「……神谷……さん! 何でここに、いや、何でこんなヤツと!?」 オレもビックリしたけれど、
「おわ馬堀、なにやってんだ、こんな時間にこんなとこで……しかもそのねじりはちまきは何だ」
神谷さんも負けず劣らず驚いていた。まぁすぐに素敵な笑顔が浮かんだけど。
だけど問題なのはドイツ人だ……! なんでお前が神谷さんと?! あんた達、仲悪かったんじゃ? どうやら気持ちが正直に顔に出てしまったらしい。オレを見るルディの顔が引きつっている。 「……気のセイカ。この店の店員はズイブンいい態度ダナ」
すまなかったな! これでもオレ、客の評判はいいんだぜ! こんなヤツは無視無視。気分を切り替えて、大好きな神谷さんへと向き直る。
「ここ、叔父さんの店なんです。泊めてもらう代わりに手伝ってるんですけど……。神谷さんこそ、なんでここに?」 チラリと視線でトイレに向かうルディの背中を指して、掛川名物アイコンタクトで『なんでドイツ人が?』と問いかける。 「お前も元気だな〜、部活もやってバイトもかよ。おれはまあ、野暮用ってヤツだな」
野暮用!? 野暮用ってなんだよ〜!
神谷さん、表情が軟らかい……? あいつの事で、なんでそんな顔が出来るんだよ!
心の中はごちゃごちゃで、でも神谷さんの前でそんな余裕のない表情は見せたくなくて、ことさら笑顔を作り応対する。――クソッ!クールが売りのオレなのに、神谷さんの前じゃ、ただのガキじゃないか! そんなオレを見透かしてでもいるように、トイレから戻ってきたドイツ人は 「席に案内してくれないノカ?」
店中に響く声で呟いた……。
ヤバイ! すっかり現状を忘れてた!周りを見回すと、お客さんがオレ達を興味津々という風に眺めている。…。ああ、オレ、これから先どんな顔で店に立てんだろ……。 一瞬の自失状態を救ってくれたのは叔父さんだった。気持ちの良い(?)怒声が飛ぶ。
「圭吾! 客になんて態度だ! すみませんね、お客さん。さ、どうぞ」
本来ならオレの役割である客席の指定をしてくれる。
場所はこの店一番の特等席、カウンター中央。 流石叔父さん。その一声で、店は表面上いつもの平静さを取り戻した。
「あ、すみません。とりあえず……酒いいっすか?」 へ?神谷さん、酒?
神谷さんを「どうぞ」と席に案内しながら考える。
この人って……たしかチームで一番酒癖悪い……はず……? そんな神谷さんを愛おしげに見つめるドイツ人(くやしいことにこいつは、顔だけじゃなくて表情の出し方まで神谷さんに似てるんだ!)に気付いて、オレは自分の取るべき態度を決めた。 いや、居直った!
ドイツ人! ルディ!! あんた、神谷さんを狙ってるな!?
ならば……お前はライバルだ!! 「ナイフとフォーク、使いますか?」 挑発の意味を込めて、ドイツ人に笑いかける。
くそっ! もう人にどう思われようが構うものか! オレは自分に正直に生きてやる!! ところがルディのヤツは、平然と席に着いた。当然であるかのように、微かに神谷さんに寄り添って。 「ついでにワインも頼ム」
オレには睨んで置いて、叔父さんには礼儀正しく振る舞うか……。
丁寧な口調だけど……やっぱり外人だな。寿司にワインかよ。 オレの気持ちに全く気付かず、神谷さんはルディに親しげに笑いかけている。 「お前箸使えんの?」 「馬鹿にスルナ。これでもハンスと二人、茶の心まで学ンダノダ!!」 そんな遣り取りを、叔父さんは笑って見ている。
「圭吾の所のキャプテンさんだろ? いつもお世話になっているそうで……ワイン、白しか置いてないんですが」 研究熱心な叔父さんは、たまに現れる「ワイン好き」の為に、寿司に合うワインを準備している。でもやっぱり、寿司には日本酒だろ? 「でも寿司にワインなんですね」 冷ややかに見下ろすと、 「こいつの茶の心はそうらしいぜ。白で良いんだろ」 神谷さんはいつものようにちょっと意地悪な笑みをルディに向けた。 「こら!圭吾」
ああ、叔父さんに怒られた……。こいつのせいだ! だけどドイツ人は余裕綽々で、オレを軽くあしらうと叔父さんに微笑んだ。 「イヤ、ご主人。冗談ダ。しかし、白なら魚と合うダロウ。まずはそれから頂こうカ」 「じゃおれはビール」 神谷さん、ビールなんですね!ダッシュで冷蔵庫からビールと冷やしたコップを取り出す。 叔父さんがワインのことを説明しているうちに、神谷さんの前にコップを置く。 「はい、神谷さん」 「お、さんきゅ」 神谷さんの笑顔に、胸が暖かくなる。 だけど笑顔はすぐに他のヤツのものになる。 「じゃ、乾杯といくか。とりあえず」
「アア。とりあえず……何に乾杯スル?」
「おれ? …j…最後の夜に」 「アア、そして二人の出会いニ」
うわぁぁっ!! なにをイチャついてるんだぁ〜! それに、なんだその台詞は〜!!
