「それにしても、病院の駆体が欲しいとはどんな物好きだい」
  メアリの引き取りの日、担当であった男がそう尋ねてきた。
  その好奇心はもっともだったが。
「申し訳ありませんが、守秘義務がありますので……」
  当然答えるわけにもいかなかった。
「そりゃそうだ。まあ珍しい申し出だが、新品が一台入ってメンテ付きなら誤魔化しが効く。詮索はしないさ」
  なるほど。病院ではよく噂されるが『それなりの取引』はここでも行われているらしい。
「ご配慮、痛み入ります」
「こっちとしてはデータの消去さえ完璧なら何も問題はないさ。それ、廃棄物扱いになるわけだから」
  それ、とは解体したメアリのことだった。
  廃棄されるリブロイドはバッテリーなどの汎用部品を取り外し、全て解体した上で処理場へ回されるのが常である。事実、書面上もそうなっているために受け取りは解体された状態で行われることになっていた。
「このような案件は他にも?」
「おおっと、そっちも詮索は無しだ」
  男は両手を挙げておどけてみせる。
  リブロイドは精密機器であると同時にレアメタルや高価なパーツが収められた『資源』でもある。
  処理の費用を差っ引いても採算が十分すぎるほど取れるということはあまり知られてはいない。
「確かに。話はここでおしまいの方が良さそうですね」
「そういうこと。俺は捨てられた端末の行方なんて知らないし、君はここにメンテに来たフリーの技術屋だ。廃棄された物が何処かでレストアされたとしてもそれはちゃんと法に則った事で何も問題はないし、誰も不幸にはならない」
  うまい言い回しだ。
  だが現実とはそういうもの。
「手間賃は現金でお支払いということでよろしいですか?」
「いいねぇ。キャッシュはクレジットよりも強し」
「では」
「うん、交渉成立だ。物はもう用意してある。出来るだけ速やかに運び出してもらえると助かるがね」
黒崎はうなずき、雫にケースを運び込むよう命令した。

 手続きも持ち出しにも何も問題はなかった。
  油断は出来ないが、万一のことがあっても法的にも問題はないはずだ。
  ラボにメアリを搬入し、廃棄用のケースを開ける。
  駆体は洗浄され、付属品の一切合財を取り払われた上で、ご丁寧にパーツ単位でバラバラにしてある。
  冷却と緩衝材を兼ねた冷却液は全て抜き取られており、乾燥重量はかなり軽くなっていた。通常ならリサイクルできる部品をさらに取り外した上で破砕・溶解などの処理を経て金属やレアメタルの回収を行う。
  いわば、処理される一歩前の状態。
  人の形をしたものが分解されている、という光景はいつになっても慣れないものだった。
  人という形を奪われた姿は生理的な嫌悪を呼び起こす。
  これは死体ではなく、生まれる過程なのだ、といつも自分を納得させる。
  事実そうなのだ。
  全方向型の駆動輪は今回不要のものなので取り払い、代わりに取り寄せておいたエリザベス・バージョン19の下半身を流用する。極めて安定した動作と滑らかな動きをすることで定評があるリブロイドだ。会社も同じ「ヤーン・イマジネーション・ドールズ」であり、パーツの親和性は高い。
  金額や見た目よりも、今後の動作のことを考えた上での選択だ。
  もちろん、高級機の中身をじっくりと弄り回してみたい、という欲求も無いわけではなかったが。
  重量バランスが変わることで最適化が必要だが、これはたいした作業ではない。
  ヤーンのOSは優秀だ。
  数時間歩行させるだけで、自己学習するだろう。
  背骨を構成しているディスクフレームは、規格が同一なので取り付けにもさほど手間はかからない。体重を支える部位でもあるため、点検は念入りに行う。フレームそのものは疲労も見られないのでそのままとし、消耗品であるパッキンやベアリングの磨耗を確かめた上で新品に交換する。
  黒崎の仕事のほとんどは、OSの調整や動作プログラムの改善といったソフトウェアの仕事である。が、もともとデザイナーをしていた身としては、こうして組み上げていく工程のほうが楽しい。
