湯河原温泉
遠い昔、傷を負った狸が発見し、傷を洗ったところ治ったという言い伝えのある湯河原温泉は、古くから 名湯と言われ、文人たちに愛されてきた由緒ある温泉地です。その中央にある万葉公園周辺には、明治・
大正・昭和初期そのままの美しい木造建築の由緒ある旅館が並んでいます。
[2024年12月更新]
【惣湯テラス】
玄関テラス | 惣湯テラス | ライブラリー | 奥の湯 | ||
奥のラウンジ | 大浴場 | ダイニング | ダイニングでのランチ |
湯河原温泉の中心部、万葉公園の中に2021年7月にオープンした惣湯テラスを訪ねました。湯河原惣湯 Books and Retreatのというリトリート施設の一部です。同じ万葉公園内の入口に玄関テラスがあり、こちらは無料でテレワーク施設としても使用でき、カフェもあります。惣湯テラスは、万葉公園の奥の方にあります。空きがあれば当日受付も可能とのことですが、基本WEB予約制となっており、ランチ付き5時間滞在可またはランチなし3時間滞在可(1400以降)のいずれかを予約します。予約定員制なので静かに過ごせますが、土日は予約満席になります。直前でも空きある平日がさらにゆっくりできます。平日のランチ付きを予約しました。
湯河原駅からバスで約10分、落合橋で下車し、右手に玄関テラスを見て万葉公園を上り、徒歩約7分で惣湯テラスに着きます。10時の開館と同時に一番乗りで受付し、奥の更衣室で着替えた後、20分予約制の奥の湯へ、10時20分の最初の予約枠で入浴しました。ダイニング奥にある手書き予約表に当日氏名を書き込む形で予約します。紅葉の川沿いの道を2分位上ったところに、奥の湯と奥のラウンジがあります。野趣ある奥の湯は脱衣場と一体の露天風呂です。川の音を聴き、紅葉を眺めながら、ゆっくりすることができました。奥の湯も奥のラウンジも誰もおらず、紅葉の森ごと1人で貸し切ったような贅沢な気分になります。本当に静かに1番湯に入り、1人リトリートすることができました。
次に惣湯テラスへ戻り、男女別の大浴場へ入りました。半露天内湯と露天風呂が一体のお風呂になっています。川の音を聴き、紅葉を見ながら入浴できるのは奥の湯と同じです。奥の湯、大浴場ともお湯は透明マイルドで、大浴場はやや温めです。
ランチは1階ダイニングで庭と紅葉を見ながら8品目の前菜、三元豚や鯛を使った美味しい創作料理をいただきました。10数名の入浴客が食事をしていますが、1人客も数組おり、1人でも気軽に訪れることができそうです。ワンドリンクフリー、コーヒー、紅茶はフリードリンクとなっています。2階にはライブラリーと有料予約制個室があります。ライブラリーには小説や図鑑、エッセイなど100冊以上の本があります。紅葉の山々を見ながら、ゆっくり読書をしたり、瞑想したり、ここで静かに過ごすことができます。
約4時間滞在し、静かにリフレッシュした後、万葉公園を下り、落合橋からバスで湯河原駅へ戻り、特急踊り子号でゆっくり寛ぎながら帰路ににつきました。
【伊藤屋旅館】
伊藤屋旅館 |
伊藤屋旅館 |
本館2F |
19番客室 |
19番客室 |
19番客室 |
19番客室内 |
19番客室から |
光風荘 |
大浴場 |
貸切露天風呂 |
貸切 |
4年ぶりに湯河原温泉を訪れました。今回宿泊した旅館は、島崎藤村、黒田清輝らに愛された湯河原温泉の歴史ある旅館、伊藤屋です。この旅館は、明治21年創業で、島崎藤村が「夜明け前」の原案を作成した場所としても知られています。また、昭和11年の2・26事件の際、滞在中の牧野前内大臣が襲撃され、脱出して難を逃れたという歴史もあります。玄関ロビー脇には、旅館の歴史を物語る資料が展示されています。牧野前内大臣が滞在し、事件で焼失し翌年再建された別荘「光風荘」は、川の対岸にありますが、戦後は旅館の手を離れ、保存されています。旅館に立ち寄る前に立ち寄ってみました。
土日のみ公開され、地域の有志の方によりガイド説明いただける木造2階建ての「光風荘」は、伊藤屋と道路、橋をはさんだ対岸、万葉公園に向かう道沿いにあります。事件翌年再建された当時のまま、保存されている2階建ての建物の1階部分3部屋には、事件関係者の手紙、遺品や当時の新聞記事、写真が展示されています。有志ガイドの方に、事件当時の状況や展示品を懇切丁寧に案内いただきました。2・26事件の資料等をそのまま展示している場所は、日本全国にも少ないということで、貴重な歴史体験をすることができました。
