「The spondylarthritides」発刊!!
ー 強直性脊椎炎 患者の立場から ー



 最近、イギリスから強直性脊椎炎(厳密には類縁疾患も含む 血清リウマチ反応陰性脊椎関節炎) に関する単行本、
「The Spondylarthritides」(オックスフォード出版)が発刊されました。 全275ページの「脊椎炎のすべて」というもので、用語、診断基準、疫学、 病状、診断、合併症、HLA-B27 との関連性、微生物感染との関連性、 免疫学的見地からの発生機序、動物実験による研究、予後などの項目に 分けられ、それぞれ最新の情報が満載されています。その中に、 ASIF(強直性脊椎炎国際連盟)とNASS(イギリス患者会)の 会長であるFergus Rogers 氏が「強直性脊椎炎−患者の達場から」と 題して執筆していますので、今回は、この章の邦訳を掲載します。今後、 順に他の章も翻訳していく予定です。



強直性脊椎炎  − 患者の立場から

Fergus J. Rogers


 強直性脊椎炎(AS)は病状が変化し易く、そのため患者はそれぞれ 異なった体験をする。世界中どこでも、患者は最初に誤診という問題に 突き当たる。発症したばかりの若い脊椎炎患者は、孤立感、苦痛、屈辱感 などを味わう。本来なら、以下のような段階を経るのが理想的である。
  1. 主治医はまず強直性脊椎炎を疑う。
  2. リウマチ専門医が紹介され、診断を確認し、適切な薬物が処方され、 理学療法士が紹介される。
  3. 理学療法士は、損なわれてまもない姿勢や運動機能を回復させることが できる最新のストレッチ技術を身につけている。
  4. リウマチ専門医か理学療法士のどちらかが、国内に(たとえばNASS、 英国強直性脊椎炎協会のような)AS患者組織があることを患者に知らせる。 患者は会員と接触し、協会の文献を閲覧したり、地元で毎週行われる グループ療法の集会に参加するようになる。ヨーロッパにあるほとんどの 協会の目標は、理学療法を後援する国内のネットワークを作ることにある。

 だが、理想とは裏腹に現実はまったく異なり、多くの場合以下の ようになる。
  1. 何年にもわたって症状が出ているにもかかわらず、内科医も専門医も 強直性脊椎炎を疑ってみない。ただし、現在、かなりの改善されてきている。
  2. 何度も医者を訪ねるので、ノイローゼと疑われる。きちんと診断が 下されない患者は、ノイローゼとか仮病などと言われることに対し、 失意や孤立感、怒りさえ感じる。何年も経つと、当初、医者の誤診に 同情していた家族や友人からさえ同情されなくなり、さらに孤独感を 深めるようになる。
  3. 眼の ブドウ膜炎 が発症するが、網膜炎と誤診され間違った治療が施される。後になって、 患者は眼科医を訪れ、ブドウ膜炎と診断される。
  4. 脊椎が変形すると、背部の機能的な障害として理学療法科に送られ、 不適切な手当てが施される。
  5. 当然、椎間板の疾患(ヘルニア)として手術が行われる。
  6. 患者には疾患に関する簡単な説明のみが行なわれ、ほとんどはすぐに 忘れ去られる。主治医は病状に関してほとんど何も知らず、アドバイスを 与えられないどころか、不適切な指導をしてしまう。そのため、 ある患者は、予後のひどさを教えないために医者は情報を隠したのでは ないかと疑い始める。患者には患者組織(団体・会)があることを 知らされない。
  7. 診断が下された後でも理学療法を受けさせず、姿勢の悪化が続くこと になる。病気に対する自己管理の方法がわからず、患者は救われがたい 感覚におそわれ、この気持ちは、主治医が消炎鎮痛剤を使用せず、 できることは何もないと告げることで、増幅される。

 患者組織設立以前のASの歴史的な流れ

 強直性脊椎炎の歴史上の記録はバイウォータ達が書いた出版物で、 興味深い物語として取り上げている。しかし、この疾患は今日に至るまで 3世紀以上かけて徐々にわかってきた。まず、1691年にバーナード・ コナーが患者の遺骨を観察し、それを出版した。
 「この人の体は動かなかったに違いない。彼は自分では曲げることも 伸ばすこともできなかったし、起きることも伏すことも、横向きになる ことさえできなかった。頭、足、腕だけを動かすことができた。この人は 非常に浅い呼吸をしていたようだ」
 バーナード・コナー医学博士からチャールズ・ウォルグレイブ卿への 書簡の抜粋がパリで出版された。ある人の異常をきたした骨格について 説明しており、
 「彼の脊椎骨、肋骨が仙骨まで下がっており、それらは皆、関節も 軟骨も無くひとつの硬い骨になっていた」(自然科学紀要・王立協会 (1695)・ロンドン)。

