きみとの夏休み<2>


オレは変なんだ。

大切な親友(とも)がいて仲間がいて
大好きなサッカーで夢を見て

なのになんで、あいつが欲しいんだろう。




 最低の気分だった。
 自己嫌悪にさいなまれ、どうしても眠れない。





 神谷が立てたスケジュールに合わせて、一昨日は浜松で映画を見て、昨日はプールでデートをした。
 美奈子は綺麗で、軽やかに笑う笑顔が可愛い。
 同じ景色を見ていても視点が違っていたりして、それをお互いに離すのはとても新鮮で楽しかった。
 つい話がサッカー中心になってしまっても、変わらずに楽しそうに聞いてくれる美奈子を好きだと思う。守ってあげたいとも感じる。



 二日目のデートの後、別れ際に思い切ってキスをしてみようとした。

 そっと抱き締めた身体は華奢で、ふんわりと柔らかい。
 喜びを秘めた驚きの表情。腕に伝わるかすかな震えが可愛いと思う。

――だけど、キスが出来なかった。

 唇に触れる寸前に、思い浮かんだのは神谷の姿だ。
『神谷なら、どんなだろう?』
 強く抱き締めて思う存分にキスをして、それから……!?
 自分は更に先を求めている!

 途端に深い絶望感に襲われた。
『こんな想い、許されるはず無いじゃないか……』
 なのに――
 なのに自分が欲しいのは、神谷しか居ないのだ。

 瞳を閉じて待つ美奈子の頬にキスをして、腕から開放する。
 潤んだ瞳で見上げてくる紅潮した笑顔に出会って、罪悪感に襲われた。
 何とか笑顔を作って別れると、その場所から一目散に逃げ出すことしか出来なかった。
 死んでしまいたいくらいの、旗鼓嫌悪に襲われる。



 家に戻ると、出迎えてくれた母親の風貌が美奈子と似ていることに気が付いて、余計に気分が滅入った。
 彼女に親しみを感じた理由が解ってしまったのだ。

 彼女のことは好きだ。
 でもその『好き』は、家族や友人に感じる範疇からは出ることが無いだろう。

『オレは美奈子を……神谷を裏切っている』
 事実が重く、圧し掛かった。



 風呂も夕食もそこそこに、自室に閉じこもる。
 普段は掛けない鍵を掛けると、ベッドへうつ伏せに飛び込んだ。
 罪悪感と自己嫌悪が交互に胸を押さえつけ、息をするのも苦しい。
 いっそ全てを諦めてしまえば楽になるのかもと考えてみたが、それは解決になり得ない。

 今すぐ神谷に会いたかった。
 会って、こんな自分を叱咤し、笑い飛ばしてもらいたかった。
 なのに会うのが怖かった。
 きっと会ったら、神谷を抱きしめてしまうだろうから。

 さまざまな思いに囚われて眠れぬ夜にも、終わりはやって来る。
 白々と空が明るんできた時に、ようやく久保は眠りに付くことが出来た。



 深く、夢も見ない眠りから醒めたのは、一階から一番大切な人の声が聞こえてきたからだった。












 神谷にとって2泊3日の帰省は、それなりに面白かった。
 久しぶりに会った田舎の祖父母は、自分の変化を心から喜んでくれた。
 曰く『お前は良い子なのに、父さんに似て無愛想だから、心配だった』そうな。
 そういわれて微笑まれた時、ちょっと感動してしまった。
――もっとも去年の自分だったら、この言葉を素直に受け取ることは出来なかっただろうけど。

 自分達家族の他にも伯父叔母の家族も来ていて、その中には年の近いいとこ達が居て、一緒に遊び歩いたり学校や友人のことを話し合ったりした。
 ただしサッカー相手としては全然駄目で、仕方なく滞在中のサッカーは諦めた。

 いとこ同士でにぎやかにするのも楽しい。
 だけれどサッカーが出来ないことは結構辛い。
 持って来たボールを一人でリフティングしていても、仲間達と一緒にプレイする楽しみに浸っていた毎日と比べると、なんて味気ないんだろう。
『何で久保が居ないんだ』と、理不尽な怒りを感じている自分に気が付いて、何度も苦笑してしまった。
「あ〜あ、ざまぁねえな」
 隣に久保がいつ生活が、自分の中で当たり前になっている事実が思い知らされる。

