din ROMANIA 〜ルーマニアからコンニチハ

12.Nov

ソフィア到着の初日

ソフィアの駅でホームに降りるなりホテルの客引きに声を掛けられる。
女性だし英語も通じるし悪くないか。
一泊10ドル。プライベートルームの相場は6〜10ドルなのでランクはいいほうかも。
右も左もわからないのだから、この人にいろいろ教えてもらおう。

「安いと評判で学生客が多いのよ。学生はお金が無いから・・・」 そりゃ違うな。
奨学金だろうと親の金だろうと在学でき、なおかつ海外旅行が出来る若者を貧乏とは思わない。本当の貧乏人は仕事を辞めて来たうえ保険料やら国民年金やらを銀行口座から毎月引き落とされている私のほうなのだ。

ペンションはコンプレックス・ハジディミタル・ボヨノブスキーというところにあった。

広い3人部屋で山小屋風のかわいいインテリア、タイル張りのフロアは床暖房付き。
風呂、トイレは共同。しかし風呂と呼べるか・・・?普通の個室トイレを想像してね。
便器の横にシャワーのノズルが付いているだけ。
便器のフタを閉めた上に腰掛けて体を洗わねばならない。
超狭いので痩せた人しか無理。

両替もまだなのでバスのチケットを2枚貸してもらい街へ出た。
ソフィア大学前で降りて地図を片手に歩きで中心地を回る。 どこもかしこもキリル文字。
読めないでは済まなさそうなのでその場で覚える。

寺院やブルガリア正教会の前にはジプシーがいるが街は洗練された雰囲気でキレイな建物が並ぶ。現代的な建物に囲まれて4世紀ごろの建築物があったりオモシロイ街造りだ。ショッピングストリートにはオシャレな店がいっぱい。ブルガリアはルーマニアより貧しい国と誰かが言ったのがウソみたい。

30ドル両替、50レヴァ(25ユーロ相当)をクレジットカードで引き出した。カフェでお茶して見学コースを決めよう。紅茶とケーキで合わせて150円。ウエイトレスも道を教えてくれたお姉さんも物腰やわらかく親切。ルーマニアの女性と一見似ているけれど、たくましい態度を引き算した感じで柔和。インターネット30分・35円、日本語表示OK。

夕食はブルガリア料理をと思ったけどレストランが少ない。ガイドブックに載っている店の一つはカフェになっていた。通りがかりのバーにキリル文字でレストランと書いてあるのを見つけて入る。

ケバブの卵とじ、ΚАВАРМА
野菜に刻んだゆで卵とチーズを降りかけたサラダ、ОВЦАЛСКА САЛАТА

ブルガリアビールを注文。味はまあまあ。一人黙々と食べ終わり店を出る。
明日の朝食用にガイドブックに飲んでみよと書いてあったБОЗА、カボチャのパイБАНИЦИを買って帰りのバスを探す。通りすがりの人に4番バスの乗場を訊ねたら案内してくれた。終点付近で気付いた・・・逆方向行きだった。

終点で運転手にペンションの通りの名を言うと「どこかわからんが折り返すから、まあ座れよ」と運転席の横に座布団を敷いてくれた。おお、スペチャール!もちろんタダ乗り。

運転手はイングリッシュのEの字もわからないといった具合で私はブルガリア語を一つも知らない。彼の口から出るブルガリア語はルーマニア語と似た同じ単語があった。けれど分からないことのほうが多くてジェスチャーしか伝達手段がなかった。ヨソ見運転はイケナイがバスはケーブルで繋がっているので安心。

私の父もバスの運転手だったんだよと話すと「そうか!」と嬉しそうに笑った。
「俺は36歳、12歳と6歳の二人の娘がいる。子供は金がかかるよ、1ヶ月400レヴァ(約2万8000円)しかないんだよ、日本で働きたいな」

そんな会話の途中も無線を使って仲間に私の目的地について尋ねてくれる。
「ここだ!なぁーんだ俺の路線じゃないか。ワハハ」と笑いながら停留所でもないのにペンションの前でバスを止めて荷物を持って降りてきた。乗客ほったらかし。

ブラゴダ-リャ(ありがとう)とお礼を言うとホッペにキスをくれたので私からもホッペにキス。
「仕事が終ったら来るから、待ってて」だって。
それはネー・モーリャ(願わない)なのだ。