-- 強直性脊椎炎療養の手引き --------------------------------------------------

Q.15.具体的には、どんな診察や検査をして診断するのですか?

 医師は、それまでの病状経過や現在の症状(現症)を 患者から良く聞き、さらにはこれまでに罹った病気(既往歴)、 あるいは家族・親戚に同じような病気の人はいないか(家族歴)などに ついて聞いて(以上は問診と呼ばれる)、それから実際の診察、 すなわち理学的検査に移ります。まず、患者さんの姿勢や歩容 (歩く姿勢、歩き方)、椅子への座り立ちなどの諸動作を観察します。 典型的なケースでは、経験豊富な医師なら、一目見ただけで、その 特徴的姿勢からASだとわかるでしょう。また、運動時の疼痛出現を 少しでも避けるために(できるだけ痛くないように)、用心深げに 体を動かすのがASに限らず疼痛を持つ患者の特徴と言えます。
 それから、四肢の関節を触ったり動かしたりしてみて、関節の腫脹や 発赤、熱感などの関節炎の徴候の有無、そしてそれぞれの可動域制限 (かどういきせいげん)がないかを調べます。次に、仙腸関節、大転子 (ふとももの上部外側の骨のでっぱり)、脊椎の棘突起(きょくとっき) (背中の中央に並ぶ骨の突起)などに圧痛がないか、あるいは体の各部を 動かさせて痛みが誘発されるか否か調べます。これにより、ASにおける 炎症の主たる場である靱帯の骨への付着部症(enthesopathy)の有無を 知ることができます。また仙腸関節の炎症による痛みを誘発するために、 種々の手技で(押したり、両側から圧迫したり)骨盤に負荷をかけて みたりもします。

 脊椎の運動制限を客観的に評価する方法としてSchober テストが有名です。東京都の難病指定に関する基準によれば (後掲)、腰背部中央(脊椎械突起)に10cmの間隔で 2つの点を決め、前にいっぱいに曲げさせた時(屈曲・前屈)、その間隔が 5cm以上延長(伸展)しない場合には異常、すなわち脊椎の可動域制限が あると判断することになっています。また胸郭の拡張制限の有無と程度を 見るために、息をいっぱい吸った時(最大吸気時)と吐いた時 (最大呼気時)の胸囲を測定し、両者の間の差を調べます(その差が 2.5cm以下なら異常。ただし、本徴候が現れるのはかなり後期もしくは 重症になってからのことが多い)。
 このような典型的徴候を示さない初期の患者では、 後屈運動をすると(体を後ろに反らす)、比較的早期から出る腰椎・ 胸椎の可動域制限がわかります。この時、後屈制限がめだつ一方、 股関節、膝関節、そして頸椎の可動域は良好なため、独特な姿勢に なります(背中は後ろへ反らないで直線的になるが、首の後屈と 膝の屈曲がめだつ)。従って、経験のある医師なら、それを見ただけで ある程度見当がつきます。

 次に必ず行われる検査として単純レントゲン検査が あります。レントゲンで早期に異常が認められることの多いのは 仙腸関節です。これは、骨盤の後ろ、仙骨と腸骨をつなぐ関節ですが、 関節と言っても手足の関節のような動きはしません。ここに、初期から、 骨の辺縁が不整になったり、白くなったり(骨硬化像)、時には 小さい嚢胞状(のうほうじょう)の陰影が認められます (写真(1))。単純レントゲン写真でよく わからない時には、断層撮影をしたりCTスキャンといった特殊検査を 追加すると初期の変化がわかることもありますが、必ずしも必要では ありません。このような初期変化を見つけるには、医師にとって かなりの経験を要しますので、この意味からも、疑いが持たれたら できるだけ早く専門医への受診が勧められる訳です。

 レントゲン写真上、病状の進行とともに次第に 仙腸関節の関節裂隙(かんせつれつげき)が見えにくくなり、 最終的には骨性の強直に至ります(写真(2)。  写真(1)と比べると仙腸関節に相当する 亀裂状の線が見えなくなっている)。


