祭りは陽が傾く程に熱気を増し、見物している方にもその熱気は伝染していく。
家に帰る頃には、二人ともすっかり陽気な気分になっていた。
「どうする?晩ご飯、食べられそう?」
ダイニングの椅子に座った田仲に訊くと、首を振りながらの笑顔が返ってきた。
「もういいよぉ」
おなかいっぱいだと腹を擦るジェスチャーに、松下も頷く。
たこ焼き・あんず飴・お好み焼き・今川焼き・焼きとうもろこし・イカ焼きにチョコバナナ……思い出しながら指折り数えてみる。我ながら、よくもまあ食べられたものだ。
「じゃあさ、晩ご飯やめて、これ飲もっか」」
一升瓶をテーブルに乗せる。
「うん。あ、でもその前に風呂入っちゃおうぜ」
「え?」
風呂、と言われてなぜか松下の心臓が跳ね上がる。
「その方が、酔っ払ってもすぐ寝れるじゃないか。すっかり汗かいちゃったし……それに松下、おまえ試合後だろ?」
それはそうだと頷く。途端に汗の臭いが気になってきた。
「そうだな。じゃ、お客さんから先にどうぞ。その間につまみ用意しておくから」
「用意なら手伝うよ」
「いいっていいって。遠慮すんなよ」
「……じゃ、お言葉に甘えるか」
促されて着替えを出しながら――ふと田仲は思いついて手を止めた。
「そういやここの風呂場、広いから一緒に入れるんじゃない?」
何気ない笑顔の問いかけが、松下に激しい動揺を与えた。
「そ、それは無理! いくらなんでも、男二人じゃ狭いよ」
――そんな事したら、オレ理性失っちゃうよ〜!
笑顔の裏で叫んでいる心の声は、田仲には届かない。
「大丈夫だと思うけど?」
「無理! 絶対に狭い! やっぱ風呂って、ゆったり入った方が気持ち良いだろ?」
「ん〜、かもな」
たしかにここの風呂は広くて気持ち良い。湯船の中で無理なく足を伸ばせるのは感動ものだ。松下も試合後なんだから、ゆっくり身体を伸ばしたいんだろう。せっかく広く入れるのに、狭くするのも悪い。
納得した様子の田仲を見て、松下は心底ほっとした。
「じゃ、酒盛りの準備しておくから」
「急いで上がるよ」
「ゆっくりで良いよ」
田仲がバスルームに向かうのを見送る。
風呂場のドアが閉まる音がすると、松下から大きな溜息が出た。
「いきなり凄いこと言い出すんだから。……ったく〜」
顔が赤くなる。
――人の気も知らないで。
本当は一緒に入りたい。でも田仲の裸を目の当たりにしたら、きっと触りたくなる。いや、触るだけじゃ足りなくなるに決まってる!
――残酷なんだから〜!
でも、そんなところも好きだったりする。
『恋は先に惚れた方が負け』
そんな言葉が身に染みて痛い松下だった。
バスルームに残された田仲の方と言えば、シャワーを浴びながら先程の松下の不自然な態度に頭を傾げていた。
「なんか松下、変だったよな。ん〜」
こうやって見ると、やっぱりここは広い。さすがに一緒に湯船に浸かるのは無理でも、シャワーと交互に入ればいいじゃないか。
――松下って恥ずかしがり屋なんだな〜。きっとあれだ、修学旅行で海パン履いて風呂に入るタイプ。
中学の修学旅行のとき、同じクラスにそういう奴が居た事を思い出して吹き出す。
あれは異様だった。男同士で恥ずかしがることも無いだろうに。
――もしかして、藤田東って、み〜んな変わってるんじゃないか?そういえば加納さんもフィールドから一歩出るとかなり変わっていたっけ。
「でも、変人でもお前とは友達だからな」
松下が聴いたら思いっきり脱力しそうな健全な言葉。
変人でも構わない。田仲にとって松下は絶対に失いたくない存在だった。
手強いライバルで、尊敬できる選手で、友人としても最高。一生付き合っていけると思う。
よjもや松下が自分に欲情してるなんて思いもしない……とことん鈍い田仲だった。
交代でシャワーを浴びて、パジャマ姿で酒盛りが始まった。
関と西尾がくれた酒は本当に飲みやすく、気が付くと酒量がかなり増えていた。
ところでここで、予想外の事実が判明した。
「田仲ってぇ、酒ぇ、強いんら〜」
「お姉ちゃんに鍛えられてるからかな〜?」
ゆでたこのように真っ赤になり呂律(ろれつ)の回らなくなってきた松下に対して、田仲の方はちょっと赤くなった程度であまり酔っていない。
飲んでいる量は変わらないのに、差は歴然としていた。
散漫になっていく意識で松下は地団駄を踏む。
――予定だと、酔った田仲を介抱しながら、どさくさ紛れに告白・キス、許されたらそれ以上のハズだったのに〜!
