めぐりあい

 公園の並木は、すっかり葉を落として梢のシルエットを青く澄んだ空に映していた。その梢の合間からは、冬の澄んだやわらかい日射しがもれて、落ち葉の積もった花壇を照らしている。
 ゆるい坂道になっている広いプロムナードをゆっくりと登って、いちばん高いところにある噴水のところまで行くと、真下には港の全景やその向こうに広がる海を一望できる。ティナは敬一のいるこの世界に来てからというもの、丘の上にあるこの公園が一目で気に入ってしまった。以来ここは二人の恰好のデートコースになっている。

 この日もティナと敬一はプロムナードをゆっくりと散歩していた。ティナの服はコートに膝丈までのニットのスカート、足には革のブーツをはいている。異世界にいたころの彼女は、一見無邪気そうにふるまっているように見えても、心の奥底にどこか思いつめたようなものをかかえているような様子があったが、そのような様子は今の彼女の様子からはすっかり姿を消していた。敬一ははじめ、ティナの体のことを気にしていたが、体調も以前に比べて見違えるほどよくなっていた。はじめのころは、都会の人込みや騒音・排気ガスに少々戸惑い気味だったが、それも慣れてからはさほど気にならなくなっていた。

「あの…敬一さん」
 ティナに話しかけられると、敬一はティナと腕を組んだ。そのときのティナの表情を見て、敬一はまさに今のティナが自分に心を寄せているかがわかった。

 噴水のたもとのベンチに並んで腰を下ろすと、ティナはじっと海を見つめた。

「あの…敬一さん。私のふるさとの村にもこのような小高い丘があって、そこからは湖を見ることができました。実を言うと私…小さいときから体が弱くて、ちょっと気分がふさぎこみがちになることがあったんです。そんなときは私、その丘のところまで行って湖を眺めることにしてたんです。そうするといやなことも忘れることができて…」

「そうか…おれもいっぺんティナのふるさとの村に行きたかったな」

「そうですか…私のふるさとの村は春になるといろいろな花が咲き、秋になると紅葉が一面に色づくんです。これはほんとうにきれいですよ。夏はみんなでボート遊びをし、冬は湖でスケートをして…」

 そしてティナは、自分の故郷のことを思い出していた。

──ティナには自分の父親の記憶がない。しかしそれでも、母親は女手一つで彼女を育てながらも、一人娘である彼女に対してなみならぬ愛情を注いでいたし、体が弱いということ以外には無邪気に何気なく幼年時代を過ごすことができた。

 しかしティナは年を重ねるにつれて、「自分」というもののあり方に対して何らかの違和感を覚えるようになっていた。自分がときおり出す人間離れした力、そして自分の体…彼女ははっきりと自分の中に「何か」が潜んでいることを意識していた。

──私のお父さんってどういう人? 

 母親ははじめはティナがこのような疑問を持ってもはぐらかすばかりだったが、13歳のときついに彼女の父親がヴァンパイアであるということ、自分の体の弱さは体の中を流れているヴァンパイアの血のためであることを明かした。

 しかしそれからは、ティナの心の中で疑問はますます高まるばかりだった。

──私の中には私も知らない誰かがいる…。私ってヴァンパイアなの? 人間なの? 私って何?

 ティナが16歳で村を離れることにしたのも、彼女が母親のもとで暮らすことに多少の気後れを感じていたからだった。この村にいたままでは、自分を悩ませているこの問いに答えを出すことはできない──そう考えて彼女はパーリアの街に向かった。…彼女があの日、パーリアの公園で敬一とばったり出会ったとき、彼とともに魔宝を探すための旅に出ることを決意したのも、この旅が「自分」を見つけるための手がかりになると感じたからだった。

 そしてイルム・ザーンで敬一が自分の世界に帰るのを見送ったときには、ティナは自分が大きく変っているのを感じた。旅を通して得た経験の数々、そして仲間たち…それらを通して彼女が得たものは、「自分はけっしてひとりではない」「自分は自分のままでいていい」という自信だった。

 イルム・ザーンを離れると、彼女はさっそくふるさとの母親のところに向かった。それは自分を絶えず苦しめていた問いに一通りの決着がついたため、そしてその上でもう一度自分を見つめ直して、気持ちに整理をつけたいと思ったからだった。

 村に帰り、自分の家のドアを開けると、母親がそこに待っていた。母はティナの姿を見ると、一言ティナに「お帰りなさい」とやさしく声をかけた。

 その母親の姿を見ると、ティナは彼女の胸元に飛び込んで泣きじゃくっていた。
「お母さん…ごめんなさい。私のために苦しい思いをしていたのに、そのことを全然わかっていなくて…」
 しかし母親は、そのティナをやさしく抱きとめてやった。
「ティナ…。気にしないで。あなたの味わった苦しみに比べたら、私なんて全然大したことないから」

 そして、村で過ごすうちに、ティナは敬一に対する思いがますます強くなっていくのを感じた。そのことを母親に話すと、母親は決然として言った。
「行きなさい、ティナ。その敬一さんのところに」
「でも、私は…体のことがあるし、それにそうしたら、お母さんはひとりぼっちに…」
 しかし母親は首を振って言った。
「ティナ…お母さんは自分の娘が幸せになることをこの世の誰よりも願っているの。それに比べたら、私が一人になることなど何でもないわ」
 そして母親はティナの瞳から流れる涙をぬぐって、こう語りかけた。
「あのね…。たしかにあなたを生んだときには不安もあったわ。でも今は正しかったと思ってるの。あなたのお父さんは銀色の髪に赤い瞳を持つ立派なヴァンパイアだったし、そしてその結果生まれたあなたも、こんな立派な娘になって、自分の力で素敵な人を見つけたのだから」
 そしてティナは仲間たちの協力を得て、敬一のいるこの世界に来た。

──敬一はティナの話を黙って聞いていた。ひととおり話が終ると、ティナはもう一度海の方を見た。
「私…ここに来ると、ふと思ってしまうんです。お母さんは今でも、私の家でこうやって湖を眺めてるのかなって…」
敬一はティナの手を取った。
「ティナ、お前のお母さんも、そしてカイルもレミットもみんなも、おまえのことを大事に思ってるよ。その結果おまえが今ここにいるんじゃないか。それに今日はおまえの誕生日だろう」
 ティナは敬一の顔を見つめた。その瞳はうるんでいた。
「さあ…寒くなってきたからそろそろ帰ろうか。家に戻ったら二人でパーティーをやろう。その前に、オレンジシフォンケーキを買っていかなきゃね」
 ティナが黙ってうなづくと、敬一とティナは公園のベンチを立った。冬の日ははやくも暮れかけていて、公園にはオレンジの日射しの中で木々が長い影を落としていた。夕陽に照らされたティナの顔には、いつの間にか微笑みが浮かんでいた。


あとがき

 12月19日はティナの誕生日。何とかせねば…とは思っていましたが、どういうものを書いていいのやら直前まで固まらず、誕生日の直前になって書いている次第です。お前の書く話ってマンネリじゃないか、もうちょっとパターン変えろよとかいわれたらその通りですが、こんなことに構っている余裕はなかったもので。

 小生はティナではなによりも一途さ、そして強さが好きです。しかしそのような彼女の心の奥は…ということで書いてみたのですが、ここに書かれていることはもっと掘り下げてみたいテーマばかりですね。このような即興のお話になっちゃったことをお許し下さい。

 そういうわけで、お誕生日おめでとう、ティナ。

2001年12月19日

Annabel Lee


 文庫TOPへ    ページTOPへ