マイフレンド

 楊雲は狭い路地をひとりで歩いていた。両手にはあちこちの店で買い込んできた食材や品物をかかえている。

 楊雲は旅を終えてから、影の民の故郷から出てきた美月と一緒に街で新しい生活をはじめた。街の人々も二人を暖かく迎えてくれて、やっと生活も軌道に乗りかけたばかりだった。

 ふと楊雲は路地で後ろを振り返った。建物の陰になって昼なお暗い路地裏の景色を眺めていると、彼女の心の中に一つの考えが浮んできた。

──あの人とはじめて会ったのも、このような通りだった。魔法使いや占い師の多くいる、「まじない通り」でひとり佇んでいたら…。

 そう、確かに楊雲が「彼」に出会ったのも、彼女が暮らしていたパーリアという街の裏路地だった。そのころの楊雲は、他人に背を向けて、自分の持つ霊力に対するコンプレックスのためにがんじがらめになっていた。何者も、いや自分自身すら信じることができない、孤独な世界の中に生きていた彼女が新しい生活をはじめることができるようになったのも、あの旅があったからだった。

 楊雲はしばらく路地に立ったまま、ぼんやりといろいろなことを思い出していた。

──何ぼっとしてたんだろう。早く帰らなければ。

 そして楊雲は幸せを呼ぶという天紅石のネックレスに手をかけて、美月の待つ家へと向かった。

 家に帰ると、美月が声をかけた。

「楊雲さん、ティナさんから手紙が来ています」

 楊雲は手紙を受け取った。ティナ・ハーヴェル…褐色の長い髪をした少女、彼女の旅の仲間のひとり。楊雲はさっそく封を切った。

「親愛なる楊雲さま。

 お元気でしょうか。私はふるさとの村で過ごしています。体調もすっかり良くなりました。

 もうすぐ楊雲さんの誕生日ですね。この日はちょうど街に出かける予定があるので、そのときに楊雲さんにぜひお会いしたいと思っています。リラさんにも手紙を出したところ、リラさんもぜひみんなを集めて楊雲さんの誕生パーティーをやろうと言っていました。お会いできるのを楽しみにしています。

草々。

ティナ・ハーヴェル」

 楊雲は手紙をたたんで、旅のことを思い出していた。

 あの旅…突然別の世界から迷いこんできた青年と、楊雲、ティナ、カネには少々うるさいがさっぱりした性格の盗賊娘、リラ・マイム、そしておしゃべりな妖精フィリーとの珍道中。

 楊雲ははじめ、自分がいるために皆にまで危害が及ぶのではないかと気にかけていた。しかし、旅の仲間たちはそのような楊雲に対して、あくまでメンバーの一員として接してくれた。楊雲が自分の能力のためにコンプレックスにとらわれそうになったときには、彼女のそばにいて勇気づけてくれた。黄泉の口が開きかけてそこから妖気があふれ出したときも、自分一人が犠牲になればという楊雲に対して、みんなが彼女に力を貸してくれたおかげで無事に黄泉の口を封じることができた。そして楊雲は気づいた…ティナもリラも、自分と同じような悩みをかかえていたことに。

「どうしたのですか? 楊雲さま」

 美月に声をかけられて、楊雲はふと我にかえった。

「い、いや…何でもないの、美月」

 楊雲はちょっとはにかんだ表情を見せて、手紙の内容を美月に話した。

「でも…私は自分のためにパーティーを開いてもらったことなんて今までなかったから…」

「いいではありませんか。これで皆さんとも会えるのですから」

 そう言って美月も笑顔を浮かべた。美月も今までこうやって笑顔を浮かべることなんて今までなかった…楊雲はふとそのようなことを考えていた。

 そして楊雲の誕生日。楊雲の家にはティナとリラばかりでなく、カイルやレミットのパーティーに加わっていたメンバーも集まった。魔宝をめぐって競争したライバル同士も、今ではすっかり気のあう仲間どうしだ。料理に腕をふるうウェンディ、相変わらずの食欲と陽気な性格でパーティーを盛り上げるアルザ、自分のつくった花束をプレゼントするキャラット…。

 久しぶりに顔を合わせたメンバーと旅の思い出やその後のことなど、いろいろな話に花を咲かせているうちに、楊雲の表情もいつしかほころびていた。あの旅に出るまではひとりだった自分にも、今ではこんなにたくさんの仲間がいる…そう思うだけで、楊雲は心の中に暖かいものが浮かんでくるのを感じた。