しかしすでに遅し。身体が言うことを利かなくなってきている。
ならば酒を飲むのをやめれば良いのに、田仲より弱いと言うのが口惜しくて、意地で止められない。
「もうやめようよ。身体に悪いよ」
田仲が見かねて、まだ飲み続けようとする松下の手からグラスを取り上げてる。一秒ごとに酩酊していく様子に、心配になったのだ。
急性アルコール中毒で救急車、なんてことになったら、大問題になってしまう。
「水、飲む?」
「ん〜ん」
「駄目、すごく酔ってるぞ。水飲んで、出来たら吐いた方が楽になるから」
「酔ぉってなんか〜、ら〜い!」
反論する松下の言葉遣いは、もうすっかり怪しくなってしまった。
「もう、しかたないなぁ」
溜息をつくと、嫌がる松下を無視して、さっさと介護を始めた。
水を飲ませ、トイレまで連れて行くと、便器に向かってしゃがませて、背中を優しく擦る。
「吐ける?その方が楽になるよ」
「ん〜、だいじょ〜ぶ」
吐き出されたのは強がり名言葉だけ。
「……なんかオレって、カズヒロといい一美といい、酔っ払いの世話する運命なのかな……」
ぽそりと呟いた田仲の言葉が、松下に引っかかった。
「……そんなこと、言うなぁ〜!」
擦ってくれていた手を振り払い立ち上がり、クルリと身体全体で振り向くと、酔って据わった目で睨みつける。
驚きに目を見開く田仲に、酔っ払いとは思えないスピードでキスをする。
いきなりの掠(かす)め取るキスに、田仲は思わず飛びのいて触れられた唇を手の甲で拭った。
「な、何すんだよ、この酔っ払い!」
「オレを〜、他ぁのやつとぉ〜いっしょにすんらろ〜ぉ!」
どうやら『他の人間と一緒にするな』と言いたいらしいことは解ったが。その理由が解らない。
「だからって、何でキスすんだよ!」
田仲の怒りはもっともだ。
だけど酔っ払った松下にとっては、キスするのは当然だと思えた。
――だって、オレはそんな奴らと一緒にされたくないんだ!
「好きだからぁ、キスすんろ!」
考えるより先に、言葉が出た。
驚く田仲を捕まえて、もう一度キスをしようとする。
しかし田仲は、強引な態度に嫌悪を感じて、松下を思いっきり突き放した。
松下の酔っ払った足は、突き放された衝撃を逸らす出来なかった。トイレの前の廊下に勢い良く尻餅をついてしまう。
「酒癖悪いぞ!」
田仲の怒りの声が頭上から降り注ぐ。
――あ、やばい。謝らなくっちゃ。
遅ればせながら理性が浮上してくるが、もう身体がもたなかった。意識がどんどん薄れていく。
「おい、松下?」
肩を掴まれ揺さぶられるのを感じるが、それが余計に眠気を誘った。
瞳が重い。我慢できない。
とても……眠い。
「好き、だ……」
なんとかそれだけ言うと、松下は眠りに落ちた。
田仲は身体を二つに折るようにして眠り込んでしまった松下に、怒りを通り越してあきれ果ててしまった。
「こいつがこんなに酒癖悪かったなんてな」
キスされた感触が、唇に残っている。
口惜しさがぶり返してきて、松下の頭を軽く殴った。
「これで許してやるから、感謝しろよ」
――松下は酒乱。それもキス上戸(じょうご)。
そう納得して、立ち上がらせようとする。
しかし酔っ払いというものは、そう上手く扱えるものではない。
自分年yじゃ割らない体格のはずなのに、グッタリした身体はとてつもなく重かった。
「仕方ないか」
立ち上がらせるのは諦めて、両脇の下に手を入れて寝室まで引っ張っていくことにした。
後ろ向きに下半身を引きずる形で運ぶ。
寝室に入ると溜息が出た。
「このツケは高いからな」
ベッドまで持ち上げるのは無理と判断して、布団の方に寝かしつける。
幸せそうな赤ら顔の顎下まで上掛けをかけてやり、ポンポンと軽く胸を叩いてやる。
「おやすみ」
小さく囁き明かりを消すと、自分はベッドの方に横になった。
あと1回だけ、続く
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