The Encounter World −3−


 殺風景な部屋だった。濁った灰色で塗り固められた部屋は、威圧を目的としているとしか思えない。嘘発見器や録音装置のようなものでも内蔵されているのだろうか、不自然なほど凹凸のない楕円形のテーブルが中央に置かれている。テーブルは明るい白で、黒崎と都市管理局の監査官は向かい合って座っていた。
  取り調べが始まってから2時間が経過していた。
  形式的なものだ、という説明があったが、質問は執拗かつ念の入ったもので、その日の行動から食事の内容、仕事の契約額から日数、年収に至るまでまさに根掘り葉掘りというありさまだった。
  雫は証拠品の一つとして、ログの提出を要求されていた。
  質問はさらに雫の機能、特に戦闘能力についても及んだ。汎用リブロイドにしては高出力過ぎる。接触式スタンガンのようなものは何のためについているのか。これは武器ではないか。都市管理局はリブロイドの武装を禁じている。
  対して黒崎は用意していた回答をするだけだった。
「あれは、デバイス拡張のための電源ユニットです。雫は複数の端末を備えた移動型サーバーのリブロイドですから、高出力の電源が必要になることもありますし、逆に内蔵電源を提供することもあります。外部電源用のソケットに触ればそれは感電しますよ」
  開発が凍結され、公式には存在しない躯体である雫には、既製品としての仕様書は存在しない。ワーカーデトニクスには設計図その他の資料が存在するが、それらは社外秘だ。黒崎が嘘をついているのかどうかを判断することはできない。
  仮に目の前の男が感応系の能力者であり、黒崎の心を読んでいるとしても、それを証拠として扱うことはできない。
  能力の使用によって得られた証拠は、証拠として認められない。能力者の犯罪を防ぐための仕組みであると同時に、管理局自身が証拠のねつ造者となることを防止するためだ。都市管理局がアナトリアの治安を維持しているとはいえ、純然たる正義の執行者でないことは子供でも知っている。
  能力者を有している管理局が証拠を偽造することなど訳のない話で、でっちあげた冤罪を裏取引によってうやむやにするという、手の込んだことをする監査官もいると聞く。
  目の前の監査官からそういった部分は見られないのは、面倒がないという意味でも幸いだった。
「こちらからの質問は終わりです。おつかれさまでした」
  監査官は笑みも浮かべずに尋問を終わらせた。
  食事もなければ飲み物もなし、か。コーヒーの一杯ぐらい出してくれてもよさそうなものだが。延々としゃべり続けたおかげで、唾液が減って口の中がすっかり渇いている。
  聞かれただけで終わるのは割に合わない。
「一つ、聞いてもよろしいですか」
  黒崎は椅子から立ち上げる前に尋ねた。
「私に答えられることなら。それと、質問事項は記録に含まれますが、よろしいですね?」
  監査官の視線は手元のコンソールに落とされたままだ。
「はい、結構です。管理局の側で、今回の暴走の原因らしきものは把握しているのでしょうか」
  監査官は虚ろなガラス玉のような目で黒崎を見た。
「それについては捜査中である、としかお答えできませんね。もっとも、頭の無くなったリブロイドからどうやって情報を引き出すのか、私にはわかりませんが」
  皮肉ともつかぬ答え。なるほど確かにそうだ。雫のスタンガンと自身の腕によって、あの暴走リブロイドの電脳は完全に破壊されている。あれほど粉々になった断片から有益な情報を引き出せたら、技術者としては称賛を贈るしかない。
「ありがとうございました。私の知りたいことはそれだけです」
「捜査の進捗によっては、またお話を伺うことがあるかもしれませんが、その時はよろしくお願いしますよ。ああ、それとお預かりしたリブロイドは下の物品管理室で受け取ってください」
  形式的な礼をして、監査官は黒崎を取調室から送り出す。
  部屋から出ると同時にスライド式の扉は閉まり、監査官は奥に引っ込んでしまった。ついに、名前さえ名乗らなかった。無愛想の極みというほかはない。
