讃美歌167番 第
2編 「われをもすくいし」項目
1.引用聖句
2.アメイジング・グレイスの起源と背景(旋律を中心として)
1.引用聖句
英語の表題”
Amazing Grace”の第一節は次のように始まります。「
Amazing grace!How sweet the soundThat
saved a wretch like me!I
once was lost,but now am found;Was
blind,but now I see.」ヨハネによる福音書
9章25節にイエス・キリストにより目を癒された盲人の言葉”I was blind but now I see”からの引用です。2.アメイジング・グレイスの起源と背景(旋律を中心として)
■アメリカではしばしば人気投票(
favorite hymn poll)が行われており、1989年以降に発表された10種類の投票結果によると、「アメイジング・グレイス」を第1位としたものがそのうちの8つ(第2位としたものが2つ)にのぼるというほど現在のアメリカでは「最も人気のある」讃美歌(の一つ)である。人気は教会内にとどまらず、多くの歌い手たちがレコードやCDに吹き込んでいる。このような「人気」とは裏腹に、この歌(とくに旋律)の由来についてはそれほど詳しく知られているとはいえない。曲・歌詞ともにヴァリエーションが非常に多いことと、歌詞と曲とがそれぞれ異なった起源から由来していて、後になって現在の形に融合したものであることなどが原因である。
また、興味深いことにこの歌詞は、ニュートン(作詞者については別項参照)の作品の中では、彼の母国イギリスにおいて、長い間あまり注目されてこなかった。とくに各教派が編纂した公式讃美歌集・聖歌集にはなかなか収録されず、アメリカでも、監督教会の公式讃美歌集では1981年の補遺として、
そして1982年版になって初めて登場した。■現在よく知られているような曲と歌詞が一体となった形になったのは、
1835年出版のシェイプ・ノート聖歌集『サザン・ハーモニー』においてニュートンの歌詞が「ニュー・ブリテン」(New Britain)と呼ばれる曲と組み合わされたのが最初である。19世紀中は、多くの讃美歌と同様に、”アメイジング・グレイス”の歌詞にも幾つかの曲が配されて来ており、「ニュー・ブリテン」の旋律が定着するまでには20曲以上がこの歌詞で歌われ、その中では「アーリントン」(Arlington)が最も一般的であったという。「ニュー・ブリテン」とは地名から来ているようで、アメリカ合衆国でこの町は一つのみでコネテイカット州のハートフォード郡にある。曲の出典については次の通りである。
■
1829年にアメリカのシンシナテイでスピルマンとショーの編集によりシェイプ・ノート聖歌集『コロンビアン・ハーモニー』が出版され、その中に「セント・メアリーズ」(ST.MARY’S)の曲が“Arise my soul, my joyful pow’rs”の歌詞で、「ギャラハー」(GALLAHER)の曲が“Come let us join our friends above”の歌詞でそれぞれ収録されていた。■
1831年出版の『ヴァージニア・ハーモニー』に収録されているアイザック・ワッツ(Isaac Watts)の歌詞“There is a land of pure delight”に配された曲「ハーモニー・グローブ」(HARMONY GROVE)が、上記の『コロンビア・ハーモニー』の文献が発見されるまでは、この曲の出典とされていた。讃美歌第2編167番の曲の紹介ではVirginia Harmony、1831とされている。■「セント・メアリ」、「ギャラハー」、「ハーモニー・グローブ」「ニュー・ブリテン」を並べてみると全体的な旋律曲線は「同じ」で、この程度の相違であれば民謡などにおいては「同じ曲」のヴァリエーションの範囲内にある。これら3版の相違点をみると、口頭伝承によって伝えられた旋律であって、さらなる原曲の民謡(複数かもしれない)があったと推測される。これらの諸版は同時並行的に伝承されていたものと考えるのが自然である。
■多くの讃美歌集に採用されているのは、エドウイン・エクセルが北部の「教養人」の好みに合うように「讃美歌らしい」和声を付けて編曲し曲名も「アメイジング・グレイス」に変更されたもので、
1900年に『栄えある賛美をささげよ』(Make His Praise Glorious)に収録され、また1909年の『世界的に名高い讃美歌』(World Renowned Hymns)および1910年の『戴冠讃美歌集』(Coronation Hymns)で更に現行のように改訂された。この時、歌詞は1から3番までをニュートンから、4番に別の歌詞を追加した。■「讃美歌第
2編」版の曲は「戴冠讃美歌集」版を少し手直ししたものである。■原曲についての諸説
この旋律の原曲については幾つかの説があるがいずれも確定的でない。
(1)“
LOVING LAMBS”という「プランテーション・メロデイ―」(Plantation melody)から由来する、と言う解説が最近になって一部に広まっているが、出典・歌詞・旋律などを紹介したものが見当たらない。讃美歌学の研究者たちは、この説を完全に無視している。冒頭の部分が似ている「LOVING LAMB」(讃美歌330番「あめなるわが家を」の“HARP”)と混同しているのではないかと思われる。(2)上記に関連して、この歌の起源は黒人霊歌であって奴隷達が歌い広めたという説もある。確かに“