 1824年にベンジャミン・トラバースによって最初の臨床上の描写が なされ、1877年にはロンドンのガイズ病院のチャールズ・ファーグに よって臨床および病理学上の相関関係が初めて報告された。同じ頃、 ヨーロッパ大陸では、ドイツのアドルフ・ストランペル、フランスの ピエール・マリー、ロシアのウラディミール・M・ベヒテレフ等に よって今世紀の半ばまで同様の病像を示す患者の調査・研究がなされた。 この疾患はスカンディナビア、ドイツ、オーストリア、旧ソ連諸国では ベヒテレフ病として知られている。
 今世紀の前半は、症状にともなう「脊柱の生理的弯曲」を保護するため 誤ってギプスで固定する治療が行われた。1906年にスクレイヤーは 生存中の人の脊椎を見るためにX線撮影を用い、仙腸骨炎が病気の 始まりに重要な役割を果たしていると認識されると、これが1930年まで 診断の助けとして使用された。1926年にはコーラーによって深部X線 療法が導入され、多くの患者たちの痛みが著しく緩和された。

 第二次大戦中、英国軍に多くの若者が徴兵された。徴兵時期が発病の 平均年齢の23歳と重なり、この疾患に関する記録が多く残された。 民間(とりわけウェストミンスター病院)の医者によると、軍隊にいた ある患者は、「監獄」の壁から出られ、また軍事教練を通して体を動かす ことができて幸せだったと、その気持ちを表現している。幸い、 リウマチの専門医が彼らの話を聞き、患者は、ギプスをはずされ、 陸軍にある治療専門の体操教師のもとに送られた。まもなく運動機能の 改善が見られ、患者の症状は改善に向かった。軍隊は、その頃の患者に 対する態度と治療法を変えさせる上で大きな役割を果たしたのである。

 1966年の軍の連合会議でC.B.ウィン・パリー議長が軍隊の176 の症例について再調査した。薬物療法や運動機能回復のための一定期間 のリハビリテーションセンターへの入院などで、大多数の患者が兵役を 最後まで続けることができたと報告された。
 続けてウィン・パリー議長は1966年から1973年までの間に治療した 66の症例について報告した。そのうち62例が常勤で服務していた。 残りは解雇されたが、彼等は肉体的に過酷な労力を要する仕事につき、 他の軽労働の仕事に移りたがらなかったからである。

 痛みを緩和するために、数十年にわたってアスピリンのみが一般に 使用されていた。しかし、1950年代になって、フェニルブタゾン (最初の抗炎症剤)が紹介されると、たちどころに大勢の人がそれを 使用し、また新薬も続けて開発された。さらに深部X線療法も 受け入れられたが、初期の観察以来、この療法は行わない方がよく、 リチャード・ドール卿も止めるべきとの報告をしている。

 1950年代から1960年代になって家族組織の設立のために患者数の 調査が始められた。1974年には、ライトらによって命名されることと なる血清反応陰性脊椎炎の観察によって、この疾患が慢性関節リウマチの 一型であるという主張に終止符を打った。
 人種的、および家族的発生の点から、ASとLHA-B27 との関連性の 発見に鋭く焦点があてられ、1973年には爆発的に関心が高まった。 初めに、ウェストミンスター病院で、続いてカリフォルニアのチーム によって研究された。この発見は「ネイチャー」誌に初めて掲載されたが、 数ヶ月後に「ランセット」誌に詳細が掲載されるまで無視された。 その結果、「ランセット」は最初の出版物として、現在でもたびたび 誤って引用される。


 AS自立組織設立への展開

 バーナード・コナーの報告以来、300年にわたる情報の蓄積によって、 ASはこれまで考えていたものとは異なった疾患であり、特別の治療が 必要であるということが明白になった。
 英国では1970年代初期にバースにあるリウマチ性疾患専門病院である ロイヤル国立病院で顧問のA.St.J. ディクソン博士が3週間の入院に よる徹底的な理学療法を行っている。その結果、この病気をより良く 管理するためには患者の教育が重要であることが、医師、患者双方に 明らかになった。
 ASとHLA-B27との関連性に関しては、特に発症の平均年齢(23歳) が結婚および妊娠の平均年齢と一致するために、患者とリウマチ専門医の 間で繰り返し討議がなされた。また、 ブドウ膜炎 に関しても重要な議題としてたびたび議論された。患者は困難を乗り 越えるために、またたびたび起こる誤診を避けるために、病状の確認の 仕方、および対応の仕方に関する説明を受ける必要がある。

