ボヤキ
★ 2001年1月のボヤキ ★
(今月より時系列を逆転、いわゆる掲示板方式に変更しました)
31日 兼高かおるは来ない…
扇町ニュージアムスクエア(OMS)が主催し、私も時々お世話になっている異種格闘
系乱入座談会『トーキング・アバウト』で今回、
『兼高かおるは来ない 〜インド編〜』
というお題にて、我が贔屓の印度料理店ジャイプールにていろいろ集まっておしゃべり
するというのでこれは是非行かねば、と開始時間の7時頃に行ってみれば……だーれも
いない(涙)。
阿部さんもちとお困りの様子。
だけども10分もしないウチにゴッチーさんや主催のYさんも来られ、気づいてみれば
7人も集まっていた。
話の内容も通信社勤務の方やゴッチーさんもいた事もあって、インドを通り越して世界
の危険地帯について熱く語ってしまった……かなり脱線したが、こういうのもトーキン
グ・アバウトの良さでもある。
ただ、インドに行きた〜い、という女性の二人組は、ちょっとつまらなそう。だが、阿
部さん、インドならオレに任せろ、と言わんばかりに店などそっちのけでインド観光情
報を熱心に教えていおられていたのがちょっと印象的(縛)。
話も盛り上がり、そこそこに会は終了したのだがちと食い足りない。
そうだ、堺筋線に乗ることだし『さかなのさけ』にでも寄ってみよう、と足を運ぶ。
店をくぐると、もう10時前だからかお客が少ないなぁ、なんて思っていたら見慣れた
頭もとい顔(陳謝)。
なんと、瀬良坊さんがチビチビとしているではないか。やはり、
『瀬良坊さんがきたらお客少ないねん』
というマスター・田中さんの格言は全くその通りなのである。
けど、瀬良さん「今日はさっきまで一杯で、狭く飲んでましたんやで」と反論。まぁ、
そのへんで赦してあげよう(親心)。
また、月末は給料日なので来たとのこと、しまった、おごってもらおうかな、と頭に
邪念がよぎったが、近い将来に旅に出られるそうなので、それもやめておく。
そして、ふと見ればこの時間には珍しく飯が売り切れず残っている。
すかさず『雑炊』を注文し、がっつく。
うまい、美味いのだ……。けど、飯だけ注文してすんません、田中さん(陳謝)。
久々に瀬良さんと話できたので時間を忘れ、なんやかんやで終電近くにまでなってしま
い、あわてて駅へと。
いそがしかったが、いい一日だった。
29日 ご意見係? クレーム対応係?
昨日に見た『世界遺産』はとっても良かった。
だってブラジルのオリンダだぜ……その昔、植民してきたポルトガル人がそこの光景を
見て、
「オー、リンダぁ〜」
ってつぶやいたのがその町の名前の由来という、私的にはすっごく好きで絶対に一度は
訪れてみたいところなのである。
だが、そこで流れていた曲がとっても素晴らしかったのだが、なんという曲なのかが
解らないので、『世界遺産』のHPにて検索。
ここのHPでは音楽リストがあって、その日に流れた曲のリストが掲示されていて嬉し
い限り。だが、ここ数週間、いままでのようにどこにCMを挟んだのかというのもなく、
曲順がちゃんと並べられているのかどうかも疑わしいくらいにおざなりなのである。
なのでメールにて曲の問い合わせと改善点について送ったところ、10分もしないウ
チにTBSの女性担当者から返事が文責(署名)付でやって来た。
しかし、
> 世界遺産の音楽に関しましては
> 放送後1週間以降にミュージックリストが掲載されます。
> それまでしばし、お待ちくださいませ。
という一文を付けただけで、さっさとレスしてきやがった。
おいおい、どういうことなんだ。
既に音楽リストはネット上で公開されているし、全く我が意を解することなく雛形つけ
て返事しただけ……そんな態度はちょっと違うのではないのか?
