Present

 街路樹がすっかり葉を落とし、青く澄んだ空がいつもよりぽっかりと広く見える季節。通りには黄色い木の葉が木枯らしに舞っている。店のショーウィンドーは華やかなイルミネーションで飾られ、色とりどりの電球がちかちか点滅している。そして街角のあちこちからはクリスマスソングのBGMが聞こえてきて、コートの襟を立てて歩く人々の足取りも、心なしかうきうきしているように見える。そう、今日はクリスマスイブだ。
 駅前のデパートでも、おもちゃ売り場では子どもへのクリスマスプレゼントを買う親たちがレジの前に列をつくっている。地下の食料品売り場ではクリスマスケーキやスモークチキンが飛ぶような勢いで売れていく。悠紀夫はそのようなデパートの一角で、レジを打ったり商品の包装をしたり、お歳暮の発送に追われたりとてんてこまいしていた。小づかい稼ぎのためにと思ってはじめたバイトだったが、ちょっと包装に手間取ると列をつくっている客から文句を言われたり、レジで代金の計算が合わなかったりと、戸惑ってばかりだ。何度も主任に叱られるうちにすこしは慣れたものの、この人出には悠紀夫もさすがにげんなりしていた。

 休憩時間になって、控え室で腰を下ろして一息ついた。仕事中は気をはらう余裕がなかったが、婦人服売り場にはファッショナブルな服を着たマネキンが何体も立ち並んでいる。そしてアクセサリー売り場ではカップルたちが品定めをしている。

−−おれも今日くらい、こんな服着たカレンと一緒にしゃれたレストランにでも行けたら。

 そうして悠紀夫は、カレン・レカキスと二人でショッピングに出かけたときのことを思い出していた。
 悠紀夫の世界に来てからというもの、カレンはいろいろな服を着るようになった。ときには革ジャンにスリムなジーンズというラフな恰好のときもあったし、落ち着いたフェミニンな装いのときもあった。そしてどれも、彼女にはよく似合っていた。またカレンは食器や家具を選ぶときのセンスもなかなかのもので、二人でショッピングに出かけるのを悠紀夫は何よりも楽しみにしていた。帰りに荷物持ちをやるのはたいてい悠紀夫だったが、それも彼女と二人で買い物をするのの楽しさにくらべれば何でもないと悠紀夫は思っていた。

 カレンが悠紀夫の住むこの世界に来てからもう数カ月が経とうとしている。しかしこうしてカレンがあらためて身近な存在となってみると、これまで彼女に対して抱いていたイメージが変わっていくのを悠紀夫は感じていた。
−−あの旅…悠紀夫がいきなり異世界に飛ばされて、自分の世界に帰るための方法を探していたころのカレンには、何かピンと張りつめたようなものがあった。実際、悠紀夫は彼女はパーティーのまとめ役としてカレンのことをとても頼りにしていた。モンスターとの戦闘にあたっては長剣を手にしてまっ先に斬り込んでいったし、冒険者としての経験もある彼女の豊富な知識がなければあの旅がどうなっていたかわからない。そしてお金に困ったときにはバイトの手伝いもしてくれたし、パーティーメンバーが悩んでいたときには親身になって話し相手になってくれた。しかしそれだけに、悠紀夫はカレンに対して何か近寄りがたいものを感じていた。
 悠紀夫にとってそんな彼女のイメージが変わったのは、カレンが幼いころに母を亡くし、それ以来3人の弟たちの世話を一手に引き受けていたことを知ってからだった。そのときの悠紀夫の胸を借りて泣きじゃくる彼女の姿を見て以来、悠紀夫はカレンをだんだんひとりの女性として認識するようになっていった。そして悠紀夫とカレンとの関係も、だんだん自然なものへと変っていった。

 そうしているうちに休憩時間が終った。悠紀夫はカラフルな包装紙で包まれた小さな小箱をあわててカバンにしまった。――それは悠紀夫がこの日のために、こっそり用意していたものだった。

「ほらほら、ひざを曲げないで。今度はビート板なしでここまで泳ぐのよ」
 同じころ、カレン・レカキスはスポーツクラブの室内プールで、子どもたちを相手に水泳の指導をしていた。カレンは悠紀夫のいるこの世界に来ると、スポーツクラブのインストラクターとして働き始めた。今ではすっかり、スポーツクラブに通う子どもたちの人気者になっている。
「今日はここまで。みんなよくがんばったわね。ところで今日はクリスマスイブだけど、みんなは何をするのかな。」
「ぼくはゲームを買ってもらうんだ」
「わたしはこれから友だちのうちでパーティーをするの」