  黒崎は大きくため息をついて廊下を歩き出した。
  ほの暗い建物内は、何色もの発光素材で道が示されているが、どのラインがどれを指しているのか全く判らない。送っていくぐらいの気は使えないのか。
  内心悪態をつきながら、管理局内を彷徨う。下の物品管理室と言われても場所が判らない。しかも、不思議と人に会わないので道も尋ねられない。
  壁際を辿っていくうちに階段を見つけたので、そこから下に降りることにした。
  管理局はまるで無人のように静かで、廃墟のようだ。初めて内部に入ったが、たまたま人が出払っているのか、それとも極端に人の出入りが少ない場所にいるのか、人気というものを感じない。
  エレベーターの場所をちゃんと覚えておけば良かった、と黒崎は思った。事件後、連れ去られるように管理局へと案内されたため、ぼんやりとしていて記憶が定かでない。
  空腹も手伝って、怒りがこみ上げてくる。階段を乱暴に踏みしめながら階を下り、最後の段は五つほど抜かして飛び降りた。
「誰かと思えば、随分威勢がいいじゃないか」
  着地したところで声がかかった。
  聞き覚えがある。
「リチャードじゃない。こんなところで何してるの?」
  黒崎は飛び降りたところを見られて赤面しかけているのを質問で誤魔化した。
「それはこっちの台詞なんだが。何か揉め事でもあったのかい」
  リチャード・メイスンは面白がった様子で黒崎を見ている。形状記憶素材ではないグレーのズボンには珍しくきっちりアイロンの線が入れてあり、Yシャツには赤と茶色のチェック柄のネクタイが締められている。いつものよれたポロシャツや薄汚れたツナギの姿ではなかった。
  外向きの格好のうえ、脇に端末を抱えているということは仕事がらみか。そうでもなければワーカーデトニクスの開発主任の一人がこんなところにいるとも思えない。
「色々と、ね。話ついでになんだけど、物品管理室の場所って判る?」
「何だ、迷子か。物品管理室なら、突き当たりを左に行ったところだよ。紫のラインを辿っていけばいい」
  メイスンの指さす先には、暗い赤紫のラインが走っている。
「詳しいわね」
「ま、こっちも訳ありでね。商売以外の用件で呼ばれてるのさ」
「それって私にも話せる話題?」
「話してもいいが、僕はこれから本社に戻らなくちゃいけない。後で連絡を入れよう」
「ということは、リブロイドがらみってこと?」
「たぶん、君と同様にね」
  なかなかいい勘をしている。ふと、そこである疑問に行き当たった。その予想が当たってないことを祈りつつ、黒崎は去り際のメイスンの背中に向けて質問を投げかける。
「ねえ、リチャード。雫のことで何か聞いてる?」
「いいや。何かあったのか?」
「ううん、別に」
  黒崎はメイスンが雫の解析のために呼ばれたのではないと知って安堵する。さすがに開発者に一人から情報を聞き出されたら、雫が端末ではなく護衛用のリブロイドだとばれてしまう。
  雫に戦闘能力があることは、登録の際に隠している。法的には完全にアウトだ。
「じゃあ、また後でね」
  手を振ってメイスンと別れると、言われたとおりに紫のラインを目印に奥へと進む。彼の案件については後でゆっくり聞かせてもらおう。
  物品管理室に向かう足が速くなるのは、雫の扱いに不安を感じるためだ。雫の記録した情報は事件の証拠の一つとして開示されることになると思うが、電脳に何かちょっかいを出されていないかが気にかかる。
 
「ここね」
  黒崎はラインの終点、金属製の分厚い扉によって閉ざされた一室の前で立ち止まった。モスグリーンで塗装された扉には無機質なゴシック体で『物品管理室』の文字が刻印されている。
  証拠品を扱う部署なのだろうか。鋼板の厚みは扉にしては物々しすぎる。それは外からの侵入を防ぐための物か、それとも『中の物を外に出さないためか』。
  いや、考え過ぎか。空想を振り払い、レバーを下げて身体全体で押し出すように扉を開く。
