蘭丸との別れ
私の不注意で、短い生涯を閉じた蘭丸、今でも涙が出てきます。どんなに考えたつもりでも、事故は起きるもの、みなさまのかわいいご家族の末永い幸せを祈りながら書きました。

元気になった頃

 病気が一段落して元気になり、活動的になった蘭丸は、ケケの後をいつも追いかけて、
ケケに叱られてもつつかれても、ケケが大好きでした。
病気の後遺症を心配しましたが、 パウダーフッドを食べていたせいか、栄養の不足はありませんでした。

蘭丸は、とても人なつこい子でした。
おしゃべりも得意でした、
女の子ではなかったのかしらと思っています。
「ケケちゃん、らんちゃん、ちゃん、ちゃん」
と、何度も何度もお話してくれました。
蘭丸の、好きだった場所は、カーテンの上と、鏡の付いたブランコ、
そして、洋服のカバーでした。
本当にかわいい子でした。


蘭丸の好きだった食べ物は、おそばでした。
おそばは、真っ先に食べていました。
青菜や、人参などはあまり好きでないようでした。

写真を見ていると、今でも、蘭丸がどこかに生きているように感じます。
私の膝の上で、ねんねしたり、一生懸命紙を切ったり、
事故さえなければと、今でも残念で、悲しくなります。
濃くて短い蘭丸の、穏やかなひとときです。

神様の所へ行った蘭丸

 蘭丸が、私たちに永遠の別れをつげたのは、1999年10月25日月曜日午後5時すぎでした。あっという間の出来事でした、
普段から、狭いところに入り込んだり、瓶から出られなくなったりと、なにかと事故の多い子でした。蘭丸が亡くなるときは、きっと事故だねえと話していました。
でも、それがこんなにも早くやってくるとは、思いもよらないことでした。
蘭丸は、無でっぽうな所があって、すぐ行動にでる子で、
注意をはらうとか、慎重に見るとか、臆病になる、といった言葉とは、全く無縁の子でした。
それがいけなかったのでしょう。
こういった性格の子は、気をつけてあげないと大変な事になるんですね。
 
蘭丸は、事故直後、私の手の中で数回呼吸をしたあと、
静かに息を引き取りました、あっけない最後でした。
苦しまなかったのは、よかったかもしれません。
病院へつれていかなければ、と思う間もない、ほんの数秒の間に、蘭丸は、お☆様になったのです。
 
頭を横にして、蘭丸は動かなくなりました、
私は蘭丸の開いた目を閉じ、両手で抱きしめました。
換羽も始まっていて、大人の毛が生えてきていました。山吹色の羽根がとてもきれいでした。

ケケに見せました、蘭丸とお別れをしてほしかったのです。
ケケは、異様な蘭丸に気が付いたらしく、風切り羽根を一生懸命につくろって、
飛ばなくちゃあ、と話しかけているようでした。
足を噛んでみたり、目の回りをつくろったり、起きろ、って叫んでいるようでした。
ケケの蘭丸に対してみせた、始めての優しい態度でした。
 
蘭丸は、私たちが住んでいる所から遠くにまっすぐ見える、墓地の小高い丘の上に眠っています。
北側の玄関から、北東に山が見え、その中腹にお寺が見えて、そのそばに墓地があるのです。
その墓地の大きな木のそばに、蘭丸は眠っています。いつも使っていたハンカチで蘭丸を包み、
お蕎麦やたくさんのご飯も持たせてあげました。
 
蘭丸、元気でいてね、
お星様になった、みんなと遊んでいてね。
いつか、わたし達もあなたの側に行きます。
それまで、待っててね。
 
 蘭丸ありがとう、
 らんちゃん、らんちゃん、またね。


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