[4]「食料尽きた極限状態で」
 マラリアにもやられた。マラリア原虫を持つのは「アノウエレス」というハマダラ蚊の一種なのじゃが、日本にいる普通の蚊のように「ブ〜ン」という音を出さずに人に近寄り、次々とマラリアに感染させていくから厄介なんじゃ。おかげで40℃の高熱に煩わされてしもうた。その頃には食料もとっくに底を尽き、飢えも極限状態じゃったから、もうここで死ぬんだと本気で思うたわい。
 食料の調達に関してはこんなエピソードがある。ジャングルにおける行軍では、持っているとガチャガチャ音がして敵に見つかってしまうため飯盒(はんごう)や水筒は捨てて行ったのじゃが、前述したように程なく食料が尽きてしまい、連合軍の攻撃だけでなく飢えとも戦わなければならぬ。栄養失調で髪は抜け、目もよく見えなくなってきての、頭はボーっとして自分が本当に生きておるのかどうかも分からんくらいじゃ。飢えに苦しんだわしは、木の実やその辺に生えとる雑草まで口にした。今の時代には到底考えられんことじゃが、生きるためには食えんもんでも無理やり食って飢えをしのぐしかなかったんじゃ。
 生きるためには塩も必要じゃ。じゃが、もちろん塩コショーなど持ち合わせておらんから、塩分を取るためには海へ行かねばならん。しかし海へ続く道は敵国に監視されておって近づくことができん。そこでわしは、決死の覚悟で月夜に断崖から浜辺へ飛び降りたんじゃ。高さで言うと、そうじゃな、ビルの3階から飛び降りるようなもんじゃったかの。幸い大きな怪我をすることなくそこで海水を飲み、さらに塩分を保存するために木の皮を剥いだものに塩水を染み込ませて戻ったんじゃ。
 極限を越えた行軍は身体を蝕んでいった。支給されていた革靴はとっくに腐り、非常用の毛布を足に巻いて歩いたんじゃが、そのうち自分の足の一部も腐って死臭を発するようになってきた。わしは持っていた安全カミソリで自分の足の膿を取り出して歩きつづけたんじゃが、中には足の大部分が腐りきってしまい、歩くことが完全に不可能になってしまった戦友がおった。付いて行けない以上、このまま生きて敵軍の捕虜になるくらいならと自決して死んでしもうたのじゃ。やり切れんかったわい。
 こんなとこもあった。極限の飢えでもうどうにもならんと思っておったとき、わしはジャングルの中で何かにつまづいたのじゃ。見るとな、何とコーンビーフの缶詰がいくつも落ちておったんじゃ!!「地獄に仏」とはこのことだと思うたぞ。しかしその周りには豪州(オーストラリア)の兵隊が死んでおった。わしらは木の枝を立てておがみ、ありがたくいただいてその場を去ったんじゃ。