 子どもたちがシャワーを浴びて勢いよく更衣室に戻るのを見送ると、カレンはしばらくプールサイドに立ったまま子どもたちの後ろ姿を見送っていた。
「どうしたの? カレン。ぼーとしちゃって」
 同僚のインストラクターが声をかけた。
「ああ、故郷にいる私の弟たちのことを思い出してね。元気にしてるかなって…」
「ふーん。カレンってけっこう弟思いなんだ。でもカレンは今日まだ夜間のコースがあるんでしょ? せっかくのイブなのに大変よね」
「ううん、ちょっと遅くなるけど、その後でお楽しみが待ってるから」
「ははーん。さては彼氏がいるのね?」
「ふふふ…内緒よ」

 12月の日が暮れるのは早い。悠紀夫がバイトを終えてデパートを出たときには、すっかり外は真っ暗になっていた。駅前広場はバスがひっきりなしに出入りし、会社帰りのサラリーマンたちや買い物客たちのざわめきが絶えることがない。そして駅を一歩出ると、冬の夜の冷たく澄んだ空気に商店街の明かりがいっそう輝いて見える。
 悠紀夫はこのような駅前広場の一角でカレンを待っているうちに、悠紀夫はふと考えていた。

――あの旅のころはもっとカレンと一緒にいられるような気がしたのに…。

 カレンが悠紀夫の部屋のすぐ隣にアパートを借りて暮らしはじめ、だんだんこの世界になじんでくると、一緒にいられることが少なくなっているように悠紀夫は感じていた。悠紀夫も学校の勉強やバイトが忙しくなったし、スポーツインストラクターという仕事は必ずしも土日が休みになるとは限らない。カレンがこの世界に来たばかりのころは悠紀夫がいろいろなところにカレンを案内してまわっていたし、また毎朝二人で散歩をするという日課はあいかわらずだったが、カレンとデートをする間隔は以前に比べて延び延びになっていた。

――たしかにおれはカレンの「冒険者」としての顔しか知らない。でもカレンもおれと出会うまでは弟たちの世話をしたりしながら、こうやって何気ない日々を過ごしていたんだ。こうしてみると、確かにカレンについて何も知らないのは当たり前かもしれないけど…。

 悠紀夫はあらためて今までに抱いていたカレンのイメージと今のカレンの姿とのギャップに戸惑っていた。

 悠紀夫がそんなことを考えながら駅前広場の片隅にたたずんでいるうちに、背後で声がした。
「待った? 悠紀夫クン」

 悠紀夫が振り返ると、そこにはカレンの姿があった。彼女は灰色のロングコートを着て、コートの裾からは革のブーツがのぞいている。
「いや…全然。それよりカレン、クリスマスについて以前おれが話したとき、さっそく自分たちもパーティーをしようとか言ってなかったっけ」
「準備ならほとんどできてるけど。それじゃあうちに来てくれない?」

 近くのスーパーで食料品とパーティー用品を買い込み、二人で夜道を歩いてアパートのカレンの部屋に戻ると、カレンはすぐにコートを脱いで電気をつけ、台所へと向かった。
「じゃあ悠紀夫クンも手伝ってね」
「わかったよ。とりあえずおれは盛り付けでいいかな? でもカレン、今日ちゃんと帰ってすぐパーティーを開けるように準備も整えて、ケーキまで焼いてたんだ」
「ごめんね。今まで内緒にしてて」
「いや、今日何をするかくらいわかってたよ。おれとカレンとの間に隠しごとなんかいらないだろう」
「それもそうよね」

 しばらく悠紀夫は野菜を洗って切り、それを食器に盛り付けた。それが一段落すると、ふと手を止めて隣で料理をしているカレンの方を向き直した。――慣れた手つきで包丁をさばいているカレンは、旅の途中いつもバンダナで束ねていた豊かな金髪を今は背中まで垂らしている。そして今彼女が着ている服は、淡いトーンのセーターにチェックの模様が入ったロングスカート。長剣を巧みに操る冒険者としての厳しい表情とはまるで違った、普通の若い女性としての表情がそこにあった。
「どうしたの? 悠紀夫クン。ボーッとしちゃって」
「いや…。なんでもないよ。」

