酷く気落ちした様子で店の奥(住居)へと上がっていく甥っ子見送って、店主の健吾はそっと肩を竦めた。
「ったく、ガキでしようがない……」
呟きを、常連客の高山が聞きつけた。 「圭ちゃんにあんな風な所があったなんて、新鮮だよな」 「いや、お恥ずかしい。圭吾の奴、ブラジルから帰ってきて大人になったと思ってたんですが、アレじゃウチの香奈と変わりませんや」 「あんたの娘と?」 「大好きな幼稚園の先生が結婚退職するってんで、ここ1週間ばかり荒れまくってんでさぁ」
店主の言葉に、直接会話していた高山だけでなく、店内にいた他の2人の客――みな常連客――もが吹き出した。 「大好きな先生を、ドコの誰とも知らない奴に取られて嫉妬してるってかぁ」
「それはドイツだ?(サムイがおやじギャグらしい……)」 「圭ちゃんの場合、『先生』が『神谷さん』なわけだな」 陽気にはしゃぎだした客に向け、健吾がさりげなくフォローに回る。 「ま、解らないでもないんですがね。圭吾はあのキャプテンさんに心酔してますから」 言いながら酒を用意すると、カウンターを出て自ら客たちに配って回った。 「あいつも後から恥ずかしい事をしたと思うでしょうから、どうかさっきまでの事は忘れてやってくださいや」 この酒は賄賂、と目配せをする。 健吾にとって、馬堀はどんなことがあっても可愛い甥っ子なのだ。 そこは常連客と店主。立場は違えど、気心の知れた間柄だ。特別な言葉も必要なく、願い事は受け入れられた。
月に1・2度しか現れない馬堀だったが、叔父も常連客も彼のことを気に入っていた。 陽気で頭の回転が速く、礼儀正しく且つ人懐こい。ここ最近の浮わっついた若者とは違ってしっかりしている。どちらかと言えばソツがなさ過ぎるのを心配していたぐらいだ。 だから先程のドタバタは、馬堀が年相応に子供だったと知る事になり、かえって好ましく見えた。
「まだまだガキの、圭ちゃんにカンパ〜イ!」 高山の音頭に、ノリの良い客が一斉にコップを高く掲げた。 珍しく健吾も一緒に乾杯する。
閉店まで後1時間。 優しい時間が店内に流れていく―。
そして彼らは後日、『神谷さん』と一緒にいた外人の正体を知ることとなった。
終わり 2001.6.17.
思わぬ予定外で始まった寿司屋編。これにて完了ですv…ああ、寿司が食べたい!
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