深いキスを解き、半ば意識を飛ばしてしまった田仲の服を脱がせ、自分の服も脱ぐ。
壁に凭れるように立った田仲の両足を広げさせて身体を割り込ませ、やっと腕にした温もりを深く抱き締める。
素肌の触れ合いが、こんなに気持いいなんて思わなかった。
「いい?」
小さく訊ねると、
「聞くなよ…本当はさ、怖いんだから」
震えを押えながら、オレを抱き返してくれた。
改めて口吻を交わして、そのまま唇をずらし、頬に首筋にキスをする。吸い上げ離すと、肌の上にうっすらと赤い跡が浮いた。
初めて目の当たりにするキスマークに、妙な感動を覚えて指で触れてみる。
「ふっ…ぁ」
くすぐったいのを我慢して漏らした声と、軽く目を瞑った表情が幼くて、愛おしさが増してくる。
身を屈めてキスを胸から腹へと落とす。所々で吸い上げると、腕の中の身体が跳ねる。
「田仲…」
名を呼ぶと、応えるようにオレの頭を両手で抱えてくれた。
そのまま愛撫を深めると、田仲の身体が激しく震えだした。肌が赤く染まっているのは、窓から射す夕陽のせいだけではない。田仲もオレも、身体が熱い。
「あ…あ、松下ぁ…」
呼ばれて顔を上げると、縋るような瞳に出会う。
誘われるようにもう一度唇に口吻る。
強く抱き締め合って密着した互いのものが、熱を伴いながら堅く張り詰め始めたのが解った。
田仲も気付いたのだろう。顔を真っ赤に染め上げて、瞳が俯く。
可愛い―男にこんな事言ったら可笑しいんだろうけど、このまま一生腕の中から離したくないと思ってしまう。
気が付くと、抱き締める力が強くなっていってしまった。
腕の中で田仲がもがいているのに気付いて、慌てて力を抜きキスを解いてやる。
「松下ぁ…あ、苦しいよぉ」
潤んだ瞳が微かに恨めしげな光をたたえ、見上げてくる。
安心させる為に、髪を、頬を撫でる。手のひらに感じる柔らかさが気持いい。
「田仲、好きだ」
自分でも驚くぐらい、優しい声が出た。
田仲も一瞬目を丸く見開くと、
「うん」
怖ず怖ずと微笑んで、オレの肩におでこを当てた。
コツンという小さな衝撃が、火をつける。
両手で頬を挟み、上向かせてキスをする。
田仲が躊躇いがちに腕を回してきた。
それを次の段階に行っても良いという許しと受け取って、背を支えるようにして、立ったままだった姿勢を床に横たえるものに変えた。
床は冷えていて、土埃でザラついていた。
立っているときにはそれほど気にしなかったけれど、ストーブを消したままだった部屋はかなり冷え始めていた。
手探りで先程脱いだジャージを引き寄せ、田仲の身体を浮かせて敷く。
オレの行動の意味を悟って、田仲が困ったように微笑んだ。
「変な事に気を回すんだな」
「ごめんな、こんな所で。…寒い?ストーブつけようか?」
「…いいよ。松下が暖かいから。それに、今離されたら、オレ、逃げちゃうぜ」
微笑みが、べそをかくように歪んだ。
開かせた足の間に身体を入れて深く抱き込むと、オレの背に捕まるように田仲の腕が回された。
抱き返してくる腕が振るえている。
田仲の複雑な思いを知って、罪悪感と、受け入れてもらえる優越感に胸が熱くなる。
我ながら、自分勝手だと思う。
でも、だから濃いじゃないか?
