嵐のような天気は相変わらずで、憂うつな気分で朝食を取る。
フロントの女性はテーブルのサービスに当たっている。 「昨夜のコンサートはいかがでしたか?」と話し掛けてきた。ジョーク交じりで楽しかったよ。「もう一泊なさいますか?」こんな空模様の街並みしか記憶に残らない旅なんて悲しすぎる。天気回復を期待して、もう一泊しよう。
「ウィーンの街はいかがですか?」街はとても美しくて歴史を実感できるところですね、そんなな答えを返した。「次はどちらへ?日本へ帰るの?」今は日本ではなくルーマニアに住んでいると言ったら彼女の笑顔がわずかに固まった・・・またか。
実は7月ルーマニアに来る際、トランジットでウィーンに1泊した。空港で西駅行きのバスを待つ間に年配の女性に地図を見せてホテルの場所を教えてもらったときのこと。ちょっとお喋りなこのご婦人は「私の家はこのエリアで息子は結婚してここのブロックに住んでるのよ」と聞いていないことまで話したりして私を家に誘わんばかりの親切ぶりで感じのいい人だったのだけど「ウィーンに何泊するの?」という問いにルーマニアにいくトランジットだから一日だけと答えると「ルーマニア・・・」と呟いたきり笑顔が消え、沈黙になりベンチに腰を下ろしてしまった。
このご婦人が気を悪くしたのは私の態度や、つたない英語ではなくルーマニアというキーワードだったに違いない。そのときの 『勘』 を、ホテルの女性の反応で確信した。
ルーマニアについて語る人が口にする文句
『戦乱を極めたヨーロッパの歴史において近隣諸国に侵略行為を犯したことはない』
そんなルーマニアがどうして嫌われるのか・・・今年初めのヴィザ解禁で海外出稼ぎラッシュ、水瓶の栓を抜いたように流れ出したルーマニア人はヨーロッパ諸国にあふれ一部タチの悪い輩の仕業が反感を招いて煙たがられているのだろう。
朝食を済ませてコーヒーをお代わりして飲んでいるとフロントの男性がやってきた。
「宿泊の支払いは現金でお願いします。クレジットカードは使えません」という。
観光都市ウィーンの4星ホテルでそんなことあるだろうか?たかが3泊。そのうち初日分は空港のインフォメーションで支払済みで、いわば手付けは入っているのに。パスポートも提示している。偽造カードでも使うんじゃないかと疑われているようで気分が悪かった。
このホテルで感じたことは、私が『日本人』の旅行者ではなく『ルーマニア在住の』旅行者の扱いであること。
2年前、チューリッヒ空港でブカレスト行きの出発を待っていたところルーマニア・オトペニ空港が濃霧のためにフライトが中止になり、スイスエアーのグループ会社のスイスホテルに部屋を用意された。そのため一時入国することになったのだ。私はパスポートコントロールを難なく通過した。横のボックスではルーマニア人とユーゴスラビア人が係員と喧喧囂囂。スイス入国のヴィザなど予定外だったということか、もめている。このとき、私が日本人であることを 『便利』 に思った。
翌昼に空港に出直してブカレスト便の搭乗ゲートを通過する際、係員とルーマニア人の年配の女性が玩具の車を持ち込む預けろで、もめていた。何てことないプラスチック製で電気仕掛けもなく裏は空洞になっているのが丸見えで1キログラムくらい。それより私の機内持込みのスーツケースのほうが20キロもあり、中に何が入っているのか判らない。疑うべきはこっちだろうと思うのだけどね。
あの玩具の何がいけないのか?・・・嫌がらせとしか思えない。真新しさから孫へのお土産だろう。理不尽。そんな言葉が浮かんだ。私はノーチェックで機内へ進んだ。
思い出すルーマニア人が受ける理不尽の数々。今は『日本人』の旅行者ではなく『ルーマニア在住』の旅行者の私は、そんな理不尽の1センチほどを知った気分。
天候と理不尽に抑圧された気分になりローテンションで街へ出た。迷子になる。案内板や地図はわかりにくいしドイツ語オンリーで苛々してきた。
やっと美術館を探し当てた。ビルが巨大すぎて、近づくにつれ遠くから確認していたランドマークが見えなくなるのは、どこの都会も同じだな。
クリムト、エゴン・シーレ、ココシュカなどオーストリア出身の巨匠の作品が並ぶ。クリムト晩年の作品はキャンバスの素地が見えたままの描きかけで展示してあった。ゾワッ・・・・鳥肌・・・作家の息遣いを感じる。終期の視点には人生全ての想いが込められているようで。
人間、死ぬときに本当の自分が映るのではないかしら・・・。私は如何に死のうか!?
また、クリムトはキャンバス全面に均等に筆を入れて制作していくのではなく、キャンバス上の女性1体ずつを完成させていく手法なのだとわかった。
それから絵の具の粉っぽさ。それはウブ毛の生えた生肌に近く、また絹糸のように細いヨーロッパ人の髪の毛の質感を見ることができた。これは画集やポストカードで再現しても光沢紙プリントでは知ることの出来ないもの。ここは撮影禁止なのだけど、マウントされた、作品のポジフィルムがミュージアムショップで販売されている。これがまた蛍光灯カブリが酷い緑色に染まったものでショック・・・これで買う人いるの?買わないほうがマシ、売れないなら置かないほうがマシ、作品の格が下がるような思いがした。
数々の巨大な肖像画は細密なタッチでこのサイズを塗ったと思うとそれだけで感心するし、布の光沢まで見事に表現してあり、圧巻。
戦、祭、大火、天災など時事のありさまも描かれている。写真と違って絵画は都合のいい瞬間を集めて一枚に凝縮できるからずるい!なんてね・・・
数百年たっても鮮明な絵画にジェラシーを覚える。