 帰宅の車を、父親に頼んで久保の家の側で停めてもらった。
 ドアを閉じるなり走り出した自分の後姿を、家族が笑ってみている視線を痛いほどに感じてしまう。
 だけど、そんなこと構わない。
 一瞬でも早く久保に会いたかった。












 呼び鈴を押すと、相変わらず綺麗な久保の母親が出迎えてくれた。
「これ、田舎の土産です」
 久保と約束したメロンを渡すと、久保の母親はパッと明るい笑顔を浮かべた。
「ありがとう。すごく美味しそうね」
 さすがに親子だけある。笑い方が久保とそっくりなので、見ているだけでなんとなく幸せになってしまう。
「あの、あいつ、いますか?」
 途端に久保の母親の表情が曇った。
「嘉治ねぇ、なんか寝坊してるの」
「え?! あいつが?」
 時間はお昼をとうに過ぎている。

 誰よりも早く朝練に来る『老人並の早起き男』がまだ寝ているなんて、天変地異の前触れか?……それとも北原さんとケンカしたのか?

「具合が悪いのって訊いても何も答えないし、鍵も開けてくれないし……」
 心底心配そうな様子に、こちらも不安になる。
「オレ、様子見てきます」
「お願いできる?」
 急いで出されたスリッパに履き替えようとした時――

 不意に二階からドアの開く音がした。
 二人して階段を見ると、駆け下りて来る久保の姿が目に入った。
 今起きたのか、シャツは裾が捲れているし、髪はみっともない位にボサボサだ。

「ごめん!寝過ごした!!」

 今日始めて声を出したのだろう。声は微かに嗄れていて、焦りのあまり早口になっている。
 そんな久保の姿に、母親と神谷は一瞬の沈黙の後、爆笑した。
 二人の前に立った久保は、笑われても仕方が無い自分の格好にようやく気が付いて、ばつが悪そうに指で頬を掻いた。
「おまえ、たった3日で休みボケか?」
「心配して損したわ」
「ひどい言われ方だな〜」
 情けない声色に、神谷たちの笑いが余計に大きくなっていく。
 そんな玄関先の騒ぎを聞きつけ居間から出てきた父親も加わって、笑いの輪は大きく広がった。













 朝食兼昼食を済ませて、やっと久保の外出準備が出来たのは、大騒ぎから30分も経ってからだった。

 サッカーボールを持って、近くの公園に出かける。
 公園への道すがら神谷は久保からデートの首尾を聞きだそうとしたが、返ってきたのは困ったような表情だった。
「何だよ、人を練習台にしておいて、ズルイぞ」
「う〜ん……半分成功、ってとこかな」
「その半分ってのはなんだよ」
「秘密♪」
 必殺技のさわやかな笑顔を向けられて、神谷はそれ以上を聞き出すのを諦めた。


 公園には予想以上に多くの人間が居たけれど、大部分が遊具の方に夢中で、広場のほうは空いている。
 それでも迷惑をかけないように気を付けて、ボールを蹴り合う。
 3日ぶりの官職に夢中になるのには、1回のやり取りだけで十分だった。
 二人、一瞬のアイコンたくとだけで繋げられるプレイは、何でこんなに楽しいんだろうか。



 途中からサッカー好きの小学生グループが仲間に入れてくれと申し出てきて、場所を夏期開放している近くの小学校の肯定に変えた。
 先にサッカーをしていたグループも合流して、自然と試合をしようという話が持ち上がった。

 久保は『公園であったグループ』、神谷は『先に校庭にいたグループ』に加わる。

 最初は手加減するつもりでいた二人だけれど、予想以上に動き回る子供たちに挑発されて、いつの間にか真剣になっていた。
 子供たちもすぐに二人のプレイの凄さに気が付いて、大喜びで走り回る。