「なにを……言ってんだか。この気障外人」 思わず零れてしまった言葉に、ドイツ人は面白いように反応した。
「ン? なにか言ったか? 店員」 「お気になさらず」 笑顔だ、笑うんだ自分! チンッとグラスが合わさる小気味良い音がして、まるで鏡を挟んで向き合っているように、神谷さんとドイツ人は同じ角度でグラスを傾けた。 と、いきなり神谷さんはオレに向き直った。
「馬堀! 勝負かかってんだ、どんどん持ってきてくれ!」 え? 「勝負?」
何の? と頭を捻る。勝負って、まさか……ね? そんなオレにはお構いなしに、ドイツ人・神谷さん・叔父さんの三人で話題は続く。 「あまりペースをあげると酔いの回りが早くナルゾ、神谷。店主。ワタシにも日本酒を頼ム。なにかススメはアルカ?」
「おお! 飲み比べすんだ。大和魂見せてやるぜ」 「お客さん、勝負だったら同じ酒にしないと」 「ま、営業に差し障りナイ程度にキープしておいてクレ」 何だってぇっ!!
「飲み比べって……! あんたあんまり強くないっしょ?!」
本当はあんまりなんてもんじゃない! 許容量を超えた途端、この人は壊れるのだ。 オレの心配をよそに、二人はやけに熱心に勝負にこだわっている。 「口を出すナ。男と男の勝負ダ。ナア、神谷」 「オレは弱くないだろ」 「弱いっスよ」 「弱くない!!」 ああ、なんでこの人は解ってくれないんだ! フォローに入ったのはなんとドイツ人だった。
「弱いと言っていタゾ? ヨシハルの手紙にヨルト」
「だ―もう!! 飲みゃワカルことだろが!!」 「アア、ハイハイ、ワカッタワカッタ」 …おい、じゃあドイツ人。あんた、神谷さんが弱いと知っていて勝負を挑んだ? 睨んでもドイツ人は知らん顔で、叔父さん自慢の玉を馬鹿食いしている…。 だめだ、オレが神谷さんを止めないと! 「ダメっすよ!それにあんた、酔うと絡むし…」 何とか思い止まらせようとしても、神谷さんは止まらない。 「オレがいつ絡んだよ?あっ、オイルディ一人でくんじゃね―」 だめだ、もう絡み始めてる。 「ウマイゾ、店主vv」 ドイツ人が叔父さんに玉の味を誉めている。 そうだ!叔父さんが止めてくれたら
……願いはむなしく、自慢の玉を誉められて、叔父さんの機嫌はすこぶる良い。
――そうだった、叔父さんが一番好きな客は、気持いいぐらいに美味しそうに食べてくれる客だった。 「いい食べっぷりだね。じゃあ追加な」 どーんとオマケの玉が出る。 出た途端に神谷さんの箸も出た。これまた叔父さん好みの良い食べっぷり。 いつの間にかコップのビールは、日本酒に代わっているし…。
「神谷さぁん……」
ダメだ、行き詰まった……。 仕方ない、こうなったら目を離さないでおかなくちゃ。
店は、いつの間にかオレ達を中心に回っている。
ごめんなさい、お客さん。
今だけですから…… オレに神谷さんを守らせてください!!
続く 2001.6.14.
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