 患者と病院の医療担当者との意見交換では、患者として彼等は 社会問題の共通の被害者であり、かつ専門家でもあったという点に 焦点があてられた。一般社会では、このような状況であることが無視 されてきたため、ある法定団体や雇用主、生命保険会社などから偏見が もたれた。
 このように患者たちの間で高まってきた自分達を一つのグループ としての認識が、そのころ新しく得た知識と併せて、患者の自立に 向かって、一つの触媒として働いたことは間違いない。加えて、 この状況は、患者主導の組織を設立する上でふさわしものにみえた。 発起人となった患者たちは、自分たちを、特権を与えられた幸運な グループと考えていた。彼らは皆、年単位で受けられる治療 プログラムに戻れることを知っていたし、もっと行政について現実的な 見方をする人達は、これがどこの国のどこでも受けられるものではない ことを(自分達は恵まれていると)認識していた。時流には乗って いないが、このような現実を眼にすると、彼らの意図は利他的(奉仕的) なものであって、共生的なものではなかったと私は信じる。彼らは 協会の設立を、行政の行うヘルスサービスに置き換わるものとしてでは なく、それを補う程度のもの捕らえていた。20年の時を経て振り返って みると、そうとしか思えない。

 NASSは、患者に対する教育および支援を中心に活動するために 1975年に設立され、1976年に公に認められた。1978年までにスウェーデン とスイスに、1979年にフランスとオランダ、1980年にドイツに協会が 作られた。1980年には1973年に作られたデンマークの協会がNASSと 関係を結んだ。これらの組織の設立は同じような組織が世界中に急増する 先駆けとなった。


 強直性脊椎炎国際連盟の設立

 英国にNASSが設立されて数年もたたずに、ヨーロッパ、アメリカ、 カナダに同様の患者組織が作られた。
 これらの組織の大多数は空き時間を組織のためにささげる人々によって フルタイムで運営されている。今日、26ヶ国に32の協会があり、そのうち わずか5ヶ所のみが常勤のスタッフを置いている。
 1988年に組織の代表者が集まり、強直性脊椎炎国際連盟(ASIF)を 組織した。設立後これまでに、スイス、オーストリア、ポルトガル、 ノルウェイで4回にわたる会議が行われ、各協会の委員60名〜80名が 参加した。会議は討論会形式で行われ、病気の治療、症状に関連した 問題の克服、ヘルスケア団体や保険会社などの姿勢になどに関して 意見が交わされた。さらに組織の運営や資金の調達などに関する情報の 交換もなされた。

 現在、2つの共同研究プロジェクトが進行中である。ひとつは妊娠と 疾患の関連を調べるプロジェクトである。各協会の会員に送るために アンケートが作られ、注意深く各国語に訳された。数千通を超える回答が あり、ノルウェイのトロンヘイム大学病院のモニカ・オステンセン教授の 指導によるチームで結果を分析中である。
 もうひとつはデンマークのチームによる研究で、車のヘッドレストに 関する問題を詳細に取り上げている。


 調査および強直性脊椎炎協会

 AS患者、とりわけ遺伝によって罹患した者は、症状に関する研究が 活発に行われていることを知ることで励まされる。会員が増えるにつれて、 ある協会では会員を使って疫学上の研究に貢献する活動を始めた。 特に英国の協会では会員が多くの研究書の出版に貢献している。ドイツの AS協会では1,600名の会員による包括的な調査がこのほど完了した。


 ASの精神社会面

 つい最近まで患者の精神社会面については注意が払われてこなかった。 この分野は 慢性関節リウマチ との関連で研究されてきたが、脊椎炎の患者に関して結論を出すに至って いない。
 最近の研究は、NASSの会員の協力を得てコンベントリー大学で なされている。ある研究では治療効果に及ぼすAS患者の態度や信念を 調べている。他の研究ではNASSの理学療法グループに参加している 者と、参加していない者の違いに焦点を当てている。後者の研究では、 会員の方が非会員よりも与えられている支援に満足していることが 判っている。共同の治療活動に感謝しているばかりでなく、同じような 状況にいる人に出会い、ASによって生じる問題や生活上の苦労を 理解し合うことによって孤立感が和らげられている。
 会員は体を動かすことがいかに重要かを理解しており、そのために 非会員と比べ、はるかに定期的な運動を行っている。


