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歴史小説
2003年



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◆ 「応天炎上」「遷都」「糸遊」  (小松左京)

古代史の歴史謎解き3部作です。
奈良朝末期から平安遷都まで。藤原氏が他氏を排斥して、さらに同族間の権力争いから最後に北家が最高権力を独占するまで、その間に起こった謎の事件の真相を解く歴史ミステリー。

「応天炎上」は、866年の「応天門の変」の真相について、菅原道真が自分が見聞きした出来事と資料から謎解きをするという、いわゆる安楽椅子探偵もの。

「遷都」には特に探偵役はいませんが、奈良から長岡京、平安京遷都まで、井上内親王事件、藤原種継暗殺、早良廃太子事件の謎解き。

「糸遊」の探偵役は「越前」こと紫式部。「かげろふの日記」の記述から安和の変(源高明が陥れられた疑獄事件)の真相と犯人を推理。清少納言はもちろん、安倍晴明まで登場するのは一興。

この作品の紫式部は、藤原氏の男達の政治的には優秀でも「優雅や品格といったものから程遠い暴力的な部分」に嫌気が指して源氏の優雅さに惹かれていくという設定になっているのですが、あらためてこの作品の記述から考えると、藤原氏の他氏排斥のやり方の乱暴さに気付かされますね。

ところで、もう1つ、この時代でも特に謎めいているのが藤原種継暗殺事件なんですよね。だいたい事件の起こり方が異常。
この時代の陰謀は、謀反の疑いをかけられて死刑や流刑になるか、あるいは密かに毒殺されるという展開が多い。それがこの事件では、建設途中の長岡京で、深夜、新都建設の最高責任者が矢で射殺される。
これだけで、他の事件と違う背景を感じませんか?
ここで描かれているよりさらに深い真相がありそうな気がしますね。




◆ 蝉しぐれ (藤沢周平)  文芸春秋

東北の小藩、海坂藩の下級武士の子、牧文四郎は、親友の小和田逸平や島崎与之助と、私塾や道場で学ぶ日々を送っていた。しかし文四郎が16歳になった時、父の助左衛門が藩内の陰謀に巻きこまれて切腹させられるという事件が起こる。

長編なのですが、連作短編集ような構成になっているので読みやすかったです。
藩の跡目争いが絡んだ権力闘争の大きな筋の流れと、成長していく少年の日常の過程が丁寧に描かれていて、時代小説というより青春小説という感じですね。
今は大人になった少年少女に郷愁をもたらす作品と言えるでしょうね。

こんなことを書くと顰蹙かもしれないけど、とても出来の良い少年マンガを読んだような読後感がありました。時代小説は苦手という方にもお薦め。
栗本薫さんが書かれていた「むかし乙女がおりました…」の少年版。
あの「そして時は流れた…」という感慨を共有できます。
それだけに、ドラマをあのシーンから始めるのは納得いかないんですけどね。

藤沢周平は『密某』に続いて2作目。
『密某』は、直江兼継を主に置いた上杉藩ものなのですが、文体や登場人物の描き方がどうしても受け入れられなかったんですよね。それ以来、敬遠していた作家でしたが、この作品でイメージが変わりました。でも次を読むかはわからない・・・(^-^;)




 江戸の精霊流し 御宿かわせみ28巻」 (平岩弓枝)  文芸春秋

「夜鷹そばや五郎八」「野老沢の肝っ玉おっ母あ」「昼顔の咲く家」「江戸の精霊流し」「亥の子まつり」「北前船から来た男」「猫絵師勝太郎」「梨の花の咲く頃」の8編。

シリーズも進んで、登場人物も歳を取って、捕り物というより人情物になってきましたね。この中の短編の半分くらいは、市井の人の生き方を描いたもの。特別な事件が起こるわけでもなく、誰も悪くないのに争いが起こってしまうという話。

でも、どん底に落ちる人も無く、説教くさくもなってない。かわせみを巡る人たちの人の良さで、救いがあるのがいいところ。いつ読んでもホッとするシリーズです。そうそう、いよいよ幕府も末期、時代が変わってきたというのも感じました。

江戸には猫が似合う気がしますね(^^) 
床の間にかけられた猫絵、可愛いだろうな(笑)




 「家康の置文」   (黒須紀一郎)   作品社

水戸藩にまつわる謎解きストーリー。

徳川家康は、末っ子である頼房の豪胆な資質を高く評価し、彼を水戸藩主に封ずると共に、ある重大な使命を託した。密かに託されたその使命追行のため、頼房はあえて長男頼重ではなく、三男の光圀に水戸藩を継がせた。藩主となった光圀は使命追行のため、国史編纂を計画し、日本各地に伝わる資料集めを進めていった。しかし、その計画に膨大な資金を投入したため水戸藩の経営は苛斂誅求を極め、財政は逼迫していった。家康の密命があることを知らない将軍綱吉と柳沢吉保は、光圀の動きを幕府に対する謀反として捉え、内偵を進めていく。

水戸藩というと、御三家の中でも特異な存在で、特に幕末の水戸藩の動静に付いては、むしろ幕府を潰すために働いているのかと思うようなところもあるのですが、その裏には家康の密命があった・・・のかな・・・という話。

密命の内容はともかく、家康がこういうことを考えたかもしれないということは想像出来るので、なかなか面白い内容でした。でも史上の光圀って、かなり凄まじい殿様だったんですね。

でも私としては、「生類憐れみの令」に関する記述が一番印象に残こってしまったんですが・・・(^^;)
「生類憐れみの令」というと、黄門さま関係の時代劇では、悪法の典型として描かれ、人間より動物を上位に置く、暴君綱吉の悪政の証明のように扱われていますが、実際はそんなことはなかったようですね。適用に関しての行き過ぎはあったようですが、基本は動物愛護であり、むしろこの時代に動物愛護法を施行したことを誇っていいと思います。「生類憐れみの令」を悪法として宣伝したのは、水戸藩の関係者じゃなかったのかな〜?(^^;)




◆ 「新撰組秘帖」  (中村彰彦)

著者が雑誌や短編集に発表した新撰組に関する短編を集めたアンソロジー。
エンタテインメント大賞受賞の「明治新撰組」も収録。

新撰組の全盛期の活躍というよりも、“その後”を描いた作品が中心。最終章は、イスラム関係の著作で有名な歴史学者の山内昌之氏との対談なんですが、これが新しい新撰組像を描き出していて面白い。

この中で、会津藩も新撰組も「倒幕の密勅を引き出す動きをキャッチ出来ていない」と言う指摘があるんですが、歴史的にも、当時、関東の人間にとって天皇というのは忘れられた存在だったと思うんですよね。だから勅を取ると言う発想もなかったんじゃないのかな。
天皇制が東日本に認識されるのは明治以後ではないのだろうか? 
鎌倉北条氏や戦国の後北条氏でも、天皇は意識の外にある存在だったようですし。

また、幕府側だった山内氏のお父様が現代史を読んで、「戊辰戦争は絶対こういうものじゃない」とおっしゃたという話では、「歴史は勝者によって作られる」ということをあらためて感じました。この発言は、記録された文書による歴史研究の難点も明らかにしていますね。


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