かなり腹が立ったので、その点の指摘と最初の問い合わせを兼ねて再度送信。
今度はぴったし15分後に返事がくる。
そこには、
> 雛型をつけたわけではありません。
> 選曲リストに関しては1週間後でないと訂正版が入ることもあり、
> 即座にお答えできないのが現状です。
> スタッフもギリギリのところでよい番組をつくろうと努力しております。
> そのため、インターネットスタッフも曲リスト作成のために
> 選曲を怠ってはいけないと思い、選曲担当に「1週間後を目途にして下さい」という
> 返答を致しました。
とある、それならそうと最初からそう書いてくれよ。
雛形という言葉にはキッチリと反応してるのが気に入らない、それに同じ血の通った人
間同士、もうちと考えられる表現ってモノがあるんじゃないか?
明らかに『雛形』としか思えないよ、最初の返信はね。
さらに音楽リストについても、
> ミュージックリストに関しましても普段徹夜を続けて選曲している担当の
> 負担にならない程度にHP用のデータを下さいというようにお願いしている
> ため今後訂正版がこない場合は、それ以上のお答えをすることができません。
それもそれでわかる。しかし、今までのクオリティを損なうのはいかがなものか?
インターネットってのは、テレビ局にしたら敵であって儲けにもならない単なる『ボラ
ンティア』でしかないのであろう。気持ちは解るけれどもちとナメすぎじゃないか。
いままで、かなり高い質で音楽リストを提供していたのに、最近の質の低下ははっきり
言ってサービスの低下に他ならない。
そりゃ、音楽担当者はどんな曲なのか解っているはず。だが、そんなことなど全くの素
人で無知な視聴者にまで配慮しなければ、という気持ちが欠けているのは確かだ。
そして『担当の負担』と言うが、どんな音楽をいつ、何処の場面で放映したのかとい
う情報は、番組プログラムを打ち込むときにデータとして残っているはずである、それ
を引き出せないインターネット担当者達は一体何をしているのだ?
ちゃんとすれば、かなりのご質問メールは減らすことが出来る、と強く制作者サイドに
言えないのか?
また、その直後に
> HPのために本来の業務を圧迫しては本末転倒だからです。
このことは私も重々承知しているつもりである。いい番組あっての世界遺産だから。
だが、ここの番組のありがたいスポンサー様は番組に流されていた曲を一発で検索でき
るようなシステムを近々発表するという。しっかりと『世界遺産HP』に宣伝バナー貼
っているじゃないか。スグに検索できるシステムはもう構築しているはずだ、そんな苦
労は番組担当者に思いっきり徹夜させてまでやらせておいてよく言うね。
それと、
> 日常の業務に加え、1日に100件単位(世界遺産に限らず他のドラマの
> コンテンツを担当しております)の問い合わせのメール&電話を頂き、
> すべてに希望にお答えはできません。現在のメールの時間をご覧頂いて
> もお分かりかと思います。
なら、なんでこんな夜中の送信にも拘わらず、わずか10分で返信してくるのだ?
この時間帯があなた方の勤務時間なんだろう、ちょっと論点をずらしてきているぞ。
私にそう泣きつからなくても、いろいろな方々に対応する係の方の苦労、よくよくわか
るけれども、本当に担当者の署名に意味するモノはなにか? というのに若干欠如して
とも感じる。
別に、担当者をここでつるし上げしようなど思ってはいない、逆にこういった視聴者
対応セクションの人達の苦労がヒシヒシと伝わってくるのが、私にも耐えられない。
ただ、そのことを現場の人間や上層部は解っているのか?
どうも彼女の他の文章から察するに、まったく視聴者やインターネットセクションの意
見というのは全くと言っていいほど伝わったとしてもシカトされているのであろう。
『よりよい番組をつくるために』
っていう理由のために。
しかし、インターネットも一つの媒体であることは確かなのである。
それを今まで行ってきた質を落としてまで『やってるで』という態度は納得いかない。
これがこの番組の大スポンサー様だったら、このようなことはしないだろう。
いくらインターネット上でも、ちょっとした質の低下が会社全体のイメージを下げ、直
接に損害が生じることを。
なかなかに矛盾した返答、視聴者からの意見はほとんど活かされない体質……TBS
さんよ、こういった話はもうちと別の次元で取り上げるべきなのかなぁ?