 試合は白熱し、延長にまでもつれ込んだ。
 結果、勝ったのは平均年齢が少し上だった『公園チーム』だった。久保のアシストで一番小柄な男の子がヘッドで合わせたゴールが決勝点となった。
 試合後すぐにグーパーじゃんけんでチームを組みなおし、『久保チーム』と『神谷チーム』で第二試合が始まった。
 全員が、心からサッカーを楽しんでいた。












 結局、子供たちと別れたのは、学校の校庭開放終了時間の5時になってしまった。
 気が付けば二人とも汗と土ぼこりに全身がまみれている。
 着替えを貸すから家に寄れという久保の申し出を、神谷はありがたく受けた。



 二人並んで歩く。
「ガキたちのパワー、侮りがたし、だな」
 汗で張り付いたシャツを指先で引っ張りながら笑顔でぼやく神谷に、久保も頷き同意する。
「ハードな練習になったじゃないか」
「本当、バテたぜ」
 だけど言葉ほどには疲れていない。3日ぶりにサッカーを楽しんだ喜びでハイになっている。

 夏の5時は陽も出ていて明るい。
 それでも気負うンは少しずつ低下していて、吹く風もわずかながら涼しい。
 そばの木にとまって鳴いているセミの声も、過ぎていく夏を惜しむかのように哀愁を帯びている。

「あと二週間で新学期か……」
 ポツリと呟いた久保の言葉に、神谷は気にしていることをポソリと呟いた。
「言うなよ、オレ、まだ夏休みの宿題ほとんど手付かずなんだ」
 所が久保から帰ってきたのは爆弾発言だった。
「皆もそうみたいだな。やっぱり最後の2〜3日は、練習やめて宿題合宿かな」
「げ〜っ!?」
 この3日サッカーが出来なかっただけで欲求不満だったのに、宿題のためにまた中止だなんて、本当にゲッだ。
「英語のプリントだけは終わってるよ。写す?」
「助かる! 久保、お前いいやつだな〜」
 感謝を込めて、肩に手を置き礼を言う。

 普段道りの何気ない仕草。
 だけど今日の久保にとっては、神谷の体温を直に感じることは辛かった。
 サッカーに夢中になることで忘れかけていた自己嫌悪が蘇る。
 同時に神谷に対する欲望も……

 さりげなく手を振り解き、微笑み掛ける。
「その代わり、今度おごれよ」
「ちぇっ、下心あり、か」
「当然だろ?」 

――こんな時に感情を隠す事が上手くなっていく。それが益々自己嫌悪感を深めた。
 でも神谷と『親友』で居るためには、他の方法は思いつけなかった。
 手を伸ばせば抱きしめれられう距離に居ても普通に振舞う――失わないために取れる最良の手段はそれしかないというのが、久保が出した答えだった。

 だが自分の想いに囚われすぎて、久保は紙屋もまた本心を隠し続けてきた過去の持ち主だということを失念していた。
 そして自分達が、サッカーのとき以外でも、交わす視線である程度の意思を通じ合わせれれる関係だということも……



 サッカーの興奮から醒めた後、神谷は久保の異常に気が付いていた。
 普段は真っ直ぐに自分に向けてくる視線が、僅かに逸らされている。瞳の色も翳っているようだ。
 それの意味しているものは、久保が何かを無理に隠しているという事。
 それがどうやら合えなかった間にあったことが原因だとも予想が付く。
『多分デートが上手くいかなかったんだろう』程度しか解らないながらも、今の久保に必要なのは自分が相談に乗ることだという確信があった。
 久保が話し辛いと言うのなら、話せるように仕向けるまでだ。
 そうでないと、優柔不断の仮面の下に何でも隠してしまうこの親友は、堂々巡りの果てに目一杯落ち込んでしまうだろう。
 だが、こんな道すがらに訊くのは拙い。
 時と場所を選ばなくては、かえって悪化させてしまう。
『それじゃ無くてもオレ、口悪いからなぁ……。 サッカーのときみたいに、アイコンタクトで全部理解れば楽なんだけど』
 気付かれないように、そっと溜息を吐く。






 何気ない会話を交わし並んで帰路を辿っていても、二人の間には密かな緊張が生まれていた。












                               続く



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