合作パロパロ第2弾!!

                  ガラスのKISS

                     2


「ねえねえ、琴子〜、特別室の速水さんって、カッコイーらしいってね〜?!」
「そうそう、この前のノブヒロと言い、何でアンタはカッコイイ人ばかりの担当になるのよっ!ズルいわ、ズルいわ!」

琴子は看護士仲間の桔梗 幹(もとき)と品川真理奈に捕まった。
「あ、あたしだって好きで特別室担当になってるワケじゃないわよっ!昨日だって、マスコミがスキあらば入り込もうとしてるし!」
「アンタの大きいおなかみたら、誰だってビビるわよ!」

入江琴子は、夫である小児外科医の入江直樹との初めての子を妊娠中だった。

所属女優をかばって怪我をした大都芸能社長の様子を取材しようと、速水真澄が入院したその夜から、斗南大付属病院の
あちこちに、マスコミがうろついていた。
以前琴子が人気美少年モデルのノブヒロを担当していた時に取材に来ていたレポーターは、
琴子を見て「またアンタか・・」と渋い顔をしている。
妊娠6ヶ月とは言え、元気いっぱいの琴子が前に立ちふさがれば、
百戦錬磨のカメラマンも、まさか妊婦をはねとばして強行突破をするわけにはいかない。
いや、一度などカメラマンに突き飛ばされたフリして、「ああっ、おなかが・・痛い!」なんてやったものだから、
マスコミは琴子の姿を見ただけで近寄らなくなってきている。

「これって、細井婦長の作戦勝ちかしら?」



だが、特別室担当は、かえって体には楽だった。

速水真澄は、右の肩から上腕部にかけての複雑骨折だが、命に別状あるわけでなく、
もともと知人であったために甘えてきたノブヒロのようには、ガキで無く、我が儘でもない。
PC等の設備はもちろん、会議室までついた部屋であるため、速水は特別室に移ったその日から仕事を再開し、
琴子をキレさせたが、痛みに耐えかねたらしく、1時間もしないうちに本人がさっさと切り上げた。

「社長はしばらくおとなしく寝ていてくださいまし。入院できてホントにからだのために良かったですわ。」
などと有能そうな美人秘書がのたまう。
「ついでに禁煙の方も、この際成功なさいますように。
社長室のカーペットとソファを変えて、おたばこの臭いが残らないようにしてお待ちしていますわ。」

今日はさすがに仕事の時間は延びたが、速水は午後からは眠っている。
琴子の注射に文句も言わない、実に扱いやすい患者だった。




それよりも気になる事・・・。
ノブヒロことノンちゃんの時のように、家族らしき人の来訪がまったく無い事。
来るのは会社関係者か、警察。

照明が落ちて来て女優に当たるのをかばった、と言う事だが、
通常なら落ちるハズのない照明が、なぜよりによってセンターの照明が落ちたのか、
それが取り付けられたバーが、なぜその時下がったのか。
操作をしていた劇場職員は、「指示が来たから」と言うし、照明責任者は「知らない」と言うし。

事故から一週間、全然解決されていないのに、当の速水はその事に対し無関心でいるように見える。
ひょっとして、彼は誰が引き起こした事か、とうの昔にわかっているのかもしれない・・・、
なんてナースステーションでこそこそウワサしていたようだ。




琴子はあの晩、直樹とともに当直だった。
救急センターの医師が手一杯だったため、研修期間が終わって晴れて小児外科医になったばかりの直樹が呼ばれ、
速水真澄を担当する事となったのだ。
頭部にも傷があったため、一応MRIにまわし、異状が無い事を確認してから手術に入った。

手術室の前で、速水の秘書に抱きかかえられながら、ずっと泣いていた女性がいた事を思い出す。
それが速水がかばった当の女優、北島マヤだそうだ。

「大丈夫ですって!手術担当してる入江くん、天才外科医なんですよ〜!MRIもOKだし、すぐ元気になります!」
見かねて声をかけると、ハッとこちらを向いた大きな目から、また涙 が流れた。
彼女は、手術を終えて出てきた速水の顔を見てまた涙を流していたが、秘書にうながされて帰っていった。

