-- 強直性脊椎炎療養の手引き --------------------------------------------------

Q.18.ASの合併症にはどんなものがあるのですか?

 ASには、脊椎や関節だけでなく、他の臓器や器官にも特徴的な 病気を併発することがありますので、今までと違った症状が出現したら、 できればまず日頃ASに関して診てくれている担当医に相談し、 そこからそれぞれの専門医に紹介してもらうのが良いでしょう。
 直接それぞれの専門医のところへ行く場合には、必ずASで治療 (経過観察)中であるということを伝える必要があります。またASに 対して使用中の薬の名前も告げられれば、薬の重複あるいは有害な 相互作用の予防にもなります。それに誤診を少しでも防ぐ手段になる かも知れませんし、また診断が絞れて早期診断もより簡単になります。

 次に、ASの合併症と、その頻度や症状などについて述べます。 なお頻度については、統計報告によりまちまちなため数値に大きな幅が 出るものもありますし、日本では正確な統計調査がなされていないもの が多いため、外国の報告による数値が記載されているものもあります。

(1) ブドウ膜炎〔虹彩炎〕 20〜50%

 眼の虹彩(こうさい)、毛様体(もうようたい)、脈絡膜をまとめて ブドウ膜と言いますが、ASの場合、多くは虹彩炎の形をとります (眼科での診断名は虹彩炎・虹彩毛様体炎)。

 症状は、眼痛(無痛の場合もある)、充血、羞明(しゅうめい) (眩しい)、流涙、飛蚊症(ひぶんしょう)(眼前にゴミ、糸くずが 浮いているように見える症状。生理的な場合も多く、見えたからと 言って直ちに虹彩炎と思い込んで過剰な不安を抱かないように)などで、 さらには視力低下や視野狭窄(しやきょうさく)も起こします。

 治療は主に副腎皮質ホルモンの局所投与(点眼、結膜下注射)や 全身投与(内服、注射)ですが、早期に診断が下され、これらの治療が 適切に行われれば予後良好ですので、眼の症状が出たら速やかに眼科に かかることが大切です。日頃から、このような心構えでいれば、以前に 言われていたような失明の危険性はまずありません。従って、失明する のではないかと過剰に不安を抱くことはよくありません。

 ただ、しばしば再発性であり、また仙腸関節炎その他の骨関節の症状が 現れる前に虹彩炎が発症するケースもありますので、虹彩炎を繰り返す人 では、ASを初め脊椎、関節の病変にも注意しておく必要があります。

眼球の平面断面図

眼球の平面断面図



(2) 尿路疾患(にょうろしっかん)〔膀胱炎、前立腺炎、尿道炎、腎・尿管結石〕 10〜20%

 尿路系の炎症による頻尿、排尿障害、排尿痛、血尿、尿混濁、発熱、 腹痛や腰背部痛などが主な症状と言えます。

 また、腰背部の激痛発作や会陰部や大腿部への放散痛、そして血尿を 主張とする腎臓・尿管結石も意外に多い合併症と言えます。
 ASになるとどうしても体動が通常の人より少なくなり、そうなると、 普通の人なら知らぬ間に流れ出てしまうような小さい結石が流れにくく なります。また末期に脊椎が強直すると廃用性の骨萎縮(骨粗鬆症 (こつそしょうしょう)…骨の量が減る)により骨からカルシウムが 血中に多めに流れ出るようになるため、尿中のカルシウム濃度が高く なって、結石を作り易くなるとも言われています。

 治療は一般の尿路結石症と変わりはありませんが、高血圧や心疾患、 腎疾患など特に水分摂取を制限しなければならない病気を持っていない 限り、日頃から、水分を十分にとり尿量を多めにしておくことも大切な ことです。また、結石のもとになるカルシウムを過剰に摂取しないよう に心掛けることは必要です。しかしこのことは、加齢とともに(普通の 人も)進む全身的な骨粗鬆化(骨の量が少なくなり、折れ易くなる)に 対してカルシウム摂取が勧めるられることと相反することになり、 AS患者にとってはむずかしいところです。

 結論的には、特に骨粗鬆症を恐れてカルシウムを余分に摂取することは 避け、だからと言って尿路結石を怖れるあまり極力カルシウムを摂らない ような努力も不要、普通のバランスの良い食事を摂って、平均的な カルシウム摂取量にしておくというのが丁度良いと考えられます。