 出版物による患者教育

ガイドブック
 NASSでは70,000部もの刊行物を発行しており、患者自身による 病気の管理といった内容を含め、病気に関する重要なことがらを 教育的な観点から読者に提供している。刊行物は多くの言語に訳され、 最近ではアラビア語にも訳されるようになった。
 姉妹協会の多くも患者情報誌を発行しており、なかには理学療法の カセットテープを出しているところもある。NASSによる 「ファイトバック」のような理学療法のビデオテープも世界中で 販売されており、実はこれもアメリカの姉妹協会で製作されたもの である。「ファイトバック」は患者が家庭で病気の管理をするのに 役立ち、理学療法士の訓練のためにも大切な教材となっている。 1996年には同様のテープがドイツで製作され、これはとりわけ オーストリア、ドイツ、スイスの患者に喜ばれている。

ASニュース
 AS協会はどこでも独自の定期刊行物を出している。これらは 病気の管理を続けるために、また病気の容態と予後を管理するために 非常に大切な手段となっている。これらは皆社会的な面、心理学的な 面、疾患の医療面(研究も含む)、各協会に関する事柄などを扱って いる。NASSジャーナル、ASニュースには相互通信欄があり、 読者に人気が高い。ほとんどの協会ではこのような試みをしていないが、 通信欄に対して過小評価をしているのではないだろうか。これらの 刊行物は組織にとって最も重要なものであると考えられている。


 患者協会の支部組織

 患者組織のひとつの大切な目標は、定期的な夜間の理学療法活動を 提供するために支部のネットワークを創ることである。この夜間の 治療活動は働いている人には人気がある。定期的な昼間の治療に 参加できるAS患者はほとんどいない。働いている人は雇用者の機嫌を 損ねたがらない。職場における昇進の機会に影響するために、自分たちに 問題があることを明かさないでおきたがる人もいる。このような支部の 活動に人気があることは、英国で毎週行われる夜間治療活動に2,500名 以上の患者が参加しているという事実が証明している。しかし、途中で 止める者もかなりの数に上る。おそらく次のような理由からであろう。

  1. 患者によっては活発にスポーツを行っている者もおり、彼らは 自分たちのスポーツ活動を通して、運動機能や体位を維持している。
  2. 機能訓練の時間が仕事やクラブ、夜間の教室などの時間と重なっている。
  3. 機能訓練にはある程度の努力と苦痛が伴う。実際、いちど筋肉と 靭帯が引き伸ばされれば痛みは軽減するのだが、初めて機能訓練の クラスに参加した時は、たいていの人の痛みは増す。これは、 人によっては病気の管理として厳し過ぎ、不快である。高い痛覚閾値を 持つAS患者にとっては、前向きで、やる気を起こさせるものとは全く 逆のものである。
  4. 定期的な機能訓練をするように言うことは、タバコをやめるように 言ったり、食習慣を変えるように言ったりするようなものである。 報いが必ずしもすぐに現れるとは限らないのである。
  5. 参加していない人は自分の病気に対し責任を取りたがらないことが よくある。他人(たとえば医者)に管理してもらいたがるのだ。病気は 偶然や運命やめぐり合わせなどに支配されており、病気の進行に影響を 与えることはできないと彼らは感じている。しかし、以前は乗り気で なかった人々でも、その多くが、協会や支部のリーダーたちによって 気持ちを変えることとなった。

治療グループに定期的に参加している人々の態度はどうであろうか。
  1. この人々は体位や運動機能を維持することによって大きな利益が あると感じており、日常生活の一部としてこの活動を組み入れている。
  2. グループの存在は人々に影響を及ぼし勇気を与える。参加者は 問題や苦悩を互いに分かち合い、グループでの医療活動や、家族会員と 共に行う社会的な活動を通して仲間づきあいをすることで喜びや利益を 受けるのである。「長期にわたる病気のために昔ながらの友人がだんだん 少なくなるのは当然のこと」(Williams 1989)なので、医療専門家は 社交の場であるグループの重要性を見逃してはならない。粘り強く 続けることによって、メンバーは肯定的な態度が育てられ、特に新たに 診断を受けたときでも、満足を得られるということがわかる。患者として 彼らは積極的な役割を演じ、大きな自信を持つことが可能である。
  3. 初めて患者のグループに接した人々がよく言うのは、孤立感を 感じることが少なくなったということである。自分の状態を話すことの できる人は、感情を表現できない人と比べ、より良い状態を保っている。

