-- 強直性脊椎炎療養の手引き --------------------------------------------------

Q.1.ASってなんのこと?

 ASとは、Ankylosing Spondylitisという病名の略称であり、 日本語では『強直性脊椎炎(きょうちょくせいせきついえん)』と言います。 Ankylosはギリシャ語で「曲がった」という意味の言葉ですが、医学的には 「強直(きょうちょく)」とか「癒合(ゆごう)」という状態を表す言葉として 使われます。Spondylusは「脊椎(せきつい)」、末尾についているitisは 「炎症(えんしょう)」を表す接尾語で、続けると「脊椎炎」ということに なります。日本語で良く使われる「強直」とは、関節(脊椎も関節の集まり です)を構成する骨と骨がくっついてしまって動かなくなる状態を言います。 「脊椎が曲がってくっつく」というこの病気の終末像を表す言葉がそのまま 病名になっている訳です。

 しかし、中には、脊椎のみならず四肢の関節にも強直が起こる人も いますし、脊椎は強直するものの曲がらないでまっすぐに固まってしまう 人もいますので、「脊椎が曲がってくっつく」という表現は、AS患者 すべての病態を表しているとは言えません。しかも、大切なことは、 この病気と診断されたすべての人が、首から腰までの脊椎全体にわたって 強直し、同時に四肢(しし)の関節も固まってしまうといった経過をとる 訳ではないということです。むしろ、そうならない人の方が圧倒的に多い と言えるでしょう。高齢になって脊椎はある程度固まったものの四肢の 関節運動にはなんら制限がなく、また時にはそれまでに痛みをほとんど 感じなかったという人さえいます。

 このように「Ankylosing」あるいは「強直」という言葉は、この病気の 真の姿を正確に表しているとは言えず、それどころか、かえって患者さん や一般の人に悪いイメージを与えてしまっている可能性があります。 このようなことから、「Ankylosing」という言葉をはずそうという動きが あり、事実、アメリカの患者会は、数年前から「Spondylitis Association of America」(アメリカ脊椎炎協会)という名称に変わりました。 同じように、日本語の「強直」という言葉も、決して好ましい言葉とは 思えず、もう少しイメージの良い言葉に変えてもらうよう医学界に 働きかけることも、「日本AS友の会」の一つの仕事と言えるかも 知れません。
 ほとんどの医学書には、極度に脊椎が曲がった人の写真や、脊椎が 完全に強直して1本の竹のように見えるbamboo spine像(竹様脊椎 Q.15写真(5)参照)を呈している レントゲン写真が掲載されていますが、決して皆がこのようになる訳では ありません。このように医学生や看護学生の教育の段階で、偏った イメージだけが与えられてしまっているのが現状であり、またこのことが 早期診断を遅らせている原因の一つと言えるかも知れません。

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Q.2.昔からある病気なのですか?

 老化現象も含め、関節の疼痛(とうつう)や腫脹(しゅちょう)をきたす 疾患群の総称としていわゆる『リウマチ病』という言葉が今でもよく 使われますが、このいわゆる『リウマチ病』の中から、 『慢性関節リウマチ(RA)』が、一つの疾患として区別されたのが 1800年頃です。これに対し、ASはこのRAよりもずっと以前から、 独立した疾患と考えられていました。1695年にBernard Connorという アイルランドの医師による詳細な解剖学的報告が有名です。その後、 アメリカの学者がASはRAの一亜型(いちあけい)と考えて 『リウマトイド脊椎炎』としたために、一時期混乱が起こりましたが、 後に、アメリカの専門医がその誤りを認め、訂正しました。
 19世紀末から20世紀の初めにかけて、当時は、詳しく調べて報告した 医師の名に因んでBechterew病とかMarie-Strümpell病と呼ばれて いました。ヨーロッパでは、今でもまだこの病名が使われることがあり、 患者友の会の呼称の中にBechterew(ベヒテレフ)という言葉を使って いる国も多いようです。

 ところで、古代エジプトのミイラの研究で、脊椎およびASに特徴的な 仙腸関節(せんちょうかんせつ)の強直が見られるミイラが見つかった そうです。詳細な検討の結果、必ずしもすべてがASとは限らず、 老化現象に基づくもの(変形性脊椎症)や同じように脊椎の強直を来す 他の疾患も含まれていたらしいのですが、いずれにしても、紀元前の時代 から、既にASという病気があったと考えられます。

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Q.3.どんな病気ですか?