『人』という漢字に模したあれは、たんなるオブジェなの?
クレームいやご意見の担当の方々は可哀想だな、ということを知ったのは良い勉強になった。
28日 暴走と偶然と
(27日から続く)
今日も池さん家で寝ることなく笑い続けてしまった。
7時にはみんな寝だしてワシも寝ようかな、と思っていたら、早く仕事に出ないといけ
ない灘さん達と共に池さんも起きてきた。
しかし、起きてからなんでか池さん絶好調!
なんと昼過ぎまでみんな笑い居続けていたけど、マハラニ(妹)さんだけはあんなに大
声だったのにも拘わらず横で爆睡……かなりお疲れだったようだ。
やっと片づけをして駅へと向かい、湖西線に乗って京都駅へ。
しかし、池さんの暴走は止まることなくさらに加速、その勢いは新福菜館ででも衰える
ことなく、とうとう壊れだす。
もう誰も大爆笑しまくりの池さんを止めることは出来ない……ラーメン屋で2時間近く
粘った客はそういないだろう。
なんとのこさ池さんの呪縛から解放され、大阪へと戻る。
一緒に乗ったマハラニさんやエノモトさんの憔悴しきった顔が夕焼けに映えていたのが
ちと印象的であった。
大阪に戻り、ロフトへ行ってカウンタ記念商品を買い直し、しんどいので飛天の横の
スタバでお茶飲んでたら、外国人の女性と日本人の男性が横で楽しそうに談笑。
ちょっと大声でなにやらしゃべっているので聞いてみると、なんと私の大好きな
『メカーノ』
について話しているではないか、これは驚いた、メカーノを知っている人が日本でしか
も真横にいたなんて!
おもわづ私もその話に飛び入りで参加、たまたまメカーノのCDを持っていたこともあ
って、ずっとしゃべってしまい、家に着いたのが夜の10時。
けど、その男性は『いろいろ教えてくれてありがとう』と飯までおごってくれ(近くの
古箪ラーメン)たんだけど、お互い名前を聞かなかったのが残念だった。
外国人の女性はイタリア人で名前はKさんというのは教えて貰ったけど、この人日本語
すっごい上手いの、なんと14歳から日本にいるんだって。(実年齢不明・わしらくら
いの方だった)
とっても疲れたが、そんな疲れも感じないくらい充実した一日であった。
しかしあの方の名前くらい聞けばよかった。丁度名刺持ってなかったのが悔やまれる。
なんか、またどこかで会いそうだけどね。
27日 復活失敗
仕事が思いのほかはかどり、昼食まで時間があったので先週爆死したソウルの傘君は
直せないものかと努力。
意外と傘というモノは単純な構造である事がわかった、ちょうどサイズに合う針金のス
トックがあるのでラクラクに修理完了。
具合も良く嬉しいねぇ、なんて勢いよく開いた瞬間、
ボキッ!