 未発表のNASSによる1,500名の調査ではその69.5%が、体を 動かすことは有益であり、病気管理において重要な位置を占めている と答えている。


 患者組織における健康管理者の問題

  1. 公共医療機関以外で、定期的な運動訓練プログラムを提供している 患者組織はAS患者を治療する手段を安く提供している。保健の専門家に 来てもらう費用を含め、運営費に圧迫がかかり、このような活動をして いる支部は運営費の問題を直接述べている。多くの国で、ここ数年、 ヨーロッパ型の健康管理システムに財政上の危機が訪れているのは明らか である。
  2. 規則正しい運動は体位と運動機能の改善をもたらす。規則正しく 運動を続けている人々は薬物の摂取量を減らしたり、やめることができ、 NSAIDの副作用を抑えることができる。
  3. 組織は地方のリウマチ専門医や理学療法士、他の健康管理の専門家 たちのためのデータバンクとして役立つ。NASSの組織が患者の データバンクとして使用している多くの資料がそこにはある。
  4. 理学療法士や理学療法の学生は、患者組織を通してAS患者の 治療を経験することができる。理学療法士や健康管理の専門家は、 AS患者を診ることにやり甲斐を感じており、AS患者は痛覚閾値が 高い(Huskisson and Hart 1972)にもかかわらず、身体的に活発 (Wynn Parry 1966)で、誠実(Wynn Parry and Hart 1972)であり、 明るく、辛抱強く、意欲的だと彼らは感じている。AS患者を このように表現するのは昔の研究からの影響もあるが、今日でも リウマチの理学療法士たちはしばしば同じ意見を述べている。
  5. 患者組織はよく病院や行政のサポータではないかとみなされる。 確かに多くの支部は理学療法科の設備に大きな貢献をしている。


 患者教育のシンポジウム

 多くの患者組織は会員のために講座を開講しており、それぞれ人気を 博している。これらの講座で会員たちは疾患のさまざまな側面に関して 専門家やコンサルタントの講義を聞く機会が与えられている。


 ASの医学的、社会的な問題

急性内因性ブドウ膜炎

 英国のNASS会員1,500名の調査によれば、53.3%の人がASの最も 特徴的な合併症であるブドウ膜炎にかかっている。エドムンドとその仲間 (1991b)によると、一度ブドウ膜炎にかかった者は、そのうち12%が 再びかかり、47%の者は5回以上かかってる。ブドウ膜炎に関しては、 主治医による誤診が大きな問題となっており、患者は兆候をよく観察する 術を学ぶことが大切である。ブドウ膜炎は発症が早いので、患者は遅れる ことなく眼科のある病院の救急部に行きアドバイスを受けるべきである。


妊娠と授乳、および子供

 この分野は、1980年代までは比較的研究がなされておらず、報告も 少なく、カウンセリングでも混乱や矛盾が多かった。1980年代初期の ノルウェイにおける調査で、患者が安心できる結果が得られた (Ostensenら 1982)。
 仙腸関節の重い併発症や、股関節の外転が制限されるのは長期間に わたる疾患の合併症であり、幸い、ASにかかっているほとんどの 婦人はこの合併症を経験していない。ノルウェイの調査によれば、 出生率は患者の容態による影響を受けていない。オステンセンら (1982)によれば、この疾患は最初の妊娠期間中は緩やかな経過を たどるが、2度目以降の妊娠では再発の危険が増し、場合によっては 周辺関節の併発症を生じさせる。
 しかし、脊椎炎に、四肢の多発性の関節炎を合併した場合には、 慢性関節リウマチの場合と同じく、妊娠期間中は病状の改善が 見られる。


妊娠とNSAID(非ステロイド系消炎鎮痛剤)

 NSAIDに関しては、患者は多くの矛盾したアドバイスを受けて おり、医療専門家たちの間に少なからず混乱がみられる。ノルウェイで 28名の妊婦を調査したところ、15例ではNSAIDの使用を一時的に 中止したが、いずれも胎児や母体への有害な影響は見られなかった。 専門家はNSAIDの投与量を最小限にして、夜間の痛みを抑えること を勧めている。
 NSAIDは妊娠期間と陣痛の時間を長びかせる可能性があり、 患者は妊娠の最終4週間は投薬を中止すべきである。妊娠中は痛みを 抑えることが必要な場合、鎮痛剤を使用した方がよい。
 NSAIDと母乳との関連に関しては他の分野であり、情報も少ない。 入手できたレポートによると、母乳からごくわずかの ナプロキセン(ナイキサン®)、 イブプロフェン(ブルフェン®)、 ピロキシカム(フェルデン®)の排出が見られたことが 報告されている。しかし、オステンセンとハスビー(1990)は次のように 報告している。「サルチル塩酸とイドメタシンが母乳に相当量観察 されたので授乳期間中はできるだけ避けるべきである」


妊娠と理学療法

 妊娠期間中、NSAIDを減少したり、中止したりすることで、 なおさら家庭での規則正しい理学療法が勧められる。運動プログラムは 靭帯を伸ばしたり、筋肉を増強したり、肺活量を維持したりするものが 提案されている。そうすることで、体位や運動機能を維持できるばかりか、 痛みの緩和に役立つことを患者は知らなければならない。