さて、宿泊した客室は、昔ながらの木造2階建ての本館2階の角部屋19番です。事件の数日前に首謀者の一人、河野大尉という人が牧野前内大臣の様子を偵察した際、泊まったと言われている歴史ある部屋は、8畳+6畳+長い廊下とトイレ付きの広いスペースです。天井や屋根のひさし、木造の窓、硝子等が往年のままの姿で残っており、とても風情があります。窓からは玄関先の美しい庭園を望むことができます。また、先ほど見学した「光風荘」も正面に望むことができ、事件当時の状況がどのようであったのか、歴史的関心が強く喚起されます。また、2階へ上がる黒光りの階段も昔ながらの雰囲気でとても風情があります。
お風呂は、内湯の男女別大浴場と貸し切り露天風呂、バリアフリーの貸し切り半露天風呂があります。大浴場は昔ながらのタイル張りで、湯舟には岩が配されています。貸し切り風呂は、いずれも無料で予約なしで利用できます。露天風呂は、木造の屋根がある岩のお風呂です。半露天風呂は、片面がオープンになっている開放感ある新しいバリアフリーの浴室で、ガラスのひさし越しに空が望めます。お湯は何れも透明マイルドで体に大変心地良い感じです。お風呂の雰囲気はそれぞれ異なりますが、いずれもゆっくりと湯河原のお湯を楽しむことができます。食事は夕食・朝食とも部屋食で、新鮮な海の幸中心のヘルシーで美味しいメニューをいただきました。
【天野屋旅館】 →とても残念なことにその後、天野屋旅館は2005年に閉館してしまいました。また訪れたいと思っていた名旅館であるだけに、本当に惜しまれます。
天野屋旅館 |
天野屋旅館 |
20番客室内の |
20番客室 |
「湯かけまつり」の開催される5月第4土曜日(2003年)に、天野屋旅館に宿泊しました。天野屋旅館は明治時代 創業の、湯河原温泉を代表する老舗旅館です。伊藤博文、夏目漱石、横山大観、安井曾太郎等、著名人の
定宿であった旅館は、夏目漱石の「明暗」の舞台となったことでも有名です。その本館は、現在では「湯 河原ゆかりの美術館」となっており、現在の旅館は、かつての新館であり、写真のとおり瓦屋根が大変
美しい、大正時代の木造建築です。湯河原のメインストリートから天野屋の看板に案内されて側道を入ると 美しい朱塗りの橋がかかっています。この橋越しに見る旅館の建物は大変美しく、レトロで風情があり、
大正時代にタイムスリップした感じになります。番頭さんの歓迎を受け、館内に入り、黒光りの美しい 廊下、階段、レトロな雰囲気のロビー、年季の入った重厚な5月人形(鎧かぶと)等を目の当たりにし、
(敷居の高さが全くない)アットホームな暖かい対応を受けると、古きよき時代の日本旅館の素晴らしさ を満喫し、何か別世界に入ったような気がしてきます。案内された客室(2階の角部屋20号室)は、檜
の内風呂+12.5畳+6畳+4.5畳の大変広い部屋でした。昔ながらの窓枠、天井、電灯、廊下等、 とても素晴らしい雰囲気です。窓からは美しい日本庭園を望むことができ、川のせせらぎが大変心地よく
耳に響きます。お風呂は、露天風呂、内湯、家族風呂、客室の檜風呂がありますが、そのうち家族風呂 以外の風呂に入りました。まず露天風呂は、旅館の裏山を少し上ったところにあり、木のぬくもりと
石造り、自然が調和した野趣満点のものです。内風呂は大きな檜風呂であり、シンプルですが、木の 感触が大変体にやさしい感じです。客室内の檜風呂は、やはり温泉を常時引いており、部屋にいながら
いつでも湯河原の温泉を楽しめます。お湯はいずれも透明マイルドで香りも少なく、体にやさしい感じ です。部屋食の夕食・朝食は、新鮮な魚類中心のヘルシーなものであり、特に奇を衒うことのない、
オードソックスな内容が満足感を高めてくれました。
その夜は、「湯かけまつり」を見学しました。「湯かけまつり」は、万病に効くことから将軍家に献上 されていたお湯を江戸へ運ぶ際、道中の無事を祈願してお湯をかけてお払いしたという故事にちなんだ
お祭りであり、湯河原のメインストリートを行進する御神輿へ向けて、各旅館の人々が各々のお湯を かける姿は、とても印象的でした。伝統的なお祭りの喧騒と川のせせらぎ、老舗旅館の風情が見事に
マッチして、再び古きよき時代にタイムスリップした気分になりました。翌日は温泉街の中心に近い 万葉公園の渓谷美を満喫した後、公園内にある足湯「独歩の湯」に入りました。9種類の足湯で足裏
のつぼを刺激し、さらにリフレッシュすることができました。公園内には、他に「こごめの湯」という 日帰り入浴施設もあります。