 因みに、日本人の1日の摂取すべきカルシウム量は600〜1,000mgと されており、最も吸収の良いカルシウムが多く含有されている牛乳では、 1本分で200mg含有されています。これ以外にも通常の食事の中にかなり 含まれていますので、カルシウム摂取に関しあまり神経質になる必要は ありません。ただし、カルシウムが不足している状態というのは、 骨粗鬆症に限らず、その他全身に様々な病態を生み出しますので 避けなければならず、従って、若干多めに摂取することは心掛けるべき でしょう。



(3) 消化器系疾患〔潰瘍性大腸炎、クローン病〕 7%(日本のある文献による)

 潰瘍性大腸炎、クロ−ン病は特殊な病気ですが、繰り返す粘血便 (ねんけつべん)や下痢が特徴的な症状と言え、その他は腹痛、発熱、 食欲不振、体重減少などを訴えます。専門的治療を要しますので、 消化器の専門医にかかるべきでしょう。

 その他、いわゆる胃腸障害(胃炎、胃潰瘍)としては、ASに対して 使用した薬物の副作用が問題となります(連用者の40%に胃炎、 約15%に胃潰瘍があったとの報告がある)。



(4) 循環器系疾患 3〜18%(日本では統計報告はないので外国のもの)

 大動脈弁閉鎖不全症、刺激伝導障害(房室(ぼうしつ)ブロック、 不整脈など)の形で現れますが、いずれも、重症のAS例、あるいは 高齢者に限られるようです。日本ではASと関連した症例の報告は 非常に少なく、ASと合併することが知られていないので、全く関連の ない別の疾患として扱われて表に出てこないのかも知れません。



(5) 呼吸器系疾患 1〜3%(日本では統計報告はないので外国のもの)

 肋骨と脊椎の間の強直により胸郭の運動制限が発生した結果、 呼吸運動ひいては換気障害が起こり、さらにこれに加齢性の変化も 加わって呼吸器系の病気が年齢とともに目立つようになります。 また肺線維症を起こして咳、痰、呼吸困難を起こすこともあります。 特に血痰が見られる時にはアスペルギルス症(肺真菌症(はいしんきん しょう))を起こしていることもあり、その場合レントゲン写真上は 肺結核と似ているので間違えられ易いので注意が必要です。 また肺結核を合併したケースも報告されています。

 体操療法の項でも述べるように、日頃から肺に十分息を入れて ふくらませてくおくことは胸郭運動制限をできるだけ進行させない ためにも、また感染(肺炎など)予防にも良いので、毎日回数を 決めて、大きく深呼吸をすることを心掛けるべきでしょう。

 そして、禁煙が大切、言い換えるとこれらの発症を促進させ、 病状を悪化させるのが喫煙であることは言うまでもありません。



(6) 末梢血管炎

 日本では非常に稀ではありますが、血管炎による下腿の難治性 皮膚潰瘍(なんじせいひふかいよう)・壊死(えし)を併発したケースの 報告はあります。



(7) 脊椎・脊髄疾患

 脊椎の靱帯の骨化や炎症により、傍を通る神経を圧迫して、痛みや しびれ、運動麻痺を起こすケースも稀ですがあります。圧迫部位や 神経症状の出方によりますが、表向きにはASというよりも、 後縦靱帯骨化症、腰部脊柱管狭窄症、クモ膜嚢腫(のうしゅ)などと いった病名がつけられます。手足のしびれや知覚鈍麻(ちかくどんま) あるいは運動障害、脱力、歩行障害などの症状が出ますが、原因としては、 通常の人にもよく起こる老化現象によるものの方が圧倒的に多く、 特にASだからということはないようです。



 以上、ASはさまざまな疾患を合併し、また互いに重複する可能性が ありますが、眼のぶどう膜炎以外のものは希なものと言えます。 一方、普通の人達と同じ様に、他の様々な病気にならないという保障も ありません。従って、今まで述べてきたような症状が出たら、早めに 担当医に相談し、必要ならば適宜それぞれの専門医の治療を受ける べきでしょう。いずれも、早期に発見され、適切な治療を受ければ、 治癒または改善が十分に可能であり、過剰な心配は不要です。

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Q.19.ASは遺伝病なのですか?