Amazing Grace”の歌詞を含む黒人歌謡の記録(1880年代)が複数あるが、いずれも曲が全く異なる。また、「アメイジング・グレイス」は黒人ゴスペル音楽として様々なヴァリエーションで盛んに歌われているが、このことによって曲の起源が黒人歌謡であったと言うことはできない。(3)スコットランド起源説は、1970年代頃から持ち出されたもので、5音音階などの曲調からするとスコットランド系の特徴を示していて、アパラチアなどにはスコッツ・アイリッシュなどのスコットランド系移民が多く住んでいることを状況証拠としてあげることは出来るが、証拠がない。バグパイプ版は
1972年の王立スコットランド近衛竜騎兵連隊軍楽隊の演奏が最初である。3.AMAZING
GRACE(旋律)の変遷まとめST.MARY'SとGALLAHERにさかのぼるアメイジング・グレイスの旋律は、NEW BRITAINでニュートンの歌詞と組合されたが、
その後、旋律は他の歌詞に配されながら変遷し、エドウイン・エクセルのアメイジング・グレイスによって今日の旋律のベース
となったと思われる。これらを以下にまとめた。幾つかの曲名には楽譜と旋律にリンクが張られているのでクリックし、その
変遷の様子を比べていただきたい。
年代 |
歌集名 |
編集者名 |
曲名 |
備考 |
シェイプ・ノート聖歌集 |
スピルマン /ショー |
歌詞: Arise my soul、my joyful pow’rs |
||
同上 |
歌詞: Come let us join our friends above |
|||
ヴァージニア・ハーモニー |
HARMONY GROVE |
歌詞: There is a land of pure delight(Isaac Watts作) |
||
サザン・ハーモニー |
ウイリアム・ウオ―カー |
BRITAIN |
ニュートンの歌詞と組合せ、歌詞は 6番まで。曲は現行版に近い。 |
|
1848 | クリスチャン讃美歌集 The Christian Psalmist |
GALLAHER | 歌詞:Go on,you pilgrims、 | |
1853 | 聖なるメロデオン The Sacred Melodeon |
HARMONY GROVE | 歌詞:The longing youth impatient wait | |
1871 | クリスチャン讃美歌集 The Christian Hymnal |
HARMONY GROVE | 歌詞:How sweet、how heavenly is the sight | |
1882 | 改訂クリスチャン讃美歌集The Christian Hymnal Revised |
HARMONY GROVE | 歌詞:How sweet the name of Jesus sounds |
|
栄えある賛美をささげよ(Make His Praise |
エドウイン・エクセル |
GRACE |
曲名をAMAZING GRACEに替え現在に至る。歌詞は 4番まで。 |
|
1909 |
世界的に名高い讃美歌集(World Renowned |
同上 |
AMAZING GRACE |
上記の改訂 |
戴冠讃美歌集 |
同上 |
上記の改訂 歌詞 4番を別のものと取り替えた。讃美歌二編はこれを少し手直し、ただし、歌詞は原詩にもどす |
4.作詞者ジョン・ニュートンについて
この歌は英語讃美歌で最も親しまれている歌であります。その理由は、多分、作者の心境を率直に表わしているからと思われます。原作者
John Newton(1725-1807)幼くして母を失い、11歳の時、父が船長である地中海沿岸交易の商船で働き始めました。船上の乗組員への過酷な取り扱いに耐え難く脱走したこともありましたが、父の死後、自ら志願して奴隷交易船で働くようになり、その後、船長になりましたが、1748年23歳の時、大嵐にあいまさに船が沈没しかかった時に彼は神に祈り、嵐を乗り越え神の働きを確信することとなりました。亡くなった母が幼い時に信仰を教えてはいましたが、それまでは信仰ニ確信を持っていなかったのです。暫く奴隷船の船長は続けましたが、その間、奴隷の取り扱いには細心の注意を払いました。1755年、船乗りを辞めリバプールで海運関係の仕事をしている時にGeorge Whitefield(1714-1770 史上最初のマス・エバンジェリスト大衆伝道家でJohn Wesley兄弟と共にメソデイスト運動を展開した)との出会いがあり,Newtonは聖職者の道を歩むことを決意し、ラテン語、ギリシャ語、ヘブライ語などの勉学に励みました。ロンドンの”Olney”教区の副牧師として長年携わり、後に”ST.Mary Woolnoth”教区の牧師で生涯を終えました。Olney
在籍中、詩人のWilliam Cowper(1731-1800)と共同で讃美歌の制作と編纂にあたりました。”Amazing Grace”は”Olney Hymns-1779年”ニ掲載されたものであります。St.Mary
Woolnoth教会にある彼の墓地の墓碑には彼の次の言葉が刻まれています。『かって背信者であり放蕩者 アフリカの奴隷の使用人であった
