(おまけのエピローグ)

 あたしはしばらくの間、光夫と固く抱き合っていた。そしてあたしと光夫がまさに唇を重ねようとした瞬間…。
「光夫さん、リラさん、何やってるのですか?」
「どうやらまずいときに来ちゃったみたいですね…」
 その声には確かに聞き覚えがあった。聞き覚えがあるも何も、ウェンディとティナの声そのものじゃない。光夫から手を話して振り向くと、ここにいるはずのない二人が現にいた。
「ウェンディ、ティナ…! 何であんたたちがここに…」
 あたしは驚きの声を上げた。
「光夫さん…せっかく孤児院から休みをもらって来たのに…」
 ウェンディは顔を曇らせた。
「い、いや、そんなわけじゃ…」
 光夫はすっかりおろおろしている。
「会いたかったです、光夫さん、本当に会いたかったです!」
 そう言うなり、ティナは光夫の胸元に飛び込んだ。
 あたしもいきなりの展開にわけがわからずぽかんとしていると、リュートの音色がした。振り返るとそこにはロクサーヌ、そしてそのそばにはフィリーまでもがいる。
「光夫さんの世界がどんなところか興味があって来たのですが、その様子ではあなたがた二人も何とかうまくやっているようですね」
「お久しぶり、光夫、リ…ラ…」
 フィリーは最初そう言いかけたが、次の瞬間あたしの方をしげしげと見ると、突然腹の皮がよじれんばかりに笑い出した。
「リラが…、あのリラが、花柄のワンピースなんか着て、女物のサンダルはいて、顔には化粧までして、あーおかし。光夫の世界でなんかヘンなものでも食べたんじゃないかしら。」
「何よ、フィリー、ケンカ売る気?」
「やっぱそういうとこは全然変わってないわね。ちょっと安心したわ。それにしても光夫、あんたも隅に置けないわね。このガサツ女をちょっと見ないうちにこうまで変えるんだから」
「だーっ。いったいどうなってるんだ」
「いやー、光夫さんたちがどうしているのか気になったので、暁の女神様に頼んでみたんですよ。すると年に一回、三日間だけですがこの世界に行くことを認めてくれましてねえ。それでウェンディさんやティナさん、その他諸々の方々を誘ってここに行くことにしたわけです」
「ウェンディ、ティナ…。ありがとう」
 あたしの両目からいつの間にか涙があふれていた。
「リラさん…」
「ウェンディ、あたし、ここに来てつらいこともあったけど、そんなときはみんなのことを思い出したから、ここまでやってくることができたの。それにティナ、あんたとの約束を忘れるわけにはいかないものね」
「リラさん…しばらく見ないうちに本当にきれいになりましたよ。そのことにはもっと自信を持つべきだと思います」
「バカ、ティナ、よしてよ、そんな言い方…。恥ずかしいじゃない」
「…あの、突然押しかけたりして、迷惑でしたか?」
「そんなわけないじゃない、ウェンディ。まあ、ちょっとタイミングは悪かったけど」
「皆さん久しぶりに顔を合わせてお話もあるようですね。邪魔しちゃいけないのでこのへんで失礼します。私もこの世界をもっといろいろ見てみたいもので…」
「ちょっと待ってくれ、ロクサーヌ。『その他諸々の方々』というのは、まさか…」
「ええ、そのうち着くんじゃないでしょうか」
「勘弁してくれよー」
「何ぼさーっとしてるのよ、光夫。こんなとこいてもしょうがないから、どっか行くわよ。ウェンディとティナにもこの世界を案内してやらないとね」