  カスタム化された仕様は作り上げていったときの満足感も大きく、何より「世界にひとつしかない」のはマスプロダクトモデルを作るのとは違った面白さがある。
  クライアントの意を汲み取り、制約の中で出来るものを追求する。
  自己満足と顧客の満足度をどこまで追求できるか、そこが腕の見せ所だ。
「起動させるわ。雫、動作記録をモニターして」
「かしこまりました」
  無数のケーブルをつないだまま、メアリが起動する。
  最初はよろよろと、しかし数秒後しっかりと二本の足で。
  さすが優秀だ。
「オートバランス、正常に起動中」
「いいわ。そのまま歩いてみて。雫、フレームへの負荷はどう?」
「まったく問題ありません。負荷、許容規定値の10パーセント以下」
「正常値ね。駆体はあまり弄らなくて大丈夫そうだわ」
  もっとも、問題があるなどとは思っていなかった。
  同じメーカー同士の駆体をつなぎ合わせてひとつにする、というのはありふれた改造である。リブロイドのパーツは高度に規格化されており、メンテナンスとカスタマイズの煩雑さを解消できるようになっている。
  知識の乏しい一般ユーザーでも意匠を凝らした躯体を持てるのはそうした規格化の賜物だ。
  問題はその先。
  バスカークの持つメアリのイメージに、どれだけ近づけることが出来るか。
  もとのパーツを使い、仕様を近づけたところでフォーマットされてしまったメモリだけはどうにもならない。
  そのどうにもならにない部分をどうするか。
  ひとつはまったく新規に組みなおし、まっさらな状態で納品する。
  もうひとつは、擬似的に置かれた状態と条件を再現する。つまりは模倣。
「貴方の主人はバスカーク・ド・レラッタさん。認識は出来てる?」
「個人データ照合しました。問題はありません」
  ソプラノの綺麗な声だ。
  回答からして、対象を認識はしている。つまり「知っている」ということだ。だがそこに知性や感情といったものは感知できない。個性とはすなわち関連付けだ。それ自身が持つ固有の反応こそが外から見える個性の有り様となる。
  つまり「知っている」は感情ではない。ただの事実であり現状の報告だ。
  それでも、会話の受け答えに関して違和感を覚えることは少ないだろう。
  会話のためのライブラリは、ヤーンが家庭用として市販しているものを移植してある。
  バスカークとメアリは病院で出会った。ならば、新しい生活もそこから始めるべきだ。
  新しい事柄は最初から覚えこませるべきではない。データとしてではなく、あくまで受け皿を作るだけに留めて伸ばす余地を残す。
  あまり信じられてはいないが―――リブロイドは成長する。リブロイドの判断力は、社会でそう思われているよりもずっと柔軟だ。特に、一対一の関係においては。
  多数の人間に対しての柔軟な判断力の獲得には至っていないが、限定された空間と用途であれば驚くほど高い適応性がある。
  もちろん、ある程度の時間は必要ではある。
  それを許容できるかどうかが、リブロイドユーザーとしての資質だろう。
  無駄を楽しめない人間に成長を楽しむことは出来ない。
  出来るだけプレーンに、フラットに。過不足のない文字通りの素体。
  もちろん、それを納品して全て解決、と言うわけにはいかないだろう。現地での調整やバスカーク自身の要望をも反映していかなければならない。
「それでいいのかしら」
  疑問は残る。
  だが出来ることも限られている。
  模倣とは言い切れないが完全にまっさらな状態でもない妥協点。
  思い悩んでも前には進めない。
  ヘッドマウントディスプレイを装着し、メアリの電脳へ潜り込む。
  自分に出来ることは、芽が出ないかも知れない種を蒔き続けることなのだ。


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