母親と授乳

 AS患者は出産すると、さらに体力を必要とすることに気がつく。 最初の3ヶ月間およびASの再発中は他人の助けに頼りたいと感じる。 体力を特に必要とするため、多くの母親は期間をおかずに再び妊娠すべき ではないと感じる。AS患者は母親になると、子供を抱くこと、授乳する こと、子供と遊ぶことなどの問題にぶつかり、それらの問題を乗り越える 方法を見つけなければならない。たとえば、ベビーベッドをちょうどよい 高さにするために、それを乗せる台座を工夫するということが必要である。 ベビーベッドのスライド式の側面を外側に両側から開くように作り直す ことはさほど難しくはなく、そうすることによって脊椎が硬化した 母親には大きな助けとなる。


性によるコミュニケーション

 性行為はASに、特に脊椎、胸骨、股関節に再発がみられるときには 影響を与える可能性がある。ノルウェイの調査および1980年のダドレイ ・ハートによる調査によれば、性行為は男性より女性のASにより悪い 影響を与えることが判っている。しかし、疾患そのものが一般のAS患者 の性行為に悪影響を与えることはめったにない。AS患者の場合、男性も 女性も同じように性的な欲求を抑制する傾向がある(Elstら 1984)。

 一般的に、股関節置換で併発症を伴わない場合、手術後3ヶ月を 過ぎれば性行為に有害な影響を与えない。軸および周辺関節に広範囲の 併発症がある場合、個人的なカウンセリングが必要である。
 痛み、疲労、いらいら、不安、憂鬱などの症状が二人の間に誤解を 生じさせる恐れがある。これらの原因が理解されていない場合、正常な 関係が崩壊してしまうことも起こりうる。それゆえ、二人はこれらの 問題に気づき、心を開いて誠実に話し合いを続ける必要がある。

 ロイヤル国立病院(RNHRD)の研究者らによって、出版のために NASSに与えられた報告から新情報がもたらされた。(Garrett 1994)。 ロイヤル国立病院は100名の脊椎炎患者から送られたアンケートを 発行した。下記の情報はその結論を要約したものであが、これまでの 少ない情報から得られたものより楽観的といえるものでは決してない。 3分の2以上の者が症状に応じて性行為の回数を減らしていると 回答している。

 患者の81%は(首や背中や腰の)硬直のため、また72%が首や骨盤の 痛みのために性行為が制限されている。回答者のほぼ50%は疲労によって 性欲が減退し、性的な関係に影響を与えていると答えている。回答者の 3分の1以上の者は身体的な理由から性交時の姿勢を以前とは変えている。 患者たちは性交時にさまざまな姿勢をとっているが、ある姿勢は他の 姿勢よりも痛みが強いことがわかっている(たとえば、「正常位」と 「立ったままの体位」など)。

 性的な関係を維持しているおおよそ25%の患者は疾患のために喜びは ほとんどないと答えているが、そのために関係がうまくいかなくなった と述べている者は一人もいない。大多数の者が、(1) パートナーはASの ために性交時に困難があることを理解してくれており、また、 (2) パートナーと困難について話し合うことができたと述べている。 しかし、50%の者は、ASのために社会的な接触が少なくなり、 自尊心も以前より失われたと回答している。


疲労と早朝の硬直

 医療専門家は最近まで、AS患者に重い疲労が潜在していることを 見逃してきた。RNHRDでの調査によると、150名の患者のうち6%が 疲労を、34%は痛みを、25%は硬直を一番悪い症状と感じており、 32%はその3つを区別できないと答えている(Calinら 1993)。疲労は ASの症状のひとつの特徴であり、他の病気から生じているのではないと 知ることで患者は大きな安心を得るということがわかった。

 病気のある段階で、特に病気が発症し関節に痛みを感じるとき、 ほとんどの脊椎炎患者は疲労を感じている。このような状況下で多くの 人々は痛みによって睡眠が妨げられる。貧血も起こるが、これに関しては、 ある程度の治療が可能である。
 疾患の再発そのもののように論理的な型を有していないので、疲労の ひどさや、持続期間を決定することはできない。ただし医療の専門家が 充分に理解してやれば、患者はこの問題を受け止めることができるよう になり、家族や、友人、雇用者などからの酌量も得ることができるよう になる。

 多くのAS患者が同じように経験するのは、早朝の硬直である。 ある患者はこの状態が昼まで続くという。また他の者はより速やかに 収まり、ある者はほとんど問題がない。このような習慣性の硬直がある 患者の多くは、早朝に風呂に入るか、シャワーを浴びた後で姿勢を 維持するためのストレッチ体操を行っており、これによって夜間の硬直 も急速に緩和される。比較的重いAS患者の場合でも、ある種の職に 留まることは可能である。しかし、ある者は朝の重い硬直が長期間続く ことによって、時間を守れなくなり、雇い主から解雇されることがある。