と骨が折れてしまいやがった。
ここまで壊れてしまったら直らないのだ。
やっぱ、韓国まで買いに行かねばならないのかぁ(はぁ)。
長い付き合いだっただけに残念で仕方がない。
気を取り直して、池さん家へと向かう。
今日は新年会の打ち上げ、さぁ喰うぞ。
と思いながらも電車内でマネケンのワッフルやらジュースやら飲み食い。
けど、ワシにはそんな程度は効かないのだ(ははは)。
和迩駅には少し早めに着いたけど、次の電車でみんなが揃って平和堂へ買い出しに。
そこで、
『マロニーはダメ、鍋は春雨でなくちゃぁねぇ!』
と、アツく語りだしたようしゃんさんの姿が印象的であった。
本日の鍋はキダさんプレゼンツ『ちゃんこ』。
もう、美味いのなんの。
我が舌はしゃべりにも食事にも絶好調。もう幸せなの。
その後もしゃべりは続き、朝を迎えてしまった。
たまには池さん家でゆっくり寝てみたいと思うこのごろである。
24日 幸せ
今日は雨が降らないのが幸いして、先延ばしに延びていた野外作業を行う。
しかしながら、路地裏での作業のため当然日光など当たることがないので暗く、なおか
つビルとビルの隙間なので風は冷たく防寒着など軽く突き抜け痛いくらいにキツい。
なので、外気温は2度なれど体感気温はそれよりもはるかに低く、目なんか風が吹くた
びに開けられないくらいに涙があふれそれが凍ったように神経を攻撃してくる。
しかも機材も凍りついたかのように冷たく、手に触れることを頑なに拒む。
ついに足元も痛くなってきてなんだか頭もぼんやりとしてきた。
ほんとうにここが大阪の都心部なのか? と疑いながらも、やっとのこさ休憩が入り
急ぎ外へ出た途端、お日様の光とほんわりとした暖かさが我が身を優しく包んできた。
ああああああああ〜っ……
もう幸せ(うっとり)。
数分の間であったが、今年に入って一番の至福のひととき。
ひなたぼっこって、いいよねぇ。 か・い・か・ん。
22日 せんすがいいのやら、わるいのやら
仕事でよく訪れる大阪法務局・本局の一階にトイレがるのだが、そこの身障者用個室
にいっつも気になる落書がある。
そこには身障者さんのために非常用押ボタンがあるのだが、法務局には入国管理局(イ
ミグレ)もあるので国際色豊かなためか、そのボタンの下には、
という手書きの張紙があり、その真下に
『つけものにさわるな』
って落書きがあったのである。
そうか、中国簡略漢字なのでそう見えるのも無理はないが、はじめてみた数年前はこの
落書きに感動した。オモロイねー、これって。
いままでずっとあった落書きなのに、なんで今日になって消されてしまったのか……。
まぁお堅い場所なのでしかたないのだが、せっかくのセンスの良い落書だったのに大い
に残念ではある。
20日 旧き友、爆死
朝に仕事を終え、道頓堀の銭湯でひとっ風呂したあと、帰ろうかなと傘を開いた瞬間、
バン
という大きな音とともにばびよーんと傘は吹っ飛んでしまったのである。
ソウルでこいつに出会ってもう6年、とうとう寿命がきてしまったようだ。
どうやっても開ききったままm直らないので、無理矢理にしめて持つことにする。
しかし外は大雨、走ったが駅につくまでにもうびしょびしょ。
ジャイプールに昼飯を食いにいく予定だったので、待ち合わせたFさんに友人の爆死を
伝え、傘を見せるとオオウケ。
その後、ジャイプール店長・阿部さんに年末旅行の報告をし美味いランチをいただく。
ここのカレーは本当に美味い、けど2月下旬からコックが帰郷するので一月半は店を閉
めないといけないとか。大変そうだ……だけどその間はインド旅行に行くとうれしそう
におっしゃっていたので同情してちょっと損したのだ(笑)。
昼休憩に入る時間を軽くオーバーしてしまうくらいしゃべりまくり、申し訳ない気分で
退店。すんません、腰が重くて。
それから、心斎橋のインド料理店でチャイをご馳走になりながらリムカ情報を集める
と、やはり大阪いや日本では手に入らないという。
それに私のリムカでの夢を語ると印度人さんたちの目が点に……悪かったなぁ(縛)。
そのあと、近くに寄ったので『さかなのさけ』でのんびりと一献。
隣り合わせた家族と意気投合し、いろいろ話すうち、以前、街中で見かけたこれ、

『シャア専用』Tシャツ
(画像情報提供:しいたけさま)
を私たちも見たよ、と言うではないか! やはりあれは見間違いではなかったのだ。
しかし、いったいどこでうられているんだ? 大いなるなぞである。
(後日、このTシャツは\3,900もし、現在では入手困難だとか。)
けど、キャラメルアイスを先に食べちゃってごめんね。>かわいいお嬢ちゃんたち
17日 増殖・うえだっち
仕事が5時を越え、難波に着いたのがもう7時を越えていたので、夕飯を食うがてら
にネットカフェで掲示板チェック。
すると、何者かの気配がするので横を見れば、なんと、うえだっちさんがグラスを握り
しめながらニヤーッと微笑んでいるではないか。
ビビッた〜。
そしてすかさず、
「いつかは、ここで出会うとおもったよー。」
と、なんてストーカーばりの恐ろしい一言。
ほんまに怖かったぞい。
それはさておき、それからいろいろと話し、飯(蕎麦)も喰って別れたのが11時半。
すんまそん、ここまで長居させてしまって。>うえだっちさん
ワシも結構疲れたので、よく眠れた。
けどうえだっちさん、あそこで何をしてたの?