翌日、ヒゲもじゃの監督とやらに伴われて見舞いに来たらしいが、速水はまだ集中治療室で、
面会もはたせなかったようだ。



『彼女、来るの止められてるんだろーなー。
なんかずいぶんなお金持ちのお孫さんと婚約してる、ってお義父さんが言ってたけど、北島さんの方が本命かな?』

なんて考えながら、琴子は特別室にそおっと入る。
「速水さん、お目覚めですか。夕方の検温ですよ〜。」

「・・・あ、起きてますよ・・・・ああ、もう4時半か・・・・・なんだかここ一週間で、何ヶ月分も寝た感じだな」
体温計を差し込まれながら、速水はぼやいている。

「明日、ちょっとだけ車椅子でお散歩してみませんか?さっきモトちゃんが言ってたんだけど、
長瀬和也と浜崎あさみの交際宣言あったから、ここに来てるマスコミ、絶対減るって。」
「交際宣言か・・・・最近は重みが無くなったしなあ・・あてにならんなあ・・。」
「お、通な分析、やっぱ社長さんだ〜。

「おたくのお義父さんも、でしょう?株式会社パンダイ入江社長のご長男のお嫁さん。」
え〜!!!
琴子は想わず素っ頓狂な声を上げてしまい、あわてて口をふさぐ。

「調べたんですか〜?あたしたちは患者さんのプライバシーを守っているのに、ズルいです!」
「ああ、天才だとか言う我が担当の小児外科の入江医師と、その奥さんの事が気になってね。」
「ホントに天才です!!もう、わかってないんだから・・・あっと、36度9分ね。ちょっとは痛み引いてきました?」

ああ、と小さく答える。
ほとんど余計な事をしゃべらない入江医師に対し、彼女はその分しゃべっている。
はじめはうるさく思ったが、こうして彼女のおしゃべりを聞いていると、結構退屈しない。
おかまの看護士の桔梗が、『あの夫婦は、ふたりで一人前なのよ。』などと言っていた事を思い出す。

「君があのゲームソフト『ラケット戦士コトリン』のモデルか・・・・そのまんまだね。」
「もー、忘れていた過去を!でも、あのゲームのおかげで会社立ち直ったんですよ。」
「・・・何で看護婦を?」

琴子は、よく聞いてくれました、とばかりの様子だ。
「あたしって、いつも入江くんに助けられてばかりだし、今度はあたしが、って思ったんです。
専業主婦でもよかったんだけど、ウチには主婦の天才のお義母さんがいるし。
・・・清水の舞台どころか東京タワーのてっぺんから飛び降りるくらいの決心だったんですよ〜。
まあ、看護婦になれたの、みんなからさんざ奇跡だ、って言われたけど、
今じゃ結構注射も上手になったって言われるし〜。」

うまく・・・なったって・・?

速水は初めて琴子の注射を受けた時の事の恐怖を思い出し、思わず身を固くした。
「そーですよー。最近、一度で点滴の針、OKになったもん。これってスゴイんだから!
モトちゃんったら、『おなかに入江先生の子がいるからだ』って。失礼しちゃうわ。」
「・・・・」
速水は、自分より先に実習台にされた患者達に感謝した。


「よーし、今度は速水さんに質問しちゃおうっと。」
と、琴子は速水に顔を近づけて来た。

「速水さんの本命って、やっぱ北島マヤさんですか?」
「・・・なんっ!!
「あ〜、やっぱそーなんだー!!だいじょーぶですよぉ、誰にも言わないから。」
・・・速水は否定する気が失せた。

「それにぃ〜、フィアンセの方、全然お見舞いにこないけど、ボツっちゃったんですか?」
さらに顔を近づけ、声をひそめて聞いてくる。
速水はため息をひとつついて答えた。
「・・・ああ、昨日ね。無事破談になった。」
「よかったじゃないですか〜!んもー速水さん、今時政略結婚なんての、古いよ!」
・・・・もうお手上げだ。入江琴子が芸能レポーターじゃなくて看護婦になっていた事を天に感謝せねばなるまい。

