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展覧会の紹介

辻けい展 ギャラリーミヤシタ(中央区南5西20)
2002年12月11日(水)〜03年1月12日(日)=月曜、12月30日〜1月6日休み

 辻さんは、ひとりだけのフィールドワークを世界各地でおこない、その記録を、映像やインスタレーションなどで発表している染織作家です。
 一定の場所に存在することを重視する「サイトスペシフィック」な作品が現代美術では注目されています。網走の流氷原、アボリジニの住むオーストラリアの砂漠、フランスの湿地帯や林、中国、スコットランド、カナダ、ヘルシンキ、そして昨年は岩手の猿ヶ石川など、さまざまな場所で、自らが染めた真紅の布をさらし、自然と無言の対話をかわしてきた彼女の行為は、これまでおもにアースワークや彫刻といった形式の作品の形容としてもちいられてきた「サイトスペシフィック」という概念を、ごく短時間だけ設置される染織のインスタレーションにまで拡張し、さらに、自然と人間との関係性について深い考えをうながすものだといえましょう。

 札幌では約4年ぶり3度目となる今回の個展は、2002年10月に尻別川(後志管内蘭越町)で赤い布を流した際の写真や、布をすきこんだ和紙、さらにビデオ映像による展観です。
 また、1987年の網走や釧路、2000年のニセコなどで、雪原や川に布を置いたときの写真もならべられています。
辻けい展の会場風景。28.9KB、やや重いです 写真パネルのうち、もっとも右上にあるのが、尻別川の写真です。
 布は、カイガラムシの一種のラックで染めた絹です。
 ただし、絹特有の光沢や高級感にはとぼしく、もっとワイルドで自然な感じがします。布は、川の水にふくまれている金属成分によって、微妙に変色しているのです。川によって鉄分の含有率がことなるため、それぞれの色もすこしずつことなっています。また、きれいに織られた布というよりも、糸の束と言ったほうがあっているようです。
 さきほど「すきこむ」と書きましたが、布を完全に紙のなかにとけこませてしまうのではなく、布はある程度自立して存在感をたもっています。原料が溶けている水から木枠を揚げるとき、布もその枠のなかに入れてつくるのだそうです。
 また、おなじ布はほかの場所ではつかいません。
 ビデオは10分程度。これはプロの別人が撮影しています。
 尻別川の、水棲動物のまったく見られない清流を、赤い布の帯が、瞬間ごとに様態を変えながら下流へとながれていくのを見ていると、まったく飽きません。変化しながら水底に映る波模様や、水面の下側に反射する布などもおもしろいうえに、タイトルバックなビデオ作品どがなくエンドレスに投影されているので、すべて見終わっても気がつかないほどでした。

 それぞれの、自分で直感的にえらんだ場で、彼女はたったひとりで、短時間のみ布を置きます。行為そのものは、ごく個人的であるといえましょう。
 時によっては、案内をする人などもいますからことさらに「秘儀」というのはふさわしくないでしょうが、パフォーマンスアートやイベントではないので一般には公開しません。もちろん筆者も見たことはありません。
 ただし、ある程度は儀式のような性質を秘めているのはたしかでしょう。つぎのように話してくれました。
「(布を)放つのは一瞬です。自分の分身というか、血管をそとにだしていくみたいなものです。まさに至福の瞬間ですね。もう16、7年やっていますが、やみつきになっているんですね。自分を清浄にし、太古の自分にもどるような気がするんです」
 自然との交歓。
 ドイツロマン派の詩人ノヴァーリスの代表作「青い花」のなかに、かつて人は神の声を聞くことができた−という意味のくだりがありました。わたしたちのとおい祖先が持っていた、大自然と直接に交歓し、その声に耳をすます能力を、文明化されたわたしたちはいつのまにかうしなってしまったのでしょうか。

 会場にあるのは、彼女が自然のなかにみずからをさらした時の、いわば残渣です。ギャラリーのなかで、大自然をかんじることができないのはもちろんです。しかし、写真やビデオ、布のはいった和紙を前にして、わたしたちは、川や風のつめたさや、空気のにおいを、想像することはできます。そのつぎに、自然のなかにはいっていって、自分で自分をとりもどすのは、それぞれが自分でおこなうべき宿題とでもいえましょう。風をかんじるのであれば、都会の真ん中でも可能かもしれません。
 ただし、彼女はこれまで都市では、布をつかった行為をしたことはないし、予定もないと言います。
 「都会でも磁力をかんじるところがあればね」


 参考までに、出品された写真のデータをかかげておきます。

 Installation for ice drift (網走 87年2月。2点)
           powdery snow (釧路 87年2月。2点)
           Iou River イワオヌプリのために (Niseco 2000年10月3日。3点)
           Bibi River (千歳 00年4月29日。2点)
           Shiribetsu River (01年10月2日。2点)
           Baba River(02年8月。2点)
           Rankoshi (00年9月。1点)

 辻さんは多摩美大大学院修了。神奈川県鎌倉市在住。
 

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