15日 不思議な写真展
朝から外回りの仕事。
だが昼食時、プラチナカードを持ってくるのを忘れ、餃子二人前を払わねばならないは
めに……ちくしょー、昨日新年会に持っていったのをすっかり忘れてた。
それから富田林にある府民センターへ行き仕事を済ませ、休憩がてら一階のロビーで缶
入ウーロン茶を飲もうとソファに座ると目の前に写真のパネルが並んでいる。
ふむふむ……『平成12年度「秋の金剛山」ネイチャーフォト撮影会・入選』
とある。なるほど、素晴らしい写真が並んであるが、なにかが違う。
そう、入選作品の半分におんなじネエちゃんが写っているのだ。
しかも思いっきりポーズとりまくっとるし……(汗)。
上位賞も半分に同じネエちゃん、特に特選の一枚なんかその子のドアップでバックの景
色がピンぼけしまくっている、これの何処が「ネイチャー」なんだ?
これでは『ネイチャー・フォト』ならぬ、『ネエちゃん・フォト』じゃなぇか。
うーん、こんな撮影会なら府民センターで発表しなきゃいいのに、とツッコミたくなる
が、こういったなかなかひねりの利いたセンス、私は大好きだぁ。
やるんなら是非、府庁本庁舎玄関でやってくれ。
14日 今日は新年会
昼は明日のために仕事をちょこちょことこなし、近くの銭湯でサッパリとした後、鶴
橋駅へ向かう。
そうなのだ、今日は新年会の日。
しかもワシ、幹事。
集合場所へ向かう間、一つのことが気になっていた。
それは『アリラン別館にみんなが入ることが出きるのか?』である。
一応キャパが48人とは聞いているし、実際使ったこともあるので大丈夫だとは思うが、
今回は告知の段階から30人は集まり、もしかしたら50人は越えてしまうのではない
か……という心配ばかりが頭をよぎってしまう。
集合時間の5分前に着いたのだがもう15人は来ている、そして続々と集まる参加者。
それに半分くらいはワシも池さんも顔を知らないときている……いったいなんの新年会
なのだ? とグサっとくる言葉も聞こえたが、こんなに来ていただいて幹事としてはた
だただ感謝なのであります。
まだ10人ほど来ていないが、改札口は我々で満杯状態で他のお客さんに迷惑をきたし
ている。それにみんな腹減った状態で殺気立ってきている。
なので、先発隊として先に会場へ向かう。
しかし、こんな長い行列で鶴橋市場を歩くのは壮観である。
なんとか誰も『鶴橋迷宮』で迷子になることなく無事に到着。
内ではママさんやほかのアジュマさんたちが準備に追われている。
なんとかみんなを会場に入ってもらい、後のことをマハラニ姉妹にお頼みしてまだ集ま
っていない方々を回収するために私だけ再び鶴橋駅へと走り、なんとか大半の方々を回
して戻ると、なにやらエエ匂いが。
なんと、もう宴会が始まっているではないか。
あちゃー!