腰椎、仙骨、腸骨の正面像

写真(1) 腰椎、仙骨、腸骨の正面像。
 矢印(→)の亀裂部が仙腸関節。仙腸関節炎があって、相対する仙椎(骨)と 腸骨の関節面が凹凸不整で、白く見える。(初期像)
骨盤、両股関節の正面像

写真(2) 骨盤、両股関節の正面像。
 仙腸関節が骨性に癒合、すなわち強直して(→)亀裂が見えなくなり、 一つの骨になっている。(末期像)


 その他、病状が進行すれば、脊椎間の関節にも 同様な変化が出て、次第に関節裂隙(すきま)が見えなくなります。 一般に、強直するのは後方の連結部(椎間関節)の方が早いのですが、 四角形をした前方の椎体と呼ばれる骨と骨の間にも、骨の橋がつながる ような像(syndesmophyte)が割合い早くから見られることがあります (靱帯が骨化し始めている写真(3) (4))。また本来なら椎体の前縁は軽く 凹んでいるのですが、やはり靱帯の骨化機転や骨の吸収により その凹みがなくなって平らに見えるようになるのも特徴です(Squaring)。
 そして一部の患者に限られますが、典型的終末像として、脊椎全体が 一本の竹のような像を呈するに至る訳です(bamboo spine)。ここまで なるには、15〜40年を要します(写真(5))。 その他にも、体のあちらこちらに靱帯の骨への付着部の凹凸がみえたり、 時には骨化像(骨棘、すなわちトゲ状に出っ張った骨性の陰影)が 見られることもあります。

頸椎の側面像

写真(3) 頸椎の側面像。
     (向かって右が前方)
 後方の椎間関節が癒合し(←)、上下の椎体の前縁間に橋が 渡るようにsyndesmophyteが見られる(白抜き→)。また 椎体の方形化(squaring)も見られる(写真下の中央の矢印)。
腰椎の側面像

写真(4) 腰椎の側面像。
     (向かって右が前方)
 上下の椎体の前縁間に橋が渡るようにsyndesmophyteが見られる(←)。
腰椎の正面像

写真(5) 腰椎の正面像。
 腰椎の骨の間が骨性につながり、全体として1本の竹の様に 見える(bamboo spine)。椎体と椎体の間では横に膨らんで、 丁度、竹節の様に見える。


 ここまでの諸検査、すなわち入念な問診、理学検査 (見たり、触ったり、叩いたり)、そして脊椎と仙腸関節の単純 レントゲン撮影がなされたなら、経験豊富な医師にとってASの診断は 簡単です。

 さらに、それを確定するため、あるいは病勢を把握 するために、血液検査が行われます。RAその他の『リウマチ性疾患』 もしくは『膠原病』では、それぞれの病気の基盤にある免疫異常を 反映する特異的な検査結果に異常がいろいろ出るのですが、ASでは 残念ながらそのようなものはまだみつかっていません。検査上、異常を 示すのは、体内における炎症の存在を示唆する血沈、CRPなど、 一般的な検査しかありません。血沈は、食後、運動後、月経時、 妊娠中でさえも亢進し、その他貧血症、種々の血液疾患、感染症 (結核などの慢性感染症も含む)、膠原病、悪性腫瘍、腎疾患、 心筋梗塞(しんきんこうそく)などの際にも亢進するので、血沈だけで ASを診断するなどということは不可能です。
 血清中のC反応蛋白すなわちCRP反応も血沈と ほぼ同じ意義を持ちます。従って、血沈、CRP反応ともASに 関して特異性のある検査とは言えない、つまり、診断的意義は そう高くないことにもなります。それでも理学所見や単純レントゲン 検査でASが疑われた時の確定診断のための補助、あるいは診断が 確定され治療が開始された後の病勢把握の材料としては意義を持つ ものですので、ASにとって大切な検査であることには違い ありません。ただ、これらの検査結果と、実際の病状は必ずしも 平行するとは限らず、かなり強い痛みを訴えているにもかかわらず 血沈がそれほど亢進していないとか、逆に、あまり痛まない時期に 血沈を調べてみると意外に亢進を示したなどといったことがよく ありますので、検査結果(値)に一喜一憂することは妥当で ありません。