 病気の予後(今後どうなるのか)についての相談とともに多いのが 子供への遺伝に関するものです。子供に病気が出ると可哀相なので結婚 しない、あるいは結婚しても子供は作らないと考えている患者さんも 少なくありません。確かに家族内発生が多いこと、親から子へ50%の 確率で遺伝するHLA-B27型と強い相関を示すことなどから、ASの発症には 遺伝の関与があることは否定できません。
 欧米諸国では、これらの観点から様々な調査がなされていますが、 日本では、患者数が少ないこともあって、詳しい調査は未だなされて いません。イギリスの友の会(NASS)の手引き書には、いくつもの 過去の調査報告から、いずれかがASである両親からASの子供が 生まれる確率は1/6程度と書かれています。すなわちいずれか一方の 親がASに罹っている場合、6人子供ができたら、そのうち1人が ASになるという勘定です。また、最近、イギリスで発表された調査 では(1,726人のAS患者を調査)、AS患者の兄弟にAS患者がいる 率は47%、父親が19%、姉妹が15%、母親が12%、息子が010%、 娘が7%となっています。
 これを多いと見るか少ないと見るかは各人の感覚によって違う でしょう。そして、たまたまそのうちの一人になってしまってASが 発症したとしたても、それなりの努力や工夫をすればその80%以上が 通常の就労可能であるという統計報告が示すように、通常の生活が 送れないほどに重症となるのは、そのまた一部ということになります。

 このように、両親のいずれかがASの場合、確かに、一般の両親 から生まれる子供に比べてASになる確率は高いと言えます。しかし、 万一ASが発症したとしても、直接生命を脅かすような病気ではなく、 重症例になるのはごく一部に限られ、ほとんどの患者が通常の日常生活を 送れることもわかっていて、さらにはこれからの時代は早期に診断が つき易くなって昔と違って重症に至るケースも年々減少するはず…… などの点を考えれば、ASだから結婚しない、ASだから子供を 作らないと考えることは決して望ましいことではない、あるいは自然の 摂理に反することになるとも言えるのではないでしょうか。

 また、両親のいずれかがASで、子供ができた時、子供にはまだ何の 症状も出て来ないのにHLA-B27の検査をしたり、定期的に血液検査や レントゲン写真を撮っているという話も聞きます。しかし、欧米の AS患者用の手引き書の多くは、「そのようなことは、子供に無駄な 不安を与えるだけで精神衛生上好ましくない」と書かれています。

 また、もしHLA-B27型を持っていることがわかったとしても、病気の 性質上、症状のない頃から安静をとらせたり、薬を飲ませたところで、 現在のところ病気の発症や進行を予防することなどできる訳では ありませんので、全く通常の子供と同じ生活をさせる他はないのです。 事実、その方が病気のためにも良い訳です。HLA-B27型を持っていても、 ASにならない方が圧倒的に多いことも考えれば、結果的にASに ならなかった場合、予防的に薬を飲ませたり、体を動かしたい盛り あるいは体を鍛えるべき時期(年代)に安静をとらせたりしたことが、 後々大きなマイナスになってしまう恐れもあります。
 ただ、万一重症のASになった場合にどうにもならないような 人生設計(たとえばプロスポ−ツ選手になりたいとか)を子供が 描いている場合には、両親がASの初期症状である脊椎や関節の症状に 注意をしている必要はあるとは書かれています。

 以上、この問題は大変むずかしい問題であり、生活習慣やしきたりが 欧米と異なる日本では、そのまま当てはめる訳にも行かないでしょうし、 人それぞれの考え方もあるので一概には言えないでしょう。 いずれにしても信頼できる担当医とよく相談した上で、慎重に 対処すべきです。

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Q.20.ASの治療はどうするのですか?

 ASの治療としては、薬物療法、理学療法・運動療法、そして 手術療法ということになります。ASの原因が未だ究明されていないので、 ASを根本から治す方法は、残念ながら「現時点では無い」と言わざるを 得ません。従って、いずれも根治療法ではなく対症療法ということに なります。
 しかし、だからと言って、これらの治療をしても意味がないということ にはなりません。適切な薬物療法や理学療法は、痛みやこわばりを緩和し、 生活活動や運動、そして就労を容易にそして楽にさせ、また正常な姿勢や 関節肢位を維持(変形・強直防止)させるために役立ちます。いずれは 脊椎やその他の関節が強直する運命にある重症例であっても(AS患者の 10〜20%)、薬物療法と理学療法を併用しながら一生懸命体を動かし 続けた人と、痛みに負けて病気のなすがままになっていた人とでは、 強直や変形の進み方、そして最終到達点(終末像)がかなり違うことは 確かなようです。

 quality of life(人生・生活の質) ということを考えたら、適切な 薬物療法や理学療法を受けながら、あるいは自分で積極的に運動療法を しながら、多少つらくとも、病気の進行に懸命に抵抗して生きていくこと がいかに大切であるか、自ずとわかるはずです。病気を根本的に治すこと は確かに今のところは不可能ですが、病気と共存して充実した人生を送る ためには、治療は不可欠と言えます。

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