けど待たせるのも悪かったので、誰かが機転を利かせて始めてくれたのだろう。
ちと感謝。
その後、とりなおして池彼方さんによる乾杯。
んが、ワシは奥でくじ引きの賞品をより分けるために大忙し。
その時もマハラニさんに手伝ってもらった……大感謝っす、マハラニさん。
やっと用意が完了、即座にくじ引きを始めることにする。
しかし、今回ほど『当たるべくして当たる人に当たった』年はない。
別に裏でこっそりと操作してるんとちゃうか? と自分が思う程であった。
皆さんは満足いただけましたでしょうか?
料理はキムチなどの付出し・ドングリムク・チャプチェ(春雨)・イカフェ(イカの
韓国風刺身あえ)・チジミ(韓国風お好焼き)・サンギョップサル(豚バラ肉の焼肉)
&サンチュ・テッチャン鍋&うどん・全州ビビンバ(石焼ビビンバ)で、酒にはビール
と焼酎・トンドン酒(マッコリ・手作りの味、それを『密○酒』ともいう)が出た。
しかし、この日は本館でも宴会があってトンドン酒が瓶に10杯分しか用意できなかっ
たのが残念である。しかし、当初予想人数よりも多くの方に来ていただいたので、数が
足りなかったのは確かで、仕方ない。
「まだ足りない」というかたには泣いてもらった。(大陳謝)
けど、皆さんよく食べて下さり、ほとんど残ることなく宴会が終えたのは嬉しかった
です。しかし本当は3500円で事前に手を打っていたのだが、予想以上の参加人数で
あったため、お店の方が本店まで手が回らなかったことと、料理を少々増やしてくれた
り格上げしてくれ(ご飯→石焼きビビンバに)たり、少ないトンドン酒を本店から持っ
てきてくれ、会場も9時半過ぎまで使ってくれていいよ、と言ってくれた事もあって、
一人4000円と予算オーバーになってしまったのは本当にすいませんでした(陳謝)。
しかし、他店よりは安くて美味くてボリュームのある店ですし、皆さんエエ顔しなが
ら大声でしゃべっていたので、満足していただけたのではないかと思っております。
皆様、寒い中お集まりいただき、ありがとうございました。
10時前に宴会は終了し、明日は月曜日なのでみなさん家路へと急ぐ。
しかし、宴会中は忙しくて食べるヒマが無く腹減ったのであるが、夜の10時になると
家の近くは牛丼屋とコンビニ、イマイチのラーメン屋しかない。なので仕方なくモスバ
ーガーでホットチキンバーガーとハンバーグサンド、そしてモスシェイク(ストロベリ
ー・Mサイズ)を買って家に持って帰る。
そしてToru-y君からお土産にもらったメコンウイスキーをコーラで割りながらハンバー
ガーを喰って寝たら……午前3時にはと目が覚めた。
やっぱ、自分の睡眠時計は2時間なのか……けどちょい腹減ったぁ、と思いながらテ
ーブルを見たら、一口も手を付けないでほったらかしになっていたモスシェイクが。
しかもかなり寒いので全然溶けていない。
おぅ、忘れてたわ、と一気に喰う……しかし喰い終わった直後、体の芯から冷えてき
て、布団やブランケットを体に巻き付けても全然あったかくならず、さらに悪寒が。
そのまま寝ることも出来ずに朝を迎えてしまった(涙)。
他にもマンマンデーさんのお土産の影響(『台北市内バス路線図鑑』を読み耽ってしま
った)もあったのだけど(自縛)。
今日の教訓:『真冬の夜中にシェイク一気喰いは、死ぬ』
みなさん、気を付けましょう(縛)。
10日 なんてこったぁ!