非ステロイド系抗炎症薬(NSAID)
 病気が長期にわたるために、患者はこの重要な問題に関して医者と 充分に話し合う必要がある。患者は薬の副作用、特に胃腸の問題と 妊娠中のNSAIDの影響を心配している。食間または食後の薬の服用 についてほとんど適切な説明が患者になされていない。患者は理由が 理解できれば、はるかに従うものである。ある薬剤は眠気やめまいを 引き起こすが、それに対して充分な説明がなされることはまれである。 これは仕事にも影響を与えるので、危険な機械を扱ったり、公共輸送に かかわったりするような場合をも含めて充分に対処する必要がある。

 2,500名のNASS会員の調査では、85%の会員が薬物療法を行って おり、そのうち57.7%は年間を通して薬物を使用している。同様の 未発表の調査によれば、スウェーデンの姉妹協会(DVMB)では 同程度の割合の会員が抗炎症薬を使用しているが、年間を通して連続的に 同薬剤を使用している者は40.3%である。英国のリウマチ専門医が NSAIDで好むのはインドメタシン(インダシン®、 インテバン®)、ナプロクサン(ナイキサン®)、 ピロキシカム(フェルデン®)、 ジクロフェナクナトリウム(ボルタレン®)の順である ことが調査でわかった。引き続き何年間もの調査を行ったが、順序に 変化はなく、それぞれのパーセンテージがわずかに変わっただけである。


他の治療および薬剤

 1960年代以降、西側諸国では異文化交流が起こり、一般の人々の間に 代替治療に関心を持つ者が増えた。それゆえ、代替治療を求めるAS 患者が増えたのも驚くに当たらない。NASSの調査によれば、最も 人気があったのは鍼治療であり、続いて整骨療法、ホメオパシーで あった。しかし、ほとんどの人は伝統的な治療法に戻ってきた。

 最近の傾向を反映して、多くの人が薬剤の処方に疑問を抱くように なり、NASSの会員も34%はハーブ療法を試みている。一般の人々の 間には、この種の薬剤は自然から採られたものであり安全で無害である という誤った信念がある。時には、医師に知らせないで、ハーブ薬剤を 処方された抗炎症薬とともに用いている人もいる。


運転および公共輸送

 AS患者は脊椎および頚部の限界から運転は困難であろう。AS患者は 免許許可局に疾患を知らせなければならないという誤った忠告がなされて きた。英国では、頚部の動きが極端に制限されていたり、周辺関節に 併発症がある場合、知らせる義務がある。しかし、多くの国では、 以上のことは免許許可局でも自動車保健会社でも問題にならない。

 頚部の動きが極端に制限されている場合、車の内部と外部には 補助ミラーを取りつけたほうがよい。幸い、ほとんどの新しい車は 外部ミラーを運転席から調節できるようになっている。なお、 我々は患者に、車のアクセサリーショップに行き視野角の広いミラーを 購入するよう勧めている。だが、T字路を曲がる時や、わき道から本線に 入るときの問題は解決されていない。AS患者が運転する場合、多くは、 視野を広げるために座席上で体を右や左に動かさなければならない。 このような場合、普通より時間がかかるために、後で待っている車から のプレッシャーを感じることになる。助手席の人に見てもらうことが、 大きな助けとなるにちがいない。

 ヘッドレストに関しては注意を怠るべきでなく、頭の後ろが ヘッドレストに合うように調節しなければならない。ヘッドレストの 高さが低過ぎる場合、衝撃を受けたときに首の支点として働いてしまう ので頚部骨折の危険があることを患者は知らなければならない。 強直性脊椎炎国際連盟は自動車会社の協力を得てスカンディナヴィアの 会員組織のひとつで調査を行っている。

 AS患者の多くは公共輸送機関を利用しているが多くの問題や不安がある。 まず第一にバスや電車に乗るときにステップが高すぎて困難である。 またバスに乗ったとき、席につく前に走り出すことが多く、転んで怪我を する危険性が高いと恐怖感を抱いている患者が多い。ある患者はバスが 揺れたり、道がでこぼこであったりするので苦痛を感じている。以上の 問題を避けるために、高額でもタクシーに乗ってしまう人もいる。


生命保険、健康保険

 AS患者の多くは追加料金を付加しない保険を得ることができない といった経験をしている。英国においてこれは重大な問題であり、家の ローンを借りる場合の生命保険加入時に、しばしば実証されている。