 パーティーがおひらきになったころ、リラが楊雲に声をかけた。

「楊雲、楽しそうじゃん。パーティー開いてよかったよ」

「い、いえ…ありがとうございます」

 楊雲が礼を言うと、ティナも二人に話しかけた。

「…あの、もしよかったら、三人でもう少しお話しませんか?」

 テーブルに腰を下ろして、美月のたてたお茶を飲むと、三人はほっと息をついた。

「あーあ、何かくたびれちゃった。慣れない恰好はするもんじゃないわね」

 そう言うリラは、今日はかわいい感じの服を着ている。ティナにほめられると、リラは顔を赤くして言った。

「しょうがないでしょ。あたしだってこういうときくらいは、少しは身だしなみというものに気を使うわよ」

 ティナがばつの悪そうな表情を浮かべるのを見て、楊雲もついつられてほほ笑んでしまった。そういう楊雲も、いつもよりも着飾った、パーティー用の服を着ている。

「…でも楊雲も変ったよね。あたしさ、楊雲のことはじめはつきあいにくいと思ってたけど、あんたがこれまでいろいろなことに耐えてたことわかって、やっぱりすごいなと思ったんだ」

「そんなことありませんよ。私はリラさんが旅先で動物にやさしくしてるのを見て、私にはこんな風にできるだろうかと思ってたんです」

「何言ってんのよ。あんただって子どもが死霊にいけにえにされようとしたとき、その子どもを助けてたじゃん」

「そうですよ。私はあのとき、楊雲さんが死霊を封じるのを見て、すごいと思いました」

 ティナも口を開いた。

「でもティナさん…あなたも私と同じように、自分の『血』のために苦しんでいたんですね。実を言うと私、あなたとはじめて顔を合わせたときから、うすうす気がついてはいたんです。…あなたが普通の人とは違う『気』を発していることに」

 ティナはそう言われて、ちょっと戸惑いの表情を浮かべた。

「そんな…。私も確かに、自分の力に変にとらわれすぎて、その結果変に心を閉ざしていたかもしれません。でも黄泉の口が開きかけたとき、楊雲さんは自分が犠牲になればと言っていたけど、そのとき私は確かに思ったんです。私も自分の力を出して、楊雲さん、そしてみんなを守りたいということに」

「そうよ。あのときはみんなが力を合わせたから、楊雲の命だって助かったんじゃん。言っちゃ悪いけど、あたしはあのとき、楊雲があんなこと言うのを聞いて、ぶんなぐってやろうかと思ったんだ。いったい何のために、あたしたちは楊雲と一緒に旅をしてきたんだってね」

 リラに言われると、楊雲は顔を赤くした。ティナは話を続けた。

「そしてみんなの力で黄泉の口を封じることができたとき、そしてそれからの楊雲さんを見ていて、私も気がついたんです。勇気を持つことがどんなに大切かを。…そして自分だってもっと自分を好きになっていいんだって」

「そんな…ティナさんの苦しみに比べたら、私なんか…」

 しかし楊雲がそう言っても、ティナの表情は澄みわたっていた。

「楊雲さん、私もあの人に会うまでは、ほんとうに自分のことをわかってくれる人なんていないと思ってたんです。そして楊雲さんも今、こうして私たちと一緒にいるじゃないですか」

 リラが二人の話の間に割って入った。

「何二人で辛気くさくなってるのよ。あたしにしてみりゃ楊雲は楊雲、ティナはティナ。影の民とかヴァンパイアとか、そんなの関係ないじゃん。そしてみんな、あたしの大切な、何にもかえられない仲間だよ」

 しかしそう言われたときの楊雲の表情に、もはや以前のようなはりつめたものはなかった。…まるで心の中にはりつめていた氷が溶けて、澄んだ水になって流れ出したかのように。

「そうですよね。あの人も皆さんも、私の大切な人ですから」

 楊雲はしっかりと答えた。リラもティナも、その楊雲の表情を明るく見ていた。

 そのとき三人のいる部屋のドアが開いて、みんなが入ってきた。先頭を切って、アルザが声をかけた。

「これから二次会やるで。楊雲もみんなもはよきーや」

「そうですね。行きましょう」

 楊雲はリラやティナと一緒に、テーブルを立ってみんなの方に向った。


あとがき

 このお話は読んでおわかりのように、楊雲お誕生日スペシャルです。あとわかる人にはわかるでしょうが、藤井和彦さんの影響がかなり入っています。もっと多くのキャラをだしてわいわいとやりたいという気もしたのですが、あまりキャラを出し過ぎるのも話が散漫になるので、このようなものになりました。

 楊雲とティナは「自分が普通の人と違う」ということに対してコンプレックスを感じているという点でかなり共通するものがあるので、この二人の関係についてはもっと掘り下げてみたいと思っていました。EMってゲーム中では主人公と各キャラの関係は書かれるけど、そのキャラ相互の関係はわからないんですね。まあそこに想像力の働く余地があるのかもしれませんが。

 あのこの話はイルム・ザーン後という設定になってるのですが、主人公君はいったいどうなったんでしょうね(苦笑)。まあ小説版も似たような設定になっていたから、これでよしと…していいのかなあ。

 最後に、お誕生日おめでとう、楊雲。今年もこの日を皆さんと祝うことができるのを何よりの喜びとしたいです。

2002年2月9日

Annabel Lee


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