朝、仕事中に郵便屋さんが来て、速達を数通置いていった。
その中になんと餃子の王将からのも混じっていた。
そして、
とうとう我が手元に着いたぞ『ぎょうざ倶楽部』。
憂いヤツじゃ(フフフ)。
と喜んだのも束の間、昼食時に母親がやってきて
「アンタ、旅行中の洗濯物はよ出しや。」
えっ、帰ってきた翌日の朝に洗濯機の前に置いたぞ、と答えると、
「なに? あれゴミや思うて捨てたわ。」
うそ〜!
しかし、事実は事実いくら探しても見つからない。
もう南港の埋立地で余生を送っているんだろう。
なんてこったぁ……(涙)。
実は、夏に愛用している『シンハビールのTシャツ(刺繍バージョン)』に一番お気に入りのヤツ
がなんと3着も捨てられてしまったのだ。
この秋、かなり着古したヤツをかなり処分したのでがっかり。
こまった、誰もこれを売っているところを知らない。
これは自分が買いに行かねばならないのか……夏までにバンコク行き決定。
09日 届かない!
朝早くに目覚め、『おはよう日本』を観ながら届いた年賀状をファイルにしまってい
ると、一通の封筒が。
なになに、どっからや?
と見るとなんと、『餃子の王将』からではないか!
中には、
そう、永き激闘の勝利の証『プラチナカード』ではないか!
もう嬉しくて嬉しくて、おもわづカードを抱きしめてしまった。
しかし待てよ、じゃぁ達成したほかの『ゴールド』『シルバー』『ぎょうざ倶楽部』は
何処にある?
封筒の中にはカードと共に注意書きの紙切れが入っており、そこには
『通行手形はお一人一種類まで』
と書いてあるではないか。
なんてこったぁ王将、いままでの苦労を水の泡にする気か!
しかし『ゴールド』は弟に権利を譲ったはず、を思いだし、起きたばっかりの弟に直撃。
すると、俺宛になんか来てたが王将になんかもらう憶えがないので、と封筒をワシに手
渡す。よかった『ゴールド』は無事だった(喜)。
★ これが『ゴールド』(台紙付)
しかしながら、ワシの名義にしていた『シルバー』はともかく、『ぎょうざ倶楽部』
は通行手形ではないので届かないのは絶対におかしい。
ワシの期待をこんなにも踏みにじるとはゆるせん!
なので昼前まで待って仕事中ながら餃子の王将へ電話。
すると電話越しに
「この番号は指定地域外なのでお繋ぎできません(By
NTT)」
とぬかしやがる、王将、そんな全国いや大阪から京都までかけられないフリーダイヤル
なら載せるな!(怒)
なので仕方なく通常電話にてかけるとスグに係の女性が登場。
いろいろ聞かれた後、
「『ぎょうざ倶楽部』についてはこちらのミスですので、調べ次第もう一度発送させて
いただきますが、残念ながら『シルバーカード』についてはお送りできません。」
と、しっかりとした対応にこちらもぐぅ……『シルバー』は仕方ないか。
はよ送ってきてね(ニヤ)。
07・08日 しんどいど
ふと仕事用の机を見ると、友人からの年賀状が山になっていた。
本当にみなさま、ありがとうございます。
なので、朝から年賀状製作とHP更新をすることにするが、量が多すぎるのと自分の手
際の悪さにただでさえチンタラとしている作業がさらにドツボにはまってしまい、飯も
喰うのも寝るのも忘れ終わったのが翌日(8日)の夕方。
疲れた。
04日 お参り
朝にチビのお骨が納められているというお寺に行き、久々にチビと対面した。
しかし、もう何も鳴かないチビは小さな容器の中で眠っている。
なかなかそこから離れられなかった。
なかには、たかだか猫くらいで…、と言う方もいる(いた)。
しかし、ワシにとっては4年間子猫の頃から一緒に暮らしてきた間柄、家族いやそれ以
上の愛情でもって接していただけに、寂しい。
だが、運命とはツライものである。
今日から仕事だったが、休みにしてもらったのがちと嬉しいと思ってしまったのが、
やはり悲しき人間の性なのだろうか。
けどあんまり休んだって感じの全く無い一日であった。
03日 息抜きに
旅から帰って、あんな事が起きてしまい、全然眠ることが出来なかった。
いままで部屋にいたチビがいない、こんなに部屋って静かなんだ。
しかし現実は現実、このままクヨクヨしててもいけないので、気分転換を兼ねて暮れに
ちゃらりーん氏からいただいたチケットを持って一路、梅田へ。
今日はFさんにも声を掛けて一緒に行く。
しかし、正月だというのになんでこんなに人ばっかりなんだ!
