〈ワーキングホリデー職探し日記〉

WHでまず気がかりなのが職探し。それなりの資金を持って入国したとはいえ、少しでも長く滞在しようと
思ったら職探しは避けて通れない道なのです(?)。私の体験記を綴ってみました。               
(追記:今のレートなら働かないで滞在することもできますよね。NZ$1=90円時代の私とは違うかも・・・)


  1989年11月16日(木)
 
   NZに到着。どきどきの入国審査をあっけなく通過したまではよかったが、あまりのスムーズさにちょっとトラブ
  ル発生。(詳しくは「失敗談:飛行場で」)しかし無事ホストファミリーと会うことができ、わくわくの新生活スタート
  となりました。ステイ先はCITYから車で飛ばして40分くらいの田舎町TaiTapu。かつてはグリーンストーンが
  とれたという土地柄で、三角にとがった山を背景にJの家はありました。隣家はラズベリー農園。Jの家は元羊
  牧場で、当時も20匹ほど羊が残ってました。反対側の隣は?と聞くと”そうね、2キロくらい先になるかしら?
  ハローウインの時など子供が近所の家をまわるのに車を出さなきゃいけなかったのよ”などというくらいのん
  びりした片田舎。NZに来たんだぁー、って気持ちでいっぱいになりました。  
  


  1989年11月17日(金)

   NZ2日目、次女のSが街に連れていってくれるというので、ついでに仕事捜しをしちゃおうとレジメを持って
  出かけました。英語には全く自身のない私、とりあえず目に付いたお土産屋数軒に、”仕事を探しています”
  とレジメを置いてきました。


   そのうちの一つ”S”はちょうど
店員募集の張り紙があって、マネージャー(日本人)の面接も受けました。
  職歴等いくつかの質問の後、”採用が決まれば日曜日までに電話します。何人か面接しているので、採用
  できるかわかりませんが”と言われました。うむ、初めてにしてはまぁまぁというところかな?


   ”○○○、あそこにも土産屋あるよ。日本語の看板もある”Sの声に通りの反対をみるとかの有名なお店が。
  ”あのお店、日本で有名なTVタレントの店なんだけど、WHメーカーの事あまり良く言ってないんだ。やめとく”
  ”そう?”初めての職探しにしては結構収穫ありかな、と満足しつつ家路につきました。


  1989年11月19日(日)

   今日はトランポリンの上で本を読んだり、はずんでみたりして1日をのんびり過ごしました。陽射がきつい
  割には風は冷たく、まだまだ半袖にはなれない。太陽が北の空にあるのを確認しちょっと感動(?)。
  南風が冷たいよぉ!

   土産屋”S”からの電話はなかった。残念。でも次があるわよね。

   


   1989年11月20日(月)

   今日はSと彼女のBFと一緒に街に出ました。まずはカメラ屋に出頭。修理代が$100もかかりそう。はっー。
  その後、お土産屋をまわり、レジメを配りました。”D”という土産屋で、マネージャーに会うことができました。
  木曜日にお返事下さるとのこと。この店の経営者はKiwiで、英語の面接はお世辞にも上手く言ったとは言
  えないけど・・・。働かせてくれるといいなー。

   それから、Sのウエイトレスのバイト申し込みにつきあいました。アートセンター近くに新しいカフェができる
  のにともなっての募集だったのですが、面接会場には人がうじゃうじゃ。何列も長い列を作って、レジメの提出
  だけに並んでいるのです。たかがウエイトレスとあなどってはいけない。ここで職を探すのは本当に大変な事
  なんだとあらためて肝に銘じました。SとBFは一次面接をパスしました。お互い仕事が得られたらいいね。


  1989年11月22日(水)

   今日は1日家にいて、プール掃除を手伝ったり、新聞のフラット欄や求職欄に目を通しました。フラットは、
  新聞で探せそうな気もするし、難しいような気もするし・・・。でも、とにかく自分で始めてみなければ、自分の
  生活のペースは掴めないような気がする。仕事を早く見つけようとあせりたくはないけれど、自分の生活の
  基盤を作りたいってあせりがある。ここではみんなとっても親切にしてくれるけど、それに甘えてばかりはいら
  れないし・・・。


  1989年11月23日(木)

   今日は1日中寒かった。昨日は暖かかったのになぁ。土産屋”D”から、採用の連絡は来週末に延びると
  電話があった。
何人かの日本人の面接と新聞に募集を出すため、とのこと。つまり私では満足できないって
  ことよね。チーフアシスタントの女性が仕事を辞めると言っていたので、そのためにも商品管理ができ、英会話
  にも不自由しない人材が欲しかったのかな?一度行ったきりだったけど、なんとなく愛着のわく店だったけど。
  でも他の店も当たってみようかな。がんばらなくっちゃ!


