一人の性格やミスというよりも、教授の(あるいは他の医師の)診断に異議を挟めないシステムなんだから、40年過ぎた今でも、なにも解決してないと言えるのが怖かったです。  
 】



◆  殺人症候群  (貫井徳郎)

現代版仕置き人シリーズ3作目なんですが、今回の内容では仕置き人は犯人なのか捜査する方か、よくわかりませんね。

梶原智之の中3息子は同級生にリンチを受けて殺されたのだが、犯人が少年であるということで重罪にはならなかった。さらに責任を取ろうとしない親や学校との闘争、裁判、周囲の無理解などで梶原は疲れ果ててしまう。そんな時、「少年犯罪を考える会」という少年犯罪被害者の遺族の会を知り、さっそく会に参加した梶原だが、そこで依頼を受けて犯人への復讐を請け負う職業殺人者に出会う。

中国の賢人は社会が健全に運営されるためには、信賞必罰、罰や報酬の公平さが不可欠と言いました。誰でも等しく、費やされた労働は報われ、罪は罰せられる。現実には難しいことではありますが、少なくとも社会がそれを目指しているという信頼は失われてはいけないでしょう。

今の社会がゆがんでしまったのはその基本が揺らいでいるから。今の若い人の多くが、「悪い奴が得する。悪いことをしても罰せられない人間が多い」と感じているのは当然かもしれません。

ただ成人と違って、年少者が犯罪に至るケースには周囲の責任が重いのも事実、少年だけを罰して解決する問題ではないというのは理解できます。
でも、殺人とその他の犯罪とはまったく性質が違うものではないでしょうか。すべての犯罪を少年法で裁こうとするところに無理があるような気がしてなりません。



◆  誘拐症候群(貫井徳郎)

現代版仕置き人・「症候群」シリーズの2作目。
幼い子どもを誘拐して数百万円の身代金を要求する小口誘拐が続発していた。
しかしそんな時、身代金一億円を要求する誘拐事件が起こる。

誘拐事件と平行してもう1つ描かれるのが磯村咲子の日常。
母親の看病で家に閉じこもりがちな咲子は、パソコン通信とインターネット上の日記を読むことを楽しみにしている。そんな時、咲子の参加するフォーラムに「ジーニアス」と名乗る人物が現われ、咲子は心惹かれていく。やがて「ジーニアス」に紹介された仕事を手伝うようになった咲子は「ジーニアス」の正体に疑いを持ち始める。 

物語は98年3月だから、パソ通からインターネットへ移行しはじめたころですよね。パソ通はID検索が出来たんですよね。そういえば、99年ごろはMLでも実名登録というところが結構あったような。それだけ狭い世界だったんでしょうね。

私がネットを始めたのが98年の年末。ちょうどネットで得た情報を悪用する事件が増えたころで、HPはもちろんだけど、個人のメールにも実名や住所を書いてはいけない言われたんですよね。最近はそこまで神経質なこと言う人はいないけど、無料のWEBメールななんかは危ないかも。

本題とは別に、パソ通の閉鎖性とインターネットの公開性、長所と弱点を考えてしまう作品でした。HP上の情報から個人を特定することは、本気でやったらどこまでわかるんだろうか?(;^_^A)

ネタバレ→【  「ジーニアス」が誰かということをずっと考えながら読んでいたので、肩透かしというか、不満が残りますね。  】



◆  慟哭  (貫井徳郎)     創元推理文庫

東京都下で連続幼女誘拐殺人事件が起こった。しかし、警察の捜査が難航するうちに次の犠牲者が出てしまう。一方、心に開いた穴を埋めるために新興宗教にのめり込んで行く男がいた。
              ………………………………
誘拐事件の捜査と、宗教活動にのめり込んでいく男の日常が平行して描かれているので、どこで2つが結びつくのか、読んでる時は面白かったのですが、結末がちょっと不満。でもこの動機は救いがない・・・
              ………………………………
ネタバレ注意↓
【  犯人は誰なんだ?
元になる犯罪は単なる異常者の犯行ということで、本筋から外れることなのかもしれないけれど、すっきりしなかったです。
松本の正体は181ページの財施を求められたところでわかりました。教団の身元調査に合格しそうな財産と身持っている登場人物は佐伯しかいない。第三の人物の可能性もあるけど、本格と銘打つ以上、それまで登場していない人物が犯人ということはないはずと思ったので。
でも佐伯の子供が殺されたのは挑発したからなんですよね?
偶然ではないですよね? それならただの異常者でもない気がします。犯人にはそれだけの調査実行能力があるんだものね。手掛かりも多そうだし、被害者が有力政治家の孫で警察官の家族なら、警察も死に物狂いで捜査すると思うし、結末をつけて欲しかった。まあ、犯人が捕まっていないというのも救いの無さを象徴しているのかもしれませんが。   > 】




◆ 晩鐘 (乃南アサ)

-あらすじ-

あの事件から7年後。犯人の松永の二人の子供、大輔と絵里は11歳と8歳になり、長崎の母親の実家に預けられて育っていた。そんな時、同じ敷地内に住む従兄弟の歩が殺される事件が起こる。
一方、被害者高浜則子の次女は25歳。父親の再婚で家を出て住宅メーカーに勤務、一人暮らしをしているが、姉の結婚もあって1人取り残された孤独の中にいた。
長崎で歩が殺されたことにより大輔が東京の母親の元に戻ったこと、また7年前の事件を取材していた記者の建部が事件のその後の取材を始めたことによって、再びそれぞれの関係が変わっていく。

「風紋」の続編。
本を見た時はあまりの厚さに(上下巻で1200ページ以上)ちょっとためらってしまったんですが、読み始めてしまうとそんなことは気にならない。あっという間に引き込まれました。

7年・・・記憶は薄れるけど、まだ過去にはならない微妙な時間なんですね。
こういう事件に関わってしまった人は、その前後では世の中のすべてが変わって見えてしまうのだろうと思いました。そんな大事件でなくても、家族に重大なことが起こった時には、社会が遠くに行ってしまったような感覚に襲われることはありますよね。
特に加害者と血のつながった家族には逃げ場がない。この中でも松永の弟の苦悩が一番印象に残りました。

「風紋」が密度の濃い内容だったので、続編によって印象が変わってしまうことも心配だったのですが、そんな心配は杞憂。「風紋」に勝るとも劣らない緊張感と密度です。

でもこの作品を読んでいると、あらためて女性の適応能力ということを考えてしまいました。昔から「嫁入り」という日常環境の変化を体験してきた女性は、常に新しい環境に自己を適応させる能力を求められてきた。環境を変えられないなら自分が変わるしかない。男性は社会との関わりの中で自己を認識するけど、女性は自己を確定して社会と関わっていく。

乃南さんといえば、女性の恐さを描くことで定評のある作家さんですが、この作品では女性の強さを描いてるとも言えますね。この小説は、自分の置かれている現状を認識しながら、現在に適応しようとしている女性たちの物語とも言えるのではないでしょうか。

このあともまだ続きそうですね。


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