  室内はひんやりとしていて薄暗かった。まるで病院の霊安室だ。まだそこに立ち入ったことはないが、そんな印象を抱かせる。部屋に入るとカウンターがすぐ前面にあり、奥の空間とは金網で仕切られていた。
  カウンターの前には男がひとり、端末に目を落として何かを読んでいる。白髪交じりの髪をした男の顔には、年齢を感じさせるような深い皺が刻まれていた。さしずめ宝の番人、といったところか。くたくたになったツナギには、汚れで辛うじて判別できる程度の色になってしまっている管理局のロゴが貼られており、男自体が管理室の備品にも見える。
  黒崎が部屋に入ると、金網の向こうで男の表情が少しだけ動いた。
「アンタのリブロイドならそっちのロッカーの中だ」
  男は顎をしゃくって左奥にある薄汚れたロッカーを指した。本当に、何の変哲もない、スチール製のロッカーだ。間違っても充電機能やメンテナンス機能などはない、ただの箱。あんな所に閉じ込めるなんて管理局の人間はどうかしてる。
「まあそう言うな。置き場所がなかったんでな」
  黒崎は驚きの表情のまま、首だけを動かして男を見た。まだ何も言っていない。まさか。
「察しがいいな。儂は人の心が読める」
  能力者! だからこその番人か。それにしても、だ。
「断りもなく心を読むなんて、随分失礼な話よね」
「アンタは表情が出るからわかりやすいな」 男は「ヒヒヒ」と品の無い笑い方をしながら椅子の上でのけぞった。「人の心が読めるとして、それをわざわざ相手に伝える間抜けがいると思うかね?」
  一瞬にして頭に血が上った。
「管理局って言うのは随分人を馬鹿にした組織のようね」
  金網の向こうを睨み付ける。
「怒るな、怒るな。部外者を部屋に入れるんだ、儂の所に連絡の一つぐらいあるのは当然だろう。こんな皺だらけの爺を相手にするより、早くロッカーを開けてやったらどうだ」
「言われなくても!」
  黒崎は腹立ち紛れにロッカーの扉を乱暴に開く。つくづく管理局というのは苛つく場所だ。
  雫は省電力モードのまま狭い箱の中で直立していた。黒崎の生体データを感知して自動的に復旧を始める。数秒して、全ての機構が立ち上がった。ゆっくりと目を開き、ロッカーの中から一歩踏み出す。
「随分酷いところに閉じ込められていたわね。おかしなことされなかった?」
「機能は全て正常です」
「まったく、人の物をこんな所に閉じ込めるなんて嫌がらせもいいところだわ」
「マスター。リブロイドは広義の意味ではただの機械に過ぎません。よって、私をロッカーに入れて保管することは不条理とは言えません」
「あなたは長生きするわ、雫」
「製造時に想定された耐用年数は20年です」
「面白いコンビだ。食堂で漫談をやったら受けるぞ」
  横から茶々が入ったので、黒崎は再び老人を睨んだ。
「口の減らないお爺さんね。私をからかってそんなに楽しい?」
「すぐ怒る奴をからかうのは楽しいぞ。それに、怒らせてもこいつがあるしな」
  老人は金網を叩いて見せた。
「私が雫に命じてその安っぽいバリケードを引き千切らせてもいいんだけど?」
「アンタはそんなことはしないな。そういうことが出来るほど怒れないタイプだ。常識人ではあるが、損をする。それに管理局で一暴れしたら、儂はともかくアンタらはただでは済むまい」
「読心ごっこは終わりじゃなかったの」
「ちょっと観察していれば、そいつがどんな人間かはだいたい判る。わざわざ絡んだのは伝言を預かっているからだ」
「伝言? 私に? 誰から?」
「知らん。名乗らなかったんでな」
  何か不吉な予感がしたが、黒崎はそれを押し込めて聞き返した。
「で、そのミスターXはなんて言ってるの?」
「子供でも判る、親切な伝言さ。『関わるな』だ」
「私は何にも関わった覚えはないのだけれど」
「そんなことは儂だって知らん。儂は少々の金と、それだけ伝えてくれって頼まれただけだ。相手も知らなければ、嬢ちゃんが何に関わっているのかも知った事じゃない」
  黒崎は考える。関わるな。何に。