 一口で言うと、「脊椎、仙腸関節(せんちょうかんせつ)、四肢の 関節を侵す慢性炎症性疾患」ということになります。初めに炎症を 起こす場所は、靱帯(じんたい)が骨へ付くところということがわかって います。これを、日本語で付着部炎(enthesitis)もしくは靱帯炎 (enthesopathy)と呼んでおり、これが、この病気の病理学的特徴と 言えます。

 患者によっては、あるいは同じ患者でも時期(病期)によっては、 急激な疼痛(痛み)や腫脹(はれ)、発熱など、急性炎症を思わせる 症状を呈することもありますが、多くは数十年という長い慢性の経過を とります。60歳を過ぎて、脊椎や仙腸関節の強直が完成し、痛みも ほとんど治まったのに(徐々に強直するのと引換えに痛みが治まって いくとも言える)、血液検査をすると、血沈とかCRPといった炎症反応の 指標となる数値がまだまだ高値を示すこともよくあります。

 炎症というのは、病理学的には、「生体になんらかの有害な因子が 働いた時、もしくは損傷が起こった時、それに対して起こる生体の (防衛)反応」と定義されています。また、炎症が起これば、表に出る 症状として、炎症部位の疼痛や腫脹、発熱、発赤(ほっせき)、そして それに伴う機能障害(運動制限など)などが見られます。ところで、 靱帯や腱の骨への付着部というのは全身に広く分布していますので、 そこに炎症が起こる訳ですから、この病気の人は、どこの痛みを訴えて もおかしくないことになります。また付着部のほとんどは関節の近傍に あり、痛みのための反射的・二次的な筋肉の痙撃(けいれん)なども加わる ため、患者さんにとっては関節痛や筋肉痛として感じられるのが普通です。

 このように靭帯の骨への付着部の炎症の結果、そこに強い変性が起こり、 それが元の組織(靱帯や腱など)に再生されることなく、石灰化 (カルシウムなどの無機質の沈着)もしくは骨化が惹起され、最終的には、 関節を構成する骨どうしが骨組織でつながり「関節の強直」と言う事態が 起こると考えられています。

腰骨・仙骨・仙腸関節の図
腰骨・仙骨・仙腸関節の図
脊椎の全貌の図
脊椎の全貌の図

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Q.4.この病気の原因は?

 残念ながら、この病気の原因は未だはっきり解明されておらず、 今のところは原因不明、従って根治療法も未開発、つまり元から 完全に治す手だては無いというのが実状です。それでも、原因究明 さらには根治療法開発にもつながる研究が専門家によって精力的に 続けられていますので、近い将来、ASを完全に治す薬、ひいては 予防する方法さえ出てくると期待されます。

 ところで、原因不明とは言え、家族内での発生率が高いという 統計は数多く出されており、また、この病気に高い相関を持つ HLA-B27が(ヒト組織適合抗原(ひとそしきてきごうこうげん)… Q.16)、やはり強い遺伝的浸透性を 持つことからも、何らかの形で遺伝の関与があるのは確かなようです。

 ただ、ここで大切なことは、ASは遺伝病ではないということです。 健常な両親からできた子供達に比べて、両親のいずれかがASである 場合にできた子供の方がASに罹る率が高いことは否定できないものの、 その子供が必ずしもASになるということはなく、現実には、むしろ ASに罹(かか)らない子供の方が圧倒的に多いのです。遺伝的には ほぼ同一個体と考えられる一卵性双生児のうち、一方がASに罹った 場合、もう片方が罹る率は60%という報告もありますので、これからも、 AS発生に関し、遺伝がすべてを支配する訳ではないということが わかります。

