第六夜
能力射程について


「ケイジス…」 ベッドにうつぶせの状態で両肘をつき組んだ両手の上にアゴを乗せていた。、季子(きこ)は楽しそうに目をキラキラさせて縫希(ぬうの)を見つめた。「面白い考えね。能力射程に「効果が減少する範囲」があるなんて……初めて気付いた考えよ」

 縫希は季子の部屋を訪ねて昨日の吾人(あーと)とのやりとりを話した。車をぶつけたことはもう平気らしい…、元々季子は過ぎたことを反省しても後悔するタイプの性格ではない。それゆえに落ち込んでいると聞いて縫希は心配をしていたが、いつもどおり大丈夫だったらしい。ベッドにうつ伏せで寝転ぶ季子と向かい合う形で縫希はイスに逆に腰掛け、アゴを背もたれに乗せていた。

「季子がそんなにほめるなんて意外だったな」

「えぇ、私は別のアイディアを持っているからよ。自分と違うアイディアを聴くのはスゴクおもしろいわ」

「別のアイディア?」
 思わず顔を上げて縫希は身を乗り出した。

「そうよ。私の能力射程に関する持論には、ケイジスは存在しないわ」

「………」
 縫希は上げていたアゴを再び背もたれに乗せて黙って話を聴く態勢に入る。

「私の持論はシンプルよ…。能力射程にはケイジスのような能力効果が減少する範囲はなく、能力射程から外れたら効果は解除される、それだけよ」季子はうつぶせの状態から起き上がりベッドに腰掛けて、迷彩柄のタンクトップを両手でパタパタと払った。「効果が即に解除されるか、徐々に解除されるかはスタンドによるものだと思っているわ」

「だが減少しているとはいえ、能力効果が顕れている状態を「能力射程から外れている」というのはおかしいんじゃないかな」

「縫希はエコーズACT.3等のスタンド能力において本体と能力対象者の距離が近づけば効果が増えるのは能力射程やケイジスという概念とは関係なく、近づく危険を冒している分のメリット…つまり「制約」だと言ったわね。逆を言うならば、普通の場合は能力効果というものは射程内では効果が落ちないということだと思うの」縫希は黙って聞いている。「私はさっきの縫希の話を聞いたときにスゴク面白かったのはこの「制約」という考えなの。実はACT.3等の効果の強さが変化する能力に関しては考えあぐねていたの。でも縫希の話を聞いて「能力効果の強さは射程内では一定」というアイディアに自信がついたわ」

 季子は脚をくみかえた。脚はふくらはぎまでの丈のデニムパンツに包まれている。
「さっきの縫希の質問の答え。能力射程では能力効果の強さは一定であると考えるから、効果が残っていても減少しはじめた時点で能力射程から外れたとするわ」

「なるほど、確かに「制約」という考えの逆として「強さは一定」が裏づけられるのはヤラレタな。僕はその「強さは一定」という概念を捨てたところから始めたんだけどなぁ…」縫希は苦笑いを季子に向けた。「ケイジス論の特徴は「能力の効果は一定でない」ということなんだ。だから「制約」や「強さが一定」、また「条件により強さが変化」などはスタンド固有の性質だと考えたんだ」

「おもしろい考えよ。私は「スタンド能力の効果は能力射程内では一定」は全てのスタンドに共通のルールだと思っていたけど、スタンド固有の特徴と捉えるのは思いつかなかったわ。今度、スタンドの「効果の強さによるカテゴライズ」をするのも良いわね」季子はニコリと笑った。「ところで縫希、1度効果が減少を始めたらあなたのケイジス論では能力効果は復活や増加はするの?」

 ここでの減少は、「制約」による効果の増減や本体がダメージを受けた事による精神力の劣化、及び本体による能力効果の調節については入っていない。

「ケイジスが能力射程内の現象と定義するならば、再び「能力が充分に発揮される範囲」…『ハッドイナッフ』と仮に名付けよう…に戻ると効果の強さも回復すると考えるのが筋道だろう……」

「私の持論についていえば、能力射程…そう縫希の言うところのハッドイナッフから外れたら能力効果は減少するのみと考えるのが自然よね…」

「なんだいその言い回しは?本当は違うのかい?」

「違うといえば違うし、正しいといえば正しいわ。縫希の説も私の説も半分正解というところかしら」季子は少しの時間、左斜め上の天井を見つめた。「例えばグレイトフル・デッドの場合は1度効果が減少するまで離れても、再びハッドイナッフに入れば老化が始まるでしょう。スタンド固有による…と言えば簡単すぎるわね。さっき縫希が「効果の強さの変化」をカテゴライズしたように、私もカテゴライズするアイディアを持っているの。「S型能力」と「T型能力」に私は分けているわ」

「「S」と「T」!?何だいそりゃ?」

「それわね……」と言いかけて季子は急に軽い口調に変えた。「オナカすいちゃった。外へ食べに行きましょう、縫希。どうせ吾人(あーと)といた店でまたパフェでも食べたんでしょう。私におごってよ!」

 ズバリ言い当てられて縫希はドギマギした。

「な、何を言っているんだ。そんなの自分のサイフでた、食べレよ。だいたいパフェなんて食べていないぞ」

 季子はイジワルそうな笑みを浮かべた。
「フフ…、そうなんだぁ〜。でもとりあえず外に出ましょう」

 縫希は玄関に向かい靴をはいたが、結局おごってしまうであろう自分の敗北をエピタフで見たかのように予知できた。

  (つづく)