『魚釣りで、考えた。』2000年6月13日
最近仕事の関係で、私はよく港にいった。私が住んでいる町の、港の新桟橋建設関連の仕事だった。桟橋内の釣り禁止と、桟橋自体が住み心地がよい為か、魚が沢山いる。曇りの日など、チヌの群が水面近くまで上がってくるので、”捕って食べたいねぇ”と話すのだが、どうも見える魚は釣れないらしい。
最近日本は大変な釣りブームだ。週末になると、どこかのテレビのチャンネルで釣りの番組をしているし、町の中にも釣りの道具屋がもの凄い勢いで増えたように思う。日本中で色んな魚を相手にして、色んな釣り方をして楽しんでいるようだが、中には困った問題もあって、輸入魚のブラック・バスが日本中で増えすぎて、おまけに日本古来のメダカや鮎の稚魚を、各地の川や湖で食い荒らしているようで、けっこう深刻な問題になっている。いつぞやは琵琶湖の漁協に、たぶんルワー釣りの愛好家からだろううが、脅しまであって、何かヒート・アップもここまでくると完璧に異常に思える。特に、私も楽しんできた海外の釣り事情もふまえると、この日本の釣り事情は少々歪んでみえてくる。
私が海外で初めて釣りをしたのはオーストラリアだった。会社の上司に誘われて、何を釣るのかも解らず出かけたが、意外にこれが簡単だった。小さな小舟で小さな湾の中に漕ぎ出し、撒き餌はパン。餌は確かエビだった。で、上がってきた魚は、あれはたぶんチヌのような魚だったと思う。そして、これがよく釣れた。よく釣れたが、上司はサイズをよく調べてはリリースと持ち帰りを決めていた。確かあの時持ち帰ったサイズは、30cm以上のものだけで、釣れた数の割にはあまりにも少なく、本当に厳しいなと思ったが、船を岸に着けた時に一緒になった人も、きちんとサイズを守った魚しか抱えてなかったのをみて、私も納得した。
オーストラリアでは海にもよくはいった。サザエやアワビはふんだんに採れた。シドニーからちょっと離れた海水浴場の近くの岩場でも、膝位の所にサザエはいる。ボンダイビーチという、シドニーでも一番大きな海水浴場の岩場で、友達がアワビの大きなやつを見付けたときには、こんな所に、と、みんな感心したものだ。欧米の人達は、日本人ほど貝類や魚類を、種類や大きさに分けて味わうということをしないから、その分手つかずな面も多いだろうが、少なくても保護しようという気持ちで行っている彼らの態度には、私はこの国で初めて出会った。
釣りの話でもうひとつ思い出に残っていることが、アメリカである。アメリカのロサンゼルスにいた頃のはなしだ。
ロサンゼルスでは、サンタモニカやレドンドビーチの桟橋によく釣りに出かけた。特にサンタモニカの桟橋は釣りのライセンスが要らないので、家族連れのメキシカンが多く、行くと回りはスペイン語だらけになる。釣れる魚はやはりチヌやクロダイ、メジナなどで、途中で捕ってきたカラス貝の中身を餌にすると、何故かこれが簡単につれた。このふたつの桟橋の他に、私が足をのばしていた桟橋にマリブの桟橋がある。サンタモニカからもそれほど離れてなく、平日だと人もまばらで、桟橋釣りをするには良い場所だったので行っていたのだが、ある日、投げ竿に大きなあたりがあった。引きからしても良いサイズの魚だとすぐに解ったくらいで、案の定上げてみたら45cm位のヒラメだった。で、問題はここからで、日本だったらこれはもう即お持ち帰りで、夜のおかずはヒラメの刺身でいっぱい、ということになるのだ。が、ここではちがった。
この日は運悪くハリウッドからテレビかなにかのコマーシャル撮影に来ていて、その一団に二人の警官がついていた。ロサンゼルス市警察には、こういった映画やテレビの撮影を専門にガードする為の課があって、この日も二人の警官がガードにあったていたのだ。そして、運良くそのうちの一人が、私がヒラメを釣り上げるのをみていた。私のそばで釣っていた黒人の親父が、早く隠せといって、自分の持ってきた麻袋を指さしてくれたので、私はすぐにその好意に甘えたのだが、時すでに遅し、警官は私の所に来て、この魚は小さい、すぐにリリースするように、と警告された。カリフォルニアのヒラメのサイズ制限は、確か55cmか60cmだったように思う。
この話を家に帰ってアメリカ人の友達にすると、彼は、リリースして正解。こんな事でも警官に逆らうと告訴されてしまうよ。と、真顔でいっていた。
私は中国山地のほんとうに奥深い所で生まれ育った。村の戸数は三十戸足らずで、小学校も全校でその当時三十八人ばかり。環境は抜群だった。私達子供は、一年中川を相手にした。あの当時は川に魚が沢山いた。それもイワナやヤマメがである。山の奥深い所まで入り込むと、手づかみができるほどだった。だが今はそれも無理らしい。ここ二十年来に、何度もおきた洪水で川が変わり、魚も放流に頼るようになってしまった。
たった二、三十年で、日本人はここまで自然を壊してしまった。私には海はよく解らないが、海もまた魚の量が激減している事実は否めない。だのに何故、この国には欧米のような確固たるルールや、釣り人の自発的意識が乏しいのだろうと思う。