しかも会場の阪急百貨店は歩けないくらいに人の山。その中をかき分けるようにしてな
んとか会場にたどり着く。
何を見たのかというと、航空写真家ヤン・アリテュス・ベルトランの写真展である。
この方の写真は素晴らしい、としか言えない、ただただ地球の大きさと人間のちっぽけ
さを再認識してしまった。
だがパネルは迫力があるが、やはり写真集で見る方が個人的にはよかった。
やはり大きいと粗くなるし、だって人が多すぎてじっくりと見れなかったのがイタい。
しかし、会場ピンクのリボンを顎から頭にかけて巻き付けてキレイにデコレーション
している青年(もちろん男)に出くわした。
Fさんはそいつを見て絶句していたが、ワシは気に入った。
新年早々そんなヤツに出会えるとはラッキーだ。
その後、現像したての旅行の写真を肴に夜遅くまでしゃべってしまった。
しかも三が日というのにタイ料理で肉をバクバク。
すんまそん、夜遅くまでつき合ってもらって、大感謝っす。>Fさん
01日 あえぬまま……
一週間と短い旅であったが、澳門と中国を満喫して昼の一時に関空に着いた。
本当は岸和田の『リバティ』でアカスリをしてもらってサッパリしてから帰宅しようか
と思ったが、なんだか胸騒ぎがするので、いつもと違って真っ直ぐに家に帰ることにす
る。しかも家方面に向かうリムジンバスがタイミング良くやってきたのだ。
なにかある……と感じながら家に帰ると、家族全員が田舎に新年の挨拶に行くことなく
揃っている、そして一言。
「チビ、死んだんや。」
うそやろ?
チビ、我が家のしかもワシの部屋に居候していたネコである。
約4年前、親猫とはぐれたのか、手のひらサイズのこいつが家の裏に迷い込んだので我
が家で飼うことにしたが、既に我が家には他にも猫が2匹いてその内の一匹にかなりい
じめられたので、不憫に思ってワシの部屋で飼うことにした子である。
それからずっとワシと仲良く部屋を共有していたのだが、去年の暮れに自慢の牙が抜け
落ち、食欲も減ってきたので心配していた。しかし、医者をかなり嫌うのと何時も部屋
に独りぼっちなのでとても寂しいのか、ワシが部屋にいるときはいつも走り回って元気
な姿を見せ続けていた。
しかし旅行に行く直前、チビくんに「行ってくるで〜」と言った瞬間、バタッと倒れ
たのである。
もしかしたら……と心配になったが、もう行く準備も完了してしまったあと、心残りの
まま旅に出てしまった。
やはりその直後、まったく動かないチビを見た母親が急いで医者に連れていったとこ
ろ、最初は牙が抜けて食欲が落ちたのだろうとみていた医者が、その様子を見てあわて
て精密検査を行って、
「ガンです、肺にまで転移しているためどのみち助からない」
と宣告。それから数時間後に静かに息を引き取った。12月28日のことだったという。
泣いた。ただただ泣いた。
死に目を見てやれなかったことが、あいつに悪いことした。
しかし、もしかしたら楽しい旅さしたろってチビが気ぃ利かせたんとちがうか? と家
族が言う、そうかもしれん、しかしスマンことした。
堪忍してな。