「逃げられたくないな」
「…馬鹿松下」
抱き締めて口吻て…確実に返ってくる反応が嬉しい。
「ずっと、好きだった」
告げると田仲は瞳を閉じ、オレの告白を飲み込むように飲み込むように喉を鳴らした。
「お前、ズルい…」
「言わせてくれよ。やっと言えたんだから」
心の奥から際限なく愛おしさが湧き上げる。
言葉の代わりにキスを送ると、振るえる腕でオレを抱き締めてくれた。
受け入れられる喜びに、やがてオレは我を忘れてしまった。
優しくしようと思っていたのに、身体は勝手に田仲の全てを欲して激しく動く。
苦しさを耐える表情が、押し殺した叫びを零す唇が、オレの熱を煽り続ける。
熱と快感に追われ、腕の中の愛しい存在に溺れたようにしがみつく。
最後に覚えているのは、恐ろしいほどの快感を伴った熱の放出と、腕の中で驚くほど撓る田仲の身体。
そして綺麗な空色だった。
ようやく我に返ったのは、熱が引いて、気温の冷たさに気が付いたからだった。
いつの間にか、辺りは薄闇が支配していた。
腕に収まったままの田仲の静かな寝息にほっとする。
頬をそっと撫で、離したくない思いを振り切って身体を離すと、立ち上がって電気のスイッチを入れた。
蛍光灯の眩しい光の下に、しどけなく横たわる田仲の裸身が浮かび上がった。
体中に散らばる跡が、痛々しいと同時に愛おしさを増す。
いくら好きになっても足りない。一秒ごとに、どんどん好きになる。
風邪を引かないようにストーブをつけ、急いで着替えるとタオルと薬箱を用意して田仲の傍らに戻る。
そして漸く、最後に見た空色の正体に気が付いた。
田仲の右手にはしっかりと、オレの締めていたバンダナが握られている。
思わず微笑んでしまった。
膝の上に抱き上げて、乱れた髪を手で梳く。
白かった顔色が。次第に赤みを取り戻していくのが解る。
田仲がまだ目覚めないことを確かめて、どうしても恥ずかしくて言えなかった言葉を言ってみることにした。
「愛してるよ」
言いながら赤面してしまう。
「田仲、愛してる」
心の深い所から暖かな想いが溢れ、全身に甘く広がっていく。
寝息を掠め取るようにキスを送ると、身じろぐのが感じられた。
閉じられた瞼の裏で、瞳が動き出しているのは目覚めが近い証拠だ。
見守っていると、緩やかに眠りの淵から戻って来た。
「田仲…」
そっと名を呼ぶと、夢見るような瞳が開かれた。視線がオレを捕らえると、途端に睨み付けてくる。
「…すっごく痛かったぞ。死ぬかと思った」
「ごめん。嬉しくて、つい夢中になっちゃって…」
「まだ痛い」
「ごめん」
「謝ればいいってもんじゃないんだからな」
文句を言いながら腕を振り上げようとして、掴んでいたバンダナに気が付いたようだ。本当は殴ろうとしていた勢いを押し止め、ぶっきらぼうにバンダナをオレの胸に押しつけた。
「田仲…?」
「ちくしょう!ったく、もう!」
改めてオレの手にバンダナを渡してきた。
「ちゃんと責任とってくれるんだろうな!」
渡されたバンダナと田仲を交互に見るオレに焦がれるように、オレの頭を引き寄せていきなりキスをして来た。
「え…?田仲?」
「責任、取ってくれるんだろ?」
呆然としてしまったオレを見上げる田仲の表情は、怒りと言うよりは拗ねているようなものだった。
なんと言葉を返して良いのか迷っていると、もう一度キスされた。
「オレの好きはこれ止まり。でも、これ以上に好きにさせてくれるんだろ?」
何が言いたいのかが解って、笑いが零れた。
「なにわらうんだよ」
「うん、ちゃんと責任を持って、もっと好きになってもらうからな」
「なんか、変な答えだな」
ようやく田仲に笑顔が戻った。
「田仲、好きだよ」
「解ってるから、そんなに何度も言うなよ」
「好きなんだから、仕方ない」
「…馬鹿」
文句を言い続ける唇にキスをする。
口吻は、ビックリするほど穏やかに受け入れられた。
その後、学校の宿直教師の見回りが始まる前に部室を出て、田仲はオレの部屋に泊った。
田仲は逃げなかった。―グラウンドで出会う時のように、真っ直ぐに向かってくれた。
好きになったのが田仲で本当に良かった。
きっとこれ以上に好きになれる相手なんか見つけられない。
次の日も予定通り、一緒に街に出掛けた。
田仲に言わせれば『買い物』で、オレにとっては『デート』のその日の出来事は、また次の機会に取っておくとして…。
二年に進級して、オレ達の関係はちょっとした変化を始めている。
夢見ていた以上に酔い方向にだ。
もちろん空色のバンダナは、今もオレの一番のお守りとして頭に巻かれている。
隣には笑顔の田仲が居る。
側に居て感じる温もりは、陽射しの暖かさと似ていると気が付いた。
終わりv 1996年3月31日脱稿
初出:『SKY DREAMER』掲載(絶版)ECTOGENE発行
「青柳ういろう」の、ひだか潤人さんへ捧げたお話です。
ただし交換条件は『挿絵を描いてくれる事』…vvvv
頂いたイラストは私の宝物ですv(お見せできないのが残念!!)