 英国での3,310名の会員の調査によると、1,160名(35%)が診断が 下された後で生命保険に加入している。(Jones 1994)。このうち 842名(73%)がASであることを明らかにしており、そのうち293名 (35%)は追加料金を付加され、41名(4.8%)は少なくとも一社の 保険会社から拒否されている。


 家庭で

ベッドおよびマットレス

 患者は固すぎも柔らか過ぎもしないしっかりと安定したマットレスを 選ぶべきであり、マットレスの質と総重量に従って、取り替えた方が よいか考えた方がよい。ベッドは安定した底板を有し、必要ならば底板と マットレスの間に2センチ厚のボール紙を敷くとよい。


椅子

 AS患者の多くは自分専用の椅子を持っている。低くて柔らかい椅子は 姿勢を悪化させ痛みを増加させる。多くの椅子は適してはいるが、腰を 充分に支えることができ、なお頭部を支えるために背もたれが高く、 シートがしっかり(硬い、ではなく)しており、アームも正しい高さの 椅子を選ぶべきである。患者は掛けごこちがよく、適切なオフィスチェア を選んで買うとよい。


家の内部の改良

 洗濯機は上蓋式のものがよい。取っ手を大きくしたごみ箱やブラシなど はすでに市販されている。ベッドメーキングはシーツやブランケットより も厚手の羽ぶとんかキルトの方がやりやすい。掃除機は横型のものより 直立型の方がよい。適度な高さの補助手すりを階段に取り付けると大きな 助けになる。家の中での転倒を避けるために、手すりと補助灯は欠かせ ない。ある人は配膳台や流しの下に台を置いて高さを調節している。 なお、患者組織では家事に関するアドバイスや家の中を改善する方法を 印刷物にして出版している。


 雇 用

 大多数の患者は退職年齢まで仕事を続けることができるが、人によって は症状が変化しやすく、早いうちに仕事を変える必要が生じる者もいる。 景気が後退しているときは転職が難しく、さらに病気のため、とりわけ 周辺関節の動きが悪い人にとっては、選択の幅が狭まる。
 NASSの調査によると、英国では、疾患に関連して休暇を取ることを しない者は年間で会員の36%である。1週間以内の休みを取る者は16%、 1〜4週間休む者は17%は、6%は1ヶ月から3ヶ月、9%の者は3ヶ月 以上の休みを取っている。残りの16%は現在失業中であり、余剰労働者と されたため失業したり、身体上の理由で全く働いていない者も含まれる。 以上の調査は平均年齢44歳で、発病から診断が下されるまでの期間の者も 含めて実施された。

 オックスフォード地区で100名の患者を対象に行われた調査では、 同地域の一般の人々と比べて、AS患者の失業率が高いということは なかった。しかし、著者によれば、同地域は国内の他の工業地帯に比べて 重工業関連が少なく、提供される職種が患者に適しているものが多い 地区である(Wordsworth and Mowat 1986)。
 多くの患者は雇用主に自分らの症状について明かしていない。彼らは 昇進のための評価に悪影響を与えたり、余剰人員削減のときに悪く判断 されるのではないかと恐れている。また、同様の恐れが就職の申し込み 書類に書き込むときや、面接のときに生じている。

 患者にとって一番ふさわしい仕事というのは、腰掛けている時間と 動き回っている時間がうまく含まれている仕事である。会員名簿から 知る限りでは、NASS会員の職業には軍隊や警察、消防などを含め体を 動かす仕事が驚くほど多い。診断時に、医者から転職に関して誤った 忠告を受ける者が多い。病気の進行に関して十分な情報が与えられず、 不必要に希望を失うことが多いのである。


 結 び

 NASSと姉妹協会は早期診断を要求している。その上で患者教育や 支部による理学療法プログラムなどが行われことが大切である。これら 全体が病気の経過を良い方に導くのである。診断が遅れ、患者が病気に 対して受身的になる場合と比べると以上のことは紛れもない事実である。 家族の協力に加えて、教育プログラムに参加することが、効果を もたらすためには必須である。

 ASはリウマチ専門医以外にはあまりよく理解されていない。 AS協会の会員は、疑問がある場合、リウマチ専門医か協会に助言を 求めることができることを知っている。リウマチ専門医を訪れる人は めったにいない。NASSが年2回発行している「ASニュース」の 通信欄には患者が経験したことや、悩み、関心事がたくさん掲載されて いる。
 かつて行ったNASSのシンポジウムで、あるリウマチ専門医は、 個人的な意見と断りながらも、NASSおよび同様の協会の設立は 強直性脊椎炎の歴史の中で最も重要な出来事であったと述べている。


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