展覧会の紹介
林 亨 展 2002 眼を閉じて | 2002年6月5日〜23日 ギャラリーミヤシタ(中央区南5西20) 9月9日〜14日 アートスペース羅針盤(東京都中央区京橋3の5の3 京栄ビル2階) |
前回、2000年12月に開かれた個展の評を再読して、いささか反省した。
なんだか、林さんの絵について書いているというよりも、林さんの絵をダシにして、絵画一般について論じているみたいな文章だからだ。いま読むと、冷や汗もんである。
ただ、これはべつに言い訳じゃないけど、林さんの絵には、そういう、絵画ぜんたいの行く末や現状などについて語りたくなるなにかがあるのだ。
それというのも、現代美術の最前線では「もはや絵画は死んだ」などといわれていることを、林さんはきっちりふまえて、そのうえでなお、あたらしい絵画の可能性をさぐっているのだ。
そして、今回の個展では、その試行が、かなりの成果を生み出している。私見では、たとえば、秋岡美帆、彦坂尚嘉、中村一美といった現代画家と、同列に論じてなんら遜色のない「2002年の絵画」たりえているように思うのだ。
「絵画空間」
ということばを、林さんの絵を見ていて、久しぶりに思い出した。
絵画は平面だけど、どんな絵にも奥行きはある。一部の、奥行きを拒否した抽象画はべつとして。
林さんは、遠近法などの、20世紀になって相対化されてしまった技法にたよらず、そしてカラーフィールドペインティングのような構成にも拠ることなく、非常に奥行き感のある画面をつくりだしたといえる。
いちばん奥には、墨による黒の濃淡があり、そして、さまざまな色の斑がちらばるとともに、飛沫が飛び散り、もっとも手前に蛍光色の細い曲線が躍る。
墨も、多様な色彩をもっているように見える。
厚みのないはずの平面に、重層的な構造がつくられているかのようだ。
そんな空間のなかで目を泳がせていく快感は、たとえば、ポロックなどを見たときと通底するものがある。
林さんの作品には、いわゆる構図がない。中心もないし、地と図の区別もない。
遠く離れて見るのと、近づいてみるのとでは、また異なった空間がたちあらわれる。
デジタルカメラの写真では、沈んだ色と、鮮やかな色の微妙な響き合いが、まったく表現できていない。なんとももどかしい。
前回の個展までは、波型の支持体を一部に用いるなどして、平面という条件から逸脱していくような予感もあった。
しかし、今回は、大きな作品の手前の床に、正方形の小品を置いて、対にして見せるようなくふうはあるとはいえ、絵画という条件のなかで勝負したという感じがする。
軽快な印象をあたえるアルミの枠は「インスタレーションでありながらそれぞれが独立した作品」という林さんの意思のあらわれだが、今回は、べつだんインスタレーションと名乗らなくてもよいようにおもう。
このような深みのある絵画空間をつくるのは、なみたいていの苦労ではないようだ。
舞台裏をちょっとだけ聞いたが、支持体には「麻紙(まし)」という丈夫な和紙などを用いている。
蜜蝋を塗った後、墨を入れる。そして、夏なら石を載せて、冬ならそのまま雪の中に、放置しておく。表面のしわはその際にできるというのだ。
今回はやや控えめな、蛍光色の線は、エナメル絵の具によるもの。
最後に、キャンバスの上に張る。キャンバスにも絵の具が塗られている。
奥深い色彩の交響は、かなりの手数をかけてつくられるのだ。
21世紀に入り、絵画が最前衛であることは、さらにむつかしくなっているようにおもう。といって、90年代に一部の国際展でもてはやされたような傾向が退行いがいのなにものでもないことは、あきらかではないだろうか。
「絵画にこだわる」
と林さんは言う。いま、たいへんな隘路を通って、あたらしい表現への道を進んでいるんじゃないかとわたしにはおもわれる。この達成を、ひとりでもおおくの人に見てほしい。