 また、AS患者では、血液検査でしばしば 『鉄欠乏性貧血』の所見を呈することがよくあります。鉄剤を 投与されてもいっこうに改善しないケースもままあるようです。 これは、鉄剤を摂取してもその腸管での吸収能力が落ちているとか、 あるいはまた鉄そのものは体内に十分あるのだが(貯蔵鉄)、 ASを初めとする慢性炎症性疾患では、肝臓や脾臓(ひぞう)に たくさんある鉄を貪食する細胞(マクロファージと呼ばれる)の 機能が非常に活発になっているために、それが鉄を取り込んで しまって血中に放さないので血中の鉄の値は低くなってしまう (鉄の血中への動員障害)などといった原因が考えられています。
 しかし、いろいろな角度からの鉄代謝に関する検査を併用すれば、 容易に区別はつくものです。従って、貧血による症状(眩量(めまい)、 倦怠感、動悸(どうき)、不安、易疲労感、息切れ、顔色不良など)が 著明でなく、通常の生活が送れている限り、血清鉄が低いからと 言って、あるいは鉄剤を飲んでも中々検査値が上がらないからと 言って、過大な心配をする必要がない場合も多いと言えます。 勿論、薬の副作用による消化管からの出血などの場合もあります ので、『鉄欠乏性貧血』を生じる他の原因を否定できた上での話 ですし、検査で貧血が認めらたり、立ちくらみなどを繰り返す ようなら、一度は内科医、できれば血液の専門家に診ておいて もらうことは必要です。

 その他、体内で免疫異常が起こっていることを 示唆する検査所見、たとえばIgAやハプトグロブリンと呼ばれる 免疫能に関連のある蛋白がASで増加するという報告もありますが、 異常を示すケース、示さないケースとまちまちであり、従って、 これらもASに特異的とは言えません。

 脊椎が広範囲に強直を起こす重症例あるいは 末期になると、骨萎縮・骨粗鬆(こつそしょう)が進行するため、 骨の代謝を反映するアルカリフォスファターゼという酵素、 あるいは血中や尿中のカルシウムの濃度が変動することも時に ありますが、これらもすべてのASに特徴的という訳では ありません。

 以上の如く、ASに関しては、血液あるいは 尿に関する検査で特異的(ASだけに見られる)な異常所見は 認められないのが普通ですが、少し性格は異なるものの、 ASの診断にとって非常に意義のあるHLAという検査があります ので、次の項で述べることにします。


東京都特殊疾病(難病)申請のための診断基準


  1.  主要症状

    1.  腰痛(最低3ヶ月以上。運動で軽快し、安静による効果なし)
    2.  腰椎の可動域制限(矢状及び前額面)
      a. 前屈測定検査
        後腸骨棘の高さで垂直に測定した10cmの間隔が
        前屈で何cm伸延したかを計測。
        異常:5cm以下

      b. 側屈測定検査
        腋窩正中線上、任意に引かれた20cmの線が
        側屈で何cm伸延したかを計測。
        異常:5cm以下
    3.  胸郭拡張の低下
        胸郭拡張測定検査
        第4肋間の高さで、最大呼気時の胸囲との差を計測。
        異常:2.5cm以下

  2.  必要検査

    1.  仙腸関節X線像
      (1) 両側仙腸関節炎2〜3度
      (2) 片側仙腸関節炎3〜4度
      0  :正常
      1度:疑い
      2度:軽度(小さい限局性の侵食象や硬化象)
      3度:中等度(侵食象や硬化象の拡大、関節)
      4度:強直

    2.  HLA-B27陽性(日本人患者91.7%、正常人2.3%)


  3.  除外疾患

    1.  ライター症候群
    2.  乾癬性関節炎
    3.  腸疾患合併関節炎
    4.  反応性関節炎


  4.  診断基準

    (1) 確実例
      主要症状1.2.3のうち1項目以上+必要検査1.の(1)

    (2) 疑い例
      主要症状なし+必要検査1.の(1)あるいは(2)


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