Letters from Sir George Sutton

Sir George Suttonからの手紙

 

 私の「メル友」で、「Sir George Sutton」という人がいる。実際に出会ったことがないので、どこの誰かはよく知らない。職業も性別も年齢も国籍も、名前でさえ本名なのかもよくわからない。ただ、時々私にかなり長文のメールをくれるだけである。メールの内容から社会科学を(ひょっとして私と同様に社会学を)研究したことのある人間に違いないとは思うのだが、本人は頑として素性を明かさない。大体イギリス貴族のような名前がきわめていかがわしいではないか。

しかしながら、時々くれるメールの、その内容がなかなかおもしろい。本気なのか冗談なのかよくわからない箇所も多々あるが、ときどきはっとするような内容も含まれている。眉につばつけてみたい部分もあれば、ニヤリとさせられるところもあり、思わず膝を打つようなパラグラフもある。とにかくメールの全体が、一種の「知的投機」とでも言うものになっていて、まことに同好の士を得たような気分にさせられるのである。つまり、Georgeは、私にとって「正体不明」であるという点を除けば、とても捨てがたい友人の1人なのである。

それはともかく、これは私の生涯の失敗の一つに数えてもよいのだが、Georgeに「すばらしくうがった内容がある、もっと広く多くの人に知ってもらいたい」と書き送ったところ、「そうだろう、当然のことである。それでは、気に入ったメールをお前が翻訳してお前のホームページにのせたらよい」と言ってきた(お世辞の通じない奴である)。しばらくほったらかしにしておくと、「あの話はどうなったか、もうホームページにアップロードしたのか」と、うるさいことうるさくないこと。結局私はお世辞の責任を取らされることになった。ということで、(あまり日本語が得意でなさそうなGeorgeには内緒であるが)いやいやながら彼の手紙を翻訳掲載する次第である。

もとより、貴重な友人を失うつもりはないから、翻訳についてはベストを尽くすし、当方が薦めた話でもあるから、こちらとしてもその主張に一定以上の賛意を表明できるものを選び出して、たんなる「翻訳者」という立場を超えて、彼の主張に共同の責任を負うつもりである。何はともあれ、あとはGeorge自身に語ってもらおう。

 

  ●第一信:「英語熱を嘲笑う」(2005.3.26)

  ●第二信:大震災に際して2011.6.1


戻る