 このようにある程度の遺伝的背景がある上に、なんらかの後天的 (環境)因子が作用して、初めてASが発症すると考えられています が、その後天的因子としては、ある種の細菌(たとえば普通の人の 腸内にも生息するクレブシェラなど)の感染が考えられています。 それが引き金となって、生体の免疫機能(めんえききのう)に異常 (アレルギー反応)が生じた結果、炎症が引き起こされるのでは ないかという考え方が有力ですが、定説には至っていないようです。 その他にも、他の細菌やウィルス、食物、金属なども考えられますが、 まだまだ研究段階です。
 それでは体内にいる細菌を抗生物質でやっつけてしまったらASも 治るのではないかという考え方も出てきますし、一部ではそのような 治療も試みられたことがあります。しかし、ASでは、一般の肺炎や 膀胱炎(ぼうこうえん)のように細菌の感染が直接病気を引き起こす訳 ではないので、残念ながら有効な治療とはなり得なかったようです。

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Q.5.慢性関節リウマチとはどう違うのですか?

 アメリカでは、ASが、『慢性関節リウマチ』すなわちRAの一亜型 として分類された時期があったという事実が示すように、RAとASの間 には、あちこちの関節が痛むということを初めとして、いくつかの類似点 があります。ASの患者さんが初めはRAではないかと思って医療機関を 受診することがままあり、また一般医によってRAと誤診されている場合 も少なくありません。発症初期では、専門医でさえ診断がなかなかつかない こともあります。

 いずれも脊椎や関節を侵す原因不明の慢性炎症性疾患で、血液検査で 血沈やCRPが異常を示し、基本となる薬物療法も同じようなものが多く、 また関節の病巣部の病理組織所見(顕微鏡的所見)も似ています。 そして、先天的要因として遺伝的素因が関与し、後天的要因として感染が きっかけとなり(ASでは細菌、RAではある種のウィルスが考えられて いる)、それに基づいて生じた免疫異常が基盤にあるらしいという病気の 成因・発症機序の点でも類似の部分があると言えます。

 しかしながら、初期の主たる炎症性病変の場が、ASでは靱帯や腱の 骨への付着部であるのに対して、RAは関節内で関節液の産生にあずかる 滑膜(かつまく)であること、ASでは体の中心部すなわち脊椎や仙腸関節、 四肢の関節でも中心に近い肩関節や股関節が侵されることが多いのに対し (膝、足、手指の関節が侵される症例も稀にある)、RAでは四肢の末梢 の関節が侵されることが多いこと(勿論、股や膝や肩のような大きい関節 が侵されることもあり、さらには脊椎が侵される場合もあるが)、ASに 特徴的な仙腸関節炎(→強直.Q.15 写真(1) (2)参照)があること、血清リウマチ 因子が陽性であることが多いRAに比べ(全RA患者の70〜80%)、 ASでは陰性であること(ただし、RAでない健常者でも数%に陽性を示す ので、ASでは絶対陰性ということでもない)、さらにはASではRAの ように免疫学的検査で異常が出ることが少ないこと(まだ、適切な免疫学 的検査が開発されていないためとも考えられる)、ASでは終末像として 骨性強直が多く見られるのに対し、RAでは強直となるのは(特に脊椎や 仙腸関節では)稀であること、ASは男性に多く、発症年齢が10代から 20代にピークがあるのに比べ、RAでは中年期にも多いこと(それぞれに 例外もあるが)などなど…、臨床医学的側面からは、両者間に明らかな 相違がいくつも見られ、これらから、やはり別の疾患であることが わかります。

関節の構造
関節の構造

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