  1989年11月24日(金)

   私がホームステイしているJの隣家はラズベリー農園。今日はストロベリー摘みに行こうと言っていたが
  前日の雨でコンデションが悪く中止になった。もう少ししたらラズベリーの収穫があり、ピッキングのバイトが
  できるという。”手間賃は安いのよ”
というけれど、ちょっと楽しみ。お昼から天気が良くなったのでSと羊の見
  回りにいく。外に出た羊を追いたてたりして、ファームステイっぽーい。Jの家は以前羊牧場をしていたのだ
  けれど、離婚して男手がいなくなったためか、土地を人に貸してしまって、自分のところには20匹くらいの羊
  が残るだけ。でも、私には充分NZの農園生活もどきが楽しめてしまうのでした。


  1989年11月25日(土)

   今日はアカロアに遊びに行こうと言っていたけれど、天気がすぐれないので中止になりました。遊びに来た
  Jの友人と、ポテトピッキングのバイトに行ったSに置いてけぼりのBFとJと私の4人で、プール掃除を片付け
  ました。めちゃくちゃえらかったー!夕食のラザニア、とってもおいしかったわん♪満面の笑顔でお代わりを
  よそった私に「Fat!」と一言、次女S。ふぇーん!そう言えば心なしか顔が丸くなったような・・・。AUSでWH
  した高校時代の先輩もだいぶふくよかになって帰ってきたしなー。反省。


  1989年11月27日(日)

   今日は○回目の私の誕生日。朝からぼーっとしているのに飽いて、Sと一緒にポテトピッキングのバイトに
  行きました。ボスのデビットさんはまじめで愉快そうな人。広ーいじゃがいも畑をいも掘り用のトラクターで掘り
  起こし、次々と袋に詰めていきました
。貧乏性の私には機械の刃でだめになったおいも達がもったいなかった
  な。腰は痛くなったけど久しぶりに夢中になれてとっても楽しかったー!

   「おお、○○○、誕生日に芋掘りだなんて、おばかさんね」帰宅後笑って話を聞いてくれるJ。気付いてない
  と思っていたのにみんながプレゼントを用意して祝ってくれました。思わずうるうる。ステキな誕生日になりま
  した。



  1989年11月28日(火)

   ”どうしたら「D」店の仕事がもらえるだろう・・・”ただ待っているのも勿体無いので、自分の推薦文を自分
  で書いてD店に持っていきました。
うーん、我ながらがんばるなぁ。マネージャーは明日もう一度インタビュー
  
して下さるそうですが「もっと英語の流暢な人が欲しくて」と打ち明けてくれました。チャンスを頂いたものの
  こればかりは一朝一夕でどうなるものでなし、限りなく自信ないなぁー。思わず帰りの自動車の中で無口に
  なってしまいました。


   今日もちょこっとだけポテトピッキングしてきました。背中の筋肉痛が加わってつらいのなんの。やっぱり
  ファーム関係の仕事はキビシーい。



  1989年11月29日(水)

   今日は朝からシティへ。絵葉書などの買い物を済ませ、領事館に日本新聞を読みに行った。お昼はサンド
  イッチを買ってエイボン川のほとりへ。ここでのこといろいろ考えちゃいました。私がここへ来た目的は英語の
  勉強と西洋人達の物の考え方を知るため、だったよね。仕事をみつけるために来たんじゃなくて、仕事は目的
  の手段に過ぎないんだ。だったらお金の続く限りここに滞在したっていいじゃない?あせることなんかないよね。
  それにしてもヒアリング。こいつをどうにかしなくちゃね・・・。

   マネージャーとの面接はSOSO。他に2人セカンド・インタビュアがいるそうなのでだめだと思います。