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展覧会の紹介
中村善策と 道一水会系の画家たち |
2003年5月30日(金)〜7月27日(日) 市立小樽美術館(小樽市色内1) |
題名だけ見ると、所蔵品に、周辺作家の作品をくわえただけの展覧会と思われそうだがさにあらず。 主人公の中村善策が46点、他の作家が31点。しかも、善策の46点中、市立小樽美術館が所蔵する絵はわずか8点で、道立近代美術館所蔵の4点をのぞいてもなお、小樽初見参の彼の作品が圧倒的多数を占めるという、充実した内容だ。 こんなことを書くと物議をかもしそうだけど、風景や自然へのとりくみかたという点で善策は、今回出品されている他の画家の大半とは、格が違うという印象を受けた。裏返していえば、善策以外の画家は、風景へのとりくみが微温的なのだ。 他の多くの出品画家たちにあてはまりそうな「写実的」という特徴は、風景そのもののもつ良さを生かす-ということなんだろうが、善策の絵は「じぶんがこの風景をものにしてやる」という画家の強靱(きょうじん)な意思が画面にみなぎっているようなのだ。 初期はべつにして、戦中戦後から晩年にかけて描かれた善策の絵すべてにあてはまる特徴を見つけようと、いっしょうけんめい見た。 でも、そんなの見つかるわけないよなあ。画家は、理論めいたものは持っているけれど、その理論を機械的にあてはめて絵を描いてるわけじゃないのだ。 自宅にもどって、彼の「風景画入門」(保育社カラーブックス)をぱらぱらとめくった。この本は、彼が自作をかんたんに説明しているページがつづき、正直なところ読んでもあまり風景画の上達にはつながらないような気もするのだが、こんなくだりがあって、はっとした(123ページ)。 力強い表現には相当の単純化が必要です。なるほど。彼の風景画は、相当の単純化がされているのだ。 単純化の結果として、彼の絵には、陰翳がすくない。 おなじ面はおなじ色でぬりつぶされている。おなじ面のなかで、明暗がうつろっていくところはすくない。 もちろん、緑はゆたかな諧調を見せているものの、木に明暗があるというより、広葉樹と針葉樹など樹種のちがいによるもののように感じられる。 このことが、善策の絵を、アカデミズムから遠い、色と色とがあかるくひびきあうものにしているのだと思われる。 ただし、ごく一般的な傾向として、戦後すぐは、手前に木を配するなど凝った構図が多いけれど、晩年になるにしたがって、広い空間をそのまま描写した絵が多くなっているようだ。 はなはだしいのは、図録の表紙にもなっている1967年の「花アカシア」や、65年の「樹間の港」で、近景の2本の木が画面の大半を占めて、遠くの港は、木の間からちらりと見えるだけになっている。 このほか、「海棠の花咲く」(63年)や「札幌夏日」(61年)など、手前の木が、じゃまと感じられるくらいに大きく描かれている絵は多い。 これは、画面の奥行き感を、透視図法的な手法ではなしに出すためかもしれない。といって、善策が、秋田蘭画の画家たちのように遠近法を知らなかったというわけではないことは、北大第二農場に材を得た「牧場の道」(57年)などを見てもわかる。 もうひとつ、葉と葉の間からのぞく空の青がじっさいより青く見えるのとおなじように、手前の木などのむこうに垣間見える風景は、実物の風景よりも色をあざやかにしても違和感がすくないのかもしれない。力強い色彩には、合っている技法なのかもしれないのだ。 また、このころは縦構図の絵が多い。風景画で縦にキャンバスをかまえること自体が、一般的にはあまりないことだろう。 善策の場合は、木などを配して縦線を多く描いており、画面は動感がつよくかんじられるものになっている。 70年代にはいると、小樽商大のふるい校舎群をモティーフにした「緑丘回想」(73年)や、「サロベツ原野と利尻岳」(75年)、有島生馬とともに張碓の海岸附近にイーゼルを立てた「カムイコタン夏日」(73年)など、近景に大きなものを配さず、スケール感とひろがりを優先した画面づくりが目立つようになってくる。 というわけで、多くの個人コレクションなどから善策の作品をあつめてきたよい展覧会だが、ひとつだけ難があるとすれば、図録の印刷がひどすぎないだろうか? 色が、ほんものの絵とはまったくちがう図版が散見されるうえ、モノクロ図版の中には、印刷物からうつしたとしか思われないモアレが発生しているものもある。 |
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