 あたしたちは公園を出て、にぎやかな通りに出た。フィリーは街を歩いている女の子たちのおもちゃにされている。
「あ−っ、このぬいぐるみ、空飛んでる! あたしにも触らせてくれない?」
「ちょっとー、あたしはぬいぐるみじゃないわよ!」
「しゃべった! すごいなあ」
 ウェンディとティナも、目に映るもの全てを興味深げに見ている。
「こんなに人がいっぱいいるところ、はじめてです。ここって毎日がこんなカーニバルみたいなんですか」
「まあね。あたしも最初は驚いたけど、何とか慣れたわ。ティナ、疲れてない?」
「大丈夫です。ここのところ体調はすっかりよくなりましたから。でもここ、何か空気が汚れてるので…」
 そのとき、ちょうど通りかかったレストランの中がざわついてるのに気づいた。もしや…と思って入ってみると、異様な四人組が店のまん中のテーブルを陣取っている。…やっぱりカイル一行だった。
「がーはっははは。こんなところにいたか。久しぶりだな、光夫。今度はおまえの世界を阿鼻叫喚のちまたにしてやるぜ。覚悟はできてるだろうな」
「はいはい、勝手にやってなさい…。だったら何でこんなとこで飯食ってんだよ」
「そりゃアルザがおまえの世界の飯が食べたいと言うからだ。そもそも『腹が減っては戦はできぬ』と言うだろう」
「だれが戦をするんだよ…」
「ここの食い物もまあまあいけるやん。気に入ったで」
 アルザのまわりには空っぽになった皿がいっぱい積まれている。
「あんたってそれしか頭にないの…」
 フィリーがあきれ顔で言った。
「私も光夫さんの世界の歴史や文化をぜひ知りたいと思って来ました。面白い場所があったらぜひ案内してください!」
「私は食べ物などどうでもいいのですが、ここにいてもやはり気を感じますね…」
 メイヤーと楊雲も相変わらずだ。
「前から思ってたんだが…、おまえ、こんな連中を連れてよくイルム・ザーンまで来られたな」
「おまえもそう思うだろ。…って、何でおまえと意気投合しなきゃならんのだ!」

 カイルたちも一緒になってレストランを出ると、今度はゲ−センの前でちょっとした騒ぎが起きている。行ってみるとあのわがまま王女レミットがクレーンゲームの前で悪戦苦闘していた。アイリスとカレンもそばにいる。
「もーっ、むかつく! 何で取れないのよ!」
「姫さま、光夫さんとカイルさんが来ましたよ」
 レミットはあらためてあたしたちを見返した。
「どこで油売ってたのよ、光夫。待ちくたびれてこれやってたら、さっぱり取れないし…。あんたが困ってるかもしれないと思ったから、せっかく来てやったのに」
「だれも困ってなんかいないって…」
「まあいいわ。でもリラ、あんたここに来てちょっとはしゃれっ気が出たじゃない。あたしがレディーのおしゃれを教えてあげようか?」
「ねえレミット、いいこと教えてあげようか。リラったらこんなかっこして、さっき公園の真ん中で光夫とキスしようとしてたんだから。笑っちゃうよねー」
「あんたたち、フ、フケツよ!」
「レミットにフィリー、あんたらねえ…」
「姫さま、落ち着いて…。でも光夫さんにリラさん、お二人ともご無事なようで何よりです」
「リラ…この世界でずいぶん苦労したみたいね。表情を見れば分かるわ。…でもその分、大人になったじゃない。その服、リラに似合ってるわよ」
「また…カレンまでそんなこと言っちゃって」
「ちょっと待ってくれ、カレン。若葉とキャラットはどうしたんだ。あの二人のことだから、絶対迷子になってるぞ」
「ああ、あの二人ならあそこの機械のところにいるわよ」
 若葉とキャラットはプリクラの前にいた。声をかけると二人とも寄ってきた。
「ねえねえ、この『ぷりくら』ってすごく面白いよ」
「そうですねえ。でもなんだかここ、ずいぶん人が多くてごみごみしたところですねえ。迷わないといいのですが…。」
「そう言うそばからあさっての方向に行くなよ…」
「全く…。おまえらガキにはおれの野望はわかるまい」
「も−っ、バカイル、ここに来てもこんなムチャする気?」
「やかましい!おまえが一番ガキだろ」
「あーあ、カイルにレミット、二人ともやめてくれよ、こんなところで…」
 光夫はげんなりしてたけど、あたしはうれしかった。あたしには住む世界、目指す道は違っても、こんなにたくさんの楽しい仲間たちがいるんだから。心の底から笑みがこみ上げてくる。
「みんな、わざわざここまで来てくれて、本当にありがとう。早速みんなで宴会よっ!」
 その瞬間、一同から歓声が上がった。



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