第5回ASIF会議に参加して



 平成11年9月2日〜5日、3年振りのASIF(強直性脊椎炎国際連盟) 会議は18ヶ国の代表が参加して、ドイツで開催されました。毎回、 会議とは別に、代表者の家族や、同行した一般会員向けのプログラムも 用意されていることから、欧米のAS患者と親睦を深め、各国のASを とりまく事情やその患者会の活動状況を身近に感じていただこうと、 今回は日本AS友の会でも参加者を募ったのですが、当初、7人ほど 希望者が現れたものの一人二人と欠け、結局最終的には我々夫婦と 賛助会員の女性一人の合計3名だけの参加となりました。

 まだ共通通貨のユーロは使われていませんが、いくつかのヨーロッパ 諸国間の移動はパスポート審査無し。フランクフルトで飛行機に乗り 継いでルクセンブルクまで飛び、そこから車でドイツに逆戻りした のですが、国境の検閲所……どころか、いつ国境を越えたのかさえ わからず、ほとんど国内旅行のような気分でした。旅行者にとっては 実に便利になったものです。

 開催地のオルシュルツは、ドイツとルクセンブルクとフランスの 国境近くのモーゼル湖畔の小さな村で、夜の灯は星と月のみ。 「この村はこれだけで成り立っている」と言うかの如き巨大な リハビリテーションセンター「リハクリニク」が今回の会場でした。 このセンター所有の野山・森・川から成るという広大な敷地の中に、 陸上・水中あらゆる訓練施設が整っており、心理療法、鍼療法や 太極拳のような東洋医学的治療まで受けられるという総合リハビリ センターで、当然ながらホテルも併設されており、客室は勿論、 バス・トイレ、廊下、エレベータなどの公共部分も広い間取りが 取られていて、健康な人でも使いやすいものばかりでした。 (日本ではバリアフリーという言葉が汎用されるが、障害者に 限らず、高齢者も子供も健康人も、犬も猫も、誰もが使いやすい ユニバーサルデザインという概念に昨今は変わりつつある)。  レストランやナイトクラブ、美容院その他の店舗が揃い、 一つの小さな町のようでした。入所者も、先天性疾病の子供や 脳血管障害の高齢者、怪我をした若者などあらゆる年代に わたっていました。

 会議は、第1日目と第2日目の午前中に集中的に開かれ、 恒例の会長の挨拶、会計報告や活動報告に始まって、役員改選、 会則の改定、連盟への登録法の再確認、インターネットホーム ページの内容についての検討、さらに、昨年ベルギーで 行われた第1回脊椎関節炎学会の報告、AS患者の交通外傷 対策や自動車保険への取り組み、各国の会報の英語の アブストラクト作成の提案、会報に引用する図・絵の著作権 の問題やその表記法……などにつき活発な議論が交わされ、 これまでで最も実のある会議になったように思います。 とは言っても、泡を飛ばして激しい討論というイメージは なく、勿論派閥争いもなく(役員改選も立候補者に賛成の 拍手だけ。全員留任。一部新規赴任)、「まぁ、皆で一緒に 仲良くやっていこうや」という気持ちが現れていて、終始 なごやかなムードで進みました。

 副会長のドイツのヘルトケラー教授が、ドイツの患者会で行われた 調査の結果を発表しました。詳細は別の機会に改めて紹介しようと 思いますが、1,000人以上のAS患者を対象にした調査で、最近は 患者の男女比が同じになった、すなわち男性に多い病気ではなくなり つつあるという話に驚いたり、初発から診断まで平均7〜8年とAS 先進国のドイツでも(会員約15,000人)、医療・医学面に関するAS 事情は日本とあまり変わりはないんだ(患者会の活動はすごいが)と 安心したり不思議に思ったり……。7年前に、我が「日本AS友の会」 でも患者アンケートを実施して、その結果を「らんちん」第3号で報告 しましたが、その後、会員数も倍増し、大分事情も変わってきたと 思われますので、近々、 第2回目の患者実態調査を行なう予定です。その際には会員の 皆さんのご協力をお願いします。

 午後からは、代表委員も家族達と合流して、全員で近くの遺跡や古城 の観光に出掛け、夕食は全員一緒に飲んで懇談して……と、実に楽しい 時を過ごすことができました。公用語は英語ですが、ヨーロッパの人達は、 悔しいことにほとんどが2ヶ国語以上話します。日本人がなぜ英語が 下手かを、これまた下手な英語でクドクドと解説したのですが、そんな こともうわかっているという顔をされました。ベルギー代表の夫婦は 二人とも5ヶ国語をしゃべるというので、「夫婦ゲンカの時はいったい 何語でやるんだ」と聞いたら、「互いに黙ってしまうから、言葉はない」 とのこと。

 ドイツでは、金曜日半ドン、土・日曜は勿論休み、余計働く(働かせる) と法律で罰せられる、土日は仕事を休む日なのでアウトバーンをトラック が走るとつかまる、普段の日でも3〜4時に退社……といったように、 今まで持っていた“勤勉で働き者のドイツ人”のイメージが狂ってしまい ました(全ての人がという訳ではないのでしょうが)。「我々から見たら ナマケ者ということだな」と言ったら、「日本人は、そんなに働いて何に なるというんだ」と返され、言葉に詰まりました。夜は8時まで明るい ので、そんなに早く帰って何をしているんだろうと不思議に思って聞いた ところ、ほとんどの男は家の修繕と車の修理。長い時間かけて全部自分達 でやるそうです(ドイツ人はその道のプロをアテにしないらしい。 それじゃ医者は?と聞かなかったのが残念)。衣食住のうち、「衣」と 「食」は日本人からみると実に質素ですが、それに対して「住」に最も 重きを置くのがドイツ人なのです。

 このように、医師による学術集会とは違って、同じ患者同士(医者で 患者という参加者も何人かいる。しかし、皆、一生懸命に運動療法を やるためか私のように脊柱後彎の人はあまりいない)、実に和気あいあい と楽しく過ごすことができ、終わるとほのぼのとして気持ちになると ともに別れ難くなってしまうという会で、私は好きです。次回まで 生きてろよと言わんばかりに男同士抱きしめあったり、手を振って 見送る人を迎えの車の中に引っ張り込んでしまったり……。

 帰りにドイツ観光の目玉、ロマンチック街道を通りましたが、 どこもかしこも“北海道”。しかし、日本と違って建物の色や 形が厳しく統一されているので、車窓に美しい小さな村が次々と 現れて我々の目を楽しませてくれました。そんなのどかな国を、 日頃アクセク働いてやっととれた短い休暇を利用しアッという間に 通り過ぎて行く(私を含む)日本の旅行者達。そして、彼らの (私も含む)金払いの良さ。

 次回は2003年、つまり4年後(最初2年だったのに、何故か だんだん間隔が長くなる)、 スロベニアで開催されることに 決まりました。


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