 ひととおりパーティーの準備が終り悠紀夫が席につくと、カレンはワインの栓を抜いてグラスに注いだ。
「カレンって酒も飲めるんだ」
「強くはないけどね。今日だけは特別よ」
そしてカレンも悠紀夫と向かい合って席につくと、二人で軽くグラスを重ねた。
 しばらく悠紀夫はカレンの料理に舌鼓をうった。
「あいかわらずカレンの料理ってうまいよな。おれもカレンがここに来てからいろいろ教えてもらったけど、なかなかうまくいかないよ」
「そうかしら。悠紀夫クンもなかなかいい線いってると思うけど。慣れたらそのうちうまくなるわよ」
「若葉…リリトと一緒に過ごしてるんだよな。若葉も料理うまくなったかな? それにウェンディも…」
「大丈夫よ。若葉はすごくがんばり屋だもの。…それにウェンディは料理コンテストで優勝するほどの腕の持ち主だし、あの子は人の心がわかる優しい子だわ。あの二人のことなら心配いらないわよ」
「それにしても、こんな楽しいクリスマスは久しぶりだよ。おれが子どものときはおふくろがケーキを焼いてくれて、朝起きたら枕元にサンタさんのプレゼントがあるとわくわくしながら寝たものだけど」
「そうなの…。悠紀夫クンの世界にも楽しい行事があるのね」
カレンの表情を見て、悠紀夫はカレンが母親を早く亡くしてその後弟たちの世話を一人でしていたことに気づいた。
「いや…ごめん、カレン。ちょっと無神経なこと言っちゃって」
「えっ…、そんなの全然気にしてないわよ」
「ねえカレン…今までこうやってパーティーをしたことってあったの?」
「ああ。弟たちの誕生日とかカーニバルの日とかには、せめて弟には寂しい思いをさせたくないと思ってね」
「カレン…そんなに弟思いだったんだ」
「いや…弟たちのためというより、自分に負けたくなかったから。でもあのとき気づいたの。泣きたいときには泣いてもいいんだってね。そう考えたら、気分がすーっと楽になって…」
「もういいよ。今日はこんなことばかり考えるのはよして、楽しくパーティーをしようじゃないか」
「うん…そうよね」

 夕食が終り、後片付けもすむと、カレンと悠紀夫は二人で窓の外を見つめた。外にはいつの間にか粉雪が舞いはじめていて、無数の雪の粒が街灯のにぶい光に照らされてキラキラと光っていた。そしてその彼方では、遠くのビル街の明かりがにじんで見えた。
「きれい…。あっちにいたころは夜はもっと暗くて、こんな明かりがついてることなんかなかったのに」
 そのとき悠紀夫は、街の明かりを見つめるカレンの瞳に少し寂しげな影があるのに気づいた。
「あのさ…カレン。元いた世界を思い出すこととかない?」「ううん、そりゃここに来るときには、ちょっとは迷いもあったわよ。でも弟たちも、そして若葉もウェンディも、みんなが私のことを励ましてくれたもの」
「あのさ…カレン。ちょっとこっち向いて」
 カレンが悠紀夫の方を向き直すと、悠紀夫は箱から取り出したネックレスをカレンの首にかけた。
 カレンはしばらく呆気にとられていた。
「どうしたの? これ」
「おれからのプレゼントだよ。…ちょっと安物だけど」
 少々ばつが悪そうに言う悠紀夫に、カレンは笑顔で答えた。
「ううん、安物かどうかなんて関係ないわ。悠紀夫クンのその気持ちがうれしいの」
そう言ってカレンは、悠紀夫を両腕で抱きとめ、二人で口づけを交わした。


あとがき

 もっとお話も増やさねば…と思い、新作をアップしました。とはいえ…何で今ごろクリスマスの話やねん、季節はずれもいいとこじゃないか…というつっこみは却下です。このお話はクリスマスのときに思いついたのですが、なかなかうまく話がまとまらないうちにクリスマスはおろか桜も散った今の時期になってしまいました。って、この話、「話がまとまらない」なんて言えるほど長い話かねえ。

 このお話では、ちょっと洗練されたラブロマンスを書いてみたいと思ったのですが、かなり前作と同工異曲な部分がありますね。小生の発想なんてだいたいそんなものです。なお小生は店の売り子という仕事をやったことがないし、まして小さいときにスイミングスクールに通っていたことはあるものの、スポーツインストラクターなんてどんな仕事なのかさっぱりわからんので不備はあるかと思いますが、この点はご了承下さい。

 カレンについては、頼れるお姉さんとしてエタメロ二次創作で重宝されているキャラですが、彼女の持っている凛々しさと優しさ・繊細さという二面性に注目して書いてみました。それでもやっぱりオリジナルとかなりイメージがずれてるなあ。なお、「カレンはどんな服を着ても似合う」というのは小生の実感です。そこのところもカレンの性格の現れでしょうが、小生がもう少し絵が描けるならいろいろな服を着せてみるのも面白そうなのに…と思うと残念です。でもカレンって、けっこう表情とか見ても描くの難しそうですしね。

 そういうわけで、感想等聞かせてくれると嬉しいです。これからしばらくは、書きかけの楊雲話に全力を注ぎたいと思っております。(今度こそは時期外れにならないようにしなきゃね。)


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