・・・なんでそんな事がわかる・・・
「だって、速水さんと入江くんって、似てるもん。いや、やっぱ入江くんの方が断然カッコいいけど〜。
どーせ自分ひとりが我慢すれば会社のためになる、なんて考えたんでしょ。
ホントに男の人って、すぐそんな事考えるんだからぁ!
でもそれって、結果的に自分も相手の方もおとしめているんです!
入江くんは婚約を破談して私と結婚したんだけど、『コトリン』のおかげで会社はOKだったし!」

「・・・そうか・・・似ているのか・・(何だと!入江の方がカッコいいって?!)」

だか、速水は自嘲するように、ふっと笑った。
「だが、北島マヤはオレの事は愛していない。むしろ憎んでいる。」
「まーたまたぁ〜何言ってんだか!!彼女、速水さんの手術の間じゅう、ずーっと泣いてましたよ。
『もう心配ありません』って、入江くんが言ったら、もう顔くしゃくしゃにしちゃって、泣き笑いしてました。
憎い相手に、絶対そんな態度とりませんよ〜。」
「・・・・!」

「会いたいでしょ?」
「・・・彼女は来ない。来させないように言ってある・・・・それよか琴子ちゃん、時間、いいの?」
「え?あ〜、申し送りの時間だった〜!!やっばー!
速水さんじゃあね、今夜はモトちゃんだから襲われないように気をつけてね〜!」

ころばないように・・・と言おうとした時には琴子の姿は無かった。

「彼女も・・・誰かさんに似てる・・・か。」



琴子が勤務を終え、通用口から出ようとした時だった。
「あれっ?」

外の木の陰に、立っている女の人・・・そうだ、間違い無い!

琴子はその女性にそっと近づき、いきなり手をつかんでもとの通用口にひっぱりこんだ。
相手はびっくりして目を白黒させている。
「あなた、北島さんでしょ?速水さんが会いたがってるわ。」
「あ、はい・・・・でも、中にもカメラマンとかいるでしょ?」
「だいじょーぶ、あたしにどんっとまかせて!」




「何よ〜琴子、帰ったんじゃないの〜?今夜の速水さんの寝顔は私のものなんだからね!
あら?彼女、ここの病棟にいたっけ?」
「お、ちょうどいいや、モトちゃんもちょっと協力してよね。」

琴子は当直看護士の桔梗 幹のひっぱっていた速水用の夕食のワゴンを、奪い取った。
「さ、これ、お部屋に持っていってね。」
「ちょっと、何すんのよ〜!私の楽しみを奪わないでよ〜!」
「いいから、人助けだと思って!」




コンコン・・・・
「食事を持ってまいりました。」
「はい・・・・あれ、桔梗君じゃなかったの・・・」
速水はワゴンを運んできた看護婦の顔を見て、口をぽかんと開けた。

「マ・・・マヤ?」

「あ・・・・ごめんなさい!・・・・えっと、入江さんって言う看護婦さんにつかまって着替えさせられて・・・
ごめんなさい・・・

速水は、消え入りそうにしている看護婦姿のマヤを 頭のてっぺんから足の先までくりかえし眺めるばかり。

「ハ・・・ハハハ・・・さすが琴子ちゃんだ!やってくれた!」
ついにこらえ切れずに笑い出した。
「・・!ヘンですよね!・・・ごめんなさい、もう行きます!」
白衣に、真っ赤になった顔がよけい目立った。
「変じゃない!似合うよ・・・・いつか大都で君のために病院モノの企画をたてさせよう!」
「んもう!来るんじゃなかった!」
「ハハ・・・いや・・・・イテテテ!・・・来てくれて嬉しいよ・・・ありがとう・・・」
マヤの目は、はやくも涙でいっぱいになっていた。
「元気そうで・・・よかった!前に来て会えなかったから、心配で心配で・・・」

ポトポト涙をこぼすマヤの姿に、速水は愛しさいっぱいのまなざしを隠す事はなかった。

「君こそ元気そうで良かった・・・少し痩せたみたいだな?オレは心配いらない。天才外科医のおかげでだいぶいいよ。」
その言葉に、ようやくマヤはまっすぐ速水の方を見て、またはっと視線をそらした。
今度は耳の付け根まで真っ赤になっていた。