  何かの事件にも、機密に関わるような案件に首を突っ込んだ覚えもない。何に関わるなと言うのか。警告にしては不親切すぎる。だが、老人がそれ以上のことを知っているようにも思えなかった
「都市管理局が匿名からのメッセンジャーをやっているとは知らなかったわ」
「たいそうな名前の部署のわりには安月給でな。手間のいらない副業はいつだって受付中だ」
「市民を守るとか、正義のために働くとか、そういう使命感みたいなものはないの? 穴蔵の中に納まってて忘れてしまったとか?」
「その手の質問はとうの昔に聞き飽きてるな。儂の仕事は、そのロボットをアンタに返して、それから伝言を伝えることだ。それはもう終わって、アンタには何の用もない」
「そうね。私の用も終わったわ。二度と来たくないって感想付きで」
  雫を引き連れて部屋から出ようとした黒崎の背後から声がかかった。
「何も終わってなどいない」
  地の底から響くような声に、黒崎はぎょっとして振り向いた。先程の老人とは思えぬ嗄れた声は、まるで何かに無理矢理口を開かされているような不気味な響きを帯びている。その表情からは皮肉は消え失せ、老人は虚無の如く暗い瞳で黒崎を見つめていた。
「『運命はわれわれを導き、かつまたわれわれを潮弄する』。自分の立ち位置を見誤らないことだ」
  老人はそのまま口を閉ざした。
  黒崎は老人の言葉の意味を問おうかとしたが、思い直して踵を返した。
「―――行きましょう、雫。長居は無用よ」
「わかりました、マスター」
  黒崎が物品管理室を出ると、後ろについてきていた雫が重い扉を閉めた。
  地獄の門でも閉ざしたような気分だわ、と黒崎は思った。
 
  目まぐるしい一日の終わりは、玄関に辿り着いた時点で終わった。
「ああ……日付変わっちゃったわ」
「マスター黒崎、一件業務連絡がありました」
「仕事の依頼?」
「いえ、昨日の事件により現場が封鎖されたため契約を打ち切るとのことです」
「まあ、そうなるでしょうね。こっちの心配事は支払いだけだけど」
「日払い計算、とあります」
「ケチってるわねぇ。こっちは半分被害者みたいなものなんだし、被害も人ひとりで済ませたわけだし」
  冗談めかして呟いたつもりだったが、急に吐き気がこみ上げてきた。
  食道を昇ってくる内容物を堪えながらトイレに駆け込み、全てをぶちまけた。
  自宅について緊張の糸が切れたからなのか。震えと吐き気は胃の中が空になっても続き、黒崎はしばらくのあいだ胃酸で喉の焼ける苦痛を味わった。涙で視界は歪んだ像を結んでいる。内臓が不規則に蠕動しているのが肌の上からも判る。まるで、黒崎という人間の中身全てを吐き出そうとするかのようだ。
「ストレス性のショックだと類推されます。必要であれば救急車をお呼びしますが」
「それよりも水持ってきて……」
  雫に命じてから、口中に残る苦い唾液を吐き捨てる。
  程なくして水を満たしたコップをもった雫が現れ、黒崎は口をすすいでからようやくトイレから出た。
  空腹なのは、幸いだった。吐く物がもっと多かったら、この不快感はもう少し持続しただろう。
  涙でにじんで視界は今も続き、頭痛もする。全く、酷い一日だった。
「マスター黒崎、あなたには速やかな休息が必要です。ショック症状に加えて肉体的にも疲労の極致にあり、正常な判断力が発揮できる状態にありません」
「正常な判断力って言うけど、自分が疲れてることぐらい判るわよ。眠くはないけど、寝なくちゃいけないってこともね」
「適温での入浴や精神安定効果を持つ飲料の摂取などがありますが、この場合は抗精神剤の使用をお勧めします」
「あなた、それ時々言うわよね。でも、そうね。今日だけは従ってもいいと思うわ。睡眠薬と、それからブランデー持ってきて」
「薬剤をアルコールで摂取してはいけません」
  咎めるような口調の雫に黒崎は苦笑する。
「はいはい」
  一人でなくて良かった、と黒崎は思った。一人で居たなら、誰か頼るべき者が居ない状況であったなら、自分は今潰れていたに違いない。無愛想な黒衣のリブロイドは、紛れもなく自分の守護者だった。