John Newtonは我らの主であり救い主であるイエス・キリストの豊な憐れみニより救われ罪を許され、そして、自ら長年排斥していた福音を宣べ伝える役割を授かった。彼は16年間Olneyで宣教し28年間この地で宣教した。』5.日本語訳と原詩
記号 |
歌集名 |
編纂者 |
出版年月 |
讃美歌名 |
曲名 |
( o) |
オウルニー讃美歌集 |
ジョン・ニュートン /ウイリアム・クーパー |
1779 |
讃美歌第 41編 |
歌詞のみ |
( a) |
新撰讃美歌 |
植村正久等編 |
1888.4 |
Arlington |
|
( b) |
新撰讃美歌 |
賛美歌委員会編 |
1890.12 |
いともたふとし |
同上 |
( c) |
基督教聖歌集 |
福音堂 |
1890.5 |
同上 |
|
( d) |
基督教聖歌集 |
鵜飼清吉 |
1890.8 |
いともたふとし |
同上 |
( e) |
讃美歌第 2編 |
日本基督教団讃美歌委員会 |
1967.10 |
われをもすくいし |
Amazing Grace |
「多少の違いはあるが、ほぼ原詩に従った訳となっている」
★曲について(アーリントン Arlington);
ニュートンの歌詞が現在のAmazing Graceの曲に最も近い「ニュー・ブリテン」の曲との組合せで定着するまでには、ニュートンの歌詞は20曲以上の曲で歌われていたが、「アーリントン」は、その中でも最も一般的であった。{ これが、明治のこの讃美歌の導入時に曲として選ばれた理由と思われる。}
★日本語歌詞について;
T.(a)(b)は同じ歌詞である。但し、(a)は1〜3番、(b)は1〜5番だが、4番は原詩の5番、5番は原詩の6番の訳で、原詩の4番の訳はない。
(c)(d)は同じ歌詞である。いずれも歌詞は1〜4番、4番は原詩5番の訳
U.(e)原詩と対比している。1〜5番
V.()内の番号は原詩の番号である。
1.(1)Amazing grace! (how sweet the sound) That sav'd a wretch like me!
(a)(b)かくばかりつみに けがれし身を
(c)(d)まよひにしわれを 助けしきみの
(e)われをもすくいし くしきめぐみ、
I once was lost, but now am found, Was blind, but now I see.
(a)(b)すくえるめぐみは いともたふとし
(c)(d)あやしきめぐみは いともたふとし
(e)まよいし身もいま たちかえりぬ。
2.(2)'Twas grace that taught my heart to fear, And grace my fears reliev'd;
(a)(b)つみのあやふきを われにしめし
(c)(d)つみのおそれおば まずしらせて
(e)おそれを信仰に 変えたまいし
How precious did that grace appear, The hour I first believ'd!
(a)(b)まことのやすきを たまふわが主
(c)(d)のちにやすきをぞ たまうみめぐみ
(e)わが主のめぐみ げにとうとし。
3.(3)Thro' many dangers, toils and snares, I have already come;
(a)(b)うきよのたびじに ともなひたまふ
(c)(d)うきよのたびじを ともないこし
(e)くるしみなやみも くしきめぐみ、
'Tis grace has brought me safe thus far, And grace will lead me home.
(a)(b)めぐみにゆだねて いよいよすすまん
(c)(d)めぐみにまかせて なほもすすまん
(e)きょうまでまもりし 主にぞまかせん。
4.(5)Yes, when this flesh and heart shall fail, And mortal life shall cease;
(b)はかなきこの身の いきたゆる日
(c)(d)くつべきこのみの いきたゆるひ
I shall possess, within the vail, A life of joy and peace.
(b)うえなる御殿に いのちをうけん
(c)(d)みくににてやすき いのちをぞえん
(4)
The LORD has promis'd good to me, His word my hope secures;(e)わが主のみちかい とわにかたし、
He will my shield and portion be, As long as life endures.
(e)主こそはわが盾 わがいのちぞ。
5.(6)The earth shall soon dissolve like snow, The sun forbear to shine;
(b)あめつちほろびて さりゆくとも
But GOD, who call'd me here below, Will be for ever mine.
(b)かみはとこしへに わがともならん
(5)
Yes, when this flesh and heart shall fail, And mortal life shall cease;(e)この身はおとろえ、 世を去るとき、
I shall possess, within the vail, A life of joy and peace.
(e)よろこびあふるる み国に生きん。
讃美歌第2編に戻る