「明日から大阪だったっけか。」
「はい・・・・そのあと福岡で・・・それから映画化のお話関係の仕事があるって聞きました。」
「それはまだ決定段階じゃないがな・・・・」




「ちょっと琴子・・・彼女、一体何者?」
「シー!モトちゃんもうすこし小さい声にしてよ!・・・・速水さんのか・の・じょ」
「何であんなガキ!・・・・あ、ひょっとして・・・まさか・・北島マヤ?私にも見せてよ!」
「だからもっと静かにしてよ!」
「彼女ってワリには密着度が足りないじゃないのさっ!・・・んもー、近寄ってキスくらいしなさいよ!」
「それがさー、まだそんな段階じゃなさそうよ」
「何言ってんのよ、それじゃ今時の中学生よか情けないじゃない・・・
あ〜、こんな垂涎のシチュエーションで何も起きないなんて!速水さんをおしたおしちゃえ!」
「ムリだって!・・・ギプスしている人にそれは・・・」


必死で覗きを試みる2人の背後に、近づく人影があった。

お〜ま〜え〜ら〜、何やってんだ〜
ぎゃ〜!・・・・・なんだ、入江くん、今日のオペ、早かったね」
「琴子、てめ〜、もう帰ったんじゃなかったのか?!」
「あ、だからさー、速水さんにお薬よか効くものをってさ〜・・・」


「あ、入江さん、ごめんなさい、もういいです、帰ります!」
廊下の騒ぎに、北島マヤはあわてて飛び出して来た。
「ほらー、入江くんったら〜、」
入江直樹は、特別室から飛び出して来た看護婦の顔を見て、一瞬目がテンになった。
「琴子・・・おまえ〜」

琴子はあわてて北島マヤの手をつかんで引き留めた。

「北島さん、ちょっと待っててよ!速水さ〜ん、ちゃんとここのホットラインのナンバー、教えた?」
「・・・あ、いや、まだ・・・」
「んもー、速水さんったらダメじゃない〜、基本でしょ?ホラホラ、北島さんもケータイの番号!」
「え、・・・ああ、・・・でもこれ、自分の番号って、どうやって見るのかわかんない・・・」
と、つい最近持ち始めたばかりの携帯をバックから取り出した。
アタフタしている北島マヤから携帯を取り上げ、幹がかわってディスプレーに表示する。
「PCへメールっていう手もあるけど・・・あんたにはムリそうね。」
はい・・・そのとおりです・・・
幹は、やれやれ、と、ついでにホットラインのナンバーも入れた。




速水と手短なあいさつをかわし、北島マヤは再び廊下に出てきた。
「さ、琴子、北島さんを下まで送って!!」
直樹の口調はいつものようにキツかったが、背中を押した手がやさしかった。
「オレはもう少しかたづけてから帰るから、下で待ってろ。」
「わかった、入江くん、待ってるね〜。」
手を振りながら歩いて行く琴子の側で、北島マヤが振り向きざまに、直樹に向かってちょこん、と頭を下げた。




「速水さん、調子、どうですか?だいぶ痛み、引いてきたそうですが、我慢しなくていいですからね。」
「ああ、ずいぶんいいようだ・・・さっき久々笑ったら結構ひびきましたがね。」
「・・・・」
「入江先生・・・・いい奥さんですね。」

あたりまえだろ、という目でちらっと速水の方を見て、入江直樹は特別室のドアを閉めた。




                  


「イタズラなKiss」の作者多田かおる先生は、1999.3.11に、頭部の怪我がもとで亡くなりました。
連載の最後のセリフは、入江くんの「お前、妊娠してないか?」でした。
琴子のおなかにはいったままの二人の赤ちゃんを、是非とも誕生させたいです。(次回で出来るかな?)

入江君の婚約者だった沙穂子さんは、紫織お嬢とは違い、正真正銘のお嬢様。
自分の婚約者が‘本当の自分’をさらけ出せる相手が自分では無い、と悟り、潔く身を引きます。
沙穂子さんが、紫織お嬢より若くて健康であったせいもあるかも、です。