  身体が興奮状態にあることは判っていたが、同時に疲れ切ってもいた。雫の指摘するとおりだ。
  両手で目を覆い、光を遮る。今日一日で、色々なことが起こりすぎたのだ。人間の記憶は都合良く消せない。
  前屈みになって腰を落ち着けてはみるものの、閉じたはずの目の中で光がちらついて見える。
  雫が戻ってくるまでの時間は長かった。数十秒か、もしくは数時間。数日か、数年だったかも知れない。自分の身体が自分の物ではないような感覚は、時の流れを引き延ばすかのようだった。
  口をすすいだお陰で吐瀉物の不快感はずっと少なくなっていたが、それも随分前のことだったように思えた。死体を思い出さないようにする。何か、楽しいことを。楽しかったことを思い起こそうと努力する。フラッシュバックする光景を、思い出すという作業そのもので塗りつぶし、意識を逸らそうと不毛な営みを続ける。
  関わるな。その言葉に引っかかりを感じる。メッセージの意味は何か。一体何を指しているのか。何にも関わった覚えは無い。リブロイドの仕事をするな、ということならそれは難しい答えだ。それに、その方面で人から恨みを買うような覚えも、警告されるような危ない橋を渡ったこともない。
  泥濘の中を藻掻くような時間の終わりは、雫の足音と共にやってきた。顔を上げると、雫がもうすぐ側に立っている。トレイに載せた銀色の保温マグからは湯気が立ち上り、薬品のような香りを運んでいた。
「カモミールのハーブティーがまだ一袋残っていました。睡眠の助けになります」
  黒崎にそっと手渡しながら雫が言う。マグはそれほど熱くなかった。
「混ぜて飲んでも平気なの?」
「問題はありません」
  雫がそう言うのであれば、そうなのだろう。
  パッケージを折って錠剤を取り出し、口に含む。舌先に糖衣の甘さを感じつつ、少しぬるめのお茶で飲み下した。
「ベッドメイクは済んでおります」
「あなたは良いお嫁さんになれるわ、雫」
「同性婚は認められていますが、リブロイドとの婚姻は法的に不可能です」
「ああ、そう」
  早くも睡魔の訪れを感じながら、雫に支えられて寝室に向かう。
  脇の下から感じる仄かな熱は、雫が駆動機関と電脳の発する熱を表皮下で循環させることによって排出している名残だ。
  戦闘のために作られた雫は、内蔵火器のレイアウトの関係で通常のリブロイドに比べて廃熱能力がやや低くなっており、高負荷時には熱伝導素子で構成された髪をラジエーターの代わりとして使う。そのため、クールな立ち振る舞いにふさわしく、「体温」そのものは低い。それでも密着した身体から伝わってくる熱は、雫という存在を生身で感じられるようで安心感があった。心なしか、いつよりも暖かい気もする。
  ベッドに倒れ込むと雫がそっと掛け布団をかけた。  
「良い夢を」
  ベッドは暖かくはなかったが、何かに包まれている感触が黒崎の心を落ち着かせる。雫はそのまま部屋を出ていったが、おそらくはすぐ近くで待機しているのだろう。足音が遠ざかったようには聞こえなかった。
「リブロイドとの結婚は認められない、ね」
  目を閉じたまま、先の雫の言葉を反芻する。それは確かにそうだ。リブロイドは機械であり、道具なのだから。以前に請け負った仕事では、リブロイドとの恋の橋渡しをしたりもしたが、あれは良い仕事だった。金払いも良かったし、思う存分趣味に走れた。彼らは元気でやっているだろうか。
  眠りの運ぶ心地よい倦怠感に浸りながら思う。なるほど、雫は婚姻の対象として、私を定めているという訳か。可愛い奴だ。
  雫が男性型だったら、ひょっとしたらそんな気分になったかもしれない。以前、雫を男性型に改造してしまえ、などと言われたこともあった。
  鈍る頭で想像してみる。長身で無愛想な美丈夫。そんな雫を連れ歩く自分。
  うん、ないわ。
  ないない。雫は今のままがいい。
  黒崎の意識はそこで眠りの中に沈んでいった。 


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